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【連載】

シアトル発インターネットビジネス最前線 第8回

流通市場の注文管理システムASP:MarketOrder.com
─中小規模のサプライヤー市場にチャレンジ─

http://www.marketorder.com

 米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら



MarketOrder.comのAaron Howard社長兼CEO

 米国スーパーマーケットの流通市場に、ネットを使用したサプライチェーン管理が導入されつつある。POSスキャニングやEDIなどのテクノロジーを利用して注文の効率化やロジスティクスの合理化を図ることは、業務コストを低下させ売上増加につなげることができる。しかし、これらは年収10億ドル規模の大手サプライヤー(卸売り業者)のみが導入できる専用システムであり、中小規模のサプライヤーには手が届かないのが現状だった。

 こうした中小規模のサプライヤーに対して、サプライチェーン管理システムを低コストで提供するASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)企業が、シアトルに本社を構えるMarketOrder.comである。1984年に設立された同社(旧:MarketWare)は、'80年代からサプライヤーと小売店向けに効率化を図る注文管理システムを開発/提供する、サプライチェーン・システムのパイオニア的存在だ。

 同社の注文管理システムは、全米でトップ10社の食料品サプライヤーのうち、SuperValu、Richfood、Ahold、Flemingほか6社に採用されており、同社はこのシステムと同様なテクノロジーを使用したASPサービス「MarketOrder Express」を中小規模のサプライヤーにも提供することで、大幅な市場シェアの拡大を狙っている。

 これにより、小売店はスキャナーの付いたハンドヘルドデバイスで商品のリアルタイム注文を行え、サプライヤーは注文プロセスにかかるコストを削減し、新製品の紹介やプロモーションなどさまざまな付加価値サービスを提供することができる。現在、45名の社員を抱えるMarketOrder.comのAaron Howard社長兼CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。



●1カ月で85社が参加を表明した「MarketOrder Express」

MarketOrder.comのホームページ

 Aaron Howard社長兼CEOは「我々は15年間、小売店やサプライヤーにソフトウェアライセンス、ハードウェア、システム統合サービスを提供してきたが、こうした複雑なシステムの導入には多額のコストがかかるため、大手企業にしかサービスの提供ができなかった。しかし、同様なテクノロジーを使い、注文数に応じて手数料を取るASPモデルの採用により、中小規模のサプライヤーに低価格でサービスを提供できるようになった」と語る。

 同社のASPサービス「MarketOrder Express」は、複数のサプライヤーと小売店をリアルタイムに結びつける注文管理システムを提供する。具体的には、小売店の店員が店内を歩いて品薄の商品を見つけたら、その場でMarketOrder.comのハンドヘルドデバイスを使用して商品のバーコードをスキャンする。すると、Windows CEベースの同デバイスが自動的に商品のブランドや種類などを認識するので、あとは注文数を入力するだけでいい。

 こうして店員から集められた注文データは、ワイヤレスまたはドッキングステーションを通して小売店のコンピュータに転送され、MarketOrder.comのバックエンドサーバー「MarketOrder.com ASP Server」に送信される。XMLベースの同サーバーで、商品の数量や過去の注文ヒストリーが確認され、問題がなければオンライン注文書が作成される。その後、それぞれのサプライヤーに対する注文書が作成されて送信される。

 小売店はまた、ウェブベースのアプリケーションを使用して、商品の原価、希望小売価格、グロスマージン、配送や在庫収納のための大きさや重量などの詳細な情報を得ることができる。さらに、商品の配達状況や配達された日時や注文数、値段などもすべて記録されるので、注文ミスや途中で商品が無くなったりした場合にも、原因をすぐに調べることができる。

 このASPサービスが発表されて1カ月以内に、小売店80社とサプライヤー5社がサービスの採用を発表、また、Brown & Cole、Town & Country Markets、Larry's Markets、Saar's Marketplace、Fuller's Market Basket、Penhallow Market、 Rose & Associatesという7社の米北西部の大手小売チェーン店鋪もサービスの採用を決定した。これらの7社を合わせた店鋪数は約100店鋪で、年間売上は8億ドルになる。現在、同サービスのトライアルが始まっており、正式なサービスの開始は来年の予定になるが、すでに10社のサプライヤーと80社の小売店が同サービスに契約している。



●4万5,000社の中小規模サプライヤーがターゲット

小売店向けのウェブアプリケーション:商品の原価、希望小売価格、グロスマージンなどの情報が表示される

 MarketOrder.comがASPサービスに乗り出した大きな理由は、中小規模のサプライ ヤーの囲い込みにある。現在、同社の顧客は、食料品サプライヤー業界最大手の SuperValu、第二位のFlemingなどの大手で占められている。SuperValuは4,000店鋪に サービスを提供する年商240億ドルの企業、Flemingは40のウェアハウスを持つ年商160億ドルの企業であり、それ以外にはAssociated Grocers、Spartan、Richfood、Aholdなど業界トップ10社のうちの6社が同社の注文管理システムを使用し、総計2万店鋪から毎週17万5,000件の注文を処理している。

 これらの大手企業に加えて、中小規模のサプライヤーを囲い込むことにより、同社 は小売業界サプライチェーン管理分野でトップの位置につくことを狙っている。

 Howard氏は「中小規模のサプライヤー市場は大きい。米国の典型的なスーパーマー ケットでは、約3万種類におよぶ商品の6割を大手サプライヤーから仕入れており、乳製品やベーカリーなど残りの4割に当たる商品を10社~500社の中小規模のサプライ ヤーから仕入れている。しかし、中小規模のサプライヤーは注文管理システムを持っていないため、小売店はマニュアルで複数の注文を行う必要があり、時間と人件コストが大幅にかかってしまう。これらのコストを削減し、効率性を図ることが彼らにとって必要不可欠になっている」と語る。

 非効率なマニュアル注文により、小売店が中小規模のサプライヤーへ注文を出す場 合、1つの注文あたりにかかるコストは15ドルになり、大手サプライヤーへ出す注文 の何と10倍ものコストがかかってしまう。しかも、注文ミスがよく起こるのもこうし たマニュアル注文である。特に小売業は利益率が非常に低い薄利多売のビジネスなの で、中小規模のサプライヤーにとっても、これらはビジネス上の命取りにもなりかね ない。

 MarketOrder.comは、マニュアル注文の非効率性を無くし、小売店からのリアルタ イム注文が複数のサプライヤーに対して行なえるようにすることで、小売店とサプラ イヤーの双方にとりメリットになる。「米国の食料品市場は9億ドル市場、関連市場では20億ドル市場と非常に巨大である。我々の既存のビジネスではターゲットが20社 ほどだが、ASPサービスでは4万5000社がターゲットになる。この分野では、まだライバル企業が存在しない」(Howard氏)



●ハンドヘルドにVoIPベースの通話も

MarketOrder.comハンドヘルドデバイスの画面:希望の商品の注文数を入力する

 MarketOrder.comは今年5月、Cascadia Capitalを含む投資機関から第一ラウンドの 投資として500万ドルを獲得し、ASPサービスのシステム構築に乗り出した。「MarketOrder Express」で提供される主要コンポーネントは、スキャナー付きハンドヘルドデバイス、小売店向けウェブサイト、MarketOrder ASP Server、サプライヤー向けウェブサイト、サプライヤー・データベースの5種類に分かれているが、同社はこれらのアプリケーションをすべて独自開発している。

 スキャナー付きハンドヘルドデバイスは、基本ソフト(OS)にWindows CE 3.0を使用 し、ハードウェアはTelxonと共に開発した。Howard氏は、Windows CEを選択した理由 として「Palm OSはコンシューマー向けOSであり、CEの方がバックエンドシステムとの統合が簡単に行なえ、短期間でアプリケーションの開発ができる」と語る。

 MarketOrder.comは今年9月、ウェブパッドやネット家電向けにWindowsベースのア プリケーションを開発するbSQUAREと提携し、同社の開発ソフト「Mobile Enterprise Solutions Architecture (MESA) 」を使用して注文管理アプリケーションを開発した。「bSQUAREはCE向けの開発ツールを持っていたので、9月初旬に連絡して同社と提携した。時間が限られていた中、2週間でアプリケーションを開発し、会議でそのソフトを使ったデモを行なった。ハンドヘルドで注文したのと同時に、小売店とサプライヤーのコンピューターに新たに入った注文が表示された時、会場から大きな反応があった」(Howard氏)

 また、bSQUAREのVoIPソフトウェア「bInTouch」を使用して、同ハンドヘルドに通 話機能を加えている。これにより、その場所を離れたり別デバイスの携帯電話を持つ必要なしに他のスタッフと会話をしたり、マネージャーに質問をすることができる。

 その他、MarketOrder.comではサプライヤー向けの注文管理システム「OMS/DC Server」、小売店向けの注文/配達管理システム「OMS/InStore」などをSSLベースのエクストラネットを通して提供し、XMLベースでシステム全体を通したデータ保全を可能にしている。



●過去の注文データをマーケティングに活用

シアトルの観光地「パイオニアスクエア」に位置するMarketOrder.comのビル入り口

 「MarketOrder Express」の導入は、小売店やサプライヤーにとり、サプライチェーン管理の効率化だけではなく、新たなマーケティングの可能性も提供する。たとえば、店鋪に陳列されている商品をチェックしている店員が、牛乳を10パック注文しようとしてハンドヘルドデバイスをクリックしたら、サプライヤー側から「20パック購入した場合には、30%の割引になります」というプロモーションが表示されたとしよう。

 店員は、オフィスにいるマネージャーにこのオファーを受け入れてもいいかを尋ねるため、ハンドヘルドデバイスの「コール」ボタンを押して、リアルタイムのVoIP通 話でマネージャーと会話をする。これにより、小売店は短時間で注文決定をすると同時に、最大限の販促キャンペーンを消費者に提供することができる。

 Howard氏は「これらのサービスは、コンシューマーに大きな利益になる。たとえば、スーパーマーケットの野菜は新鮮でない場合が多いが、注文システムが効率的ではないので、商品の品質チェックにまで店員の手が回らないのだ。ハンドヘルドでスキャ ンして注文数を打ち込むだけで即日配達を得られるMarketOrder.comでは、紙に注文を書き込んで注文書をオフィスに持っていく時間が省けるので、その空いた時間、店員が客に話しかけてよりよいサービスのアイデアを聞くことができる」と語る。

 また、過去の注文ヒストリーをデータベース化することで、今後の平均的な注文数 を予測して割り出したり、特定ブランドの商品が販売停止や品不足だった場合には、代用品へリンクすることで、品切れの危険性を回避することもできる。

 さらに、同システムに記録された注文データは、今後のマーケティングに最大限に 活用できる。商品の購入トレンドおよび市場属性、ブランドの市場シェアデータなどにより、店鋪ごとに異なる販促キャンペーンを展開することもできる。その他、サプ ライヤーのバーチャル陳列室、小売店とサプライヤー間で電子メールやチャットができるなどの多種多様なサービスを提供している。



●畑違いの流通業界で大きな可能性を見い出す

MarketOrder.comのオフィス受け付け

 MarketOrder.comの社長兼CEOを務めるHoward氏は「私の人生は、ハイテク企業の設 立と運営に費やされてきた」と語る。University of Washingtonで電子工学の学士/ 修士号を取得後、14年間、医療関係の診察機器ビジネスに携わり、1987年からソフトウェア企業のAldus Corporation米国市場副社長に就任し、同社の米国事業を2000万ドル規模から9000万ドル規模へと成長させた。

 同氏は、インタラクティブTVやCD-ROMが注目され始めた1980年代後半、同分野の新 興企業であるMammoth Micro Productionsの社長に就任し、最終的には同社を Washington Postへ売却した。その後、投資機関のSouth Fork Internationalを設立、 さまざまなソフトウェア企業やネット企業への投資を行なった。

 そんな中、流通関連企業の元幹部であるDenny Driggs氏により1984年に設立されたMarketOrder.com(当時の社名:MarketWare)に興味を持ったという。同氏は「1994 年に設立者のDenny Driggsに出会い、同社の役員に名を連ねた。流通業界とはまったく縁がなかったものの、数年間この企業を見てきて社風が非常に気に入った。そんな時、Denny から『インターネットを使ってASPサービスを提供し、ターゲットをさらに拡大したい』という相談を持ちかけられた。その時、MarketOrder.comの将来性を確信した」と語る。同氏は1999年9月、同社の社長兼CEOとして、最新ASPサービスの開発に乗り出した。

 同氏は「インタラクティブTVやCD-ROMと比べると、流通業界はまったく畑違いのように感じられるが、私はハイテク企業の設立、運営、売却などベンチャービジネスに 関するノウハウを持っている。流通業界はこれからインターネットを通して大きく変貌する市場だ。我々のサービスの最大のポイントは、今まで誰も解決できなかった問題に対するソリューションを提供するという点にある」と語る。

 同氏は、サプライチェーンの自動化を実際に提供している企業というのは、数える ほどしか存在せず、そのうちの一社がMarketOrder.comだという。「医療業界、小売 業界を見てきた中で言えるのは、多数の企業がいまだに膨大な人件コストがかかる非効率なマニュアル注文を行なっているということだ。また、便利な注文管理システムをいったん採用した顧客は、他社に簡単に乗り換えないのもこの業界の魅力だ」(Howard氏)



●レストランやバーへのサービス提供も?

MarketOrder.comのビルの横にあるスターバックスコーヒー

 MarketOrder.comは10月15日、米北西部地域のサプライヤー5社と小売店25社に対し て、ASPのパイロットサービスを開始した。正式サービスが開始されるのは来年2月15 日の予定であり、それまでに残りの企業60社にもサービスを提供する予定になってい る。

 同社は現在、家庭用品サプライヤーのAce Hardwareにもサービスを提供している。 同社の今後のビジネス戦略としては、スーパーマーケットのみではなく、レストランやバー、またオフィス用品小売店など幅広い分野へ進出することを狙っている。 Howard氏は「MarketOrder Expressは、50~5,000種類のバーコード製品アイテムを提供する小売店で、新製品がよく登場し、プロモーションも頻繁に行なわれる環境に最適なシステムである」と語る。

 雑誌「Forbes」によると、B2B市場で今後注目される企業は、食品のように腐りや すい商品、または市場に素早く流通させることにより利益を得ることのできる商品を扱うB2B企業であるという。MarketOrder.comは、この分野でトップに立つことを狙っている。

 国際市場への進出に関しては、「まず米国市場でのサービスを確立させてから」と 語るが、来年には日本市場へ進出する可能性もあるという。同氏は「日系企業からは1年ほど前にアプローチがあったが、その時には準備ができていなかった。来年は、ぜひ日本にも進出したい」と抱負を語る。

(2000/10/19)

[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]


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