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【連載】

シアトル発インターネットビジネス最前線 第9回

次世代仮想専用ネットワーク(VPN)企業:eTunnels
─P2Pを利用してISP料金よりも安いサービスを提供─

http://www.etunnels.com/

 米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら


Dimitri Sirota CEO
Dimitri Sirota社長兼CEO
 先週からのハッカー攻撃で、Microsoftは今週に入り、すべての社員にリモートアクセス用の新たなパスワードを配り直すという前代未聞の事態を引き起こしている。今年2月にBuy.com、CNN、e-Bay、Yahoo!、ZDNetなどの大手サイトを次々と襲ったサービス拒否(DDoS)攻撃や、5月の「ILOVEYOU」ウィルスに代表されるように、企業がハッカー攻撃により受ける被害は増加の一途を辿っている。

 米国防省も昨年は2万2,000件のハッカー攻撃に遭い、1回の攻撃につき約100万ドルの被害を被ったことから、7月にラスベガスで開催されたハッカーコンベンション「DefCon」ではハッカー達をリクルートして話題を呼んだ。高まるセキュリティ上の不安から、インターネット回線を使って専用回線と同様のセキュリティ機能を実現する仮想専用ネットワーク(VPN)システムの導入が企業にとり必要不可欠になりつつある。

 調査会社のInfonetics Researchによると、VPN専用機器の売上は1999年第2四半期の5,900万ドル、今年同期の1億8,500万ドルから、2001年同期には3億8,000万ドルに達すると予測している。また、1999年3月に発表されたVPNet Technologiesの予測によると、VPN市場は2003年には290億ドル規模にまで成長すると見込まれている。

 シアトルに本社を構えるeTunnelsは、Napsterと同様なピア・ツー・ピア(P2P)型コンピューティングを利用して、低コストで簡単にVPNを導入できるサービスを提供している次世代VPN企業だ。1999年5月に設立された同社は、今年7月から同社技術「VPN On-Demand」のトライアルサービスををGroup TelecomやNetopiaを含めた9社に対して提供している。同社の共同設立者の一人であるDimitri Sirota CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。



●1日で導入が完了!「VPN-On-Demand」

eTunnels Website
eTunnelsのホームページ
 eTunnelsは、通信事業者、またASPやISPなどのサービスプロバイダーに対して、低コストで短期間に仮想専用ネットワーク(VPN)システムを構築できるサービスを提供している。VPNは、インターネットなどの公共回線を使って、専用回線と同様のセキュリティ機能を実現する暗号セキュリティ通信の標準技術。VPNサービスを提供している企業は他にも存在するが、同社がユニークな点は、ユーザーはダイヤルアップ接続さえあればウェブブラウザーから簡単にVPN環境を構築することができる点だ。

 eTunnelsのDimitri Sirota CEOは「現在、一般的に使用されているVPNシステムでは、企業はまず高価なハードウェアを購入する必要がある。しかも、オフィスが複数あれば、そのすべてに同様なハードウェアを設置しなくてはならない。また、たとえ通信事業者にVPNサービスを頼んだにしても、彼らはオフィスにやってきてハードウェアを設置するだけで、あとはすべてユーザーが管理する必要がある。eTunnelsの『VPN-On-Demand』では、たとえば米国と日本の2つのオフィス間でもウェブブラウザーを通して安全なネットワークを即座に構築できる」と語る。

 具体的には、システム管理者がeTunnelsのVPN設定ポータル「VPN Web Manager」から、社員のIDやパスワード情報を設定する。設定後、各社員にIDとパスワード、ソフトウェアのダウンロード情報を含んだ電子メールが送られるので、社員は指定されたURLを訪れてソフトをダウンロードするだけでよい。ユーザーはハイテク関連の知識はまったく必要なく、VPNを管理するための技術者を新たに雇う必要もない。また、先行投資ゼロで素早くVPNシステムを立ち上げることができるので、特に中小規模の企業に大きな魅力となる。

 「VPN-On-Demand」は直接ユーザーには販売されず、通信事業者が再販業者としてユーザーへサービス提供する。通信事業者は、eTunnelsのサービスを使用することで、巨額を投じてハードウェアを購入したりネットワークを構築する必要なしに、VPNやファイアウォール、認証管理などの利益率の高い付加価値サービスを顧客に提供することができる。



●仮想チャンネルを確立する「eNS」

LogOn Page
「VPN On-Demand」へのログオンページ
 eTunnelsは、「VPN-On-Demand」を提供するため、サービスアーキテクチャーを含めたいくつかのユニークな技術を開発している。特許申請中のセントラルディレクトリ「eTunnels Network Service(eNS)」もその一つだ。eNSは、ウェブサイトを通してクライアント/サーバー、ゲートウェイなどを中央管理するインテリジェントソフトであり、VPN内のデータを管理して、ユーザーの追加や認証、セキュリティ確認を行なうことができる。

 たとえば、ある社員が海外のオフィスと連絡を取りたい場合、eNSは特定のゲートウェイとクライアント/サーバーがセキュアな関係にあるかを確認して、2つのサイト間を安全に結びつける「P2P仮想チャンネル」を確立する。仮想チャンネルは、リモートアクセス、サイト間、エクストラネット、そしてワークグループなどの異なるネットワークでも構築できる。

 セキュリティプロトコルには、業界標準の「IPSec」を採用しており、ユーザーは複数のVPNに同時ログインできるほか、サイト間だけではなくエンドユーザー間のデータ暗号化と認証も提供するなどの次世代VPNサービスも提供している。「VPN-On-Demand」の導入には、通信事業者では2週間、ユーザーでは1日しかかからない。

 ただし、VPNを実現するためには、それぞれのマシンに必ず暗号ソフトをインストールする必要があるので、ユーザーは図書館やインターネットカフェのコンピュータを使って気軽にVPNにアクセスすることはできない。Sirota氏は「IPSecベースのソリューションは、HTML、HTTP、VoIPを含んだ仮想チャンネル内のすべてのIPトラフィックを暗号化するので、単なるウェブブラウザーのプラグインでは実現できないのが現状だ。確かに、暗号ソフトを必ずダウンロードしなければならないという点では不利だが、ネット電話やビデオ会議などのデータもすべて安全にやり取りできるという点では、大きな利点がある」と語る。



●1人当たり10ドル:ISPより安いVPN料金

Account Mail
VPN設定後に送られてくるメール。指定されたURLを訪れてソフトをダウンロードする
 eTunnelsのサービスの魅力は、導入のし易さもさることながら、何といっても大胆な低コスト化を実現した点にある。Sirota氏は「Check Pointなどの典型的なVPN企業が提供するサービスでは、ゲートウェイとクライアントライセンスで1万5,000ドルは軽くかかってしまう。次世代ソリューションはもっと安くて5,000ドルあたりだが、これはスモールオフィス向けのソリューションで機能が十分ではない。eTunnelsは、高度なセキュリティ機能を提供しながらユーザー1人当たり毎月10ドルという安価なサービス料金を実現している」と語る。

 同社は、通信事業者にしかサービスを販売していないため、実際にはユーザー1人当たりの正規価格は設定されていないが、通信事業者やサービスプロバイダーはコストパフォーマンスからユーザー1人当たりのサービス使用料を毎月10ドルに設定できるという。また、パケット通信のデータ量により料金を請求することもできる。これは従来型のVPNソリューションと比べると驚異的な低コストである。

 現在、eTunnelsと類似したサービスを提供している企業には、MyCIO.com、OpenRearch、IPDynamicsなどが挙げられるが、同氏はこれらの企業のどれもがeTunnelsのサービスには及ばないとしている。「MyCIO.comはハードウェアを使ったソリューションであり、技術的に非常に異なっている。OpenRearchはユーザー向けのサービス、また、IPDynamicsは次世代VPNを開発しているようだが、サービスはまだ発表されていない」と語る。

 eTunnelsは、ユーザー向けサービスはマーケティングコストに費用がかかり過ぎるために行なわない方針だ。その代わり、販売チャンネルをすでに確立している通信事業者に対して、同社のサービスを販売する。これにより、同社は数の多い中小企業へマーケティングを行なう必要がなく、少数の通信事業者へ効果的なマーケティングを行なうことができる。通信事業者はVPNサービスを追加することで、さらに魅力的な付加価値サービスをユーザーへ提供することができるので、ニーズは高いという。

 ちなみに、10万人のユーザーを抱えているMyCIO.comは今週に入り、P2P型のセキュリティサービス「Rumor」を発表した。同サービスは、P2Pべースのシステムで、アンチウィルスのファイル更新を管理する。



●セキュリティ市場の新トレンドは中小企業?

Office
シアトルのオフィス。引っ越したばかりで8割はまだ空き状態
 eTunnelsは、3回の投資ラウンドでトロントのベンチャーキャピタル投資機関などから合計800万ドルの投資を獲得している。今年7月からは「VPN-On-Demand」のトライアルサービスを開始し、通信事業者やサービスプロバイダーのGroup Telecom、Netopia、Deloitte & Touche、RB Capital Partners、Cinax、IFMCityNet、Roomlinx.com、Venture Vortex、Launchpowerの計9社がトライアルに参加した。現在、Voyus、MapInternet、Virtual Circuitを含む数社が、VPN-On-Demandの正式採用を決定している。

 VPNサービスのニーズは大きいとするSirota氏は「より多くのデータのやり取りがインターネットを通して行なわれるようになり、どの企業もデータをいかに安全に送信するかが大きな課題になりつつある。中小企業にとってのセキュリティ管理が、近い将来、大きなトレンドになるだろう」と語る。

 実際、セキュリティコンサルタントのICSAによると、今年のハッカーによる攻撃は昨年の約4倍に達しており、中小企業とはいえ、何らかのセキュリティ対策を講じないわけにはいかなくなってきている。しかし、複数のセキュリティソフトをインストールして24時間体制でシステムを管理するためには、膨大な時間とコストがかかるため、セキュリティのアウトソーシングに注目が集まりつつある。

 セキュリティをアウトソーシングすることで、企業やECサイトは安心して自社の技術者を主要ビジネスに集中させることができる。eTunnelsのVPNソリューションは、巨大なネットワーク構築に関わる資本投資が必要ないので、ISPや通信事業者はセキュリティアウトソーシングにより参入しやすくなるだろう。同社はさらに、来年のサービスに向けて、VPNサービスの他にも侵入探知システム(IDS:Intrusion Detection System)、ファイアウォール、デジタル認証、ウィルス確認などをはじめとする包括的なセキュリティソリューションを提供する計画である。



●ウクライナ、カナダ、そしてシアトルへ

OfficeEntrance
eTunnelsのオフィスビル入り口
 ウクライナ共和国出身のSirota氏は、今年1月にシアトルに引っ越してきたばかりである。4歳のときに家族でカナダに移住、モントリオールのMcGill大学で物理学と数学の学位を取得、その後はバンクーバのBritish Columbia大学(UBC)で物理学のマスターを取得した。

 ネットビジネスに興味を持ったきっかけは、UBC在学時代に1年ほどテクノロジー関連の市場調査や分析を行なったことだったという。同氏は「これは、非常に興味深い体験だった。1995年、卒業を間近に控えて、大学に残り研究を続けて博士号を取得すべきか、社会に出るべきか迷っていた。しかし、インターネットの世界の方が、博士号を取得して35歳から仕事を始めるよりエキサイティングで報酬も大きいと考えた」と語る。

 同氏は、卒業と同時にカナダのネット新興企業Starcom Serviceに就職。製品開発やマーケティングの経験を積んだ。その後、同社はバックボーンプロバイダーの大手に成長し、AT&T Canadaに買収される。次に、GTE子会社でカナダ第2の通信事業者Telus Advanced Communicationsで働いたが、そこで、VPNサービスの需要の大きさを知り、低コストで簡単にVPNを構築するサービスを思いついた。

 「当時はTelusにいたが、同社は大企業であり何か新しいビジネスを興すには時間がかかり過ぎた。そこで、自分で企業を設立しようと思った」と語る同氏は1999年5月、Gersham Meharg氏とDerek Ferguson氏とともにバンクーバでeTunnelsを設立。今年に入りオフィスをシアトルに移転した。バンクーバには依然オフィスが残っており、デベロッパーの多くがそこにいる。ちなみに、Telusは同社の優良顧客になるかもしれないとのこと。

 Sirota氏は、今までで最も困難だったこととして、「ビジネス開発」をあげる。「最初の頃、我々はテクノロジーに重点を置き過ぎていた。これはどのテクノロジー企業にも言えることだが、技術的に魅力ある製品を開発することから、市場のニーズを最大限に反映させた製品を作ることへと移行しなければならない」と語る。また、通信業界では、IBMやAT&Tなどのエスタブリッシュメントではない無名の企業だと、受け入れてもらうまで時間がかかるという困難な点もあったという。



●日本市場への進出は来年へ

Street
オフィスビルに面したスチュワート通り
 eTunnelsは、来年の本格的なサービス開始に向けて、着々と準備を進めている。また、将来的にはAT&TやCovadなどのブロードバンド企業大手との契約を結ぶことを大きな目標にしており、来年の第3四半期にはアジア市場とヨーロッパ市場へも進出する計画だという。

 日本市場に関しては「日本企業から何社かはコンタクトがあったが、現在のところパートナー企業は決まっていない。日本市場は非常に大きい市場なので、パートナーになる通信事業者が必要だ。アジア市場担当のマーケティング担当者を採用して、準備を進める予定だ」と語る。

 ウクライナが恋しいかとの質問には「ノーだ。祖父母はすでに亡くなり、家もないし、経済状態もよくない。家族全員でウクライナを離れ、今はみなイスラエル、カナダ、米国にいるので、ウクライナの記憶はあまりない」と語った。

(2000/11/1)

[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]


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