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米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
こうした状況から、ネット接続さえできればどこからでも講義を受けられ、時間とコストを大幅に削減するオンライン教育に注目が集まっている。たとえば、毎年10億ドルを教育トレーニングに費やしているIBMでは、オンライン教育制度を導入して以来、教員の給料や旅費にともなうコストを無くすことで1億7,500万ドルを削減できたという。
しかし、自社でこれらの技術を開発するとなると、開発コストと時間がかかってしまう。こうしたオンライン教育のための技術インフラおよびコンテンツを提供している企業が、click2learn.comである。1984年にMicrosoftの共同設立者であり有力投資家であるPaul Allen氏により設立された同社は、ウェブベースのチュートリアルによりオンライン講座を簡単に制作できるオンライン教育システムを提供している。また、同社のシステムをASPとして企業に貸し出す「e-Learning Network」サービスも提供しており、顧客数を急速に伸ばしている。ボストン、シカゴ、アトランタ、ニューヨーク、ダラス、ロンドンなどの9都市にオフィスを構える同社のKevin Oakes社長兼CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。
同社のサービスは大まかに分けて、企業のニーズを把握・分析する戦略コンサルティング、コースウェア(オンライン講座)を作成するためのオーサリングツールの提供、ユーザーやオンライン講座を管理するシステムの提供、サードパーティによる膨大なオンライン講座ライブラリ提供──の4種類に分かれている。企業は、これらの技術プラットフォームを企業の社内システムに統合することも、同社のASPサービス「e-Learning Network」を利用してアウトソースすることもできる。
同社の戦略コンサルティング「Professional Services Group」は、オンライン教育分野の専門スタッフが最初の質問から最後のシステム導入にいたるまでをコンサルティングする。具体的には、どのオンライン教育ソリューションが企業にふさわしいかを検討し、カスタム開発、戦略コンサルティング、システム統合などを行なう。
同氏は「我々は大手企業のクライアントを持っており、カスタムコンテンツの開発をサポートしたり、オンライン教育プランに関する戦略的なコンサルティングを提供している。そして、システムインテグレーターがオンライン教育システムを構築して企業システムに統合している。我々が手がけるオンライン教育プロジェクトの75%が、企業のビジネス戦略に合わせたカスタムコンテンツの開発を必要としている」と語る。
同社はオーサリングツールとして、新たなオンライン講座の開設やサイトのカスタマイズが行なえる「ToolBook II」ファミリー製品を提供している。同製品は頻繁に使われるオブジェクトのライブラリを提供しており、社員トレーニング担当者や教員、プログラマーが簡単にオンライン講座を開発できるようにしている。作成されたコンテンツはインターネット、CD-ROM、企業LANなどでのプラットフォームで配信できる。同製品の価格は1,495~2,495ドル。
同社PRディレクターのSara Britton氏 |
また、社員のスキルの差異を分析し、「学習マップ」としてグラフィック化することで、社員トレーニング担当者や教員、ユーザーが一目で強化すべき分野を確認できる。エンタープライズ版は、OracleまたはMicrosoft SQL Serverデータベースをサポートしており、大規模なユーザー数に対応できる。現在、540社の企業がIngeniumを使用しており、ユーザー数は400万人以上に上る。価格は1万7,000ドルから。
同社はまた、世界で最大規模のカスタムコンテンツを所有していると同時に、サードパーティによる1万種類近くの膨大なオンライン講座ライブラリを提供している。サードパーティ出版社には、Macmillan Publishing、NETg、SkillSoftを始めとする50社以上の出版社が名を連ねている。今年の10月には、カリフォルニア州サンタクルーズにあるオンライン教育コンテンツのカスタム開発企業3 Dog Multimediaを買収することで、コンテンツの開発にさらに力を入れている。同社はCisco SystemsやOracleなどのオンライントレーニングのコンテンツを開発している。
ちなみに、現在もっとも人気のあるトレーニングコースはIT分野であるという。しかしその一方で、Oakes氏は「サードパーティによる既存のトレーニングコースを提供するのは我々のビジネスの一部分であり、ほとんどはカスタム講座の構築を行なっている。企業のニーズは各企業により異なっており、ユニークなものが多い」と語る。click2learn.comの社員500名のうち、約半分の250名がコンテンツチームでカスタムコンテンツを制作しているという。
e-Learning Networkを使用してSAICが開設した「Train4Life.com」(http://www.train4life.com/) |
ユーザーは、e-Learning Networkを通して1万4,000種類のオンライン講座の中から好きな講座を受けられ、企業トレーニング担当者はウェブベースで独自にオンライン講座を作成できる。同社は、オンライン講座を開発するためにウェブベースの無料オーサリングツール「click2learn.author」、Word文書やPowerPoint、Flash、PDFファイルなどをオンライン出版できる出版ツール「click2learn.publisher」を提供している。
製品やビジネスモデルが複雑化し、専門分野の知識が売上に直接影響をおよぼす現在、企業にとって社員の知識を高めることは生き残りのために不可欠な要素になりつつある。Microsoftでは、今年2月の「Windows 2000」リリース時に、e-Learning Networkを使用して販売スタッフへの製品トレーニングを行なった。世界中に広がる4,000名の販売スタッフを一カ所に集めてトレーニングを行なうためには多額のコストがかかるが、同ASPサービスを使用することで、最小限のコストでスタッフはWindows 2000に関しての正しい知識を学ぶことができたという。
また、技術調査機関のSAIC(Science Applications International Corp.)は6月、e-Learning Networkを使用して、化学・生物兵器を使ったテロリズムへの対処法をオンライン講座「Train4Life.com」で提供した。SAICのクライアントである米州政府や米陸海空軍のユーザーは、アンスラックス(炭疽)や神経ガスに対する緊急対処の方法などのトレーニングを同サイトで行なっている。
取材をした日がハロウィンデーだったため、社内はお化けの飾りつけで一杯 |
「e-Learning Network」の料金は、サイトの設定料金として2万ドル前後、あとはオンライン講座の料金や毎月のサービス料金が別途請求される。オンライン講座の値段は10ドルから数百ドル程度にまで分かれているが、グループ割引も行なっている。
同社の売上は、2000年第3四半期には1,110万ドルを計上し、前年同期の910万ドルから22%増、6四半期連続の伸びを示している。この中でも特に、e-Learning Networkからの売上は240万ドルであり、第2四半期から37%増という勢いを見せている。同社は第3四半期、新たにAmerican Airlines、Fatbrain.com、Netcom GSM、ADC Telecommunications、Puget Sound Energy、Allfirst Financial、VNU Publications、Lawson Softwareを含む43社の新規顧客を獲得した。
2000年の最初の9カ月の売上は3,140万ドル(損失990万ドル)で、前年同期の2,510万ドルから25%の増加となった。同社の売上増加には、e-Learning Networkによる売上が大きく貢献している他、Microsoft、The Princeton Review、Ernst & Young、Cablevision、Lucent Technologies、Morningstarなどの既存顧客のサービス利用の増加も貢献している。Oakes氏によると、同社は今年全体で4,200万ドル前後の売上を予測しているという。
同社は現在、オンライン教育市場では業界2位に位置している。最大手はシリコンバレーにオフィスを構えるSmartForceであり、同社は今年第2四半期のみで3,640万ドル(損失760万ドル)を計上している。
click2learn.comの受付。魔女の仮装をしている |
オンライン教育分野に興味を持ったきっかけは、Phillips CDi(Compact Disk Interactive)などのCD-ROM以前に登場した双方向マルチメディアだったという。「インターネットやCD-ROMが出てくる前から、私はテクノロジーを使った学習効果に非常に興味を持ち始め、自分で会社を作ろうと決心したのだ。当時、PhillipsがCDiという商品を開発した。これはCD-ROM以前のマルチメディアであり、この技術を使った社員トレーニングのビデオを見た時、いかに効率的に社員教育をできるかに興味を持った」。
同氏は1992年、父からの資金援助を得てOakes Interactiveを設立、教育関連の双方向ビデオディスクの制作に携わった。同氏は「父が会社をサポートしてくれて、資本集めや毎日の事業運営のノウハウを教えてくれた。父はマサチューセッツ州の金融機関でCEOを務めていたが、今は退職している」と語る。
その後、CD-ROMの登場とともに、同社は企業トレーニングの分野でCD-ROMコンテンツの開発を行ない、インターネットが登場した時にはウェブベースのコンテンツ制作を手がけた。1997年、click2learn.comと合併した時には年商900万ドルの企業に成長していたという。合併に関して同氏は「click2learn.comは製品開発企業であり、サービス企業ではなかった。一方、我々はコンテンツの制作やコンサルティングを行なうサービス企業であり、ちょうど互いに補完しあう形で自然に合併が成立した」と語る。1998年6月に同社はIPO(新規株式公開)を果たし、1999年10月にはAsymetrix Learning Systemからclick2learn.com に社名を変更した。
Oakes氏は、ボストンでは4,000以上のメンバーを抱えるマサチューセツ州最大のインターネット業界団体の役員を務めており、他の役員であるLycosのBob Davis氏などとも懇意にしていたが、今年初めにシアトルに引っ越してきた。その理由は、Paul Allen氏から、同氏の代わりにclick2learn.comを率いるように頼まれたからだという。ボストンとシアトルとの違いに関して同氏は「ボストンは起業家精神に溢れる場所で、シリコンバレーと並ぶテクノロジーの中心地だ。シアトルも、ほとんど同じ環境で違和感を覚えない。だけど、車の運転がおとなしすぎるのが欠点だ(笑)」と語る。
ベルビューに位置するclick2learn.comのオフィスビルに面した通り |
しかし、同社は2003年には同市場は110億ドル規模に飛躍的に伸びると予測しており、この急成長市場を狙って次々と企業が参入している。SmartForce、NETg、DigitalThinkなどのネット企業の他にも、Global KnowledgeやExecuTrain、またLearning Tree Internationalなどの既存企業が次々にオンライン市場に参入している。
今後はさらなる競争の激化が予測されるが、Oakes氏は「オンライン化により教育市場は大きな変革期に差しかかっている。我々は、包括的なオンライン教育ソリューションを提供している唯一の企業であり、この急成長のオンライン教育市場での業界リーダーになるだろう」と自信を見せる。
日本市場に関しては、同社は今年5月にソフトバンクとともにベンチャー企業click2learn Japan K.K.を立ち上げ、11月にはトッパン・フォームズ株式会社と提携し、トッパンの顧客3万人にオンライン教育コンテンツやサービスを提供するという発表を行なっている。同氏は「日本のオンライン教育市場は、現在の3,000万ドル規模から2010年には100億ドル規模になると予測されている。非常に可能性のある市場だ」と語る。
(2000/11/16)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]