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米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
ウェブサイトを訪れて、反応が遅いサイトにイライラすることがあるが、こうしたサイトは顧客候補を他のサイトにみすみす取られることにもなりかねない。優れたユーザー体験を提供するため、ポータルやECサイトの多くは、ログ分析ツールやネットワーク管理ソフトを使用してパフォーマンスの改善に務めている。しかし、これらのアプリケーションは、ユーザー属性の把握や全体的なシステムパフォーマンスの分析は提供するものの、実際にユーザーが体験しているサイトの速さ、またシステム内にあるデータベースやウェブサーバーの個々のパフォーマンスを分析することはできない。そのため、どこが問題なのかを正確に把握することができずに、サイトパフォーマンスを向上させるための具体的な戦略を立てることができないのが現状である。
こうした個々のマシンのパフォーマンスデータをすべて測定し、わかりやすいグラフ形式にしてリアルタイムで提供している企業が、シアトルに本社を構えるAppliant.comである。1997年10月に設立された同社は、独自技術のエージェント技術を使用したASPサービス「Lateral Line」で、ユーザーのサイト体験をリアルタイムに測定したり、ネットワーク内のサーバーやデータベースのどの部分がサイトパフォーマンスに影響を与えているかを分析するサービスを提供している。
システム管理者は、いつでもAppliant.comのサイトにログインして、パフォーマンスレベルやその原因を調べることができる。また、マシンの設定を変えたり、インフラへ投資した場合のパフォーマンスの変化をリアルタイムに分析することで、システムダウンを予測することも可能になる。この分野は、“マネジメントサービスプロバイダー(MSP)”とも呼ばれており、現在の10億ドル市場から数年以内には160億ドル市場に急成長するものと予測されている。同社の設立者であるBrian Bershad会長兼CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。
Appliant.com設立者のBrian Bershad会長兼CEO。同氏のオフィスにて |
Appliant.comが提供しているASPサービス「Lateral Line」では、ユーザーが実際に体験しているサイトのダウンロード速度を測定できるほか、ウェブサーバーやプロキシサーバー、キャッシングサーバーなど、ネットインフラの主要コンポーネントごとのパフォーマンスを測定できる。
このサービスを使用するためには、企業は、Appliant.comが開発した「Monitors」と呼ばれる軽量プラグインソフトを、ネットインフラの主要コンポーネントにインストールする。特許申請中のエージェント技術を使用したこのソフトは、特定コンポーネントのトラフィックを分析する。それぞれのマシンにインストールされると、自動的にデータを収集し、データは同社のデータセンターに送られてグラフ形式のレポートにまとめられる。
収集されるデータは、ページビューからサーバーのレスポンスタイム、DNSルックアップタイム、CPUの使用度、特定サーバーや全体のサイトパフォーマンスまで多岐に渡る。特に、クライアント、データベースなどのバックエンドシステム、さらにウェブサーバー、キャッシングサーバー、プロキシサーバーなどの中間層という、すべてのシステム層のパフォーマンスを測定することができるのが特徴だ。
また、システム管理者は同社が提供するポータルサイト「Lateral Line Management Portal」にログオンし、これらのレポートをリアルタイムで閲覧できる。同ポータルは大まかに、URL、サーバー、アクティブモニター、OSという4セクションに分れており、URLでは各ページのパフォーマンス、サーバーでは各サーバーごとのパフォーマンスを提供している。さらに、パフォーマンスの悪いサーバーは、過去のデータにアクセスしてその原因を探ることができる。また、トラフィック増加などでシステムに問題が起こりそうな場合、アラートで知らせてくれるので、システム管理者の負担は大きく軽減される。
ASPサービス「Lateral Line」。システム管理者がログオンする画面 |
一方、Appliant.comはレスポンスタイム以外にも、ページがすべて読み込まれるまでのレンダータイムやユーザーのページ滞在時間なども記録し、これらの要素がいかに関連し合っているかを分析する。これにより、トラフィックの増加がバックエンドシステムの対応にいかに影響を与えるか、ページのダウンロード時間がいかにユーザーの滞在時間に影響を与えるかといった細かい分析が簡単に行なえるのだ。
Bershad氏は、これらの企業とAppliant.comは、補足的な関係だと説明する。「我々の競合企業として、よくKeynote Systemsが挙げられるが、それは間違いだ。Keynote Systemsは多数のサイトのレスポンスタイムを分析しており、自社サイトのパフォーマンスが他社と比較して何番目に位置するのかを教えてくれる。したがって、自社サイトのレベルを把握するには適しているが、パフォーマンスが思わしくない原因を突き止めることはできない。一方、我々は他社サイトとの比較はしないが、システム内部のパフォーマンスとその原因を分析することができる」と語る。
サービス料金は、トラフィック量により異なるが、毎月500万ページビュー以内で2,000ドル。企業は2,000ドル~1万ドルあたりを支払っているという。同氏は「我々は、30日間のトライアルサービスを提供しており、現在では100社近くの企業がトライアルを行なっている」と語る。現在、Excite@Home、Freeshop.com、Juno Online、RealNetworks、YellowPages.Comなど10数社が顧客として名を連ねている。
各サーバーのパフォーマンスからOSのCPUの使用度、各ページごとのパフォーマンス、過去データなどを見ることができる |
エージェントは主要なシステムに対応しており、Sun MicrosystemsのSolarisに対応したNetscape Commerce Server、MicrosoftのWindows NTに対応したInternet Information Server、Netscape Commerce Server、Red Hat Linuxに対応したNetscape Commerce Server、Apache server、さらにInktomi Traffic Serverなどに対応している。
同社はまた、サードパーティがエージェントを開発するためのAPIも提供しているので、企業は独自のエージェントを構築することができる。これにより、同社はデータ収集エージェントを他のインフラに追加したり、他のパフォーマンス測定ソフトからのデータと統合することもできる。
ただし、ユーザーのパフォーマンスを測定するためには、ユーザー側にもプラグインをインストールする必要がある。クライアントエージェントは、ユーザーが特定サイトにアクセスするごとに、テキストデータや画像などの異なるコンポーネント情報を集めて、レスポンスタイムやレンダリングタイムを記録する。例えば、ダウンロードが一番遅かったのが、特定のデータベースに保存されていたコンテンツだった、というところまで追跡できる。
Bershad氏は「過去、ユーザーはプラグインをダウンロードするのを嫌がったが、現在では軽量ファイルのプラグインはそこまで負担ではない。我々は、プライバシー問題には非常に気を使っているので、ユーザーの名前や住所などの個人データは一切集めていない。ユーザーは通常とまったく変わらず、ウェブサーフィンを楽しむだけでいいのだ」と語る。
また、たとえユーザー側にエージェントがインストールされていない場合でも、バックエンドシステムやミドルティアのシステムパフォーマンスは測定できるので、十分にパフォーマンス測定の効果があるという。
電話帳サイトのYellowPages.Comでは、Appliant.comのサービスを使用して、ウェブページの問題を突き止めることができ、ロードバランスを向上、ダウンロード速度を20%向上させることに成功したという。
同社は、多数のパートナー企業からのリンクがあるため、ページのダウンロード時間が長く、ユーザーが他のサイトに移ってしまうという問題に悩んでいた。特に、Eビジネスに主要事業の大部分を依存するようになってくると、サイトパフォーマンスの向上が差別化の鍵となってくる。
同社がAppliant.comを選んだ理由は、低コストでユーザーに影響するすべてのデバイスや製品サービスを個々にテストできるからだという。これにより、ITリソースへの負担を最小限にとどめながらも、一カ所で包括的なソリューションを得ることができる。他のサービスでは、例えばコンテンツ配信部分のみ、またはユーザーのレスポンスタイムのみなどの部分的なサービスしか提供されていなかったという。
YellowPages.Comは、Appliant.comのサービスにより、ユーザーのダウンロードが12~16秒かかるというページを見つけて、それが同社のパートナーの特定コンテンツのレンダリングから来ているという部分まで細かく分析できるようになった。これらのレポートをベースに、同社はプログラムやハードウェアを変えてページレンダリングや処理速度を上げ、サイトパフォーマンスを20%向上することに成功した。
Appliant.comは現在、サイトパフォーマンス改善ソフトを提供するWebGecko Softwareと提携し、WebGeckoの顧客に期間限定で無料サービスを提供している。現在、5,200本以上ダウンロードされているWebGeckoのソフトウェア「APGen」に、Appliant.comのエージェントがバンドルされることになる。これにより、WebGeckoでは、APGenを使用したあとのパフォーマンスの向上をリアルタイムで知ることができるようになったという。
同社がテナントに入っているオフィスビル。シアトルのベルタウンに位置している |
同氏はカリフォルニア州で生まれ育ち、地元のUCバークレー校で電子工学とコンピュータサイエンスを学んだ後、1990年にワシントン大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得、その後はカーネギーメロン大学で教授を務めた。そこで同氏のパートナーとなるエンジニアのBrad Chen氏と出会い、その数年後に二人でワシントン大学に戻り、商用アプリケーションのパフォーマンスを測定するモニタリング技術を開発するようになったという。サクセスストーリーを絵に描いたような人生だが、お金を得るために子供時代は新聞配達などもしていたという。
Bershad氏は、同氏が開発した技術を使ってサービスを提供するためにAppliant.comを設立した。「私がまだ大学にいた頃、私とBrad Chen、そしてその他のエンジニア数人でパフォーマンス測定技術を開発していた。開発した技術を中核に事業を起こしたかった。1997年10月に同社を設立し、スケーラブルなアプリケーションの開発を行なった。Brad Chenは現在CTOを務めており、残りの数人も同社のエンジニアチームで働いている」。
1997年当初は、まだASPサービスが大きな流れではなかったので、ソフトウェア企業としてパッケージ販売を行なっていたという。しかし、1999年初期に大きく方向転換し、同社の技術をサービスとして提供することにした。同社が一括してデータを処理した方が顧客のシステム管理者に負担をかけずに済むこと、ソフトウェアのアップグレードがしやすいことなどが主な理由だったという。
ASPモデルに関しては現在さまざまな問題点も聞かれるが、同氏はこの選択は間違っていなかったという。「ASPモデルの優れた面は、顧客がサービス導入を行なう部分を簡易化することで、顧客が2倍になっても社員を2倍にしないでいい方法を考えられるからだ。我々は、サービス導入方法に関して真剣に考えており、できるだけインストールを簡単に行なえるアーキテクチャーを開発した。これにより、スケーラビリティが必要な場合には帯域幅とサーバースペースを追加すればよく、10社をサポートするのも100社をサポートするのも同じことだ」と語る。
オフィスビルに面した通り。人通りはまばらだった |
「我々は投資家達に、我々の持つビジネスモデルと顧客リスト、そして独自技術について説明したところ、技術に関しての高い評価を受けた。我々が投資を受けた大きな理由は、まず、ネットインフラ技術を開発していること、次に独自技術を持っていたことだ」と語る。
ネットバブルの崩壊に関しては、同社はそれほど痛手を受けていないという。「我々は未公開企業なので、市場の低迷による痛手は受けていない。現在、小さなドットコム企業は新たな投資を受けられずに業務停止に、公開企業も株価の低迷から倒産に追いやられているが、我々は顧客にサービスを提供して売上を上げているので、市場の低迷はあまり関係ない。強いて言えば、顧客の予算が絞られてくるということだが、まだその徴候は見えていない」と語る。
将来的な展望としては、「現在、クライアント/サーバー型の技術プラットフォームを提供しているが、将来的には、これをストリーミング、ワイヤレス、コンテンツ配信ネットワークのプラットフォームにも広げて、ありとあらゆるウェブプラットフォームのパフォーマンス測定企業になる」としている。
日本市場に関しては「ワイヤレス分野では非常に進んでおり、重要な市場である。現在のところは国際市場に進出する明確なプランはないが、プラットフォーム戦略において非常に重視している」と語った。
(2000/1/11)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]