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米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
VoteHere.netのDeborah Brunton企業関係副社長 |
しかし、その反面、オンライン選挙は、ハッカー攻撃や内部関係者の情報操作により投票の結果が大きく歪められる危険性も秘めており、警戒する向きも多い。こうした問題を解決するためには、オンライン選挙は、電子商取引(EC)のトランザクションよりもさらに高度な暗号技術およびユーザー識別プログラムが必要となる。さらに、投票者がどの候補者に投票したかを、システム管理者すら知ることができないシステムを構築しなければならない。
こうした数々の困難な点を解決し、包括的なオンライン選挙システムを開発しているのが、ワシントン州のベルビューに本社を構えるVoteHere.netである。もともとデータセキュリティ企業として1996年に設立された同社は、安全性の高いオンライン選挙システムの開発に焦点を絞り、1998年11月には初のオンライン選挙システム「VoteHere Election System」をリリースした。1999年2月にはトライアルだが最初のオンライン選挙をワシントン州で行なっており、これまでに米国6州で15回以上のオンライン選挙のトライアルを行なっている。
米国では、9万以上の管轄地区で選挙が毎年開催されており、テレビ広告やダイレクトメールも含めると選挙市場は70~100億ドルを超える巨大市場である。VoteHere.netのDeborah Brunton企業関係副社長に同社のビジネスモデルと、米国のオンライン選挙の現状や今後の戦略について尋ねてみた。
Brunton氏は「オンライン選挙システム企業は多数存在するが、政府向け選挙システムを開発して実際に認可申請中の企業は、VoteHere.netのほかにあまり存在しない。我々がこれほど成功しているのは、設立者のJames M. Adlerがセキュリティ技術専門家であり、データセキュリティに関して高い評価を受けているからである」と語る。
同社が最も重要視しているのは、セキュリティと有権者のプライバシー保護の分野であり、同社はこれに関する技術4種類を2000年3月に特許申請している。
セキュリティ分野では、まず、ユーザーが本物の投票者であるかどうかのユーザー認証を行なうことが必要となる。投票所に出向く場合には身分証明書などを表示すればよいが、家庭やオフィスから投票する場合には、誰が投票しているかわからない。同社は、ユーザー認証にデジタル署名を使用しており、いったん投票者が投票を行なったら、同じデジタル署名を使った投票はできなくなるようにしている。
また、通常、デジタル署名の認証機関は1カ所だが、ここでは複数の認証機関を設けた「分散型トラストモデル」を採用している。ユーザー認証の際も、必要な情報だけを摂取し、それ以外のデータは一切調べないという方針を採っている。同社はこれを「ゼロナレッジプルーフ」と呼んでおり、コンシューマーがウェブで買い物をする度にその他のECサイトでも同じデータが共有されるというネット上で大きな問題となったプライバシー侵害を避けている。
次に、ネットワークを票が移動する場合、ECで広く使用されているSSL暗号では、データがネット上を移動する間は安全だが、データセンターに到着したら暗号が解けてしまい、票を選挙管理者に読まれてしまうという懸念がある。これに対して、同社は1,024bitの暗号技術を使用して、投票者が投票すると同時に票が暗号化され、それ以降はどのプロセスにおいても票を見ることができなくなるシステムを採用している。これにより、個人の票に対するいかなる変更や追加削除もできず、選挙管理者や同社自身でさえも投票を解読できない。その他、データセンターではシステム故障やハッカー攻撃に備えてバックアップサーバーを準備している。
デジタル投票用紙にアクセスするためのキーホルダー型データストレージデバイス「iButton」 |
デジタル投票用紙がディスプレイ上に表示されるので、投票者は画面の指示に従って、タッチスクリーンで投票を行なうことができる。投票した後は、もう一度自分が選んだ候補者が登場するので、確認してOKボタンを押せば終了だ。その後、記録用のレシートがプリントアウトされる。
票は、同社のデータセンターにリアルタイムにオンライン転送されて集計される。また、ネットワーク上でデータを転送することに対して抵抗がある場合には、投票所に設置しているサーバーにデータを保存し、投票が終わった時点でCDやDVDなどにデータ保存してからデータセンターに運ぶこともできる。
Brunton氏は「投票者が、投票所に行き、受付で登録して、投票用紙を投票箱に入れるのと同じ感覚で、コンピュータを使って投票することができるようなシステムの開発に重点を置いた。インターフェイスも何度もテストを行ない、ユーザーが使いやすいように修正していった」と語る。
また、選挙管理者に対しても、操作が簡単なウェブベースの選挙管理システムを提供している。管理者は、投票用紙のデザインや選挙スケジュール作成、有権者登録リストや認証データのデータベース入力などを行なえる。
同氏は「現在、アリゾナ州、テキサス州、カリフォルニア州、ノースキャロライナ州で不在者投票が行なわれているが、彼らは投票用紙を印刷して、それを投票所まで運搬し、投票所を設置するのに多大なコストをかけている。しかし、どの投票所に何人集まるかがわからないので、非効率である。我々のシステムを使えば、どこにでも簡単にシステムを運ぶことができ、印刷やその他の準備コストもかからない」と語る。
企業向けオンライン選挙サービスである「VoteHere Gold」のデジタル投票用紙 |
同社は、こうした背景も踏まえて、政府の状況に合わせて投票システムの一部に同社システムを導入するという柔軟なソリューションを提供している。たとえば、予算やその他の関係で完全にオンライン選挙システムに移行できない場合には、一部の投票地区だけオンライン選挙のインフラを設置して、それが成功したら、翌年から他の地域にも拡大するといった具合だ。
また、政府機関向けサービスといえども、価格が魅力的ではないとシステム導入へは至らない。現在の一般的な選挙システムは、投票者一人あたりにかかるコストは安くて3ドル、高いので25ドルにもおよぶ。高価な投票システムを使っている州は、たとえば7カ国語の言語で投票用紙を作成するカリフォルニア州のロスアンジェルスなど。VoteHere.netは、投票者一人あたり4~5ドルという価格設定で高コスト地域への進出を狙っている。
さらに、これまで投票に使用されていたマシンは、タッチスクリーンの専用マシンで1台につき3,000~5,000ドルはかかり、選挙以外には使用できなかった。しかし、同社はCompaqと提携し、Compaqのウェブデバイス「iPaq」のタッチスクリーン版を投票マシンに採用した。iPaqは500ドルと安価で、購入したくなければリースも可能なので、ハードウェアのコストは10分の1あたりまで下がる。また、選挙シーズンが終わった後でも、iPaqを図書館や市役所に設置して、情報オンラインサービス向けなど、異なる目的で使用することができる。
同社は、企業向けのサービスも提供しており、2000年3月には、航空機製造の最大手BoeingがVoteHere Goldを使用して40日以上にわたるエンジニア労働組合「SPEEA」との争議をオンライン投票で解決した。SPEEAメンバーは、Boeingが提示する条件を受け入れるか入れないかの返事をオンライン投票を通して行なったところ、70%以上の投票者が条件を受け入れ、すぐに仕事に復帰できたという。以前は州外メンバーからの意見を集めるだけで数日かかってしまい、ストライキが長引いていたが、オンライン投票により結果は数分後に提出されたという。
「VoteHere Gold」で得られた集計結果 |
しかし、アリゾナ州の予備選のオンライン選挙を担当したElection.comは、ユーザー認証には郵送によるPIN番号(Personal Identification Number)を使用したために、PIN番号が同封された手紙をジャンクメールと思って捨ててしまった有権者が多数登場するという問題も起きた。また、旧型のウェブブラウザーを使用しているユーザーは、Javaアプレットを使用している同社のサービスをまったく使えなかった。さらに、オンライン選挙に関する市民団体の「誠実な選挙プロジェクト(VIP)」は、デジタルディバイドをさらに拡大するものとして同予備選挙でのオンライン投票の差し止め請求を裁判所に訴えた。同団体は、オンライン投票を「パソコンを持つ人のみにとり利益のあるシステム」と批判している。
VoteHere.netでは、オンライン選挙の進化はネットインフラやスマートカード認証などの発達とともに進んでいくと見ており、第1段階は投票所でのオンライン投票、第2段階は近所のショッピングモールやコンビニに置かれたキオスクからの投票、第3段階は海外在住者や身障者によるリモート投票、第4段階は一般人によるリモート投票という形で進んでいくと予測する。
これらの進化のタイムスケジュールに関しては、いつとはいえないが、第3段階は3~4年以内に実現するだろうと見ている。海外で働く軍事関係者などは、米国に戻ってきてから投票することはほぼ不可能なので、これらの人々によるリモート投票は比較的早く浸透するだろう。しかし、オンライン選挙の最終段階と言われる家庭やオフィスからの一般人によるリモート投票が一般的に普及するのはいつになるのだろうか。
同社がテナントに入っているオフィスビル。ベルビューに位置している |
Adler氏はフロリダ大学で電子工学を専攻、その後はカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)で電子工学の修士号取得。卒業後は、General Dynamicsの宇宙システム部門でTitan/Centaurロケット向けの航空/発射システムの開発に携わった。同社はその後Lockheed Martinに買収されている。
同氏は1993年、システムデザインおよびエンジニアリングのコンサルティング企業であるTritera(旧名:Tangent Systems)を共同設立し、Scientific-Atlantaの委託契約を受けて初期のデジタル署名技術を開発した。この知識を生かして、1996年にVoteHere.netを設立。当時はSoundcodeという会社名で、ネット上での安全な取引を行なうデータセキュリティ技術を開発していた。
どの分野に焦点を絞ったらいいかの調査を進めていくうちに、オンライン選挙システムの開発が著しく遅れていることに気づいた。その理由の一部は、ユーザー認証や暗号システムを含めた技術開発が困難であったことが挙げられる。そこで、最初に取締役会の10人規模の投票をオンラインで行なうシステムを開発して試してみたところ、これまでのオフラインの投票よりも多大な時間がかかったという。
Adler氏は、その後はオンライン選挙プロセスの合理化に焦点を絞り、過去3年間にわたり、州政府や市政府などとオンライン投票システムに関しての話し合いを進めてきた。これまでに米国6州で15回のオンライン選挙のトライアルを行ない、投票者のオンライン投票に対する興味やインターフェイスの使いごこち、選挙管理者がいかに易しくオンライン投票を運営管理できるかに関してのテストも行なってきた。こうしたテストにより、ユーザーにとってはわかりやすいインターフェイス、また運営する側にとっても便利な製品を提供することができるようになった。
「VoteHere Platinum」のデモを見せる同社のDerek Dictson製品マーケティングマネージャー |
現在、フロリダ州やワシントン州政府もオンライン投票を考慮している最中であり、今後は大幅な市場拡大が予測されている。同社は、2002年までには政府からの認可が降りて正式なサービスを開始できることを期待している。オンライン選挙に関するGartner Groupの2000年4月の予測によると、2004年までに全米50州でオンライン投票が実現するとしており、同社も、少なくとも次の大統領選までには必ず正式なオンライン選挙システムの導入ができると見込んでいる。
特に、政府のオンライン選挙への対応は、昨年の米大統領選から大きく変わりつつあるという。Brunton氏は「今回の米大統領選で、人々は正確な投票システムの導入に真剣になっている。今までは、時間の節約とコスト削減などの効率化をもたらすためにオンライン選挙を導入すべきだと考えられてきたが、それは、全体の選挙システムの一部に過ぎない。最も重要なのは、投票者の意図が正確に反映された投票を行なうことだ。誰に投票したかが確認できないパンチカードより、投票する前にもう一度確認をしてくれるタッチスクリーン画面と集計/再集計を即座に行なうバックエンド技術を選ぶのは自然だ」と語る。
同社はまた、米国のみではなく国際市場への進出も積極的に行なっており、英国、オーストラリア、スウェーデン、スイスにも進出している。
(2000/2/8)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]