【連載】

社会学の理論で斬る「ネットの不思議」

第1回:「他愛もないメール」の不思議
-顔見知りとメールすることの機能-

【編集部から】
すでに日常生活の一部として切り離せなくなった感のあるインターネット。パブリックとプライベートを併せ持つ領域で、「ネットカルチャー」と呼ばれる現象がたち現れてきました。これらの現象に対して、新進の社会学者が社会システム理論などを駆使し、鋭く切り込みます。

あまりにも当たり前になった「メール」

 友人との待ち合わせに、仕事に、寝る前の暇つぶしに、誰かとメールのやりとりをする、そういう光景は今や珍しいものでも何でもない。少し前まではデートの約束をするにもわざわざ前日までに電話をして、時間と場所を決めていたのに、今では「あいたいよ!」なんてメールが入ればすぐにでも会いに行く(会いに行かなければならない?)ことができるようになった。

 どのくらいの頻度で利用するかはともかく、今やメールで連絡の取れるツールを持っていない人の方が少数派になりつつあるだろう。むしろ、相当の決意を持って臨まない限り、周囲からの「いい加減メールアドレスぐらい作れよ」という圧力に耐えることは相当な困難であるはずだ。

 しかし振り返って考えれば、なぜわざわざ顔見知りと連絡を取るためにメールアドレスなど取得しなければいけないのか疑問である。ほんの数年前まで、メールなどなくても我々は何の不便も感じていなかったはずだ。メールを使う人は、電話のように相手の都合を気にせずに連絡が取れるようになってよかったと言うが、毎日メールをチェックしないとデートもできないのでは、むしろ不便になったと言えないだろうか。

メールのやりとりはそんなに重要か

 さすがにデートの約束は毎日でもメールをチェックしておきたいところだが、われわれがメールでやりとりをする時は普通はもっと他愛もないことを書いているだろう。曰く、「今日食べたファミレスのメシが意外にうまかった」 「明日は授業で朝早いから超だりー」 「今度また飲みに行こうよ」 等々、何の用件なのかもよくわからない。

 だがしかし、用件がなければメールを送れないのなら、ここまでメールが我々の生活に浸透してくることはあり得なかったかもしれない。確実に用件を伝えたい時は対面や電話の方がいいし、公式な話であればむしろ紙の文書を郵送するという手段を用いるだろう。大した用事でもないのにそれらの通信手段を用いるのは相手にとって迷惑だと捉えられてしまう。つまりメールはそのような「他愛もない話」をするにはうってつけのメディアなのだ。ここでマクルーハンの有名な「メディアはメッセージである」という話を思い出す人もいるかもしれない。社会学では、上にあげたような状況を捉えて、あらかじめ「他愛もない話」をすることへの動機付けがあってメールというメディアが選ばれたというよりは、メールというメディアの特性がそこに流通するメッセージの内容を規定すると考える。言い換えれば、メールだからこそ「他愛もない話」が流通するということだ。

長電話からメールへ

 この種の他愛のない話がメディアに乗って流通するようになったのはごく最近の話だ。子供の頃、家にあった電話で友達と長電話をして怒られた経験のある人はたくさんいるだろう。電話は一家に一台、「オトーサンが電話代を払っているのに、くだらないおしゃべりで家の電話を使うんじゃない!」といった具合に。

 この頃、電話はだいたい玄関の近くに置かれた電話台に乗せられていたはずだ。冬場ともなると、寒さでかじかむ足をこすりながら電話したことはないだろうか。電話はまだ家族のもので、家族と「外」を繋ぐものだという考え方が一般的だった。だから電話は例えば、訪問者がやってくる場所である玄関のような、家の中で一番「外部」に近い場所に置かれていたのだ。電話のメッセージは訪問者と同じ、「家族の外」からやって来るものに他ならなかった。

 しかしその後、親子電話、コードレスホンといった新しい電話が登場してこの状況は変わっていくことになる。寒くて長電話しようにもできなかった玄関から、居間に置いた子機を使って電話ができるようになる。オトーサンに怒られるなら子機ごと持って自分の部屋にこもってしまえばいい。はじめ「家」と「外部」の境界にあった電話は、コードレスホンの登場によって家族の一人一人にそれぞれ「個別の外部」と繋がるツールになったのだ。携帯電話まで続く、パーソナルコミュニケーションツールの端緒はここにある。

 ポケットベルのブームは、この流れの中から考えなくてはならない。ポケベル自体の歴史は古いが、ビジネスマンの道具であったポケベルが若者の連絡用ツールとして普及し始めたのは'90年代の初め頃からである。数字しか表示できないポケベルに、「084」であれば「おはよう!」といった具合にメッセージの「暗号」を読み込む女子高生の姿に奇異と驚きの目を持って見ていた大人たちも少なくなかった。

 そこで流通するメッセージは、ただひたすらに「他愛ない」。そもそも情報量が少ないのだから当たり前だが、何が彼女たちをして、そのような他愛もない話へと動機付けさせたのだろうか。メディアの特性がそこで流通するメッセージを規定するという議論だけでは計れない何かが、その背後には存在しているとは言えないだろうか。

通信技術の使われ方

 実は、その後のパーソナルコミュニケーションメディアの流れが、この疑問にヒントを与えてくれる。ポケベルは数字表示のものから文字表示のものへと移り変わり、ケータイやPHSのメールにとって変わられた挙げ句に廃れてしまったが、この現象は我々に、なぜそこまでメール機能が重要なのかという疑問を投げかける。場合によっては、面倒な手間をかけて文字を送信するくらいなら、電話で話したほうが早いということもあるはずだ。

 これはまた、インターネットにも当てはまる現象だ。複数の調査が示すとおり、インターネット関連の技術の中でもっとも使用頻度が高いのは電子メールである。例えば総務省郵政事業庁(旧郵政省)の1996年の調査によると、この時点でインターネットの利用は電子メールが40%とトップである。また、『インターネット白書 2000』(インプレス刊)では、インターネット利用者のうち、現在電子メールを利用している人は88%、今後利用したいコンテンツとしても37.5%で共に一位だ。また、デジタル・ネットワークに関する研究を行っているサイト「eM」の調査によると、電子メールの利用用途は「プライベートのやりとり」が30%弱と最も多い。

 インターネットそのもののインフラが貧弱で、文字と小さな画像くらいしか表示できなかった数年前ならいざ知らず、ネットワークに関するインフラも発達している現在、電子メールという相対的に情報量の少ないメディアが一向に衰える気配を見せないというのはどういうことなのか。

 これこそ「他愛のない」話がメールでのコミュニケーションの重要な機能を果たしていることの証左といえるだろう。伝えたい用件があって、そのためにメディアを用いるのであるならば、情報量の多いメディアを用いた方が精細度は高いはずだ。なのに今でもメールのような精細度の低いメディアが用いられるということは、メールでのコミュニケーションがそのような「情報を伝える」ことを主要な目的としていないということだ。

 そもそも通信技術は、遠隔地との情報のやりとりをスムーズにするために発展してきた。アメリカでインターネットがこれほどまでに普及したのは、人口密度が相対的に低く、通信手段が必須の要素だったからでもある。しかしながら日本のような相対的に人口密度が高いという条件の下では、そのような、わざわざメディアを用いて用件を伝えることに対する動機付けは低くなってくる。しかし日本でのパーソナルメディアの普及の度合いを見る限り、むしろそのような使い方とは別の動機付けが存在するのではないかと思わざるを得ない。

「他愛もない話」こそが重要?

 私自身はその動機付けを「対面ではできない話をする」ことにあると推測している。学生時代を思い出して欲しい。教室の中で「あの子にこれ回して」なんて言って「お手紙」を回しあった経験のある人は多いはずだ。そこで語られるのは、たいてい当事者にとっても意味のない話だった。電子メールの受容の背景にはこの「投げ文」の伝統があると考えて差し支えないだろう。対面に近い距離にいる人間とわざわざ手紙をやりとりするのは、そこで「対面ではできない話」や「みんなの前ではできない話」をすることで、普段のコミュニケーションを円滑にするという目的があるからではないだろうか。

 そう考えると、若者の間でのメールのブームも、実は「投げ文」の延長であって、それ自体としては特別な現象でないことがわかる。社会学における機能分析の重要な視点は、特異な現象として見られているある事象が、その機能において何と交換可能であるかを明らかにすることにあるが、電子メールはまさにそのいい例だと言えるだろう。このような「機能」の視点からネット現象を分析することで、我々の通常の理解とは異なった知見を得ることに、社会学的分析の醍醐味があるということだ。

■お薦めの一冊
吉見 俊哉・若林 幹夫・水越 伸 『メディアとしての電話』 (弘文堂)
   →家庭の中に「電話」というメディアがどのように受容されてきたのかについてNTTの調査データを用いながら詳細に分析している本。

◎執筆者について
 鈴木"charlie"謙介。大学院で社会学を研究する傍ら「宮台真司オフィシャルサイト」の作成・管理なども手がける。ハードな政治思想から、若者文化に至るまで幅広く研究しているが、その様は「ミニミニ宮台君」と言われても仕方がないのではないか・・・という声も。

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(2001/5/22)

[Reported by 鈴木"charlie"謙介]

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