【連載】

社会学の理論で斬る「ネットの不思議」

第2回:「ネカマ」の不思議
-誰もがジェンダーを無効にできる世界-

【編集部から】
すでに日常生活の一部として切り離せなくなった感のあるインターネット。パブリックとプライベートを併せ持つ領域で、「ネットカルチャー」と呼ばれる現象がたち現れてきました。これらの現象に対して、新進の社会学者が社会システム理論などを駆使し、鋭く切り込みます。

出会い系サイトの盛り上がり

 「出会い系」と呼ばれるコンテンツが盛り上がりを見せている。メル友募集掲示板から2ショットチャット、会員登録制のサイトまでその種類は多様だが、基本的に男女の出会いを提供するサイトであることに代わりはない(同性愛者専門のサイトもあるようだが)。

 これらのサイトは「素人同士の出会い」を提供する点で、アダルトコンテンツとも異なる微妙な位置をインターネット上に占めている。確かにエッチな書き込みも数多く見られるが、それが本来の目的とはいえないし、実際に多くのサイトがそのような「公序良俗に反する書き込み」を規制している。とはいえ、そこでユーザー同士がどんな会話を交わそうと干渉しないというのも大抵のサイトのシステムだから、エッチな会話が交わされることもしばしばありうる。今回は、このような「微妙な位置」ある"出会い系文化"の中から身近なケースとして「ネカマ」を取り上げよう。

 「ネカマ」とは「ネットおかま」の略で、文字通りネット上で異性を演じる人たちを指している。ただ演じるだけなら、まあ害はないともいえるだろうが、ネカマが問題になる多くの場合は、相手の性別が問題になる文脈、特に「出会い系」の場面においてである。また、彼らは、日常においては普通の生活を送っており、ネット上だけでおかまに変身するというのも特徴的だ。

ネカマの高笑い

 なぜ彼らはネット上だけでオカマを演じるのか。その目的はさまざまだろうが、代表的なのは女の子を装った書き込みに対してメールを送ってきた男を笑いものにするというものだろう。ネット上にはこうした「吊し上げサイト」がいくつか存在している。彼らは「こんなメールを送ってきました」といった具合に、相手がネカマとは知らずに送られてきたメールをネット上で公開してさらし者にするのだ。

 その種の吊し上げサイトの一部は、内容が過激であるためにページが削除されたり移転を繰り返すものも多い。しかし過激なのは彼らのページというよりも、女の子だと勘違いしてメールを送ってきた男の方だ。例えば自分の顔写真ならまだしも、猥褻な画像を添付して送りつけてくる男もかなりいるという。そこでネカマたちはサイト上で彼らを徹底的にコケにして「あげる」のだ。

 ここまで積極的なものでなくても、自分だけで同じようにほくそ笑んでいるネカマもいるだろう。これは、子供のイタズラ「テレクラへのイタ電」を思い出させる。女の子同士なら経験のある人も多いだろうが、男の子の中にも、女の子の声でテレクラに電話をかけて相手の男の反応に爆笑した人がいるだろう。

出会い系サイトの罠

 男が女の子の声で電話しても、大抵の場合すぐにばれてしまう。しかしネットならば、相手に伝わるのは文字の情報のみ。まさか相手も「ネカマですか?」とは聞きにくいし、うまくすれば本当に女の子だと思って対応してくることになる。そういう意味では「なりきれる」分だけネカマの方がテレクラへのイタズラ電話より、いたずらとしてはおもしろいが、被害に遭う方としてはたちが悪い。

 ここまで私は「ネカマ」を「男が女を演じる」ことに限定して話をしてきた。しかし、本当なら女が男を演じる「ネットおなべ」もいていいはずなのだ。なぜそういう話をあまり聞かないのだろう?

 それには、まず「出会い系サイト」における男女比の問題が多く関わってくるだろう。インターネット人口の調査では、『インターネット白書2001』(インプレス刊)などを見る限り、男女の比率は全体で7:3で若年層ほど女性比率が高くなる傾向にある。ところで、出会い系のコンテンツとなると、アクセス数についてはきちんとしたデータを公表しているところは少ない。しかしながら、参加者の書き込みの頻度などを見ても男性の方が多いことがうかがえる。これはオフラインの結婚相談所などでも同様の傾向なので納得できる。また、多くの出会い系サイトでは、女性が書き込みをすると一日に何十件ものメールが殺到するが、男性の書き込みに返事が来ることはまれである。つまり「女が待ち、男が口説く」という構図ができあがっているのだ。

 だからこそ、「ネットおなべ」よりも、男が女を演じるネカマの方が圧倒的多数になる。そしていびつな男女比は、男の口説き文句をあげつらって笑うことをたやすくする。そして、男の口説き方そのものがネカマにとっての攻撃の対象となる。あるネカマサイトでは、管理人は「出会い系」そのものを「ウザい」と考えているようだった。そしてそのサイトの掲示板では、彼に賛同する多くの女性の書き込みが見られる。曰く、「出会い系の男ってホントにウザい」「こんな風に吊し上げてくれるとスカッとする」などなど。

 こうなってくるとそもそもネカマが悪いのか、バカにされるようなメールを送ってきた男が悪いのかわからなくなってしまう。だが少なくとも問題の本質が、誰でもネカマになれるインターネットの特性にではなく、男女のコミュニケーションの違いにあることはわかってくる。多くの女性は「出会い系」ですぐ携帯の番号を教えたり、会いたいと言ってくる男たちを「ウザがって」いるのだ。ネカマによる吊し上げが個人のいたずらを越えて共感を受けるのは、そういう「ウザい」男たちがいるからだということになる。ネットに特有の現象だと考えられていることが実は、ネットというメディアの特性と、そこにアクセスする「人と人」の問題から構成されているというのは、今後もたびたび登場することになるだろう重要な視点であるし、社会学の根本的な発想法でもある。

ネカマはどこにでもいる

 さて、ここまで「出会い系」でのネカマの話をしてきたが、ネカマが登場するのは何も「出会い系」の場面だけではない。たとえば普通のチャット。「こいつもしかしてネカマなんじゃねーの?」と疑いたくなるケースや、チャットしている相手から「女の人ですか?」と聞かれたことのある男性もかなりいるのではないだろうか。

 自分は男として普通に会話していたつもりなのに、相手には自分の性別が伝わっていないどころか誤解されてしまう。なぜこのようなことが起きるのか。KDDIの広告で「インターネットでは『あたし』と名乗れば男でも女になれる」というのがあったが、これほど簡単に自分の性別が誤解される、あるいは誤解させることができるのは、実は私たちが「男/女」と呼んでいるものが、ものすごくはかない基準の上に成り立っていることを、私たちに教えてくれている。

 社会学では、生まれたときに(最近では生まれる前から)決定される性別(セックス)に対して、「男らしさ/女らしさ」といった性差のことを「ジェンダー」と呼んでいる。この言葉は1960年代以降のフェミニズム理論において最も重要な用語の一つとして使われてきた。というのも、ジェンダーには、それが生まれた後に文化的に規定されるものであるという含意があるからだ。

 「女らしさ」、例えば「母性本能」などと我々が呼んでいるものが、女性であれば誰しも生まれながらに備わっているものであるならば、それが欠けている人は異常だということになる。実際つい最近までそのような見方は当たり前だったし、今でもそういう主張をする人はいる。だが、社会学やフェミニズム理論におけるジェンダーの概念は、この種の見方が端的に錯誤であると主張する。「女らしさ」は生まれた後から決められてくるのであり、「本能」などではないのだと。

 「ネット上で性別が誤解される」という時に誤解されているのは、実はこの「ジェンダー」の部分である。これは同時に、ジェンダーがどのようにして我々の生活や文化や言語を規定しているのかを示す良い例にもなっている。先程の「あたし」の例では、「女らしさ」は「言葉遣い」に現れているのだが、逆をいえば文字だけのコミュニケーションが行われるネットでは、言葉遣いだけでジェンダーを混乱させることができるのだ。

 しかしながら厄介なのは、言葉遣いだけで相手の性別を判断・誤解できるほどに「ジェンダー」が我々の生活に染み込んでいるということだ。「ネカマ」は、我々が無意識のうちに前提にしている「男らしさ・女らしさ」といったものを脱臼させること、そしてそれが実は誰にでも可能であるということにおいて興味深い現象なのだ。

 もし機会があったら、あなたもチャットなどで異性のフリをしてみてはいかがだろう。いたずらは勘弁してほしいが、「ネカマ」になってみることで、あなたが、あるいは相手が「男/女」というものを、どういうものであると思っているかを知るのにいいきっかけになるだろう。そして先ほどあげたような「ウザい」男からのメールを受け取ってみるといい。「男であること・女であること」が、無意識のうちに「男/女」の差をどれほど生んでいるかが分かるのではないだろうか。あなたは、ネカマに吊るし上げられる「ウザい」男になっていないか?

■お薦めの一冊
江原由美子編 『ジェンダーの社会学』(新曜社)
   →ジェンダーのみならず、社会学入門としても読める本。他に、上級者向けだがより突っ込んだ議論を知りたい方は江原由美子『ジェンダー秩序』(勁草書房)をおすすめする。

◎執筆者について
 鈴木"charlie"謙介。大学院で社会学を研究する傍ら「宮台真司オフィシャルサイト」の作成・管理なども手がける。ハードな政治思想から、若者文化に至るまで幅広く研究しているが、その様は「ミニミニ宮台君」と言われても仕方がないのではないか・・・という声も。

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(2001/5/29)

[Reported by 鈴木"charlie"謙介]

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