【連載】

社会学の理論で斬る「ネットの不思議」

第7回:「出会い系サイト」の不思議2
-見知らぬ人との出会いはずっと続けられるのか-

【編集部から】
すでに日常生活の一部として切り離せなくなった感のあるインターネット。パブリックとプライベートを併せ持つ領域で、「ネットカルチャー」と呼ばれる現象がたち現れてきました。これらの現象に対して、新進の社会学者が社会システム理論などを駆使し、鋭く切り込みます。

「出会い系サイト」はなぜブームになったのか

 最近、「懐かしモノ」がブームになっている。だからということではないのだが、先日突然の衝動に駆られて、ドラマ「あすなろ白書」のビデオを借りてきた。登場人物5人のうち3人までもが同じ人に好意を寄せ、またそれが原因でさまざまな葛藤や対立が生まれるにも関わらず、彼らの友情が維持されるというストーリーは、どう考えても「ありそうもない」が、それゆえに「美しい」と理解される。

 なぜ「出会い系サイト」がテーマのコラムでこのような話からはじめるのかというと、現在の「ビバヒル」ブームまで続くこの手の「お友達青春もの」の誕生が、出会い系メディアの成立と大きく関係しており、「出会い系サイトはなぜブームになったのか」を説明する重要な要因となっているからだ。

 先にその点について説明しておこう。「出会い系メディア」の中にカウントされるのは何も「出会い系サイト」だけではない。歴史的にはテレクラや伝言ダイヤルなどの電話風俗が存在しているし、現在でもカップリングパーティーなどの「出会いの場」が存在する。にもかかわらずパソコン、ケータイを含めた「出会い系サイト」がブームになり、注目を集めるのはそれなりの必然性があるのだ。この点については、先日発売された『インターネット白書2001』でも少し書いているので機会があれば手にとって読んでみて欲しい。

 まずはじめに、電話風俗というアンダーグラウンドな場所で成立した「出会い系メディア」は、さまざまな場所で「無害なもの」だと喧伝されることでオーバーグラウンド化した。例えば「運命の出逢いがあるかも!」といった宣伝がなされることで、それまでのシステムとは何ら変わるところがないにも関わらず、安全な場所であるかのように認識されてしまう、といった事態が起きたのだ。例えばマクロミル・ドット・コムが行なった調査では、回答者の9割が出会い系サイトに対して何らかの恐怖心を持っているにも関わらず、出会い系関連の犯罪について約7割が「自分には関係ない」と思っている。

 今回のコラムではこの「無害化」という要素が、出会い系サイトのブームにどのように関わっているのかを解説することにしたい。

性的コミュニケーションの氾濫

 先程述べたような「ありそうもない」ストーリーがサブカルチャーの分野で興隆してくるのは、日本に文脈を限定すれば1980年代の中頃のことだが、その契機について詳細な分析を行なったのは、私の師である社会学者宮台真司だ。宮台によると、この種のストーリーの登場は1980年代半ば以降の性風俗を巡るコミュニケーションの変化と連動している。すなわち(1)投稿写真誌の登場、(2)素人風俗嬢の顕在化、(3)テレクラの登場という3つの出来事が、このようなサブカルチャーの動きと関連しているというのだ。

 これらの動きは大まかに言って、「特別でない性コミュニケーションの氾濫」と位置づけられる。投稿写真誌に登場する「隣の女の子」やメディアに露出する自称「女子大生」の風俗嬢、テレクラで会話をする名も知らぬ相手は、それまで特別・特殊な人と行なうものであった性的なコミュニケーションを、日常にありふれたものとして顕在化させた。同じ団地の主婦が、人目を忍んで不倫している「かもしれない」、クラスの隣の席の女の子が知らない男と寝ている「かもしれない」、そういったチャンスが誰にでも開かれているように認識されたこと、それがここでいう性的コミュニケーションの氾濫の持つ意味だ。

偶発性に対処するための「無害化」

 このような「かもしれなさ」は、メディアの中でオーバーグラウンドなものになるまで、「一部の人だけの話」としてやり過ごせたかも知れない。しかし「チャンス」がそこかしこで喧伝されることによって、人々は誰もそこに存在する「偶発性」から逃れられなくなったのだ。

 「偶発性」とは、端的に言えば「他でもあり得たこと」という意味だ。前回のコラムでも書いたように、ムラ社会的な性や男女のコミュニケーションに関する規範から相対的には解き放たれた我々は、「出会い」に関して多様な可能性を得た。だが、その代償として、その出会いが「他でもあり得た」多くの可能性の中から「偶然に」選び出されたものに他ならないという「選択の意識」と向き合わなければならなくなった。社会システム理論ではこのような事態を指して「偶発性の増大」と呼ぶ。

 では上述したような、性コミュニケーションの氾濫が偶発性を増大させたとはどういう意味か。宮台が注目するのはテレクラのサクラ嬢たちの証言だ。彼女たちは初発の動機としては手軽なお小遣い稼ぎのつもりでサクラのバイトを始めるのだが、バイトを続けるうちに、電話で話している相手がほんの一瞬の差で自分に接続されたに過ぎないという、酷薄な意識に目覚める。偶然の出会いが「偶然に過ぎない」という意識を増大させ、寂しさに拍車をかける。結果、彼女たちはテレクラの男と出会い、行きずりの関係に落ちることになる。

 そのような酷薄な偶発性が日常の中にあふれてくることに対して、多くの人は対処できない。そこで何とかしてこの偶発性を回避しなければならなくなる。その回避の方法が「無害化」なのだ。

 「無害化」の内容を説明するためには、少々社会システム理論の基礎的な解説をしなければならない。社会システム理論ではまず、現に存在しうる可能性のすべてが「社会」の中に存在すると考える。物事AはA1でもA2でも……Axでもありうるとされる。しかしながら人はこのような多くの可能性を前にして行動することはできない。選択肢が多すぎると、かえって1つを選ぶことはできないものだ。そこで選びやすいように選択肢があらかじめ「社会」にありうる数より減らされている必要がある。

 その、「選択肢があらかじめ減らされた状態」を「システム」と呼ぶ。システムにとって自分より多くの可能性が存在する外部を「環境」と呼ぶ。環境の方がシステムより多くの可能性が存在するのだが、システムの中にある選択肢が少なすぎると、かえって環境の複雑さに対応できなくなるため、システムの中にある可能性の総数は、環境の中にある可能性のそれに比して、いつも「ほんの少しだけ」少ない、ということになる。

 「無害化」とはつまりこのシステムに環境に存在する可能性の数を、システムの内部で減らす機能である。だから「女の取り合いでもめても維持される美しい友情」や「あり得ないほどの運命の出逢い」は、現に存在する出会いの数限りない選択肢を減らす機能を果たしていると言える。言い換えれば、多くの諸可能性の中から選ばれたに過ぎない「偶然の出逢い」に「かけがえのなさ」「運命」といった「この可能性しかあり得なかった必然性」を持ち込むことで、「選択の意識」から逃れることができるのだ。

見知らぬ人との出会いはずっと続けられるのか

 こういった「無害化」はインターネットという媒体を得た出会い系サイトにも等しく起こった事態である。電子メールを通じた「運命の出逢い」を題材にしたドラマや、かわいらしく彩られた出会い系サイトは、そこに存在する出会いの数限りない可能性を隠蔽することになる。その先に待っているのは何か。

 「たった1人の運命の人と出会えるかも」、あるいは「自分の周りにはいないような人と出会えるかも」といった、「ありそうもない」可能性を信じて出会い系サイトにアクセスする。しかし、そこで待っているのは自分と同じように出会いの可能性を信じたたくさんの人たちである。無害なように見えた入り口から一歩入ると、そこでは自分も他人にとっての可能性の1つ、何千、何万分の一に過ぎないということを思い知らされることになる。この非常に「ダルい」事態を前に人は、出会い系メディアから降りるか、その中にはまりこんで「たった1人」の相手を捜すかという道を選択せざるを得なくなる。

 見知らぬ人との出会いを続けることは誰にとっても難しい。だからこそ我々はその出会いを「無害化」し、そこに「必然的な出会い」を読み込もうとする。しかしながら我々は、「耐え難い酷薄さ」の中を生きているのであり、そのために存在する「無害化」を自明視してしまうことこそに、出会い系サイトの寂しさが増大する要因があるのだと、私は考える。

■お薦めの一冊
お薦めの一冊 宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体』(パルコ出版)
→戦後から90年代に至るまでのサブカルチャー史が丹念に描かれている。今回取り上げた出会いの偶発性の話はこの本に依っているが、読む度にその密度の高さに圧倒される一冊だ。

◎執筆者について
 鈴木"charlie"謙介。大学院で社会学を研究する傍ら「宮台真司オフィシャルサイト」の作成・管理なども手がける。ハードな政治思想から、若者文化に至るまで幅広く研究しているが、その様は「ミニミニ宮台君」と言われても仕方がないのではないか・・・という声も。

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(2001/7/3)

[Reported by 鈴木"charlie"謙介]

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