[木曜コラム]
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インターネットブームは終わった、のか?
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 「インターネットブームは終わった?」という過激なタイトルの特集を組んだのは
ニューズウィーク誌(7.3号)だったが、それを受けてか「インターネットは今後だ
いじょうぶだろうか」という話題をよく耳にする。また、タイム社のパスファインダ
ーやワイヤード社のHOT WIREDに代表される米国のWeb-zineが、いまだ利益を生み出
していないという報告も、心配に拍車をかけているのかも知れない。
 「ブームが終わった」という根拠の多くは、おそらく「期待したようにうまくいか
ない」ということだろう。もっと言えば、それは「お金儲け」のことに違いない。確
かに、日本でもインターネットで儲かったと喜んでいる人は少ない。しかし、インタ
ーネットに期待されているのは金銭だけだろうか、という疑問もある。自分のホーム
ページを見た人から届いたメールを読むとき、金銭を超えたある種の喜びを覚えた人
は多いのではないだろうか。とはいっても、お金が重要なことも当然であり、その気
持ちもよく理解できる。
 ところで、パソコンは約10年かかりプロとアマの技術の壁を低くしてきたと思って
いるが、インターネットは個人と組織の壁を低くしていくだろうと思っている。それ
は個人と会社、個人と学校、個人と国家などである。そして、その影響として経済活
動(会社)と私生活(プラベート)の境めもあいまいにしてしまうと思っている。た
とえば、SOHOで在宅勤務ができるようになったとき、自宅でネクタイをして仕事する
人はいないに違いない。
 またインターネットは、車や電話のようなツールに止まらないような気がしている。
それは、どちらかというと「社会」のイメージに近い。アル・ゴアのスーパーハイウ
ェイ構想になぞらえれば、その回線は道路であり、バックボーンは高速道路、パソコ
ンは自動車、プロバイダーはインターチェンジやドライブインといったところだろう
か。もしそうなら、我々の社会がそうだったように、その発展のためには、単に一企
業や政府ががんばればいいという問題ではなくなる。利用者、メーカー、地域、政治
・行政など、全関係者の努力が必要になってくる。そのうち、どこかのレベルが低い
と、全体はそのレベルに落ち着いてしまう。このことは、そこでビジネスをする者に
とって非常に重要な問題である。つまり、マーケット消費型の発想ではなく、マーケ
ット創造型の発想が求められることになり、またその方が成功する可能性が高いとい
うことになるからだ。
 現在のインターネットの状況は、未開の荒野が開拓されて小さな町ができ始めた段
階のように見える。道路も最低限は整備されたが、どこにでも簡単に行き来できるほ
どではなく、ガソリンスタンドやレストランもまだ少ない。しかし、同じように荒野
を耕したアメリカが、200年後に世界のリーダーシップをとる国になっていたという
事実がある。インターネットはそれより圧倒的なスピードで開拓されているのは、誰
の目にも明らかだ。私見だが、早ければ2~3年、永くとも10年くらいでいろいろなビ
ジネスができる存在に育つと思っている。
 インターネットの基礎技術であるTCP/IPが設計されてから、すでに20年以上が経過
している。その間に労を費やし育ててきた人たちから見れば、「ブームは終わった」
などという表現は滑稽に違いない。要は、何年のスパンでビジネスを考えるかという
問題ではないだろうか。ただ、開拓されてしまった後では、あまりおいしいものがこ
ろがっていないのは道理だろう。
(編集長 井芹:internet-watch-info@impress.co.jp)

(96年7月18日)