天国へのプロトコル

第19回

遺族にもよく分からない故人のサブスク、解約できないと永遠に請求が続くのか?

サブスク市場、遺族の負担も右肩上がり?

 矢野経済研究所によると、日本の消費者向けサブスクリプションサービスの市場規模は2023年時点で約9430億円(見込み)。2025年には1兆円の大台に乗ると予測されています。

 順調に暮らしに浸透しているサブスクですが、死後に残る構造上の問題は、2022年9月にこの連載の第5回「謎の月額料金の引き落とし、どう止めたらいいの? ~故人のサブスクにまつわるトラブル解決方法」でレポートした頃から、変わっていません。

 今も契約者の死に連動してサブスクの支払いが止まることはなく、残された契約の処理は遺族の両肩にのしかかることになるのです。

 引き落とし先のクレジットカードを退会すれば万事解決となればいいのですが、支払い義務が残っている状態では退会できなかったり、退会後も支払い請求だけ届いたりする場合があります。また、会員登録した住所に紙の請求書が届くというケースも珍しくありません。

 完全に流れを断つなら、支払いが続くサブスクを個別に突き止めて対応する必要がありますが、基本的に契約の解除は契約した窓口でしかできません。アプリストア経由ならアプリストアで、スマホ契約時のコンテンツプランで契約したなら、通信キャリアのショップで、ということになります。

サブスクはお金の流れと契約の流れが別にある
できるだけ契約窓口を突き止めて解約し、念押しでお金の流れも止めるという順番が理想

 遺族からしてみればとても面倒な遺品といえます。ただ実際のところ、遺族は故人が残したサブスク契約に対してどこまで責任を取ればいいのでしょうか? 今回は法的な観点と実務的な観点で、現実的なラインを探ってみたいと思います。

基本的には支払い義務を引き継ぐことに

 デジタル遺品の相続に詳しい日本デジタル終活協会代表の伊勢田篤史弁護士に尋ねると、単刀直入に答えてくれました。

「相続放棄をしない限りは、基本的には支払い義務を引き継ぐかたちになるかと思います」

 相続について規定している民法896条には、「被相続人(=故人)の財産に属した一切の権利義務を承継する」と明記されているため、サブスク契約の支払い義務も相続人が引き継ぐのが原則といえるそうです。相続自体を放棄すれば引き継ぐ必要はありませんが、サブスク契約のためだけにそれを選択するのは現実的ではないでしょう。

 例外として、その契約が一身に専属するもの、つまりは契約者本人以外には引き継がれないものなら、支払い義務も相続されません。しかし、サブスクサービスそれぞれの利用規約を調べても、「一身専属」の文言を見つけることは滅多にないのが現状です。

 では、どんなサービスが一身専属だとみなせるのでしょうか。たとえば、個人で楽しむ読み放題サービスや自営業の人が職業上の必要性から利用しているオフィスツールなどなら、設計的にも個人での利用を前提しており、相続や譲渡は想定していないようにも見受けられますが・・・。

「法的には契約内容の解釈次第ではあるので、利用規約に明記されていない場合には、契約当事者がどう考えていたかも斟酌される余地はあるかと思います。

 ただ、仮に裁判でユーザーの遺族側が『これは一身専属的なものだ』と主張したところで、サービス提供者側からすれば『利用規約にも書いていないし、原則は全て承継するのだから、原則に従うべき』といった反論が返ってくることが考えられます」(伊勢田弁護士)

 なかなかこちらの都合よくはいかないようです。

 そもそも多くて月額数千円に収まるものが多い個人向けサブスクのためだけに裁判を起こすことは、あまり現実的ではないかもしれません。伊勢田弁護士もそういった事例はまだ把握していないといいます。

詳細不明なサブスクの請求があっても、実質は「1年ちょっと」まで?

 そうなると、サブスクの支払い請求が止められないまま相続人となった遺族は、使いもしないサービスの定額費用を延々と払い続けなければならないのでしょうか?

 引き落とし先のクレジットカードや紐付けられた銀行口座が手つかずで残されていた場合、いわばサブスク契約に関して遺族らが何の手続きもしていない場合は、口座の残高が底をつくまで支払いが続くことが考えられます。2年ほど未使用が続くアカウントの契約を解除してくれるNetflixのようなサービスが一般的になればいいのですが、現状では期待薄でしょう。

 しかし、多くの場合は遺品整理の過程でクレジットカードを退会したり、銀行口座を凍結したりすると思われます。サブスク契約自体には気づかなくても、そこで平常の支払いが一旦断然するわけです。

 この断絶をもって、猶予期間を経たうえで契約解除とするサブスクサービスも少なくありません。問題はそれでも何らかの手段で請求が続けられるケースです。

 そうした事例がどれほどあるのか。複数のクレジットカード会社に尋ねたところ、公式回答は得られませんでしたが、ある会社が匿名で教えてくれました。

「死後の支払いに関する遺族からのご相談は、サブスク市場が伸びる前から届いています。ただ、『何年も請求が止められない』という相談はあまり受けたことがありません。今も昔も、長くて死後1年ちょっとですね」

 筆者自身が遺族や企業から受けるデジタル遺品相談でも、2年を越えて請求が続いているというケースはありません。それまでのやりとりでどうにかお金の流れを止めることができた場合もあれば、請求書がそのうち届かなくなったということもあるようです。

 実際のところ、請求する会社側も、あまりにしつこく請求を続けるのはリスクです。

 2018年に米国で印象的な事例がありました。闘病の末に亡くなった妻の遺品整理をした男性のもとに、米PayPalから妻名義の約50万円の請求書が届いたそうです。請求書には「あなたの死亡通知は受け取りましたが、規約違反の状態が続いています」というメッセージが添えられていました。すると、文面の無神経さに怒った男性がBBCニュースにリーク。その記事が広まるとすぐに米PayPalは謝罪し、債権の放棄を表明しました。

 契約上は正当な権利であっても消費者の心証を悪くするのは得策ではないでしょうし、長年取り立てを続けるのはコストの問題もあります。そのあたりのバランスが「1年ちょっと」というスケール感に寄与している可能性があります。

 そうした情報を総合すると、クレジットカードが退会できなかったり、請求書が郵送されたりした場合でも、遺族側が支払いを止めるためのアクションを続ければ、おそらくは「1年ちょっと」というスケール内で事態が収まることが多いのではないかと思われます。少なくとも、十数年スパンで延々と悩まされる案件ではないといえそうです。

サブスク支払いの時間軸。取材をもとに作成

サブスクの解約情報サイトなどを参考に整理を

 つまるところ、故人のサブスク契約は法的な免除を期待できませんが、お金の流れを一度でも断つアクションをすれば、無限に支払いが続くということは滅多にないといえそうです。

 それでも手離れが悪い遺品はできるだけ残したくないものです。やはり、死後の放置リスクに備えて、日頃から契約者本人がきちんと契約情報を管理しておくのがよいでしょう。

 これからサブスク契約を整理するにあたり、便利なサイトがあります。bannzaiさんが2023年12月に立ち上げた「解約.com」という、各種サブスクサービスの解約方法や解約ページへのリンクをまとめたサイトです。

解約.com

 サブスクは、サービスごとに解約方法や手続きに必要な準備が異なるため、確たる情報を得るのにも骨が折れます。複数のサービスをまとめて確認するときに心強いパートナーになってくれるでしょう。

 各サービスの「解約の詳細を見る」ページには、読者が解約体験を書き込めるフォームも用意しており、2024年3月末時点で30件ほど集まっているそうです。月間アクセスは1500PVから3万PVまで幅があるとのこと。今後の盛り上がりとコンテンツの充実を期待したいですね。

 遺族からの感想や問い合わせは今のところは届いていないそうですが、遺品整理のタイミングでも重宝するでしょう。そうした情報源を利用しつつ、できるだけ手間と混乱を避けながら、スムーズに契約を終わらせること。これからの世の中には必要なスキルだと思います。

今回のまとめ
  • 故人のサブスク契約の支払い義務は、原則として相続人に受け継がれる
  • クレジットカードを止めてもサブスクの支払いが止まるとは限らない
  • 手離れの悪さを頭の片隅に置いて、契約窓口を含めて日頃から管理する姿勢が大切

故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。
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古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 著書に『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)、『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)など。 Twitterは@yskfuruta