特集
インターネットのガラパゴス「中国」を再検証する
日本でQRコードによる決済は普及するのか?
2018年4月27日 11:00
中国でインターネットサービスや利用端末、通信環境などが“独自”の発展を遂げています。日本より先行しているとも言える中国のインターネット事情について、そうしたサービスがなぜ普及したのか、その背景を紹介するとともに、普及によって発生した問題や将来の予測などについて書いていきます。
日本でもQRコードによる決済サービスが次々と登場している。日本で先行する「LINE Pay」や「楽天ペイ」、「Origami Pay」のほか、3大銀行がQRコードによる決済を統一する方向で連携するという話も出ている。QRコードでの決済といえば、非常に発達し、普及している中国が引き合いに出されがちで、「中国に行くと、モールやスーパーやコンビニはもとより、個人商店や屋台まで決済用のQRコードが印刷されている」と驚きをもって紹介される。
有料動画コンテンツもQRコード決済で購入可能だ。コンテンツを見ようとするとQRコードが表示されるため、スマホのカメラでそれをスキャンして「支付宝」や「微信支付」で払うと視聴できるようになる。動画サービスの会員になる必要もないため、有料動画コンテンツを利用する“垣根”が非常に低い。
中国でQRコード決済といえば、アントフィナンシャルによる青いロゴが特徴の「支付宝(Alipay)」と、テンセントによる黄緑色が特徴の「微信支付(WeChatPay)」が有名だ。
CNNIC(China Internet Network Information Center)によると、中国のインターネット利用者は全人口の55.8%にあたる7億7198万人で、そのうちの68.8%にあたる5億3100万人がネット決済(=ほぼモバイル決済と同数)を利用しているという。
また、調査会社の易観Analysysによると、中国の2017年10月~12月における支付宝や微信支付などによるモバイル決済の利用額は37兆7274億元(約650兆円)にもなる。2016年の同じ時期の3倍もの額であり、日本の平成28年の卸売業(302兆円)+小売業(140兆円)よりも、中国の直近3カ月の電子決済の額は大きい。中国のモバイル決済の数値は個人間送金も含まれるわけだが、それにしてもその数字は圧倒的だ。この中で、支付宝は54.26%、微信支付は38.15%というシェア(モバイル決済)となっている。
中国ではほかにも、銀聯(UnionPay)が出している「雲閃付」という名のQRコードによる電子決済サービスや、NFCによる支払いサービスもある。実際のところ普及しているのは、日本でも報じられている支付宝と微信支付だ。なぜこの2つのサービスだけが普及したのか? 日本の今後の電子決済普及を占うためにも紹介していきたい。
QRコード決済の「支付宝」と「微信支付」が、中国でこれほど普及した理由とは?
まず、支付宝と微信支付は、中国全土で展開する都市銀行と地方銀行の計二十数行の口座と紐づけることができる。既存の銀行口座所有者のほとんどが対応する銀行口座を所有しているといっていい。新たに口座を開設しないとこれら電子決済サービスが利用できないという問題は、キャッシュカードを持っている人であればあまり発生しない。多くの銀行に紐づけられるのは大事だ。
銀行との紐づけについて補足すれば、支付宝と微信支付はこれまで銀行と直接紐づいていたが、近い将来に銀聯系の銀嶺か、中国人民銀行の網聯(中国版「全国銀行データ通信システム」)のどちらかの決済システムを通さなくてはならなくなる。最初に普及をさせ、あとから法規制や制度を作って固めているが、これは中国のインターネットサービス普及の際にはよくある流れだ。例えば、近年普及したシェアサイクルにしても、最初にサービスが普及してから法制度や駐輪や乗車ルールなどが決められた。
年々物価が上がる中、最高紙幣が100元札(約1700円)と変わらぬ中国で、電子決済が与えた影響は大きく、高額の商品をスマホ決済できるのは大きい。日本の交通系カードやEdyなどの電子マネーでも、クレジットカードと紐づけてオートチャージの設定をすることでキャッシュレスをそれなりに実現できるが、チャージ額の上限がある。これに対して、支付宝と微信支付はチャージをする必要がないし、銀行と紐づいていて銀行口座から支払うこともできるのでチャージを意識する必要もない。上限額的な概念がないため、高額のデポジットが必要なサービスにも対応できる。
対応店舗の多さも支付宝と微信支付の魅力だ。中国でNFCでの電子決済が普及しないのは、対応店舗の少なさ、言い換えれば店舗側での対応機器の導入の少なさが影響している。チェーン店やコンビニ、モール内レストランでは、支付宝と微信支付の支払いに対応したレジと、昔から導入されている銀聯カードのカードリーダーが導入されているのが一般的だ。また、そのニーズから、個人商店やタクシーの運転手もQRコードを印刷した紙をあらかじめ用意し、電子決済で支払いたいという客側のニーズに応えている。
全国的に強い小売チェーンでは支付宝か微信支付のどちらかだけ取り入れようとするところが皆無であることから、個人商店などを除けば支付宝と微信支付の両対応が当たり前だった。支付宝はもともとはECサイトの「淘宝網」や「天猫」の決済手段であった一方、微信支付は国民的メッセンジャーの「微信」の利用者が利用しているため、貧しい人でも微信支付のアカウントは所有している。そのため個人商店や屋台の店舗によっては、微信支付のみに対応している店も多い。一方で消費者側としては支付宝で払いたいという人は多く、結果的に多くの店で支付宝と微信支付の両方の支払いに対応している。
手数料の低さも支付宝と微信支付の普及を後押しした。お金を受け取る場合には、専用の電子マネーで受け取るが、これを銀行に振り込む場合に手続きが0.1%と低い。店舗側として導入に抵抗がないという一面も、普及促進の要素と言える。
これまでをまとめると、「どの銀行でもだいたい対応」していて、「新たに口座を作る必要なく」、「電子決済銀行に戻す際の手数料は低く」、「都市部ではほぼどの店でも利用できる」からこそ、多くの人が支付宝と微信支付の両方のアカウントを持ち、より多くの人が電子マネーを利用し始めるわけだ。日本でも誰もが簡単にどこでも使えるというハードルをクリアしないと、中国同様の電子決済の普及が大衆まで落ちてこないのではないか。
さまざまな決済がアプリ1つで――ハイテクが苦手な人にも電子決済を使わせるエコシステム
今でこそ中国で支付宝と微信支付は普及しているが、支付宝や微信支付でのモバイル決済が開始されてしばらくは一部のチェーン店や自動販売機にしか採用されず、最新技術にアンテナが立っている人のためのだけのマニアックな決済手段であった。かつて支付宝と微信支付に関する「万一盗まれたときに保険が付く」「どの店でも利用できるようになる」といったニュースで、ハイテク好きの界隈では一時話題になったものの、一般市民まで普及はせず、多くの人が銀聯カードを利用していた。
銀聯カードが普及したにもかかわらず、支付宝と微信支付が普及したきっかけとなったのが、配車サービスや、「紅包」と呼ばれる金一封のばらまきである。Uberで知られる配車サービスの「滴滴打車」と「快的打車」の利用に支付宝や微信支付が必要であること、また、利用のたびに運転手側にも利用者側にも奨励金が発生する(つまりタクシーに比べても格安で移動できた)ことから、一気に配車サービスと電子決済の利用者が増えた。また、家族が一堂に会し、ネットであいさつを行う春節のタイミングで、利用者に電子決済専用の紅包をばらまいたことも普及に拍車をかけた。
その後、「Mobike」や「ofo」などのシェアサイクルや、スマートフォン用のバッテリーを借りるシェアバッテリー、無人スーパーなど、O2O(Online to Offline)のサービスを利用するのに、決済手段として支付宝か微信支付を利用しなくてはならなくなった。例えば、どこでも見かける新サービスが次々に登場し、生活がどんどん便利になる中で、支付宝や微信支付を持たないと、不便と思えるほどに環境が激変した。利用者はますます増え、お金のやりとりも電子決済で行うのが当たり前になった。
また、去年から支付宝や微信支付の中で動かすアプリ「ミニプログラム(小程序)」が登場した。アプリ内アプリなので、新たにアプリをインストールする必要がなく、利用時には支付宝や微信支付からの決済のプロセスが減り、よりスピーディーにアプリによる有料サービスの利用ができるようになる。こうしたことから、最近では多くのショップやレストランが、このミニプログラム用のアプリをリリースしている状況だ。つまり、プラットフォームとしての支付宝や微信支付をインストールする必要性が高まった。
さらに支付宝アプリでは、水道光熱費や交通違反の罰金、列車のチケットの支払いほか、地域によってできることが異なるが、仕事探しや病院の予約、役所の公共サービスでも利用できる。私企業や役所と提携しているため、さまざまな支払いがアプリ1つで済むようになる。
つまり、決済できるだけでなく、「お得になること」「生活が便利になること」「プラットフォームとなること」によって、電子決済は普及したのである。「中国人はハイテクが好きだから積極的に利用する」わけではなく、ハイテクに苦手な人も多数いる。そんな人々にも電子決済を使わせるエコシステムがあったからこそ、環境が変化した。
中国の電子決済の普及プロセスからは、誰もがどこでも使える決済機能をリリースするのは当然の前提として、さらにエコシステムをつくり、電子決済により街のさまざまな有料サービスがサッと利用できるようにならないと、日本での普及は難しいのではないか。