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クリエイターを支えるクリエイターでありたい クリプトン・フューチャー・メディア社長 伊藤博之氏(後編)
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● 「初音ミク」誕生、そして大ブレイク
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VOCALOID2のエンジンを使った「初音ミク」は3万以上売れる大ヒットとなった。商品化にあたっては、アニメなどに詳しい新入社員がいたので、いろいろ意見を聞いたという。「その新入社員がいなかったら、違うものになっていたかもしれないですね」
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「KAITO」から1年半ブランクがあって、2007年8月末にキャラクター・ボーカル・シリーズ第1弾「初音ミク」は生まれました。「MEIKO」と「KAITO」はVOCALOIDを使っていて、「初音ミク」はVOCALOID2のエンジンを使っています。新しいエンジンの開発が進んでいることは聞いていたので、それが出てから新しい製品を出そうと考えていたのです。2007年1月にVOCALOID2が発表されたので、それに合わせて作り始めたというわけです。
歌い手を決めるところでは苦労しました。歌手は歌を歌うのが仕事ですから、「自分の歌を歌えるソフトが出てしまうと、仕事がなくなる」と消極的だったのです。当初はボーカルだから歌手と考えていましたが、実は歌はうまくなくてもいいんですね。そこで発想を変えて、「声優」さんに注目しました。といってもツテもなく、声優事務所も知らない状態だったので、まずはリサーチから入りました。
その年に採用した新入社員がその辺に明るかったので、その子からいろいろ意見を聞いた上で、声優の事務所にアプローチしました。プロダクションが用意した声優の声見本CDをお借りして、担当者が朝から晩まで聞いてコンセプトに合う声優を数名ピックアップ、その中からイメージに一番近い声優にお願いしたのです。
4時間ずつ、2回に分けて2日間で録音しました。高さを数パターン、音のつながりを全パターン録らないといけません。ほとんど呪文みたいなものを用意してそれを歌ってもらうのです。ボーカルなので、パッケージはアニメやマンガのような絵でキャラクターを描くということは最初から決めていました。これも、アニメなどに詳しい新入社員にどういう絵がウケがいいかを聞いて進めました。
発売前からブログで発売を告知していました。でき上がる過程もユーザーと共有して、楽しんでもらいたいと思っていたのです。発売日直前にはDTM界隈には噂が広まっていました。
ちょうどニコニコ動画もサービスが本格的になってきていて、「MEIKO」を使ったコンテンツも投稿され始めていました。だから、ミクも同じような使われ方はするだろうとは思っていました。結局、ニコニコ動画で大ブレイクして、「初音ミク」は3万以上売れる大ヒットとなったのです。
● ユーザーを後押ししたい
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ネットがない時代から、音楽テープをレコード店に委託販売してもらったり、海外雑誌に広告を出してMIDIデータを売ったりしてきた伊藤社長は「創作すれば人に見てもらったり聴いてもらったりしたい。クリエイターの気持ちがわかるから、ユーザーの活動は極力規制したくない」という
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初音ミクのイラストを元にしたユーザーの二次創作物は許諾しています。そもそも、動画共有サイトにアップする時に絵がないと寂しいだろうと考えて、いくつかもとになるイラストは公開してありました。しかし、音楽だけでなくイラストも描かれ始め、ユーザー同士で協力して物を生み出すCGMのムーブメントが広がっていったのです。
「初音ミク」というキャラクターは弊社の著作物です。そういう場合、きちんと管理して利用に関しては制限をかけるのが常識でしょう。しかし、僕はユーザーを後押ししたいと考えました。
ユーザーがアップロードした作品は素晴らしいものが多く、それを規制したりしても意味がない。きちんと作っていける仕組みを作れば、ユーザーも楽しいしもっとうまくいく。そこで、「公序良俗に違反するもの、商用利用などは禁止だが、個人で楽しむ分には良い」ということにしました。こちらが許諾する前にユーザーは既に勝手にやっていましたけどね(笑)。
僕は一貫してユーザー寄りです。もともとクリエイターなので、物を作る人の気持ちがわかります。自分も創作をしたいと思うだろうし、創作すれば人に見てもらったり聴いてもらったりしたいですよね。さらに、ユーザーの作品を商品化するモデルが作れれば、コンテンツ産業自体に新しいモデルが提案できると思うのです。
今、コンテンツ産業自体が盛り上がっていません。音楽で食べていくのは難しい。自分たちは、新しいテスト的な試みをしているのだと思っています。ユーザーが創作する時に障害となるような問題を整理して環境を整えることで、新しい方向性が示せないかと考えているのです。
● DTMの敷居を下げたい
DTMを始めようというときにハードルとなるのが、インターフェイスです。音楽を聴くインターフェイスは整っていて、CDを入れてボタンを押せば誰でも聞けます。しかし、作曲したり映像作品を作ることはまだまだ敷居が高い。
ミクで息を吹き返したものの、DTMはそれまで落ち込みもしない代わり盛り上がりもしない、ニッチな市場でした。製品は増えているのに1本当たりの売り上げは落ちている状況で、閉塞感がありました。DTMソフトウェアはバージョンを重ねるごとに新機能を追加していき、知らない人が見るとまったくわからない、複雑なソフトウェアになっていたんです。マニュアルもどーんと厚くて、読む前から挫折してしまう。
しかし、機能は追加するだけではなく、いかに削るかも大事です。本当は、簡単に作れるインターフェイスを用意することが必要なのではないでしょうか。ミクは歌を歌うという機能しかなかったので、そのシンプルさがウケたのではないかなと思っています。
● ピアプロでお礼を言う文化を創りたい
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「ピアプロ」トップページ。クリエイター同士が協業してコンテンツを創造する場として2007年12月に開設した
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2007年12月に、クリエイター同士が協業してコンテンツを創造する場として、「ピアプロ」を作りました。キャラクターの版権元が、二次創作を許可するどころか推奨する場を作るのは異例でしょう。
作った歌をアップして楽しむ文化は広まってきているものの、使っているイラストをどこから入手しているかが見えなかったためです。このままでは作者にお礼も言いたくても、作者に連絡する手段がない。作者もわからないから「勝手に使っていいだろう」という文化はよくないと思ったのです。
イラストを利用したことを報告したり、お礼を言ったりできる場を作ることで、絵を描く人はモチベーションが保てるし、音楽を作る人も余計な心配をすることなくイラストが使える。そうすれば、動画を作る敷居をもっと下げることができる。
今のところ、「ピアプロ」の利用は無料で広告も入れていません。これで、ユーザーと作品をうまく共有して、一緒に商品化していけるような流れを作れたらいいと思っています。
● 音にこだわり、自社内で全て制作
会社のスローガンは「『音』で発想するチーム。」です。音のことしか眼中にない会社なので、音のクオリティには相当こだわっています。社員も音や音楽が好きな人が多いですね。
サイトの開発なども自社内でやっています。外注にふってしまったら自分たちの身につく機会がなくなってしまう。技術力はなくても、必要になったら始めればいい。
たとえば、「ピアプロ」のようなサイトを作りたいと思っても、実際に形にする方法がなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。そこで、サイトの構築から、広告、カタログ、Webデザインなども含めて、すべて社内でできる態勢にしているので、大抵のことはすぐにできます。ピアプロも思いたってから3週間でサービスインしました。
● 北海道にいるからこそできること
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「不自由だからこそ、ネットで商売しようとか、携帯電話にフォーカスしようという発想が出てくるんです」
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東京の方がお客様も多いし、ビジネス的には有利でしょう。けれど、僕は北海道でやっていきたい。この土地が好きなのもありますが、長いものに巻かれたくないのもある。
自由だと逆に何もできないと思うのです。砂漠にヘリから降ろされて「自由にどこに行ってももいいよ」と言われてもどこに行けばいいかわかりません。これは、自由だけれども不自由ではないでしょうか。同様に、東京に出て行ってどこにでも売り込めるというのは、自由でも不自由だと思う。
北海道にいるとお客様が近くにいなくて不自由です。しかし、だからこそネットで商売しようとか、携帯電話にフォーカスしようという発想が出てくる。不自由だからこそ新しい考え方や発想が出てくるのです。
どんなビジネスも同じで、結局自分がどれだけ力を振り絞れるかだと思います。英語ができないから諦めるならそれまでですが、本当にやりかったら何とかしてやればいい。札幌にいることを前提に、組み立てられるいい方法があるはずだと思います。ここを軸足にして、できる最大限のことは何かを毎日考えているところです。
● 個人の積み重ねが会社
社長という役割はとても楽しんでいます。自分の中にあるものをはき出せるし、やりたければ社員が作ってくれます。会社はやりたいことを実現する場ですね。そして、個々人ができることの積み重ねが会社になっていると思います。たとえば「初音ミク」という企画も、アニメや声優やマンガに詳しい新入社員がいなかったら、まったく別モノになっていたかもしれません。
会社の中でも始終コラボっぽいことは行なわれています。何でもみんなで意見を出して作っていきます。若い人の意見の方がマーケットに近いので、意見には耳を傾けます。一方僕は、プロの視点でクオリティの判断をしたり、マーケティング的な目線で訴求しています。
● ネットがあれば会わなくてもやれる
初めて海外に行ったのは1996年です。それまで音楽雑誌を通じて海外の人とやりとりはしていたものの、実際に行ったことはありませんでした。取引先に会いがてら、アメリカに旅行に行きました。着いたら何とリムジンの出迎えが来て、あちこち観光に連れて行ってくれる大歓迎で、びっくりしましたね。
僕らはネットでやりとりをすることがほとんどで、会うのはごくまれです。会わないのが基本でも、世の中とはうまくやっていけると思っています。「初音ミク」ユーザーの方も、会わないでもうまく協力して物を創り出している。
僕は音楽のカタログを作るのに、Adobe Illustratorがバージョン1.0の時にIllustratorを使ったりもしたんです。Illustratorで入稿できる印刷所があまりなくて苦労したりもしましたが、僕はコンピュータによって個人が何でも出来るようになった最初の世代なんです。音楽も作れるし、カタログも作れる。コンピュータがなかったら、情報発信できていなかったでしょう。
● クリエイターのためのクリエイターでありたい
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元々クリエイターなので、クリエイターのやりたいことをサポートしていきたい。ユーザーが発信しやすくしたり、ユーザーの発信を商品化するお手伝いなどの新しいことをしていきたい。ピアプロはその第一歩です
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今後も軸がぶれたことをするつもりはありません。音で発想することで、もっと人に喜んでもらいたい。基本は音ですが、そこから派生する範囲は広いです。自社で開発した音声を加工する技術、配信する技術を使い、音という軸を通して新しいビジネスをしていくつもりです。
元々クリエイターなので、クリエイターがやりたいことをサポートしていきたいです。いわば、メタクリエイター、クリエイターのためのクリエイターです。
今後、ユーザーが何かを作る流れはますます広がっていくでしょう。パソコンは求めやすくなっているし携帯電話も日本中に広がっています。ネットワークの帯域も広がっています。その中で音、音楽、映像、テキストなどユーザーが何かを作る場面は増えていくと思います。その中で、僕はユーザーが発信しやすくしたり、ユーザーの発信を商品化するお手伝いなどの新しいことをしていきたい。もっと極めていきたいですね。(おわり)
(→ 前編をみる)
関連情報
■URL
クリプトン・フューチャー・メディア
http://www.crypton.co.jp/
VOCALOID2特集ページ
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/
CGM型コンテンツ投稿サイト「ピアプロ」
http://piapro.jp/
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・ クリエイターを支えるクリエイターでありたい クリプトン・フューチャー・メディア社長 伊藤博之氏(前編)(2008/05/12)
2008/05/13 11:11
取材・執筆:高橋暁子 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
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