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[2006/09/29]
第1回:キャリアの姿勢と事情が現われる、“高速化の使い道”
~3.5Gの潮流と多様なビジネス・モデル
[2006/08/07]
神尾 寿の新ビジネス・モデル研究
第1回:キャリアの姿勢と事情が現われる、“高速化の使い道”

―3.5Gの潮流と多様なビジネス・モデル―

 本連載では、新しい標準技術によって結実したビジネス・モデルの分析を月1回お送りしていく予定だ。第1回目では、3.5G(第3.5世代)時代を迎え、モバイル・ブロードバンド(高速・大容量通信)の動きが活発化する中で登場してきた新しいサービスの展開を紹介しながら、NTTドコモ、KDDI、ボーダフォンなどの既存キャリアや、新規参入するキャリアの多様なビジネス・モデルを比較分析する。


3.5G(第3.5世代)の潮流

HSDPA対応の「N902iX HIGH-SPEED」(シグナスホワイト)

 日本でも、“3G(第3世代)の次のステップ”の動きが本格的になってきた。メガビット(Mbps)クラスのスピードを実現する、いわゆる3.5G(第3.5世代)の潮流である。

 この分野ではCDMA 2000 「1x EV-DO」をいち早く導入したKDDIのauが、CDMA 1X WINとして順調に利用者数を拡大している。最大2.4Mbpsのスピードと周波数利用効率の高さを背景に、定額制と高速通信を前提とする多様なデータ通信サービスを展開。結果としてauは、そのブランド・イメージにおいて先進性を維持し続けている。

 W-CDMAを採用するNTTドコモとボーダフォン(10月よりソフトバンクに名称変更予定)も、3G高速技術すなわち3.5Gの市場投入に動き出した。周知のとおり、ここで使われるのは「HSDPA」という最新規格である。

 その最初のモデルは、2006年5月11日にNTTドコモが発表した「N902iX HIGH SPEED」だ。HSDPA対応エリアでは最大3.6Mbpsの高速データ通信が可能になり、それ以外のエリアでは従来のFOMAネットワークが利用可能である。N902iX HIGH SPEEDの仕様は、今後のNTTドコモのハイエンド・モデルのひな形にもなっている。NTTドコモでは今年度内にHSDPA対応エリアを、人口カバー率70%にまで拡大する予定だ。



高速・大容量化を生かす「演出と管理」

【1】高速化・大容量化は目的地ではなく、出発地

 技術の視点では、高速化や通信容量の拡大はまっすぐな正義である。より速く、効率を高めて大容量通信を実現する。それは正しい。

 しかし、“ビジネス”の視座では、高速化・大容量化は目的地ではなく、出発地でしかない。特にビジネスが複雑化し、電波という有限かつ共有資産の上でサービスを展開する携帯電話の世界では、高速データ通信の使い道をユーザーに“真っ白なキャンバス”としてそのまま手渡すわけにはいかないのが実情だ。

 高速・大容量化したインフラの上に、どのようなサービスを配置し、収益とユーザーの利益を向上させるか。携帯電話ビジネスにとって技術の進歩は、ジグソーパズルの拡大に似ている。

 高速・大容量化の取り組みで先行するauでは、3Gから3.5Gへのシフトにあたり、自らが主導して新たなコンテンツ・サービス分野を増やす施策をとっている。インターネットや従来の携帯電話コンテンツ・ビジネスのように、新たなニーズの誕生と拡大をユーザーとコンテンツ・プロバイダー任せにするのではなく、auが積極的に道筋をつけながらコントロールする姿勢だ。

 着うたフルなど音楽分野を筆頭に、GPSナビゲーション、映像配信、電子ブックやeコマースへの取り組みなど、どれもが「定額制・大容量通信」の恩恵を受けながら新しいビジネスと収益を生み出し、一方でデータ・サイズや通信量を厳密にコントロールすることで“インフラを使いすぎない”ことへの腐心が見られる。

 例えばauでは、「着うたフル」のデータ・サイズへの規制や、EZチャンネルの配信時間帯をトラフィックの少ない早朝に行なうなどのコントロールが行なわれている。また、BREWアプリも1日あたりの通信量が定められており、他社と違ってフリーウェアのフルブラウザなどは認めていない(auが許可するフルブラウザは純正のPCサイトビューワーのみ)。このように、定額制の普及を促進しながら、auの“目の届かない”ところで通信を大量に使うコンテンツやサービスが現われないように、コントロールしているのである。

「着うたフル」の購入などができる「LISMO Music Store」のイメージ(KDDI)


【2】ディズニーランド型と自然公園型のモデル

 KDDIでは、auのコンテンツ・サービス・モデルを「ディズニーランド型」と呼ぶ。ユーザーの満足感を高めながら、設備利用効率と収益率を最大化するように計算し尽くす。そこにあるのは「演出と管理」の発想である。これはまさにディズニーランド的な考え方である。

 一方、NTTドコモはこれまで自らはプラットフォーム提供者の立場に徹して、コンテンツ・プロバイダー同士の競争と淘汰からコンテンツ市場の拡大を促してきた。インターネットの世界ほど自由ではないものの、ニーズの自然発生と拡大に任せるビジネス・モデルを敷いてきたのだ。

 NTTドコモではこれを「自然公園型」と定義している。大きく・広く・緩やかに囲い込むが、その中身や方向性にキャリアは最低限しか関わらない。提供するのは環境のみ、というところからこの名前はつけられた。

 この自然公園型のモデルは、1999年のiモード登場時に作られたもので、非常にうまく機能した。キャリア側は、多くのユーザーにiモード・プラットフォームを提供するだけで、あとはコンテンツ・プロバイダー同士が競争して、よいサービスが誕生し、選別されていく。

 iモード初期市場の牽引役になった「待ち受け画像コンテンツ」が、NTTドコモの想定外のキラー・コンテンツだったのも有名なエピソードである。そして、キャリアにはコンテンツ・サービスが活性化した結果として、パケット料金や代金代行徴収手数料による収益がもたらされる。特に、契約者規模の多いNTTドコモにとって有利なビジネス・モデルだったといえる。

 しかし、NTTドコモのモデルは、パケット料金の低廉化は想定していたが、定額制の早期実現までは前提にしていなかった。水道料金のように「安くても利用量に応じた課金」であれば、データ通信の高速・大容量化が起きても、利用量とデータ通信ARPUはユーザーの支払い能力によってバランスする。

 だが、パケット料金が定額制ではそうはいかない。定額制による「使い放題」で料金的な歯止めがなくなり、コンテンツ・サービスのコントロールが緩やかでは、キャリアは設備投資と収益性のバランスが取りにくくなる。HSDPAで高速・大容量通信が可能になれば、なおさらだ。

 そこでNTTドコモは、HSDPAの投入に合わせて、トラフィックが少ない夜間に音楽配信をするクリップキャスト型の「ミュージックチャンネル」を開始する。また現行FOMAの一部端末から着うたフルに対応するなど、コンテンツ・サービスの方向性に従来よりも関わる姿勢を見せ始めた。NTTドコモもまた、高速・大容量通信時代のビジネスは「演出と管理」になりそうだ。

NTTドコモ「ミュージックチャンネル」の利用イメージ


フル・インターネットという発想

 このディズニーランド的な「演出と管理」とはまったく逆の考え方もある。端末側のフルブラウザやインターネット・メール機能、汎用アプリケーション・プラットフォームを充実させて、定額制とHSDPAによる高速・大容量化をキャリア独自のコンテンツ・サービスではなく、“そのままのインターネット”利用で使うという考え方だ。便宜的にこれをフル・インターネット型と呼ぼう。

【1】フル・インターネット型モデルの可能性

 フル・インターネット型の場合、キャリアは従来のようにコンテンツ・プラットフォームを囲い込み、そこからさまざまな手数料などの収益をあげることが難しくなる。また、特定のコンテンツ・サービス分野に力を入れて、キャリアの魅力やブランド力につなげる、といった戦略的なコンテンツ分野のコントロールもやりづらくなる。

 その一方で、コンテンツ・プラットフォームの構築・維持や魅力的なコンテンツの確保といった負担はなくなり、インフラ投資以外のコストが削減できる可能性がある。また、キャリアが使用する端末も3G/3.5Gの標準仕様を前提にすれば、これまでの日本のキャリアのような「独自サービスとの親和性」は必要なくなり、海外メーカー製など低価格な端末を調達しやすくなるといったメリットがある。

 しかし、このフル・インターネット型のモデルをNTTドコモやauが採用する可能性は低く、仮に採用したとしても普及には時間がかかるだろう。この2社はインフラから端末、サービス、コンテンツ・プラットフォームまで囲い込む垂直統合型のビジネス・モデルを構築しており、その収益構造とパートナー企業と築き上げたエコシステム(共存・共生しながら利益を生むシステム)があまりに巨大かつ複雑だからだ。

 フル・インターネット型を採用しやすいのは、新たなビジネス・モデルやコスト構造がとれる新規事業者であり、イー・アクセスなど新規事業者はこのモデルになるだろう。

【2】フル・インターネット型と従来型のハイブリッド・モデル

 また、フル・インターネット型と従来型のハイブリッド・モデルも考えられる。ボーダフォンを買収したソフトバンクは、インターネットとの親和性をこれまでより高くした上で、サービスやコンテンツをYahoo! Japanと共有していく方針を打ち出している。ボーダフォンの3Gは以前から国際標準仕様の採用を重視していたこともあり、今後の高速化において、NTTドコモやauよりもインターネットの世界に近いサービス・コンテンツの提供を行なう可能性がある。

 HSDPA以降も、携帯電話をはじめとするモバイル通信の高速化・大容量化は進む。その中でどのようなビジネス・モデルが主流となるか。市場の先行きに注目しておく必要があるだろう。



ワンポイント用語解説

1x EV-DO
CDMA2000の発展型で、下り回線の高速データ通信規格。1xは1.25MHz幅を意味する。「1x Evolutional Data Optimized(またはOnly)」の略称。
HSDPA
W-CDMAの発展型で、下り回線の高速データ通信規格。「High Speed Downlink Packet Access」の略称。
ARPU
加入者1人あたりの月間平均売上高(=Average Revenue Per User)。


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(2006/08/07)


  神尾 寿(かみお・ひさし)
日経BP社契約ライター、大手携帯電話会社委託研究員などを経て、1999年にジャーナリストとして独立。2004年から1年間、独立行政法人 新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の技術委員を務める。現職、通信・ITSジャーナリスト、IRI-コマース&テクノロジー客員研究員、株式会社イードの客員研究員。主著は「自動車ITS革命」(ダイヤモンド社)。

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