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第3回:GPS搭載義務化で活性化する位置情報ビジネス
[2006/11/29]
第2回:携帯電話ビジネスの裾野を広げる、おサイフケータイ
[2006/09/29]
第1回:キャリアの姿勢と事情が現われる、“高速化の使い道”
~3.5Gの潮流と多様なビジネス・モデル
[2006/08/07]
第3回:GPS搭載義務化で活性化する位置情報ビジネス

 本連載では、通信・ITS分野の気鋭ジャーナリスト神尾 寿が、標準技術によって結実した新しいビジネス・モデルを分析していく。第3回目は、携帯電話への搭載が加速するGPS(全地球測位システム)を取り上げる。2007年4月のGPS搭載義務化により、キャリアのビジネス・モデルはどう変わり、位置情報ビジネスを巡るサービスはどのように拡大していくのか。現状とこれからの動きを追う。


民生利用が活発化するGPS

 周知のとおり、GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は、高度2万km上空にある24基の人工衛星からなる位置測位システムである。もとは軍事用のシステムであるが、航空機や船舶、クルマのナビゲーションなど民生利用が活発化。

 特にクルマ向けのカーナビゲーションは、日本で人気の高性能なAVN(Audio Visual Navigation : オーディオ一体型)タイプから、欧米で急成長中のPND(Personal Navigation Device : GPS単独簡易型ナビ)まで大きな市場を形成している。



携帯電話でも、GPSは成長分野になっている

 この分野では、GPS測位技術に強いベンチャー企業だったスナップトラックを買収したクアルコムがリードしており、「gpsOne」という機能名で同社の携帯電話向け統合型コアチップ「MSMシリーズ」に搭載。日本市場では、クアルコムのチップセットを全面的に使うauがGPS対応機を積極的に展開している。auのGPS対応端末の稼働台数は2062万台、GPS端末の占める割合は84%に達している(2006年9月時点)。

 一方、NTTドコモとソフトバンクモバイルは、2006年前半まで、GPSは一部の機種でのみ対応する"付加価値的な機能"だった。しかし、今年10月から発売されたドコモの「903iシリーズ」ではGPS機能が標準搭載になり、対応端末が一気に拡大。それにあわせてGPSを使ったコンテンツ・サービスも増加した。ソフトバンクモバイルも、今後、GPS搭載端末を増やしていく方針だ。

 au以外のキャリアでもGPS対応端末が増えている背景には、2007年4月に施行される事業用電気通信設備規則の改正がある。この中に、携帯電話からの緊急通報時に位置情報を通知する機能の搭載が盛り込まれており、施行後に発売される3G携帯電話は、原則としてGPS機能の搭載が義務づけられた。

 auは当初からGPSを活用した携帯電話サービス/ビジネスの展開に積極的だったが、他のキャリアはGPSのビジネス的な可能性に懐疑的な見方が強かった。しかし、それでもドコモが903iシリーズでGPS機能を標準採用したのは、MNPに向けてauに劣る部分をなくすという商品戦略的な事情と、2007年以降のGPS搭載義務化に向けた準備からである。


GPSが"キャリアのビジネス"にも合致

■ GPSサービスで先行したauの戦略

 auはGPS搭載義務化以前から、この分野の可能性にいち早く目を付けて積極的なサービス展開を行っている。その背景には、同社がクアルコム製チップセットを全面採用していたという理由もあるが、それ以上に大きかったのがGPSを活用したサービスが「パケット料金定額制」が前提になるからだ。

 auはパケット料金定額制の導入で他社に先駆けており、さらにパケット料金定額制で「ダブル定額ライト」、「ダブル定額」という上限金額付きの二段構えの価格設定をしている。

 この料金プランの場合、ユーザーのコンテンツ・サービス利用が少なければ、パケット料金定額制の利用料は月額1050円に留まるが(ダブル定額ライトの場合)、ユーザーが積極的にコンテンツ・サービスを利用すれば、上限額の月額4,410円までデータARPU(Average Revenue Per User、加入者一人あたりの月間平均売上高)が伸びる。そのため同社のコンテンツ・サービスの基本スタンスでは、「定額制の必要性を訴求すること」と、その積極的な利用で「定額制上限額までデータARPUを伸ばす」ことが重要になる。

EZナビウォークの画面(KDDI auサイトより )

 GPS利用サービスは地図とセットで使うことが多く、とくにナビゲーション・サービスでは連続的に地図のダウンロードを行なう。着うたフルと同様に、パケット料金定額制が必須の「リッチな」サービスである。また、普段の仕事にも使える実用的なサービスとして、着うたフルの利用傾向が低いビジネス層のユーザーにも訴求できる。

 本連載第1回で述べたとおり、auは通信の「定額制・大容量化」時代にあわせて、自社ブランドで積極的にサービス展開を行なう“ディズニーランド型”のビジネスモデルを導入している。

 GPS利用サービスもそれを構成するピースのひとつであり、auのサービスとして歩行者向けナビゲーションの「EZナビウォーク」と、クルマのパッセンジャー向けサービス「EZ助手席ナビ」を投入。利用者数は順調に伸びており、EZナビウォークが月額会員94万人、EZ助手席ナビの月額会員は29万人に達している(2006年9月末時点)。また、これらGPSナビゲーション・サービスは「(サービスの)解約率が低いのが特徴」(KDDI)である。

安心ナビの利用イメージ(KDDI auサイトより )

 ほかにもauは、GPSで家族のau携帯電話の位置を確認する「安心ナビ」を導入しており、今年(2006年)の夏商戦からとくに積極的にPRしている。その背景には、安心ナビが"親子・家族で使う"ものであり、MNPのタイミングにあわせて家族単位の契約増を図るという狙いがある。

 この家族まるごとの契約は「独占世帯」と呼ばれており、auはその獲得シェアがこれまで低かった。そこでGPSを"家族向けの安心・安全"サービスとして活用し、家族契約の掘り起こしに使っているのだ。


■ NTTドコモもGPSで盛り返しを図る

ドコモの端末でGPSナビゲーションを利用中の画面(P903i)

 一方、NTTドコモはGPSサービスの本格導入では遅れたものの、今年発売した子どもの位置確認・追跡機能を搭載した「キッズケータイ」では低年齢層市場の開拓に成功し、最新の903iシリーズではナビゲーションからセキュリティまで、幅広くGPS関連サービスを用意。この分野の巻き返しを始めている。

 すでにauが先行しているGPSナビゲーション・サービスでは、ナビタイムジャパンとゼンリンのサービスを903iシリーズにプリインストールすることで対応。さらにauにないGPS活用分野として、紛失した携帯電話をGPSで探す「ケータイお探しサービス」や、おサイフケータイと連携する電子クーポン「トルカ」とGPSによる地図検索サービスの連携を実現している。

 このように、GPS関連サービスを携帯電話キャリアやコンテンツ・プロバイダーのビジネスで活用する動きは、急速に広がってきている。



高精度測位衛星時代に向けて発展は続く

 中長期的な視野に立てば、GPS利用サービスはビジネス規模の拡大もさることながら、その後に続く高精度測位衛星時代に向けての"布石"としても重要である。

 高精度測位衛星では、日本は今年3月、内閣官房が「準天頂衛星システム計画の推進に係る基本方針」を発表。GPS補完システムである準天頂衛星を、官主体で推進する方向性を打ち出した。

 まずは第1段階として、早ければ2008年に1機の準天頂衛星を打ち上げて、宇宙航空開発機構(JAXA)が運用する形で技術実証・利用実験が始まる予定だ。この準天頂衛星を使えば、測位誤差1メートル以内の精度での測位が可能になるだけでなく、測位速度も向上する。

 準天頂衛星に対する携帯電話業界の注目も高まってきている。過日、筆者はクアルコムジャパン 代表取締役社長の山田純氏にインタビューをしたのだが、その際に山田氏は、「日本で準天頂衛星が稼働したら、(クアルコムは)早いタイミングで対応する考えである」と話した。日本のGPS携帯電話のほとんどがクアルコム製のチップセットを搭載していることを鑑みると、同社が準天頂衛星を前向きに捉えていることは重要な意味を持つ。


EUが推進する「Galileo」計画

 また海外に目を向けると、欧州連合(EU)が推進する「Galileo」計画が注目である。こちらはGPSと同様に、複数の衛星による全地球測位システムであり、EU各国はもとより、中国や韓国などアジア地域での採用も決まっている。また、欧州のITS推進組織ERITICO(European Road Transport Telematics Implementation Coordination Committee)が推進する次世代交通安全コンセプト「e-Safety」での採用も決まっている。

 Galileo計画は現在、最終的に30個になる人工衛星の打ち上げ中であり、正式な運用開始は2010年の予定だ。それまではGPS衛星の信号を補完する形で利用し、クルマや携帯電話でのアプリケーションやビジネス開発を進めていくという。

 Galileoが正式運用になれば測位誤差は1メートル以下になり、高精度な位置情報サービスが実現できる。また、アメリカ空軍が管理する現在のGPSに比べて運用の透明性が高く、地域による測位精度の違いが是正されると考えられることから、EU各国をはじめ採用国ではGalileoを使った位置測位システムの利用が盛んになるだろう。

 なお、日本ではアメリカのGPSシステムと連携・補完する準天頂衛星を推進しており、高精度測位衛星も「日米協調」路線を貫く方針だ。


GPS関連市場は2007年以降さらに拡大する

 GPS搭載義務化という"外因"もあるが、携帯電話ビジネスの中でGPSは重要な位置を占め始めており、その動きは来年さらに広がりそうだ。auに続き、ドコモやソフトバンクモバイルでもGPSが携帯電話の標準的な機能になり、GPS関連サービスの市場は大きく拡大するだろう。さらに「地図の見やすい液晶」や「ナビゲーションが操作しやすいポインティング・デバイス」といったデバイスの新たな需要を喚起する可能性もある。

 携帯電話ビジネスの今後において、「GPSによる位置情報」と「デジタル地図」は見逃せない要素になる。この分野に注目し、また自らもユーザーの立場でGPS携帯電話と関連サービスの体験をしておいて損はないだろう。


ワンポイント用語解説

ETRICOとe-Safety
ERITICOは、欧州のITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)推進組織であり、EU諸国の自動車メーカー、欧州委員会および各国政府、大学とともにITSの実現とビジネス化に向けた活動を行っている。同様のITS推進組織としては、北米市場を統括するITS America、アジア市場の中心的役割を果たしているITS Japanがある。

そのERITICOが、2003年にマドリッドで開催されたITS世界会議において提唱した、総合的な次世代安全システムのコンセプト名が「e-Safety」である。e-Safetyは2006年現在、クルマの事故未然防止システムから道路インフラとの協調安全システム、次世代緊急通報システムまで様々な分科会に分かれてシステム開発・実証実験を行っており、その中でGalileoシステムを使ったアプリケーションの研究も進んでいる。


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(2006/09/29)


  神尾 寿(かみお・ひさし)
日経BP社契約ライター、大手携帯電話会社委託研究員などを経て、1999年にジャーナリストとして独立。2004年から1年間、独立行政法人 新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の技術委員を務める。現職、通信・ITSジャーナリスト、IRI-コマース&テクノロジー客員研究員、株式会社イードの客員研究員。主著は「自動車ITS革命」(ダイヤモンド社)。

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