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【連載】

 アウトバーン通信 ~独国的電網生活 

【編集部から】
 インターネットといえば、かつてはアメリカ独走の感がありましたが、最近ではヨーロッパやアジアなど、世界各国でインターネットが盛んに利用されています。この連載では、ドイツで暮らしているkajoさん・taogaさんのお二人が、現地の最新インターネット生活をレポートします。乞うご期待!

第22回 日曜大工を超越する、ドイツ流DIY事情 (by taoga)

■本当に空っぽな部屋


イラスト・Nobuko Ide
 日曜大工という言葉から何を連想するだろうか。棚を吊ること、それとも花瓶をのせる台や本棚を作ること? 賃貸住宅では壁に画鋲の穴一つ開けることも叶わず、ポスターも貼れない日本の住宅事情は、日曜大工の強敵ともいえる。そんな日本からは想像しにくいと思うが、ドイツ流の日曜大工は桁が違う。とにかく皆、家をいじることが好きだ。日曜大工と呼ぶのではとても足りないほどの勢いだ。ウィークエンド大工、でもまだ足りない。「年がら年中大工」とでも呼ぶのが一番合っているだろう。そこで何を作っているのかって? 何でも、ありとあらゆることを自分で作ってしまうと言っても過言ではない世界なのだ。

 私が留学するためにカバン一つでドイツに来てぶつかった最初の難関は、この「何でも自分で作る」習慣だった。
 入学試験を受けるために、最初に乗り込んだのはHamburg(ハンブルク)だった。最初はホテル住まいをしていたものの、続けていたのでは破産してしまう(!)ので、 安い学生寮に住みたいと思った。しかし、どこの学生寮も満員だったため、まずは部屋探しとなった。家具付の部屋というのも、あるにはある。これなら入居したその日から不自由のないように、家具に限らず必要な物がすべて整っている。しかし、貧乏学生が払いきれるような家賃ではないため、自分で安い部屋を探さなければならない学生がほとんど。私もその一人だった。日本での下宿生活の経験もなかった私が、何といっても驚かされたのは、「Unmoebliertes Zimmer」(家具なし部屋)とか、「Leere Wohnung」(空の貸家)などと称するこの手の安い部屋は、ドイツ語では「空っぽ」にあたる「leer」という言葉が付いているとおり、部屋というより住むための「箱」そのものなのだ。天井を見ても、裸電球一つ付いているわけでもなく、電気のコードが壁からニュッと出ているだけのものだった。

 結局、その時は幸運にもなんとか学生寮に潜りこむことができて、日曜大工からは免れた。しかし数年後、Mannheim(マンハイム)に移ってきた時は事情が違った。仕事で移住する以上、もう学生寮に入ることはできない。とにかく部屋を探さなければ。
 とりあえず、どこかに腰を据えなくてはならない。そこで最初は、ひとまずの落ち着き先として「Moeblierte Wohnung」(家具付き住宅)に入った。さあ、いよいよ本格的な住居探しだ。

■ドイツ流・部屋探しテクニック


現在はもちろんインターネットで。マンハイムの新聞「Mannheimer Morgen」の住宅情報
 インターネットが一般化していなかった今から20数年前、部屋探しにもっとも便利だったのが新聞だ。毎週決まった曜日に、部屋を「貸します」「借りたい」という情報がまとめて掲載されるページがあり、細かい字でギッシリと情報が載っていた。最初のうちは省略されている言葉がわからず、「2ZKB」って何のこと? 「NB」とは何ぞや?……という日々だった。それが「2ZKB」は「2ZimmerKuecheBad」の略、つまり「キッチン風呂付き2部屋」だとか、「NB」は「NebenKosten」という付随費用を示す、というのがわかってくればしめたもの。希望に合う部屋を見つけたら、まず電話をかける。早い者勝ちだから、部屋情報を掲載する曜日の朝は、早起きしなくてはならない。新聞を買ったらその場でページを開けて探すと、手頃なものが見つかった。……と見ると、新聞片手に公衆電話に向かって走る奴がいる。当時は携帯電話などはなかったのだ。何も同じところに電話するとは限らないのに、気が付くといつのまにか、負けてなるものかと走り出している自分がいた。
 電話で、これからすぐに見に行くからと伝え、地図で場所を確かめて、バスや路面電車に乗って部屋を見に行く。ドイツの住所は探しやすいから、こういうときは楽だ。どんなに小さな通りでも名前が付いているし、角の家から順番に番号が付いている。片側は奇数番号、反対側は偶数番号となっているから、目的の家はすぐに見つけることができる。
 何度もこの作業を繰り返した後、やっと気に入った部屋を見つけた。さぁ、ここからが大変だ。ガラーンとした部屋の中に一人でポツンと立っていると、どこから手をつけていいかわからない。とりあえず水道と流し台はある。水が出る(感激?)。電気は……ない。いや、電球がない。これでは冬の暗い時間の長いドイツでは何もできない。まずは電球、どころではない。電球を取り付けるソケットが付いていないのだ。さあどうしよう?

■部屋は自分で作らなければ!


 では、どこから手をつけようか。普通なら電気まわり→水まわり→壁→床→家具あたりか。それなら、まずは天井に電灯を取り付けよう。そうすれば日が落ちてからも多少は作業を続けられる。じゃあ明かりから、町に探しに行かなければ。当時は車どころか免許も持っていなかったため、行動範囲が限られていた。そのため、高くつくが仕方なくデパートを利用していた。今なら、郊外にある大きな専門店に行く。マンハイムの近郊ならBAUHAUS。ここには、工具、木材、電器から園芸用の土まで何でもそろっている。
 ところが、日本で見慣れていた蛍光灯が、売り場にはほとんど見当たらない。ドイツ人は蛍光灯が大っ嫌いというのは後で知ったことだが、目がチカチカするので嫌なのだそうだ。そう言われれば、日本にいる時は気にならなかったのに、最近は蛍光灯の部屋にいると、すぐに目が疲れることに気がつく。もしかしてドイツの蛍光灯は「のろま」の代表ではなくて「チカチカと目障り」の代名詞なのか……? 残念ながら聞いたことがないが。
ドイツ版“ホームセンター”のBAUHAUS店内。もちろんこれはほんの一部だ
 ところで、ドイツの一般家庭に供給されている電流は、日本とは異なりほぼ2倍の220ボルトだ。それだけにお湯が沸くのも早い分、危険でもある。コンセントの抜き差しの時に、間違って触ってしまってビリッとした経験のある人も多いと思うが、ドイツでそんなことをしたら大変だ。私は試したことがないので、どのくらいのショックなのかをお伝えすることはできないが。もっと危険なのは、キッチンに引かれているStarkstromと呼ばれる強電流。なんと350ボルトもある。これは調理用の電気コンロのためで、あまりにも危険なので自分で配線してはならず、専門家に頼むことが義務付けられているほどだ。
 風呂は以前の住人が置いていったものをそのままにしたため、とりあえずは問題なし。ドイツの水はカルキが強いため、ワイン作りにはよいが(連載第18回を参照)、お湯を沸かす器具には大敵なのだ。風呂の湯を沸かす器具などが、すぐ壊れてしまう。台所のやかんの中だって、数回お湯を沸かしただけでうっすらと白い粉状のものがつき始めてザラザラしてくる。2ヶ月も使った後に外側から叩けば、厚さ数ミリの石灰層がゴロッと剥がれて落ちる。ついでに自分のお腹を叩くと胃の壁からとゴロッと……いや、そうは考えたくないのでここでやめよう。ということで、風呂用の湯沸し器は、本当に壊れるまで、だましだまし使うことにする。台所はといえば、水道は完備しているし、古い流しはあるため、これもしばらくは使えそうだ。実際には後で結局「全取替え」してしまうのだが……。

 さて、電気まわり、水まわりの工事が終わると今度は壁だ。壁が汚ければ、自分で壁紙を張り替える。そのためには、まず古いものを剥がさなくてはならず、これがひと仕事。模様のあるきれいな壁紙を買ったりした場合は、その模様を合わせるための苦労もある。天井から床までの長い壁紙を上手に張るには、1人では不便だから友達に手伝いを頼まなくてはならない。引っ越した先でこんなことを頼める人は、普通はまずいないことを考えると難関だ。
 壁紙の表面が汚れているだけなら、別の手がある。新しい色を塗ることで、見違えるほどきれいになるのだ。大抵の場合は、白か、象牙色と呼ばれる若干くすんだ色の壁紙用の水性ペンキを上塗りする。色を混ぜれば、好みの色の壁になって、部屋の模様替えもできる。テクニックはこのページを参考にしてほしい。

 壁がきれいになったら、次は床だ。絨毯も敷きたい。が、これもまた難関。ちょっと考えれば理解できるが、部屋の隅から隅まで繋ぎ目なしで絨毯を敷くためには、その部屋より少し大きめのものを買わねばならない。ということは、まずグルグルと巻いてある絨毯を部屋に入れるので難儀するということだ。またこれがとんでもなく重く、一人では引きずることもままならないという問題もあるのだが。手順としては、まず部屋の角に絨毯の端を、余裕を持たせて合わせる。ナイフでカットしながら少しずつ伸ばしていくのだが、都合よく長方形にできている部屋などないし、間違えて短くカットしすぎれば元も子もない。慣れないと大変な作業だが、このサイトで詳しく解説している。
 家具は予算の関係から、一度に新調はできないので、古い箪笥類を同僚にもらったら、色を塗り替えてきれいにしよう。工作が得意な人なら腕のふるいどき、安く上がるキットを探して自分で組み立てることだ。IKEA(次項に登場)などがその代表的なメーカーになる。

■超力作のシステムキッチン


問題のキッチン・工事前バージョン
 さて、電気に床に壁と、ほとんどの部分が完成したので、以前のものをそのままにしていたキッチンに手を入れることにした。キッチンは私が手がけたなかでも、一番の大仕事だ。システムキッチンを作るために、まず、もともと部屋に付いていた流し台を取り除いた。キッチンの絨毯も新しくしようと剥がしたら、その下にさらに古い絨毯があった。前に住んでいた人が手間を省くために、以前にあった物の上に絨毯を貼ったのだろう。これを剥がしたところ、何と(!)、その下にもう一世代古く汚い絨毯が出てきた。ヤケになってこれも剥がした。その下には、恐らく戦後すぐに立て直した、一番初期の時代に貼られたであろうタイルが出てきた。ボロボロのタイルを片付けると、あぁ、やっとコンクリートの床が登場した。しかしこの床もボロボロなのだが。
 ふと気が付くと、この時点では、壁に水道管、床には下水用の穴、天井には裸の電気のコード、これ以外は四方八方全てコンクリートの壁という状態になっていた。さて、どうしたらいいのか。これが元に戻るのだろうかと怖くなってしまった。
 まずは壊れた床を修理しなくては。とりあえずコンクリートの粉を20キロ買ってきて、水を足してこねる。少しずつ様子を見ながら溶かしていくのは、わさびの粉をこねる要領だ。ただ量が違うのだが。文系出身の私がどうしてこんなことをしているのかと思いながら、ひたすらこねる。十分に混ざったら、それを床の隅から隅まで流し込む。乾くのに一日待って、次の日は新しい絨毯を敷く。居間用の絨毯と違い、PCVと名のつく比較的薄手のプラスティック製絨毯なので、扱い自体は楽だが、問題点は同じ。やっぱり部屋より絨毯の方が大きめで、敷きこむには骨が折れるということだ。

キッチンが完成。これが手作りとは!
 絨毯が敷き終わると、次はいよいよシステムキッチンの組み立てに入る。まずはスウェーデン製の家具を売り物にするチェーン店「IKEA」に探しに行った。ここではキッチンの大きさや好みに合わせて、組み合わせが自由自在のキットが用意されている。自分で運んできて、後は組み立てるだけでOKというものだ。
 調理用の上板は、厚さが3センチもある一枚板。これを電動のこぎりを使って、自分で壁に合わせて切る。その後、板の中央に、調理用コンロを取り付けるための大きな穴を電動糸鋸で正確に切り取る。戸棚等も、全部力をこめて6角形のねじを締めていくので、これも結構大変な作業だ。先端をねじ回し用の器具に交換できる電気ドリルを持っていると、ここでは非常に役に立つ。
 結局、これだけの大工事にもかかわらず、仕上げるまでに10日間ほどを要しただけだった。専門家の手を煩わせず、妻と2人だけで作った「工作」にしては立派なものになった。以来、毎日使いながら17年。薄汚れてはきたものの、すべて健在だ。どこ一つガタが来ていない。自作なだけに、どこかを修理する必要に迫られれば、すぐに場所も方法も解るはずだが、そのような事態に陥らないことだけは、うれしい誤算かもしれない。

 町の中心部にある私の家には庭がない。家の外の仕事はそのおかげで省略できるが、郊外に住むことになれば、庭仕事も大変だ。定期的に芝生を刈り、垣根の木をきれいに整備し、四方は色とりどりの花を咲かせる。ドイツ人たちは家の内外を、こまめに、しかも丹念に整えていくのだ。夏になれば天気のよい日に、その庭にガーデン家具を並べ、庭の隅でバーベキューグリルだ。焼きたてのソーセージを食べながら、ビールやワインを一杯。(連載第18回参照) これぞドイツ式の優雅な楽しみ方か……。
 えっ? 私は……といえば、花を咲かせる庭などない街中の小さな部屋で、書籍とコンピューターに埋もれて、せめても家の中にカビの花が満開にならないようにと気を使いながら、この記事を書いたりしている。

◎著者自己紹介
 ドイツの冬は厳しく長い。……とは言うものの、今年の冬は長くはあっても厳しくはなかった。それだけにかえって身の引き締まる思いができず、ダラダラと一冬過ぎてしまった。しかも、今度は春が来ない。相変わらずダラダラと締まりのない冬が続いている。ましてや雨の振る日がやたら多かったこともあり、一日でもいいからカラッと晴れて欲しいと望んでいる私。散歩に出る気力もなく、おかげでこの「アウトバーン通信」の執筆には精が出ていたりして……。
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(2001/04/12)

[Reported by taoga]

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