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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

第2部 これが0213の特徴とその問題点
第6回 0213の最終審査で、なにがおこったか? ~1.議事録から(上)

       
Illustation:青木光恵

●情報部会の“藪の中”

 前回は特別編をお送りしたが、その前の第5回は『制定過程編・中』(こちら)として、JIS X 0213:2000(以下、0213)の原案が符号化文字集合調査研究委員会(以下、JCS委員会)で作成されるまでを説明した。今回はその次の段階、日本工業標準調査会・情報部会(以下、情報部会)での最終審査の解説となる。
 本当ならば前回が『制定過程編・中』だから、次は『制定過程編・後』になるはずだが、表記の通り今回から標題をあらためることにした。どうやら、この最終審査だけで数回を費やすことになりそうだからだ。

 結論からいうと、JCS委員会で作成された0213の原案は、最終審査の結果、附属書1~3を“規定”から“参考”に変更する手直しをした上で承認された。この附属書1~3とは、現代日本で過半を占めるシフトJIS系、おもにUNIXで使われる日本語EUC系、インターネットのメールで使われるISO-2022-JP系といった符号化方法で、0213の文字集合を使うやり方を規定したものだ。

 上記のように文章にすればわずか数行ですむ変更だが、門外漢にとっては不可解な点が多いのも事実だ。その疑問点については、すでに第2部第4回(こちら)で要旨の形でまとめたが、以下に再掲しよう。

*強い反対意見の存在
 -文字化け問題のゆえに最終審査で国内メーカーは反対の姿勢をとった
  -上記国内メーカーの反対により附属書1~3を“規定”から“参考”に変更
 -これらは符号化方法に対する反対だったが、すでに開発意向表明』[訂正]の時点で符号
  化方法について述べている。なのになぜ最終段階になって反対するのか?
 -新しい符号化方法に不安をもつメーカーが存在するのは理解できるが、なぜ原
  案作成の過程で反対意見が止揚されず、最終段階で唐突に噴出したのか。制定
  システムになんらかの問題があるのでは?

 実をいうと最終審査については、すでに情報部会の棟上昭男部会長と、原案作成を担当した芝野耕司JCS委員長への取材にもとづき、本連載の第1部第2回(こちら)と同第4回(こちら)、第5回(こちら)に書いている。しかし書きながらも分からないことが多すぎて、どうにもすっきりしない思いが残ったというのが正直なところだった。

 まるで茂った藪の中でなにかが起きているのに、外からは茂みがじゃまで窺うことができない。やがて、藪から出てきた人が何人か「こんなことがあった」と話してはくれる。きっとその話は正直なところなのだろうけれど、どうもそれらの話が“あったこと”のすべてではなさそうだ。話を聞くほど謎は深まる……私にはそんなふうに思えた。今回から始まる数回は、そんなもやもやを解消するのが目的だ。つまり、“藪の中”に潜んでいるものを、できる限り晴天のもとに引っ張り出そうということだ。さてさて、どこまで日の光を当てられることができるか……。

 

●まずは、できるだけ中立の立場から事実を組み立てよう

 0213の最終審査でおこなわれたのは、純粋な技術仕様を対象とする論議のように見えて、実際にはきわめて政治的な綱引きだった、私にはそのように思える。
 政治とは人と人が結びついて立ち現れる現象のひとつであり、つまるところ人の心の反映だ。おそらく情報部会の出席者に最終審査を語ってもらえば、出席者の数だけ違う模様が語られることになるのかもしれない。もちろん何が“正しい”かも参加者の数だけ主張されるだろう。であればこそ“藪の中”[*1]なのだが、そういう理由で極力事実にもとづいて見極めないと、みずからも藪に引きずりこまれる危険がある。

[*1]…… http://www.aozora.gr.jp/cards/akutagawa/zipfiles/yabunonaka.zip

 今回と次回は、情報部会で論議されたなかで、誰もが認めるであろう事実のみを書くようにしたいと思う。つまり、自分の判断をひとまず保留して、まずは判断のための共通の出発点・土台を築いてみようということだ。

 日本工業標準調査会の事務局は、工業標準化法によって通産省の外局である工業技術院(以下、工技院)がつとめることになっている。このたび私は工技院に申請して、0213が審議された第83回('99年9月27日)と第84回(同10月25日)情報部会の議事録を入手することができた[*2]。この議事録は、参加者全員の承認をうけた公的な文書であり、事実にもとづき考えたいという者にとっては、これ以上ないテキストと言える。この議事録によるかぎりは、どこからも異論が出ないであろうからだ。

[*2]……この議事録じたいは公開が原則だ。くわしくは工技院標準業務課へ連絡されたい。また工技院では近日中に『最近の文字コードの動向について』という、文部省国語審議会などでの論議もふくめて、包括的に文字コードの動きをレポートするウェブページを公開予定であり、この中で0213の情報部会の論議は“議事要旨”という形で掲載の予定だという。

 ただし、議事録だけではすべてを語れないのも事実だ。そういうところでは、工技院のコメントを適宜入れることにしよう。公僕たる工技院には、特定の利害によらない中立的な立場を期待できるからだが、ただし、私はこの0213をめぐる複雑な論議の場合に限っては、メーカーなどと同様に、工技院もひとつの立場を代表し、あるゲームを戦う“プレイヤー”の一人と考えたほうがいいと思っている[*3]。だから、工技院のコメントには、場合によってこうした立場からくるフィルターがかかっていると考えられなくもない(微妙な言い方してるなぁ)。その点は頭の隅に留めてほしい。

[*3]……日本国憲法第15条第2項では、公務員について以下のようにさだめている。
《すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。》

私が基本的に工技院の判断を、特定の利害によらない中立的なものと考えるのはこの憲法の規定による。しかし、考えてみれば《全体》とは、あくまでも日本国民の全体という意味にすぎない。だから海外に向かっては日本の利益を代表することになるし、全世界を相手にするUnicodeなどの海外規格の場合には、ぶつかりあうたくさんの利益のなかのひとつに過ぎなくなる。だから工技院にすべての面で中立的な立場をもとめるのは酷であり、無理というものだ。私はそう思う。
付言すれば、ここで事実のみを語ろうという私ですら、純粋な意味では中立たり得ない。なにか責任をもとうとする人は利害と無縁ではいられないからだ。シニカルな言い方をすれば、私ができるのは中立であろうとする“努力”でしかない。しかし、それはけっして無意味ではないはずだ。

 


●最終審査とは、何なのか?

 議事録によって審議を再現する前に、JIS[*4]の制定過程のなかで、最終審査はどのように位置づけられるかを確認しよう。

[*4]……私はこれまで“JIS規格”という書き方をしていたが、JISは“Japanese Industrial Standard――日本工業規格”の略であることからも分かるとおり、“JIS規格”では重複表現になり、単に "JIS" とするのが正しい。読者の豊島正之さんからのご教示により、以前の表現を訂正するとともに、これからはこの言葉に改めようと思う。

 特別編第6回(こちら)では、それ以前の原稿の間違いを訂正しつつ、工技院への取材をもとにしてJISの制定過程をくわしく説明した。要点は図1(こちら)として作ったフローチャートを見てほしい。この図を参照しつつ、私は原稿の中で最終審査について下記のように書いた。

 こうして作業部会が作成した原案は、親委員会の承認をうけ、最終案として工技院に送られる。ここから先が緑色の“審査期間”となる。この最終審議を担当するのが日本工業標準調査会だ。
 この機関は工業標準化法で設置をさだめられているものだ。民間の学識経験者や企業の人間で構成され、事務局は工技院。ようするに官庁が立案した政策を民間の知恵で審査・答申する“審議会”をイメージすればよい。
 工業標準化法によれば、主務大臣は、工業規格を制定・改正しようとするときは、あらかじめこの日本工業標準調査会に審議を依頼し、その議決をへなければならない。JIS規格のジャンルごとに部会が設置されており、文字コードなどのコンピューター関係は情報部会が担当することになっている。
 この最終審査で議論されるのは、例えば「この文字は入れるべきだ」とか言ったような個々の問題ではなく、この規格は果たして存在する意味のあるものなのかといった、親委員会と同様か、さらに広い視野に立ったものになる、はずだ。


 つまり最終審査は、基本的には専門的で細かな論議を目的とせず、大所高所にたった論議、つまり規格をつかうマーケットをも意識した視点が求められる。

 そして、ここでの論議が、JIS制定にとってほぼ最終段階となる。ここで承認されれば、だいたいはそのまま主務大臣(情報技術分野は通産大臣)によって制定されることになる。
 どうして“ほぼ”とか“だいたいは”という奥歯に物がはさまった表現になるかといえば、情報部会での承認後にされる一般への意見照会(詳細は前出図1を参照)により、もし妥当な意見がよせられれば修正される可能性が残されているからだ。
 とはいえ、その判断をするのはひとり工技院のみだ。工技院が発案元である委託事業の原案の場合、何回も工技院自身がくわわってチェックを繰り返しているいるわけで、よほど大きなミスの指摘でも出来ないかぎり、工技院を納得させ修正に踏み切らせるのはむずしいだろう。
 つまり、どのような理由でか、ある原案を確実に修正もしくは廃案に持ち込みたいという者にとっては、さまざまな立場の人間が論議に加わる最終審査が、実質的には最後のチャンスと考えられるのである。

●最終審査の出席者たち

 さて、それでは議事録にそって情報部会の論議をまとめてみよう。0213は2回の部会にわたって審査されたが、このことじたいが普通にあることではない。つまり1回目の部会で結論がでず次回に持ち越され、1カ月後の2回目でようやく承認に漕ぎ着けたというのが大ざっぱな流れだ。

 まず最初の9月の情報部会の出席者をあげよう。氏名に▼をつけた人が1回でも発言をした人だ。議事録による以上、発言した人以外は、なにも検討できないからだ。


◆第83回情報部会議事録('99年9月27日)

◎部会長
▼棟上昭男 東京工科大学

◎委員
浅野正一郎 学術情報センター
▼石黒辰雄 日本電気(代理/藤崎正人 技術企画部標準化推進部シニアコンサルタント)
▼石崎俊一 慶應義塾大学
市川隆 日本情報処理開発協会
北城恪太郎 日本アイ・ビー・エム(▼代理/斎藤輝 アジア・パシフィック・テクニカル・オペレーションズスタッフ・オペレーションズ標準部長)
児玉皓雄 電子技術総合研究所(▼代理/藤村是明 知能システム部)
佐藤清俊 日本電子工業振興協会(代理/東條喜義 技術部参事)
庄山悦彦 日本電子機械工業会(代理/小島正男 標準化センター所長代理)
高須昭輔 日立情報システムズ(代理/宮澤由壽 経営企画室部長)
田中征治 郵政省 技術総括審議官(代理/古屋修司)
塚本倬三 富士ゼロックス(▼代理/篠岡誠 ODP事業本部)
平河喜美男 日本規格協会(▼代理/岡本秀樹 情報技術標準化研究センター所長)
丸山武 富士通(▼代理/成田博和 企画本部企画部)
▼山田肇 日本電信電話

◎関係者
▼芝野耕司 東京外語大学
渡辺清次 日本規格協会
八田勲 工業技術院 標準業務課長

◎事務局
稲橋一行 工業技術院 標準業務課長 他5名

 一見して門外漢が驚くのは、代理出席の多さだ。上記のリストを見れば分かるとおり、学識経験者をのぞけば、メーカーや各種団体を代表して出席している委員のほとんどは代理出席によるものだ。
 工技院の説明によれば、これが情報部会の“いつもの姿”であり、今回が特別ということではないという。正式な委員として就任しているのは、会社であれば代表取締役、団体であれば所長・会長クラスだが、実際に出席するのは部課長クラスの人間なのだという。ただし、あくまでも社の代表として出席し、発言しているので、実質的には何の問題もないと工技院では説明する。
 官庁の審議会にはトップの名前を出して、実際には実務に精通した人間が出席する、そうした“カイシャの常識”のようなものかもしれないが、これは見せかけと実体がかけ離れているわけで、おかしいと言わざるをえない。
 これに対して工技院は、来年1月に予定されている省庁再編により、通産省が経済産業省になり、工技院がその内局に再編されるのにともない、日本工業標準調査会も現在の委員240人を上限とする体制から、30人とするものへスリム化がはかられ、同時に情報部会などの部会を専門委員会へレベルをひとつさげ、委員も部課長クラスに委任することに変更し、結果として実体とあわせるようにしたいと説明した。このあたりのことは、工技院がインターネット上で公開している『21世紀に向けた標準化課題検討特別委員会報告書』(こちら)という文書に、より詳しく述べられている。


 さて、'99年9月27日午後3時。通産省別館506会議室において、情報部会の開会が宣言された。開会冒頭、日本アイ・ビー・エムの斎藤輝委員代理が発言をもとめ、0213原案の規格化反対と、テクニカル・レポート化を提案する。これが以降2時間40分にわたって攻防が繰り広げられた会議の幕開けであった。


◎補記1
 私は第2部第4回『制定過程編・前』(こちら)において、0213の『開発意向表明』(こちら)に日付がないことを指摘した。その後、実際の原案作成をしたJCS委員会の第2作業部会(以下、JCS/WG2)の豊島正之幹事に問い合わせて、この文書は'96年7月22日に公開されたことが判明した。これは『特別編第6回』(こちら)にも書いた。
 その後、JCS/WG2のメンバーだった池田証寿委員が知らせてくださったところによると、'97年6月23日にプリントアウトした『開発意向表明』を氏はお持ちで、その中には'96年7月22日の日付があるという。とすれば、この日付は当初は確かに入っていたけれど、'97年6月23日以降のある時点で、何らかの理由で消えてしまったと考えられる。日付を消すことに何の利益もないことから、おそらくは意図しないケアレス・ミスによって消えたのだろう。


◎補記2
 私は『特別編第6回』において、JCS/WG2の豊島正之幹事が97JISと0213の両方の規格票を、手ずからTeXで組版したと書いた。これについて、豊島幹事から、以下のようなご教示をうけた。以下、メールより抜粋する。

X0208:1997(の規格票/引用者注)は、大部分は豊島が jLaTeX で製版しましたが、解説の「参考表 各実装字形差一覧」の表は、芝野主査の製版です。
X0213:2000(の規格票/引用者注)は、漢字表(表1、表2、包摂規準表、附属書6)、漢字索引(附属書11-2,3)、解説は豊島が jLaTeX で製版したものですが、他は、それぞれのdivision(引用者注/作業部会の下の分科会)の担当の委員が製版したものです。

又、両規格票とも、ノンブル、表紙、奥付などは、規格協会の製版です。


 つまり、大部分は豊島幹事の手になるものだが、全部ではないということだ。ここで重要なのは、97JISと0213においては、原案作成委員会みずからの手によって、規格票の組版・製版がされたということだ。このことは、もう一度強調しておきたい。 

(2000/7/12)

[Reported by 小形克宏]