【連載】
●情報部会の修正によって、0213は“死んだ”のか?
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[*8]……原案作成委員会や親委員会など、JISの制定過程にかかわる用語は特別編第6回(こちら)を参照していただきたい。 |
つまり、0213に反対姿勢をとった者が、実は0213の原案作成をした者の一人でもあるという、奇妙にねじれた構図がここにはあるのだ。なぜ自分たちが作った原案に、自分たちで反対しなければならないのか? これを奇妙と言わずして何を奇妙と言おう。私が第2部6回で書いた、〈0213の最終審査でおこなわれたのは、純粋な技術仕様を対象とする論議のように見えて、実際にはきわめて政治的な綱引きだった、私にはそのように思える。〉というのは、ここにその理由がある。
しかも、メーカー委員が反対理由として挙げた、0213の拡張領域が、Windows 95/98などの外字領域をつぶすように設定されている点も、すでに第2部4回(こちら)で述べたように、あるいは芝野委員長が情報部会の席上でも指摘したように、0213の原案作成作業を開始するにあたって'96年7月に公開された『開発意向表明』[訂正](こちら)で、すでに表明されているのだ。つまり外字領域をつぶすのは、じつは既定の方針であり、議論の前提にすぎない。
情報部会での最終審査では、本来反対するはずのない者が、理由にならないはずの理由で反対していた。ある面から見れば、そのように考えることもできるのだ。
しかし本当にそうだろうか? 日本工業標準調査会の部会委員ともなれば国家の標準行政の一翼をになうステータスだ。委員は企業ならば取締役が名を連ねているし、中には日本IBMのように代表取締役会長を委員として出す企業も珍しくない。まさかそのような栄誉ある職を政府から委託された責任ある企業が、ゆえなく子供のような屁理屈(とも私に思える理由)を公の場に持ち出すわけがないだろう。彼らにしてみれば、よほどのことがあったのではないか。
もしも彼らに何らかの理があるとすれば、それは最終審査以前の原案作成の過程に、なにか問題があったことを意味する。なぜならば、彼らが情報部会の席上で反対理由に挙げている、ユーザー資産としての外字領域の保護ということは、昨日や今日から言い始めたことではないからだ。
たとえばJCS委員会が年度ごとに作成している平成10年度('98年度)『符号化文字集合(JCS)調査委員会報告書』(発行・日本規格協会)からは、同年度第1回親/WG2合同委員会の席上、日本電気オフィスシステムの伊藤英俊委員(親委員会)が同様の反対意見を述べていることがわかる[*9]。つまり彼らメーカーは、原案作成中からこの外字問題を言っていた。だとすれば、原案作成の過程のなかで、彼らの反対意見がうまく止揚されずに、結果として最終段階で唐突とも言えるような噴出の仕方をしたのではないか、そのような推理も成り立つのである。
[*9]……ただしこの報告書ではごく一部の議事録しか採録されていないので、この議論が全体の作業のなかでどのように位置づけられるのかは現在のところ不明だ。実質的な原案作成作業をになったWG2の議事録は、日本規格協会に公開を申請し、この原稿の脱稿直前に手元にはいった。詳しい分析結果は今後お伝えできると思う。 |
さてさて、事態はいよいよ“藪の中”[*10]の様相を呈してきた。ここまで書いてきたことは、議事録や各方面への取材をもとに私が考え推測した、あくまで私的な見解に過ぎない。これ以上、門外漢が妄想をひろげるのはやめて、とにかく当事者に話を聞いてみよう。
まずは工技院の担当者、永井裕司技官の見解を聞く。工技院は情報部会の事務局をつとめると同時に、0213の原案作成の委託元、つまりゴーサインをだした当事者だ。そしてもちろん憲法にいう〈全体の奉仕者〉(第15条第2項)として公共の利益を追求する、我らが日本国民の利益代理人でもある。
[*10]……http://www.aozora.gr.jp/cards/akutagawa/zipfiles/yabunonaka.zip |
小形:どうも情報部会でのメーカー委員の反対の仕方というのが、あまり普通ではないというか、大人同士として如何なものかっていう気がするんです。そこでお聞きしたいのは、何か情報部会とは違うところに問題があったのではないか。たとえば原案の作成過程の中に何らかの問題があり、彼らの反対意見がうまく吸い上げられなかったのではないか。そうした点については、どのようにお考えになっていますか。
永井:今までの原案作成の経緯をふまえると、JCS委員会から情報部会に上がってくる一連の作業の流れのなかで、なにか不備があったかというと、それはないと私は思っています。JCS委員会の中にも委員として入っていましたし、一般への公開レビュー、そして公開審議まで行ないました。メーカーが発言できる機会は、何回もあったわけです。簡単に言ってしまうと、利害関係者が集まる原案作成の場で、技術的論議に負けたということではないかと思います。
小形:たしかに、僕が去年の12月にインタビューした際、芝野委員長はそう言っていました。
永井:私のコメントは芝野委員長と同じ意見ということですね。JCS委員会の技術的論議の過程では問題はなかったという見解です。
小形:原案作成のJCS委員会で負けた議論を、最終審査の情報部会に持ち出すということは、言ってみれば江戸の仇を長崎で討つみたいな話ですね。となれば、これは破天荒な話です。本来は原案作成のJCS委員会の場で決着をつけるべき問題なのにどうして情報部会に持ち出されたのか。本当に原案作成に問題はなかったんでしょうか? ひょっとしたら、芝野委員長が「きちんと議論した」と言っているだけで、本当は議論できていないのではないか、失礼ながら、そんな疑問すら浮かびます。
永井:いや、そんなことはないですよ。私も心配になってJCS委員会の議事録を見たんですが[*11]、やはりメーカー各社は反対意見を言っています。そして討論をした結果、委員会委員の多数決をとっています。たとえば日本IBMの提案については、委員会委員否決と書いてあったと思います。
[*11]……インタビューに答えてくれた永井技官の赴任は'99年7月、つまり0213の原案作成が終了し最終審査に入る前の中間地点だ。したがって永井技官自身は原案作成作業には立ち会っていない。
小形:なるほど、とすればこの件については、芝野委員長の言うとおりなんだろうと、判断せざるを得ない。
永井:そうです。工技院として、もし適正な審議がさなれていなければ、途中で止めるか審議方法の変更をしなければならないと思います。0213の原案作成をしていた当時は、日本文藝家協会の江藤淳先生が、JIS文字コードに対していろいろ要望をされてきて、透明性を確保してJISの審議をするべきと言ってたような時期ですから[*12]、工技院はJCS委員会にほぼ毎回出席してしていたんです。つまり、原案作成段階から委託元としてきちんと関わっていたと言えます。
[*12]……'97年10月13日に、日本文藝家協会が江藤淳理事長の名で文部省国語審議会にあてて出した『要望書』をさす( http://www5.mediagalaxy.co.jp/bungeika/youb1013.html )。なお、当時江藤は要望先である国語審議会の第21期副会長という要職にあった。
JCS委員会というのは、いわば文字コードに利害を持つ関係者の集まりだと思います。だから例えば日本IBMからみれば、技術的論議に押し切られてしまったという形に見えたりしたんじゃないですか。情報部会で多くのメーカー委員が0213原案を否決することに賛成したということに対して、小形さんは被害者意識をもって情報部会で敵討ちをしたのではないかと言われましたけど、力関係が逆転するような場を選んで、自分たちのパワーを見せつけるというのは、あり得る話じゃないでしょうか。たぶん今回は、そういうことなのだと思います。
芝野委員長や、幹事だった豊島先生は非常に論理的な方だから、議論では負けたということではないでしょうか。私も、本来はJCS委員会で議論して解決する問題なのに、なぜ情報部会で再度議論するのかと不思議に思ったのは確かです。しかし冷静に考えれば、技術的な論議で、どちらにその妥当性があるかを3年間議論してきたわけです。そうしてJCS委員会の結論が出てきたのだし、しかも公開レビューまでやって、そこで再確認をとっているわけです。だから手続き上も、議論の中身も、私は問題ないと思っています。
ただ、誤解していただきたくないのは、情報部会でこのような反対意見が出てきたものも、逆に言うと問題ないと思っているんです。つまり技術的に議論した結果が、必ずしもメーカーとして受け入れられるものばかりではないと考えています。
そもそも技術的な議論を詰める原案作成委員会に対して、最終審査を担当する情報部会は、その規格がマーケットのなかで存在する意義のあるものかどうか、より広い視野に立って審議する機関です。ですから、0213の原案が規格として世の中に出されたときに、コンピューターを作る側、エンドユーザーに最終的なサービスをする側が、大所高所から情報部会で実際に問題があるんだと発言するっていうのも、やはり納得せざるを得ない、そういうことなんです。
JCS委員会でおこったことも、情報部会でおこったことも、両方理解できます。しかし、工技院は事務局として調整役の立場もあります。漢字が足りないという世の中の要求に対して、0213の文字をこのまま廃案にする、あるいはテクニカル・レポートにするという判断はない、やはりJISとして世の中に出そうと調整しました。
小形:それは9月と10月の情報部会の間に調整にまわったということですね。
永井:ええ、関係者が満足するよう、事務局調整に入りましたよ。事務局としての立場と、標準化政策を推進する工技院の立場と、ふたつを使い分けながら、調整しました。
現在、漢字が足りないという要求に対しては、0213である程度満足できたという、高い評価になっていると自負しています。今はメーカーに実装していただけるかどうか、0213の文字をどのように世の中へ早期にサービスできるようメーカーに努力していただけるかという、要するに規格の普及っていう仕事に移っているんですよ。
0213の文字が、どういう実装形態をとるのか、例えば附属書1の拡張シフトJISコードか、Unicodeベースの符号化方法か、そこはもうメーカーに自由におまかせします。工技院が強制して何かやろうなんていうのは、情報分野、特に文字コードに関してあり得ないんです。文字コードを決めるまでは工技院が責任を持ってやりますけど、それ以上のことは工技院の力の及ぶところではないでしょう。
※次回は0213反対派のまとめ役をつとめることになった、日本電子工業振興協会の東條喜義参事の談話を中心にお送りする予定です。
(2000/8/2)
[Reported by 小形克宏]
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