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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

第2部 これが0213の特徴とその問題点
第9回 0213の最終審査で、なにがおこったか? ~2.私の推測と工技院の見解

       
Illustation:青木光恵

情報部会の修正によって、0213は“死んだ”のか?

 前回まで3回をついやして、のちにJIS X 0213:2000(以下、0213)になるJIS原案の最終審査をおこなった、第83回と84回の日本工業標準調査会情報部会(以下、情報部会。それぞれ開催は'99年9月27日と10月25日)を議事録から再現した。

 0213の原案は、'96年7月から'99年7月まで3年の歳月をかけて、本連載の第2部4回、5回、特別編6回で既述したような、精緻で広範な調査のもとに作成された。情報部会は、この原案のうち附属書1~3を“規定”から“参考”にするという修正をおこなったうえで承認した。
 附属書1~3は、市場で一般的に使われている符号化方法によって、0213の文字集合を使う方法を決めている[*1]。一方で0213の規格本文で規定されているISO/IEC 2022(翻訳JISはJIS X 0202)による符号化方法は、あまり普及しているとはいえない。つまり、附属書1~3が規定にならなかったことにより、市場において規格に適合した状態で0213を使うことは、実質的にはできなくなったことになる。[*2]

[*1]……附属書1はWindows 98をはじめ現代日本で過半をしめるシフトJIS系、2はおもにUNIXで使われる日本語EUC系、3はインターネットのメールで使われるISO-2022-JP系といった符号化方法を規定。
[*2]……JISの規格票のうち“規定”とされた部分を実装することで、そのJISに“適合する”とされる。一方で“参考”部分は適合の要件には関係がない。


 ただし、これは一部で言われているように0213が規格として“死んだ”ことを意味するものではない。今後主流になる文字コードの国際規格ISO/IEC 10646(Unicode)[*3]にはすでに9割以上の0213の文字は収録されているが、これらの典拠に0213が加えられ、未収録の300字余りの0213独自の文字も、近い将来0213を典拠としてISO/IEC 10646(Unicode)に収録されることになる筈だからだ。つまり0213はISO/IEC 10646(Unicode)が典拠とする日本の規格のひとつという地位を得て、今後も機能し続けることになる。

[*3]……Unicodeはアメリカの主要コンピューター・メーカーを中心に結成されたUnicodeコンソーシアムによって制定されたデファクト標準だが、その内容は国際機関による公的標準(デジュール標準)であるISO/IEC 10646(通称"UCS"――Universal Multiple-Octet Coded Character Set)とほぼ同じ。つまりISO/IEC 10646とUnicodeはまるで自転車の前輪と後輪のように、連携をとって規格化と拡張が進められている。日本の情報部会のように公的標準を扱う場では“ISO/IEC 10646”か“UCS”と呼ばれるが、メーカーが実装する場合は“Unicode”と称する場合が多い。この原稿ではISO/IEC 10646とUnicodeは同じとして、“ISO/IEC 10646(Unicode)”と表記する。


 もうすこし詳しく説明すると、ISO/IEC 10646(Unicode)と重複する0213の文字(収録ずみの文字)は、従来ISO/IEC 10646(Unicode)の中では他の漢字使用国(中国・韓国・ベトナム等)の規格を出典とする文字、つまり外国で使われている文字だった。しかし典拠に0213が加わることで、これらは“日本語レパートリー”として扱うことも可能になる。

 具体的にいうと、現在27,484文字[*4]もあるISO/IEC 10646(Unicode)の漢字すべてを収録するフォントをつくるのは、時間的にも資金的にも膨大な投資が必要だ。使用頻度がひくい他国の漢字は需要が限定されるし、製品単価は収録字数に比例して跳ね上がる。そこで日本の市場向けには、より少ない日本語レパートリーの文字だけをフォントに収録するということが行なわれる。将来のWindowsやMacOS XといったOSが“0213に対応した”と謳う場合も、より具体的にはこのような作られ方をしたフォントと、そしてこれらの文字を入力可能にしたIMEを実装するという形態をとることになるだろう。

[*4]……現在のところ最新のUnicode3.0に収録されている、CJK統合漢字の20,902文字とExtension-A領域の6,582文字の合計。互換文字はひとまず除外した。


〈現代日本語を符号化するために十分な文字集合〉(0213規格票より)として0213が作られた意味が生きてくるのは、ここにこそあるはずだ。つまり東アジアで使われている膨大な漢字群のなかで[*5]、現代日本語を表記するのに十分とされる範囲を、精緻で広範な調査の裏付けによって11,223文字に“線引き”したのが0213なのだ。
 ただし、これはあくまでも文字集合としての0213の側面であり、当然のことながら0213の符号化方法は無関係となる。つまり0213の中で意味をもつのは実質的には文字集合としての部分だけという言い方もできる。

[*5]……注4でふれたCJK統合漢字20,902文字と、Extension-A領域6,582文字に、現在審議の最終段階をむかえつつあるExtension-B領域の42,778文字を足すと、70,262文字にもなる。


●奇異に思わざるをえないメーカー各社の反対姿勢

 しかし、それはそれとして、情報部会での審議過程にふれるとき、疑問に思わざるをえない点があるのは確かだ。

 第2部7回で既述したとおり、最終審査が開かれる1カ月前、電子機器メーカーの業界団体である日本電子工業振興協会(以下、電子協)は、情報部会委員をふくむ複数の会員企業の連名[*6]により、0213をJISにせず廃案にするか、テクニカル・レポート[*7]にしてほしいとする“要望書”を、通産省工業技術院(以下、工技院)に提出した。
 この要望書は国内の大手コンピューター・メーカーが、情報部会での0213JIS化最終審査を前にして、足並みをそろえこれに反対する先制パンチを仕掛けてきたと受け取ることができる。

 

[*6]……議事録からこの要望書に署名したとはっきり分かるメーカーは、日本IBMと日本電気(以上、情報部会委員)、東芝、沖電気、三菱電機(以上、電子協会員)。要望書に連署したすべての会社名は現在調査中。私の開示要求に対して工技院では、情報部会に対する提出資料ではなく、工技院への要望書であるという理由で公開を拒否した。また要望書をまとめたとされる日本電子工業振興協会へ問い合わせたところ、連署したメーカーの了解をとらないと公開できないとしたうえで、各社へ問い合わせることを約束してくれた。

[*7]……テクニカル・レポートはJISにする前段階のもの。標準情報をテクニカル・レポートによりいち早く公開し、JISにするための共通理解を形成しようという意図もある。ただし、JISは工業標準化法に根拠をもち、その第67条に〈都及び地方自治体は(中略)買い入れる鉱工業品に関する仕様を定めるとき(中略)日本工業規格を尊重してこれをしなければならない〉という尊重規定があるが、テクニカル・レポートはそうした裏付けがなく、市場への説得力や普及力という意味では格段に落ちる。


 ところが、この“要望書”に署名したと議事録から判明するメンバーのうち、電子協、日本IBM、日本電気は原案作成委員会(以下、JCS委員会)の親委員会[*8]に委員を派遣している(日本電気は子会社の日本電気オフィスシステム)。これらのうち電子協出身の委員は、情報部会に代理出席した東條喜義参事その人だし(ただし情報部会では発言なし)、日本IBMと日本電気は、実質的な原案作成作業を担当した第2分科会(以下、WG2)にも委員を派遣している(委員名は規格票所載の名簿による)。

[*8]……原案作成委員会や親委員会など、JISの制定過程にかかわる用語は特別編第6回(こちら)を参照していただきたい。


 つまり、0213に反対姿勢をとった者が、実は0213の原案作成をした者の一人でもあるという、奇妙にねじれた構図がここにはあるのだ。なぜ自分たちが作った原案に、自分たちで反対しなければならないのか? これを奇妙と言わずして何を奇妙と言おう。私が第2部6回で書いた、〈0213の最終審査でおこなわれたのは、純粋な技術仕様を対象とする論議のように見えて、実際にはきわめて政治的な綱引きだった、私にはそのように思える。〉というのは、ここにその理由がある。

 しかも、メーカー委員が反対理由として挙げた、0213の拡張領域が、Windows 95/98などの外字領域をつぶすように設定されている点も、すでに第2部4回(こちら)で述べたように、あるいは芝野委員長が情報部会の席上でも指摘したように、0213の原案作成作業を開始するにあたって'96年7月に公開された『開発意向表明』[訂正]こちら)で、すでに表明されているのだ。つまり外字領域をつぶすのは、じつは既定の方針であり、議論の前提にすぎない。
 情報部会での最終審査では、本来反対するはずのない者が、理由にならないはずの理由で反対していた。ある面から見れば、そのように考えることもできるのだ。

 しかし本当にそうだろうか? 日本工業標準調査会の部会委員ともなれば国家の標準行政の一翼をになうステータスだ。委員は企業ならば取締役が名を連ねているし、中には日本IBMのように代表取締役会長を委員として出す企業も珍しくない。まさかそのような栄誉ある職を政府から委託された責任ある企業が、ゆえなく子供のような屁理屈(とも私に思える理由)を公の場に持ち出すわけがないだろう。彼らにしてみれば、よほどのことがあったのではないか。

 もしも彼らに何らかの理があるとすれば、それは最終審査以前の原案作成の過程に、なにか問題があったことを意味する。なぜならば、彼らが情報部会の席上で反対理由に挙げている、ユーザー資産としての外字領域の保護ということは、昨日や今日から言い始めたことではないからだ。
 たとえばJCS委員会が年度ごとに作成している平成10年度('98年度)『符号化文字集合(JCS)調査委員会報告書』(発行・日本規格協会)からは、同年度第1回親/WG2合同委員会の席上、日本電気オフィスシステムの伊藤英俊委員(親委員会)が同様の反対意見を述べていることがわかる[*9]。つまり彼らメーカーは、原案作成中からこの外字問題を言っていた。だとすれば、原案作成の過程のなかで、彼らの反対意見がうまく止揚されずに、結果として最終段階で唐突とも言えるような噴出の仕方をしたのではないか、そのような推理も成り立つのである。

[*9]……ただしこの報告書ではごく一部の議事録しか採録されていないので、この議論が全体の作業のなかでどのように位置づけられるのかは現在のところ不明だ。実質的な原案作成作業をになったWG2の議事録は、日本規格協会に公開を申請し、この原稿の脱稿直前に手元にはいった。詳しい分析結果は今後お伝えできると思う。

 さてさて、事態はいよいよ“藪の中”[*10]の様相を呈してきた。ここまで書いてきたことは、議事録や各方面への取材をもとに私が考え推測した、あくまで私的な見解に過ぎない。これ以上、門外漢が妄想をひろげるのはやめて、とにかく当事者に話を聞いてみよう。
 まずは工技院の担当者、永井裕司技官の見解を聞く。工技院は情報部会の事務局をつとめると同時に、0213の原案作成の委託元、つまりゴーサインをだした当事者だ。そしてもちろん憲法にいう〈全体の奉仕者〉(第15条第2項)として公共の利益を追求する、我らが日本国民の利益代理人でもある。

[*10]……http://www.aozora.gr.jp/cards/akutagawa/zipfiles/yabunonaka.zip

 

●では、工技院はどのように総括しているのか?

小形:どうも情報部会でのメーカー委員の反対の仕方というのが、あまり普通ではないというか、大人同士として如何なものかっていう気がするんです。そこでお聞きしたいのは、何か情報部会とは違うところに問題があったのではないか。たとえば原案の作成過程の中に何らかの問題があり、彼らの反対意見がうまく吸い上げられなかったのではないか。そうした点については、どのようにお考えになっていますか。

永井:今までの原案作成の経緯をふまえると、JCS委員会から情報部会に上がってくる一連の作業の流れのなかで、なにか不備があったかというと、それはないと私は思っています。JCS委員会の中にも委員として入っていましたし、一般への公開レビュー、そして公開審議まで行ないました。メーカーが発言できる機会は、何回もあったわけです。簡単に言ってしまうと、利害関係者が集まる原案作成の場で、技術的論議に負けたということではないかと思います。

小形:たしかに、僕が去年の12月にインタビューした際、芝野委員長はそう言っていました。

永井:私のコメントは芝野委員長と同じ意見ということですね。JCS委員会の技術的論議の過程では問題はなかったという見解です。

小形:原案作成のJCS委員会で負けた議論を、最終審査の情報部会に持ち出すということは、言ってみれば江戸の仇を長崎で討つみたいな話ですね。となれば、これは破天荒な話です。本来は原案作成のJCS委員会の場で決着をつけるべき問題なのにどうして情報部会に持ち出されたのか。本当に原案作成に問題はなかったんでしょうか? ひょっとしたら、芝野委員長が「きちんと議論した」と言っているだけで、本当は議論できていないのではないか、失礼ながら、そんな疑問すら浮かびます。

永井:いや、そんなことはないですよ。私も心配になってJCS委員会の議事録を見たんですが[*11]、やはりメーカー各社は反対意見を言っています。そして討論をした結果、委員会委員の多数決をとっています。たとえば日本IBMの提案については、委員会委員否決と書いてあったと思います。

[*11]……インタビューに答えてくれた永井技官の赴任は'99年7月、つまり0213の原案作成が終了し最終審査に入る前の中間地点だ。したがって永井技官自身は原案作成作業には立ち会っていない。


小形:なるほど、とすればこの件については、芝野委員長の言うとおりなんだろうと、判断せざるを得ない。

永井:そうです。工技院として、もし適正な審議がさなれていなければ、途中で止めるか審議方法の変更をしなければならないと思います。0213の原案作成をしていた当時は、日本文藝家協会の江藤淳先生が、JIS文字コードに対していろいろ要望をされてきて、透明性を確保してJISの審議をするべきと言ってたような時期ですから[*12]、工技院はJCS委員会にほぼ毎回出席してしていたんです。つまり、原案作成段階から委託元としてきちんと関わっていたと言えます。

[*12]……'97年10月13日に、日本文藝家協会が江藤淳理事長の名で文部省国語審議会にあてて出した『要望書』をさす( http://www5.mediagalaxy.co.jp/bungeika/youb1013.html )。なお、当時江藤は要望先である国語審議会の第21期副会長という要職にあった。


 JCS委員会というのは、いわば文字コードに利害を持つ関係者の集まりだと思います。だから例えば日本IBMからみれば、技術的論議に押し切られてしまったという形に見えたりしたんじゃないですか。情報部会で多くのメーカー委員が0213原案を否決することに賛成したということに対して、小形さんは被害者意識をもって情報部会で敵討ちをしたのではないかと言われましたけど、力関係が逆転するような場を選んで、自分たちのパワーを見せつけるというのは、あり得る話じゃないでしょうか。たぶん今回は、そういうことなのだと思います。

 芝野委員長や、幹事だった豊島先生は非常に論理的な方だから、議論では負けたということではないでしょうか。私も、本来はJCS委員会で議論して解決する問題なのに、なぜ情報部会で再度議論するのかと不思議に思ったのは確かです。しかし冷静に考えれば、技術的な論議で、どちらにその妥当性があるかを3年間議論してきたわけです。そうしてJCS委員会の結論が出てきたのだし、しかも公開レビューまでやって、そこで再確認をとっているわけです。だから手続き上も、議論の中身も、私は問題ないと思っています。

 ただ、誤解していただきたくないのは、情報部会でこのような反対意見が出てきたものも、逆に言うと問題ないと思っているんです。つまり技術的に議論した結果が、必ずしもメーカーとして受け入れられるものばかりではないと考えています。
 そもそも技術的な議論を詰める原案作成委員会に対して、最終審査を担当する情報部会は、その規格がマーケットのなかで存在する意義のあるものかどうか、より広い視野に立って審議する機関です。ですから、0213の原案が規格として世の中に出されたときに、コンピューターを作る側、エンドユーザーに最終的なサービスをする側が、大所高所から情報部会で実際に問題があるんだと発言するっていうのも、やはり納得せざるを得ない、そういうことなんです。

 JCS委員会でおこったことも、情報部会でおこったことも、両方理解できます。しかし、工技院は事務局として調整役の立場もあります。漢字が足りないという世の中の要求に対して、0213の文字をこのまま廃案にする、あるいはテクニカル・レポートにするという判断はない、やはりJISとして世の中に出そうと調整しました。

小形:それは9月と10月の情報部会の間に調整にまわったということですね。

永井:ええ、関係者が満足するよう、事務局調整に入りましたよ。事務局としての立場と、標準化政策を推進する工技院の立場と、ふたつを使い分けながら、調整しました。

 現在、漢字が足りないという要求に対しては、0213である程度満足できたという、高い評価になっていると自負しています。今はメーカーに実装していただけるかどうか、0213の文字をどのように世の中へ早期にサービスできるようメーカーに努力していただけるかという、要するに規格の普及っていう仕事に移っているんですよ。

 0213の文字が、どういう実装形態をとるのか、例えば附属書1の拡張シフトJISコードか、Unicodeベースの符号化方法か、そこはもうメーカーに自由におまかせします。工技院が強制して何かやろうなんていうのは、情報分野、特に文字コードに関してあり得ないんです。文字コードを決めるまでは工技院が責任を持ってやりますけど、それ以上のことは工技院の力の及ぶところではないでしょう。


※次回は0213反対派のまとめ役をつとめることになった、日本電子工業振興協会の東條喜義参事の談話を中心にお送りする予定です。

(2000/8/2)

[Reported by 小形克宏]