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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編15
JIS文字コードの例示字体変更は、大きな混乱を招かないのか(1)

       
Illustation:青木光恵

●JIS X 0213を改正するための公開レビューが始まった

 1月15日から翌2月15日までの期間で、JIS X 0213改正の公開レビューが実施されている。このたびの改正原案は、昨年度に審議された改正方針を具体的に改正原案にまとめあげたもので、この連載でもたびたび取り上げてきた表外漢字字体表へのJIS文字コード対応を具体的に実施するものだ。

http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/review/0213review.htm

 思えば、この連載はJIS X 0213が制定される直前、2000年の1月に始まっている。それがあっという間に月日は過ぎ、最初の改正に立ち会おうとしている。私は2000年10月の表外漢字字体表への公開レビュー、そして昨年度末に行なわれたJIS文字コード対応方針案の公開レビューに対しても、この連載の中で考えを述べ、それを元に応募してきた。振り返ってみると長い付き合いとも言える。
 とはいえここ1、2年、連載の掲載ペースがめっきりと落ちている。しかし、その一方でまだ書いていないこと、書かねばならないことは多く残っている。読者の皆さんや編集部には本当にすまないと思うのだが、どうしても原稿を書く時間が見つけられない。しかしこうして思い返せば、私はこれらの公開レビューに向き合うなかで、自分なりに文字コードというものの姿を捕らえてきたと言えるかもしれない。となれば無理を押しても、やはり今回も応募しないわけにはいかないだろう。
 以下は、そのようにしてまとめた公開レビューへの応募原稿だ。長くなるので2回に分けるが、次回掲載分は残念ながら公開レビュー期間中には間に合わない。すべて私の遅筆による。読者の皆さんにあらかじめお詫びしたい。

●「JIS X 0213改正原案の公開レビュー」に対する意見と要望

 私は昨年度から今年度にかけ、JIS文字コード改正原案を審議する符号化文字集合(JCS)調査研究委員会(以下、新JCS委員会)の傍聴を続けてきた。そこで見たものは、困難な環境のなかで誠実に作業をこなす委員の皆さんの姿であった。そうした地道な努力に対して、まず心から敬意の気持ちを表わしたいと思う。

 もっとも、そのようにしてまとめられた改正原案は、私にとってうなずけるものではない。以下、疑問に思うところを大きく「改正原案の内容」と「審議の過程」の2回に分けて述べていくことで、私なりに委員の皆さんの仕事に向きあいたいと考える。

●改正原案のポイント

 はじめに今年度のJIS X 0213改正原案を、私なりにごく大ざっぱにまとめてみよう。なお、改正原案は昨年度の成果報告書にある「JIS文字コード改正の方針と具体的変更個所」(以下、改正方針)を具体化したものだ。こちらの詳細については、昨年度公開レビューについて書いた特別編10〜14[*1]を参照して欲しい。

 まず前提として改正方針では、表外漢字字体表に示された印刷標準字体1,022字と簡易慣用字体22字について、JIS X 0213とJIS X 0221-1[*2]ではすべて包摂の範囲内にあり、一方、JIS X 0208では2字が表現不可能とする。したがってJIS X 0213とJIS X 0221において表外漢字字体表に対応しようとすれば、基本的には包摂範囲内の微少な違いを、規格としてどのように吸収するかという問題になる。
 このうちJIS X 0221-1は国際規格ISO/IEC 10646-1の翻訳JISだ。そこに収録されるべき文字はすでに国内規格にあることが前提とされる。だから今ここでJIS X 0221-1の改正を審議することは手続き上できない。そこでまずJIS X 0213の改正原案をまとめたということだろう。なお、JIS X 0213の半分以上はJIS X 0208を引用している。ならば、なぜJIS X 0208も同時に改正を審議しないのかという疑問がわくが、これについては次回に述べる。

 以上をふまえて今回のJIS X 0213改正原案の骨子をまとめると、以下のようにできるだろう。

(1)JIS X 0213のうち168の面区点位置の例示字体を変更する[*3]
(2)JIS X 0213に、「JIS X 0221互換漢字」として10の面区点位置を追加する。
(3)JIS X 0213附属書4、附属書6のうち、カッコで括られていた符号位置を、JIS X 0221-1とISO/IEC 10646-2に定められた正規の符号位置に変更する。

 前述した「包摂範囲内の微少な違い」を吸収するために、改正原案ではJIS X 0213の例示字体を変更することで対処することにした。これが上記(1)。

 これであらかた対応はとれるのだが、中には単純に「包摂範囲内」だけで解決できない問題が存在する。それが複数の国の規格を1つの国際規格として統合するISO/IEC 10646(=JIS X 0221≒Unicode)との整合性の問題だ。これについては、とくに特別編14[*4]で詳しく述べたので、ここでは繰り返さない。この問題に対して、改正原案では符号位置を追加することで対処することにした。これが上記(2)だ。

 最後に、(3)にある附属書4、附属書6とは、それぞれ非漢字と漢字の分類と配列の詳細を規定したものだ。その中のJIS X 0221の符号位置との対応を示す欄で、制定時点でまだJIS X 0221やその元となった国際規格ISO/IEC 10646に収録されていなかった字については、カッコで括られた暫定的な符号位置が与えられていた。これは当時から実装に混乱をもたらすと非難されていたが(私も第1部特別編4[*5]で批判した)、今回の改正でようやく正常な姿になるわけだ。

 となれば、(1)と(2)が妥当なものかどうかが今回の焦点になる。私は昨年度の公開レビューへの応募原稿で、これらの点について慎重な対応を求める意見を述べた。今回の実施概要によれば、今年度の公開レビューはおもに「改正原案が正確に改正方針を反映したものかどうか」についての検討を要求している。しかし改正方針そのものに疑問をもつ私は、ここでは再度、昨年度と同じ疑問を繰り返さざるを得ない。
 おそらく多少の変更はあっても、例示字体の変更と符号位置の追加そのものは粛々と行なわれるのだろう。無力感にとらわれつつ、それでも私がこうした文章を書くのは、やがてやってくる混乱の中で発せられるであろう、「知っている人間は、なぜこの混乱を止めなかった」という後世の批判に応えるためだ。いくぶんの専門知識を持っている者の一人として、ここで沈黙しては責任が問われることになろう。

●「文字コード変えればコンピュータの文字も変えられる」は正しいの?

 昨年度と同じ疑問とは言っても同工異曲では芸がない。そこで今回は、公開レビュー後に書かれた委員会回答について、より本質的なアプローチで検討してみたい。

 私は「改正方針」には非常に大きな、そして根元的な誤解があると考える。それは「文字コード規格を変えれば、コンピュータに実装される文字も変えられる」という認識だ。この認識は以下に述べるように、実は現実を反映したものではあるのだが、規格本文と甚だしく矛盾している。本来こうした認識は文字コードが果たすべき役割を越えたもので、それを前提とすることは、文字コードの下流にあって実際に文字を選択、表示する仮名漢字変換ソフトやフォントを無視していないか。さらに言えば、本音と建前をうまく使い分けて、本来あるべき責任を回避するものだ。

 では詳しく述べよう。改正方針では例示字体を変更する根拠と理由について、以下のように書く。

(前略)今回の国語審議会答申は、明確に「表外漢字の印刷用標準字体」を示している。国語審議会答申は明治以降一貫して行政府としての国語施策のよりどころとなってきた。答申内容が、強制力を持つか持たないかは措くとして、正誤や正当性の判断を下す上でのおおきな拠り所となることは明白である。 表外漢字についてこのような判断が下されたからには、従来複数の字体を包摂し、一つの符号位置を付与していたJIS文字コードとして、JISとして許容される字体の揺れの中心点として、国語審議会答申を拠り所とすることは、まことにもって自然なことと考える。 逆に、国語審議会が示した標準字体として示した字形とJISの規格票に例示されている字形[*6]が異なった場合、JISが本来は全く意図していないにもかかわらず、国語審議会答申と異なる規範を示している、との誤解を招きかねない。JISの規格票に例示されている字形が、JISとして何らの規範性をもたないことを明確にするためにも、国語審議会が示した規範と齟齬を来す状況は回避する必要があると考える。(P.29)

 これは例示字体の変更という「83JIS以来の大改正」(佐藤副委員長の発足当時のコメント)を行なおうという改正方針にあって、「なぜ変更しなければならないのか」を述べた、いわばクライマックス部分だ。したがって文章もおのずから力が入ったものとなっている。しかしこれを味読すると、論理が奇妙に歪んでいることに気づかされる。いわば一見なんでもない普通の家なのだが、よく見ると窓枠が直角でなかったり、柱が平行になっていない、そして中に入れば床も水平でない奇妙な家。

 この部分ではJIS文字コードは〈何らの規範性をもたない〉ことを繰り返し強調する。なるほど、JIS X 0213規格票では適用範囲について以下のように定義する。

1. 適用範囲
(前略)この漢字集合は、これらの用途にだけ適用するものであって、それ以外の一般の日本語の表記などについて、何らの基準を与えるものでも、制限を加えるものでもない。この規格は、図形文字及びそのビット組合せを規定するもので、用途、個々の図形文字の具体的字形設計などは、この規格の適用範囲としない。(p.1)

 こうしてJIS文字コードは確かに〈何らの規範性をもたない〉のだが、ならばなぜ例示字体を〈許容される字体の揺れの中心点〉にできるのか。例示字体とは〈漢字字体の字形の例〉(JIS X 0213 附属書6 p.139)に過ぎない。それなのに〈中心点〉に比定できる根拠が、ここで一切示されていない。おそらくこの一文の筆者はそんなことをわざわざ書かなくとも、例示字体は〈中心点〉と書けば読む者が納得すると思ったはずだ。それはどうしてだろう?
 同様に、ここではJISが〈国語審議会答申と異なる規範を示している〉という誤解を招かないために、さらに〈何らの規範性をもたないことを明確にするため〉にも例示字体を変更するべきだと結論している。だが本来は、表外漢字字体表の文字は包摂の範囲内にあることを明確にするだけでも、このような「誤解」に対処できるはずだ。また〈何らの規範性をもたないことを明確にするため〉にこそ例示字体は変更しなくてもよいのではないか。つまり筆者が考えたであろうほど、これらの理由は例示字体変更の十分条件にはなっておらず、そうした結論を導くには、いささか条件として不足しているのだ。
 にもかかわらず大方の人間は、きっと上記の論理をなんの疑問も持たずに読み流すだろうし、もっと言えば「そのとおり!」と納得する人も多いはず。なぜならこの文章を書いた人間はもちろん、読む側にも「暗黙の前提」が共有されているからだからだ。その前提を代入すれば、上記の部分は理由として十分に成立する。

 それは「例示字体には規範性がある」ということ。そして、だからこそ「文字コード規格を変更すれば、コンピュータに実装される文字を変えられる」というものだ。

●なぜ例示字体に規範性があってはいけないか

 たとえば、例示字体が〈中心点〉とできるのは、とりもなおさず規範性を持っているからだろう。また、例示字体に規範性があるからこそ〈国語審議会答申と異なる〉現状はダブルスタンダードとなってしまい、社会に混乱を招いてしまう。そこで例示字体を表外漢字字体表と一致させ、規範を統一しなければならない。
 このように読み直せば、奇妙な感覚は一掃され、きれいに論理は一貫する。つまり改正方針は、すべてがこの決して書かれることのない前提に依拠している。そして、新JCS委員会はそうした矛盾した現実に正面から向き合わず、安易に例示字体の変更という結論を導き出してしまった。私にはそれが最大の問題点だと考える。

 例示字体が規範であり、これを変更すれば混乱がおきるということ自体は、じつは何度も審議の席上で指摘、検討されている。たとえば公開されている議事録によれば、以下のようなやりとりがあった。

(小林幹事から使用者委員B[*7]への質問):
質問:表外漢字をJISの例示にすると、どういう混乱があるのか。附属書やTR等にすることと、例示字形を変えることの差は何か。
回答:(使用者委員Bの回答)残念ながら、JISの例示は規範とは言えなかった。それだからこそ、問題を起こさないために平成書体を規範としつつある。平成書体が出てから、“平成書体現象”とでもいえるのか、字体差が無くなりつつある。こういう状況になったときに、例示字形を変えると、また、フォントベンダーが変えることになる。
2002年6月12日第1回アドホック(臨時)会合議事録(JCSNNP-2-02.PDF)[*8]

 成果報告書には議事録が収録されているので、詳細に読んでいけば上記のようなやりとりはいくつも抜き出すことができる。また、同時に例示字体は規範ではないという原則を指摘する発言も何度か聞いた。しかし、そのたびに席上には「それはそうだけどさ」という空気が流れ、建前以上に受け取る雰囲気はなかったように思う。全体として、例示字体変更の具体的な影響については討議されても、その背景にある例示字体が規範性を持つ矛盾にまで踏み込んだ議論はなかったように思う。じつはそこにこそ問題はあるのだが。

 結果として改正方針には一切こうした現実は書かれず、〈何らの規範性をもたない〉という金科玉条を振り回すだけで、JISの矛盾を隠蔽したものになってしまった。これは現実無視、本音と建前の使い分けでしかない。

 では、なぜ例示字体が規範性を持つことが問題なのだろう。現実がそうであるなら、規格の方を合わせればよいだけではないか。いや、違う。それはなにも規格票にある適用範囲と矛盾しているという作文上の問題なのではない。文字コードという技術を成立させている基本的な制約の問題からなのだ。
 私なりに文字コードを一言で言えば、ごくおおざっぱな「社会で同じ字として流通する範囲」を特定の符号位置に対応させたもの、となる。文字の具体的な形でなく符号位置を送信し、受信してからそれを文字に対応させようという文字コードの発想は、じつは送信したとおりの文字の形を受信することを保証できない。つまり、文字がある程度化けることをあらかじめ織り込んだテクノロジーなのだ。しかしあまり化けても本来の情報交換ができない。だから化ける範囲を一定程度、つまり「社会で同じ字として流通する範囲」にとどめようと言うのが包摂規準だ。文字コードが〈何らの規範性をもたない〉最大の理由はこれによる。
 じつは「一定範囲内なら化けてもかまいません」が文字コードというものの基本的前提であり、その範囲に〈中心点〉があっては利用者を無用に拘束し、実装コストを引き上げるだけだ。だからこそ〈一般の日本語の表記などについて、何らの基準を与えるものでも、制限を加えるものでもない〉し、〈用途、個々の図形文字の具体的字形設計などは、この規格の適用範囲としない〉。これは経産省の工業規格は文部科学省の国語政策に口出しできないとか、そういう形而下の問題ではない。あくまでも技術的な制約を素直に文章化しただけと解釈すべきものだ。

●知識がおいつかない委員の悲劇

 もっとも新JCS委員会の全員が、以上の基本的な知識を持っていたかは大いに疑問だ。とくに2001年度から使用者の立場で加わった委員の発言を聞く限り、その疑問は強くなる。たとえば第1回アドホック会合(6月12日)で、ある委員は以下のように言う。

− 表外漢字字体表の字形は、“第3、第4水準にある”と言われるが、実際に使えないから、“ない”と同じ。

 この発言は明らかに規格と実装を混同している。あるいは第2回委員会(7月12日)で、別の委員は以下のように発言する。[*9]

− 国語審議会の答申で「字体の差」とされたものについては、二次使用や情報伝達に際して「字体化け」を起こさないような措置を講じておくことも肝要である。

 文字コードというものが、一定範囲の「字体化け」を前提とせざるを得ないことは前述した。誤解して欲しくないのは、ここでコンピュータ技術にうとい委員を貶めるつもりはないということだ。文字コードが重要な社会基盤であるなら、専門知識を持つ人間だけで規格を決めて良いはずがなく、その意味で2001年度から使用者委員の数を大幅に増やして生産者(メーカー)委員と同数にした経産省の判断は正しい。しかし、より広範な立場を集めようというのなら、経産省や幹事団は議論の前提となるごく基本的な文字コードの知識くらいはレクチャーするべきだった。それをせず、集めてお終いでは手落ちがあるとの批判は逃れられない。失礼な言い方ながら、傍聴していた私はこうした「痛い」発言が飛び出すたびに、生産者委員が顔をそむけたり、うつむいたりして、会場にしらっとした空気が流れたことを思い出す。前述の使用者委員も居心地は悪かったはずで、両者にとってこれは不幸でなかったか。
 ただし、こうした使用者委員の他の発言をたどってみると、彼等が「文字コード規格を変えれば、コンピュータに実装される文字も変えられる」と思って新JCS委員会に参加したことはよく分かる。その意味では、きっと改正方針には満足だったろう。

●歴史が教える例示字体変更の混乱

 では、例示字体を変更すれば、どんな事態が発生するのだろう。それは今までのJIS文字コードの歴史が、身をもって示したのではなかったか。1978年に制定されたJIS X 0208は、1983年改正時に大幅に例示字体が変更された。世に言う83JISの混乱である。そこではさらに符号位置までもが入れ替えられた。その結果、折しもパソコンの普及期を迎えていた社会は大きな混乱におちいる。私自身、編集者としてこの混乱に振り回された者の一人だ。例示字体を変更すれば、多かれ少なかれ混乱が発生するのは自明の理だ。
 しかし、もうひとつ貴重な教訓を83JISの混乱は残していないか。それは、一度実装された字形は、なかなか消えないということだ。78JIS例示字体による字形(以下、78JIS字形)は、現在に至るまで消えることなく使われ続けている。その理由はなにか。もしかしたら、表外漢字字体表を支持する人は、78JIS字形がいわゆる康熙字典体であったからだと言いたいかもしれない。しかし、私が知る限り、そのような字体の好みの問題だけでは片づけられない。そこには単に78JIS字形を実装したシステムとの互換性を重視するという、経済の問題が大きく作用したように思う。
 こうしたJIS文字コードの歴史は、現在の例示字体による字形が、新JCS委員会の思うように消えてくれる保証はないことを教えてくれている。このように例示字体を変更してもなんの解決にはつながらない。では、どうしたらよいのだろうか?

 原理原則に立ち戻ろう。実際にコンピュータで文字を表示するのは何か。それはフォントだ。ここにその前段で、ユーザーに対して字形を選択させる仮名漢字変換ソフトを加えて良いかもしれない。文字コードが指示する「社会で同じ字として流通する範囲」の中で、具体的にどの字形を選ぶかは本来フォントをデザインするフォントベンダーが考えるべき問題だ。これがこの問題を考える上での原理原則だ。
 おそらくは、ここでフォントベンダーが例示字体を規範視している現実に触れるべきかもしれないが、ここではそれを無視する。なぜなら、それは規格利用者の解釈の問題であり、規格を作る側の問題ではないからだ。利用者がどのように使っていようが、規格の本質的な前提をくずしてまでそれに迎合すべきではない。

 前述のようにJIS文字コードは複数の字体を単一の符号位置に包摂している。そして、フォントはJIS文字コードにもとづき、包摂された複数の字体の中からある具体的な字形をデザインしている。一方で表外漢字字体表は単一の字体を明示している。このように整理してみると、JISがとるべき表外漢字字体表への対応策の所在はずっとすっきりしてくる。
 すなわち、表外漢字字体表に対応しようと思うなら、まずJIS文字コードはそこで示された字体が、どの符号位置に対応するのかを明らかにする必要がある。ただし文字コードとしての対応はこれが限度だ。前述したように例示字体変更では問題の解決につながらない。もしも「それでは字体の混乱は変わらない」という人がいれば、私は肩をすくめて「しかしそれは文字コードの責任ではない」と答えよう。
 ではどうする? 表外漢字字体表に対応したフォント字形を規定すればよい。それが自然だろう。これ自体は決して目新しいものではなく、じつは2001年度新JCS委員会の第4回作業部会(WG)[*10]で小池委員により『制令文字及びそれに準ずる漢字印刷標準字体とその符号』という規格、ないしはテクニカルレポート(TR)を作ることが提案されている。席上では賛否半ばし、結果として幹事団から見事に無視され、日の目を見ることなく終わっている。考えてみれば、まったく新しい規格(テクニカルレポート)を、親委員会ではなく作業部会で提案することに無理があった。しかし、発想そのものは決して無理なものではなく、むしろきわめて自然なものだ。なんとか、これを再検討する機会はないのだろうか。

●表外漢字字体表から始まる文字コードへの言及

 私は思うのだが、世の中は文字コードに責任を押しつけ過ぎていないだろうか。振り返ってみれば、すでに表外漢字字体表の段階で文字コードへの言及は始まっている。

今後、情報機器の一層の普及が予想される中で、その情報機器に搭載される表外漢字の字体については、表外漢字字体表の趣旨が生かされることが望ましい。このことは、国内の文字コードの問題と直接かかわっており、将来的に文字コードの見直しがある場合、表外漢字字体表の趣旨が生かせる形での改訂が望まれる。
(表外漢字字体表 4-(1)情報機器との関係)

 すでにここからボタンはかけ違っていたわけだ。大変失礼ながら、私には国語審議会の人々が、前述したような文字コードへの基本的な理解を踏まえてこの一文を起草したとは思えないのだが、どうなのだろう。同様に文字コードに過大な責任を負わせる発想は、かつての文字コード論争の中で、1997年10月に故・江藤淳の名で日本文芸家協会が国語審議会に提出した要望書[*11]にも読みとることができる。この要望書にうながされて国語審議会が文字コードへの言及をしたのだとすれば、文学史にその名をとどめる高名な文芸家も、本当に罪なことをしてくれたものである。

 最後にもうひとつ。私は現在の日本でもっとも文字コードというものを理解している、いわば精鋭が集まっているのが現在の新JCS委員会であると考える。私自身、JIS X 0208:1997規格票を読みながら文字コードを学習した者の一人だ。その永遠に読み返されるべき、不朽の古典とも言うべき原案作成作業を行なった人々が、新JCS委員会にも多く参加している。それがいったいなぜ文字コードの基本を踏み外した、歴史を汚点を残すだろう改正を行おうとしているのか。本来別の所で解決すべき見当違いな問題を、世の中の「文字コードで解決を」という無理解におされて、「わかりました、文字コードで解決しましょう」と安請け合いし、そうして世の中に混乱を生じさせるのは、本来あるべきエキスパートの態度とは思えないのだが。

●ひとまずの終わり

 最後は愚痴のようになってしまった。もっとも今年度の改正原案の問題点はまだある。そのもっとも大きなものは、今年度委員会の発足が、なぜか半年近くも遅れたことだ。実質的に、今回の改正原案はたった3カ月のWGでの作業を、メールによる承認だけで公開レビューに回している。こうした拙速な審議過程が、改正原案の内容に影響していないのか、次回はそれについて検討したい。

[*1]……http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/

[*2]……JIS X 0221は、2001年の改正から「-1」が末尾についた「JIS X 0221-1」を正式な規格名とすることに変更された。これは「第1部」を表している。おそらくJIS X 0213独自の漢字を収録する「CJK統合漢字拡張B」領域を規定する第2部、つまりJIS X 0221-2への将来的な拡張を意識してのことと思われる。ちなみに原規格である国際規格ISO/IEC 10646はすでに第2部を制定ずみで、今回の改正原案にも「ISO/IEC 10646-2」として登場している。

[*3]……「方針」のうち、5-3の39字、5-4の1字、5-5の100字、5-6の28字を合計した数字。

[*4]……http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/sp14.htm

[*5]……http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/special4.htm

[*6]……本論の趣旨からすこしはずれるが、JIS X 0213の改正を求める公開レビューに付された文章にしては、ここでは文字についての定義がJIS X 0213についてのものと異なっていることが気になる。JIS X 0208/JIS X 0213では例示されているのは「字体」であり、「字形」ではない。そもそもがJIS X 0221とJIS X 0208/JIS X 0213では文字についての定義が異なる。そのこと自体は歴史的経緯もあってのことなので将来的な解消を目指せばよいだけなのだが、この文章を書いた人物はこうした基本的な違いを踏まえて書いているのか、ことが文字についての規格なだけに疑問を感じざるをえない。これに関連して、前年度公開レビューにおいて、同趣旨の指摘をしたコメントに対し、〈字体、字形等の定義をどのように考えるか、という点は「考え方」の考え方に大きな影響はないものと考える。〉(p.29)と回答している。しかし、たとえばJIS文字コードと表外漢字字体表とで文字の定義がどのように違うかを踏まえずにされた検討が、はたして有効なものとなり得るのだろうか。正論に対してこうした門前払いの回答をする神経には暗然とせざるをえない。

[*7]……ここでいう「使用者委員」とは文字コードを利用する出版社、新聞社、文筆家などの委員のこと。2001年度から新JCS委員会では文字コードをめぐり対立する利害調整の場という経産省の基本認識の元、使用者、生産者(メーカー)、中立(学識経験者、官僚)と3つの立場に色分けされ、使用者と生産者が同数とされた。ところで、ここでは「使用者委員B」になっているが、私の議事メモではこれは生産者委員の発言となっている。発言内容からもそう考えられ、これは議事録のケアレスミスではないか。他にも単純な誤字脱字が多いことを指摘しておく。議事録は事務局まかせにせず、他の委員会のように知識を持つ委員自身が持ち回りでとるべきではないか。

[*8]……下記URLを参照のこと。なお、このアドホック会合議事録は成果報告書では未収録。ただし、ネット上で公開されている議事録はあくまで議事録案であり委員の承認がされていないものであることに注意。正式版は成果報告書を参照するしかなく、そこに収録されなければ参照する手だてはない。
http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/committe/JCS/Jcsnnp-2/JCSNNP-2-02.PDF

[*9]……下記URLか、成果報告書p.50を参照。
http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/committe/JCS/Jcsnnp-3/JCSNNP-3-01.pdf

[*10]……議事録は下記URLを参照。同様のものは成果報告書p.80にある。
http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/committe/JCS/Jcsnnwg-5/JCSNNWG-5-01.pdf

[*11]……http://www.bungeika.or.jp/statements/19971013.html

[Reported by 小形克宏]

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