最後に、加藤がなぜ上記のような記述をしたのかについても一言ふれたい。本来この連載では当事者以外の文章に関する論評はあまりしないつもりでいたのだが、実は私の原稿が加藤の記述に一役買っていたらしいとあっては、やはり触れずにはいられない。ここで加藤からのメールを引用すれば早いかもしれないが、公開を意図したものではないので、いきおい長文になる。本人の許諾をえたうえで私が要約すると、経緯は以下のようになる。
加藤はその著書、『電脳社会の日本語』のなかで、0213の最終審議の経過やその背景を詳しく書く材料があったのだが、いろいろ差し障りが予想された。そこで以下のように“主要な基本ソフトはどこも実装しない”という強い表現の一文をいれることで背景の事情を強く暗示することにした。以下、著書183~184ページから引用。
《日本工業標準調査会はJIS拡張漢字(引用者注:0213のこと)の是非で紛糾し、符号化方式を定めた附属書を参考規格にとどめるという条件をつけて可決した。八三改正時には機能しなかった日本工業標準調査会が、今回は機能したわけである。
附属書とはいっても、JIS拡張漢字の核心は隙間方式にある。わざわざ候補を四三〇〇字余にしぼりこんだのも、シフトJISの隙間にいれるためだった。附属書が凍結されたことで、規格としては手足をもがれたといえよう(主要な基本ソフトはどこも実装しない)。》
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ところが、著書が校了したあと、加藤の知人のひとりが、「MaxOS Xが0213を変則的な形で実装するとほのめかす記事が出た」と知らせてきた。これが小形の『特別編MacOS
Xの新フォントと2000JISの関係』(2月23日掲載)だった。
これを読んだ加藤は、アップルコンピュータが“独自路線”に走る可能性を考慮して『ほら貝』の著書サポートページに、最初に引用した文章を掲載することにした。
経緯としては以上のようになるが、ここではっきりさせておかねばならないことがふたつある。第一はおそらく取材をうけてくれたアップルコンピュータも同様であろうが、私はこの記事で、《MaxOS
Xが0213を変則的な形で実装するとほのめかす》意図は、まったくなかったということだ。これは加藤と彼の知人の深読みにすぎないし、私たちにとっては、そのような深読みは迷惑でしかない。
第二に、加藤のこの記述が間違いであるこからも分かるように、加藤はアップルコンピュータに確認をせずに書き、結果として《この夏に発売されるある基本ソフト》という曖昧な形ながらMacOS
Xを示唆する書き方で、MacOS Xへの誤報を流しつづけている[*2]。固有名詞を出さなければ確認をしなくてもよいし、曖昧なことを書いてもよいのだろうか?
[*2]……5月25日午後4時現在。26日付で『謹告』という訂正・謝罪文を発表。27日付で小形の原稿を引用した形に増補し、トップページからリンクを張った。
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ここにあらわれる加藤の問題点は、やはりふたつにまとめられる。ひとつは推測にもとづく曖昧な根拠の情報を未確認のまま流したこと。もうひとつは、なんらかの理由でぼかして書いた記述を、またさらに曖昧な情報で糊塗しようとしたことだ。
本当のことをいえば私自身も、取材した事柄をもろもろの因果関係にしばられてそのまま書けないアンビバレンツはある。その意味で加藤の悩みは、同時に私の悩みでもある。しかし、だからといって、このようなことをして良いことにはならない。せっかく築き上げた仕事の成果に、みずからが泥を塗ってしまうことになるからだ。こうした姿勢の人間が書いた本の記述を、信頼できなくなってしまうのは自然のことではないだろうか。加藤のためにも私はそれを惜しむ。
以上、これは私自身への戒めとしても書いた。
(2000/5/31)
[Reported by 小形克宏]
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