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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編5
MacOS Xは0213のシフトJISを実装するのか?

       
Illustation:青木光恵

●《この夏に発売されるある基本ソフトの新版》がShift_JISX0213に対応?

 先週、第2部の第2、3回にわたって、実際には主要なOSは規格としてのJIS X 0213(以下、0213)を実装しないと書いた。したがって0213で規定されているシフトJIS(Shift_JISX0213)も、すくなくとも一般によく使われているOSでは実装されないだろうと。
 文字コードは文字を定義する文字集合と、その符号位置を定義する符号化方法のふたつにわけられるが、0213は文字集合の部分のみがUnicode[*1]の一部に“吸収”され、符号化方法の部分は実質的に無視されるということになる。

 

[*1]……この原稿ではISO/IEC 10646もふくむ。以下Unicodeとのみ表記。Unicodeとは何かということや、ISO/IEC 10646の関係については第2回(こちら)を参照。これらは別々の規格ではあるが、文字コードとしてはほぼ同一であり、両者は自転車の両輪のように連携をとって開発をしている。大ざっぱには文字集合の拡張はISO/IEC 10646がリードし、実装するためのさまざまな情報をUnicodeが付加すると考えておけばよい。実装される場合は『Unicode』と称するメーカーが多いようだ。

 

 私はマイクロソフトとアップルコンピュータの開発担当者に取材した上で、このような判断をし原稿にまとめたのだが、一方でここに“Shift_JISX0213が実装される可能性あり”とするウェブページがある。

 文藝評論家・加藤弘一が主宰する『ほら貝』という、文字コードを知るうえでは有名なサイトがあるが、ここにShift_JISX0213について記述がある。これは、加藤の最近の著書『電脳社会の日本語』(文春新書)の補足と訂正のページだ。以下引用しよう。

 


《184ページで、JIS拡張漢字(JIS X 0213)の隙間方式シフトJIS(引用者注:Shift_JISX0213)について、主要な基本ソフトは実装しないと書きましたが、本書校了後、この夏に発売されるある基本ソフトの新版が変則的な形で隙間方式シフトJISに対応する可能性が出てきました。
 その基本ソフトは早々とユニコードへの移行がアナウンスされており、実際、ユニコード実装なのですが、ユニコード←→シフトJIS変換の際、JIS拡張漢字対応の変換表を使うことで、隙間方式シフトJISの文字番号を生成するというものです。ただし、JIS拡張漢字の文字盤そのものを実装するわけではないので、ユニコードとISO 10646に未収録の三百余の漢字はあつかうことができません。 
 もし、同方式が採用された場合、この基本ソフト上で作成したシフトJISのホームページを、iモードを含む他の基本ソフトのマシンで閲覧すると、175ページで示したような文字化けが起こるでしょうし、「■」(引用者注:ハシゴ高)や「■」(引用者注:門構えに月)を追加するには半角カナ領域をつぶすしかなくなります。文字コードの状況はいよいよ先が読めなくなりました。(Mar17 2000) 》

 

●MacOS Xは、Shift_JISX0213をサポートしない


 つまり加藤によれば《この夏に発売されるある基本ソフトの新版》がShift_JISX0213に対応する可能性ありと読める。この文章が書かれた時点で、《この夏に発売される》OSといえば、アップルコンピュータのMacOS Xがまず頭にうかぶが(現在は夏にパブリックベータ版、2001年1月に製品版を予定)、もし本当にMacOS XがShift_JISX0213を実装するとすれば、これは最初に書いた私の取材結果と違うことになり、同時にこれは私にとり大事件ということになる。
 なぜならば、次回以降で私が書こうとすることは、すべて冒頭に書いた“Unicodeへの転換がすすむ市場のなかでは、0213は文字集合としてしか受け入れられない”という現実から派生することだからだ。
 0213が最終審議で紛糾したことも、0213の文字が使えるようになるのはUnicodeの動向次第であることも、0213の文字が収録されるUnicodeの領域をめぐってさまざまな動きがあることも、それもこれもすべては、前述の現実から派生し、屈折していったことなのだと私は考えている。その現実の一角がくずれれば、これから書くことを根底から考え直さねばならなくなる。

 では、加藤が言う《この夏に発売されるある基本ソフトの新版》とは、本当にMacOS Xのことなのだろうか? 加藤にメールで問い合わせたところ、彼はたしかにMacOS Xを念頭において、上記の文章を書いたことが確認できた。
 しかし、この加藤の記述は間違っている。私がアップルコンピュータの木田泰夫(CJKテクノロジー インターナショナルテキストグループ)に聞いたところ、木田はMacOS Xは、Shift_JISX0213をサポートしないと明言した。

 特別編第1回(こちら)で詳述したように、MacOS Xは0213の文字集合のうち、Unicodeに収録ずみのものからサポートを開始し、やがて0213すべてを扱えるようにすることになっている。しかし木田の説明によれば、これらの文字にアクセスできるのはUnicodeの符号化方法に対応したアプリケーション・ソフトだけだ。今までのシフトJIS対応のアプリケーション・ソフトは、従来通り0208とアップルコンピュータが定めた外字だけを扱い、0213の文字は表示できない。逆にいえば、0213の文字を使いたいならば、Unicodeの符号化方法に対応してほしいというメッセージなのだろう。

 つまり、私が上記でのべた根本の現実問題は、やはり動かなかったことになる。前回書いたとおり、最大のシェアを握るコンシューマー用OS・Windows 98も、内部コードにUnicodeの符号化方法を実装することは一歩遅れをとったが、2001年のクリスマス登場が噂されているメジャー・アップデイト版『Whistler(ウィスラ)』によってWindows 2000と統合され、全面的にUnicodeを実装することになる。すなわち、来年末までにはWindows用アプリケーション・ソフトはUnicodeへの転換を真剣に考えざるをえなくなるだろう。もちろん、ウィスラでシフトJISが使えなくなるわけではないだろうが、MacOS Xでのように、なんらかの機能が制限されることは十分考えられる。となれば機能競争に生き残るためにも、Unicodeに転換せざるをえなくなるはずだ。

 以上の原稿は、本来は前回、前々回の注として入れるべき文章だったが、私の判断ミスにより、肝心の加藤への連絡をとり始めたのが配信の直前になったために、今回あらためて特別編として書き下ろすことにしたものだ。

●加藤の記述は、私の記事がきっかけだった


 最後に、加藤がなぜ上記のような記述をしたのかについても一言ふれたい。本来この連載では当事者以外の文章に関する論評はあまりしないつもりでいたのだが、実は私の原稿が加藤の記述に一役買っていたらしいとあっては、やはり触れずにはいられない。ここで加藤からのメールを引用すれば早いかもしれないが、公開を意図したものではないので、いきおい長文になる。本人の許諾をえたうえで私が要約すると、経緯は以下のようになる。

 加藤はその著書、『電脳社会の日本語』のなかで、0213の最終審議の経過やその背景を詳しく書く材料があったのだが、いろいろ差し障りが予想された。そこで以下のように“主要な基本ソフトはどこも実装しない”という強い表現の一文をいれることで背景の事情を強く暗示することにした。以下、著書183~184ページから引用。

 


《日本工業標準調査会はJIS拡張漢字(引用者注:0213のこと)の是非で紛糾し、符号化方式を定めた附属書を参考規格にとどめるという条件をつけて可決した。八三改正時には機能しなかった日本工業標準調査会が、今回は機能したわけである。
 附属書とはいっても、JIS拡張漢字の核心は隙間方式にある。わざわざ候補を四三〇〇字余にしぼりこんだのも、シフトJISの隙間にいれるためだった。附属書が凍結されたことで、規格としては手足をもがれたといえよう(主要な基本ソフトはどこも実装しない)。》


 ところが、著書が校了したあと、加藤の知人のひとりが、「MaxOS Xが0213を変則的な形で実装するとほのめかす記事が出た」と知らせてきた。これが小形の『特別編MacOS Xの新フォントと2000JISの関係』(2月23日掲載)だった。
 これを読んだ加藤は、アップルコンピュータが“独自路線”に走る可能性を考慮して『ほら貝』の著書サポートページに、最初に引用した文章を掲載することにした。

 経緯としては以上のようになるが、ここではっきりさせておかねばならないことがふたつある。第一はおそらく取材をうけてくれたアップルコンピュータも同様であろうが、私はこの記事で、《MaxOS Xが0213を変則的な形で実装するとほのめかす》意図は、まったくなかったということだ。これは加藤と彼の知人の深読みにすぎないし、私たちにとっては、そのような深読みは迷惑でしかない。

 第二に、加藤のこの記述が間違いであるこからも分かるように、加藤はアップルコンピュータに確認をせずに書き、結果として《この夏に発売されるある基本ソフト》という曖昧な形ながらMacOS Xを示唆する書き方で、MacOS Xへの誤報を流しつづけている[*2]。固有名詞を出さなければ確認をしなくてもよいし、曖昧なことを書いてもよいのだろうか?

 

[*2]……5月25日午後4時現在。26日付で『謹告』という訂正・謝罪文を発表。27日付で小形の原稿を引用した形に増補し、トップページからリンクを張った。

 

 ここにあらわれる加藤の問題点は、やはりふたつにまとめられる。ひとつは推測にもとづく曖昧な根拠の情報を未確認のまま流したこと。もうひとつは、なんらかの理由でぼかして書いた記述を、またさらに曖昧な情報で糊塗しようとしたことだ。

 本当のことをいえば私自身も、取材した事柄をもろもろの因果関係にしばられてそのまま書けないアンビバレンツはある。その意味で加藤の悩みは、同時に私の悩みでもある。しかし、だからといって、このようなことをして良いことにはならない。せっかく築き上げた仕事の成果に、みずからが泥を塗ってしまうことになるからだ。こうした姿勢の人間が書いた本の記述を、信頼できなくなってしまうのは自然のことではないだろうか。加藤のためにも私はそれを惜しむ。

 以上、これは私自身への戒めとしても書いた。

(2000/5/31)

[Reported by 小形克宏]