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【連載】

 アウトバーン通信 ~独国的電網生活 

【編集部から】
 インターネットといえば、かつてはアメリカ独走の感がありましたが、最近ではヨーロッパやアジアなど、世界各国でインターネットが盛んに利用されています。この連載では、ドイツで暮らしているkajoさん・taogaさんのお二人が、現地の最新インターネット生活をレポートします。乞うご期待!

第16回 闘犬の受難 (by taoga)

■校庭で起こった惨劇


イラスト・Nobuko Ide
 お昼に近い小学校の校庭。体育の授業のため体育館に急ぐ子供たちのはしゃいだ声が聞こえる。その楽しそうな子供たちの声が、突然、恐怖の叫び声に変わった。柵を飛び越え、大きな犬が2匹、6歳の子供たちめがけて襲いかかったからだ。

 この犬は、近所では「札付き」の闘犬。以前から散歩中の他の動物に襲いかかっていて、地元のハールブルク地方事務所から「散歩の時は口輪をかけて引綱をつけなくてはならない」と言い渡されていた。ところが、飼い主である24歳のトルコ人は、そんな周囲の反応を意に介さなかった。その日もいつもどおり、近所の人が恐れるなか、これまた獰猛な闘犬を連れた友人と綱も繋がずに犬の散歩をしていた。その犬が突然、学校の柵を飛び越えて子供たちに向かって一目散に駆け出し、慌てて後を追ったものの、もう手遅れだった。飼い主の言うことも聞かず子供たちに襲いかかっていた犬を、止めようにもなす術はない。
 近所の住人の通報で駆けつけた警官により射殺された犬の横には、その犬に噛み殺された6歳の子供が横たわり、またその犬に襲われ怪我した子供たち、そして目前で起きた惨劇にショックで震えている子供たちが、呆然と立ち尽くしていた。

 これは小説の一部でもなければ、ホラー映画のストーリーでもない。2000年の6月に本当に起きた事件だ。北ドイツの美しい都市、ハンブルグ。都会でありながら静かで落ち着いたこの町は、私が第二の故郷と思っているほど大好きなところだ。ここで起こった出来事は、その日のうちにドイツ中に知れわたり、国民を戦慄させた。  それというのも、この闘犬が、ハンブルクに限らず、いろいろな町で問題になっていた矢先の事件だったのだ。

■ドイツで一般的な“闘犬”とは?


 闘犬というと、日本では土佐犬を連想する人も多いだろう。ドイツでも少しは知られていて、「Tosa-Inu」として登録されてもいる。しかし、ドイツでいう闘犬は、日本のそれとはニュアンスが違う。土佐犬などの闘犬は犬同士を戦わせるが、ドイツでいう闘犬(あるいは猛犬とも言われる種類の犬たち)は、どちらかというと、人間に対して襲いかかるように教育されている印象を受ける。元来は警察犬の教育方法として、悪人に飛びかかるように訓練する方法あったが、それが悪用されているとしか思えない。これが最近、勢力の強まる傾向にあるネオナチスと結びつくのは偶然ではないようだ。実際、公園で闘犬を使ってウサギを追いかけさせているような輩までいる。そのあげく、獲物を噛み殺すまではやしたてている連中の大半が、ナチスを彷彿させる頭の刈り方なのだから……。「君子危うきに近寄らず」を実践している外国人は、私ひとりだけではない。

私の家の前の“犬の社交場”。この日は街でカーニバルがあり、犬影もまばら
 闘犬がらみの事件は、私の知っているだけで数件もある。例えば、小さなダックスフントを飼っている私の同僚に起こったこと。愛犬と食事に行ったレストランで(ドイツでは多くのレストランで、犬を連れて食事ができる)、他のテーブルにいた大きな犬に突然噛みつかれ、お腹から大出血し、救急病院に駆け込んだりと大騒ぎになった。
 あるいは、私が住む家の前の大通り。ここは中央分離帯の部分が広い芝生になっていて、犬の散歩用(トイレ用?)として格好の場所になっている。その芝生の上は、自然といろいろな種類の犬とその飼い主たちの社交場になっていた。日本でよく見られる、庭先に繋がれた犬が通りかかる人をだれかれ構わず吠え立てるようなことはない。犬同士が尻尾をふって鼻をくっつけ合ったりして挨拶(?)している間、飼い主たちも世間話をして待っていたりする。その和やかな光景は微笑ましいかぎりだ。
 ところが、例の闘犬たちがそこに登場すると、話は別。他の犬を見れば即飛びからんばかりに、半立ち状態のまま吠え続ける。飼い主は短く手繰り寄せた綱を握って力いっぱい犬を制しているが、その飼い主さえ引きずって行きそうな勢いで、綱を張り切って進もうとする。これでは飼い主と犬との腕力とワン力(^^ゞ)の戦いだ。こんな状況の時、どうしてだか知らないが、たいていの場合、犬は飼い主の言葉を聞かない。利口な犬はどんな状況下でも飼い主の言うことに服従すると聞いているが、そうしつけるからなのか、犬の種類にもよるのか……? 闘犬の種類は特に力が強いだけに、ヒヤッとする一瞬だ。

■闘犬皆殺し令!? の衝撃


 さて、冒頭の事件の後、じわじわとその波紋が広がり続けている。最初は闘犬に該当する種類の犬を、直ちに永眠させるという案が出た。これでは闘犬として生まれてきたが、闘犬としての素質のない、要するに性格がよくて愛嬌のある犬たちは哀れだ。飼い主に甘えることしか知らないこの犬まで一緒に殺すという提案では、自分の子供のように世話してきた飼い主が納得するわけがない。それに州によって条例の内容にバラつきが大きいドイツでは、その抜け道はいくらでも見つけられる。それどころか、陸続きの国境という状況下では、いけないことを考えつく人たちには何の問題もない。そのような問題を抱えながらも、EC統合で国境の検問がなくなり、来年からは通貨も統一されるヨーロッパ。しかし、本当の意味で一つの大きな“ヨーロッパ国”になるには、まだまだ時間がかかることだろう。

公園の様子。ここは躾のいい犬ばかり
 ここで思い出すのは、前回(第14回)で書いた狂牛病だ。最初は英国産の肉の輸入を阻止する程度だったのが、ドイツ国内からも感染した牛肉が出回っている事実が発覚した時、闘犬のケースと同じような案がまず登場した。感染していようといなかろうと、ドイツ中の牛という牛を、全部抹殺しようという案だ。
 この極端な見解を聞く時が、私も含めた「ドイツに住む外国人」がヒヤリとする瞬間だ。私にはユダヤ人の友人も多いが、彼らは私が感じる以上に、こういった見解に敏感な反応を示す。九死に一生を得たこの民族の子孫たちが「またか」と思うのも当然だろう。今の平和が本当のものなのか、うわべだけのものなのかを疑う気持ちになるようだ。
 結局、現状では
(1)闘犬種を含む危険な動物の輸入・繁殖の禁止
(2)飼い主登録の徹底
(3)外出のさいにの口輪および引綱の義務
の3点が各州の内相による会議で申し合わされ、闘犬の飼養許可料を年間1,200マルク(約6万円)に引き上げている。特にフランクフルトでは、その他の犬の種類に比べるとなんと10倍の、1,800マルク(約9万円)を徴収することが決まっている。

 州により異なる「危険な動物の輸入・繁殖の禁止」として定められた種類の犬は、事件のあったハンブルク州では次のようになる。「反論の余地のない危険な種類」と指定された闘犬は、ピットブル、スタッフォードシャー・テリア、スタッフォードシャー・ブルテリアの3種。その他「危険な種類」とされているもの10種類と、合計13種類の闘犬(あるいは猛犬)の種類がリストアップされている。州によっては合計16種類にもなるが、前述の土佐犬はドイツでは数が少ないため、リストからははずされている州が多い。詳しくはここで見ることができる。なお、冒頭の事件で子供たちを襲ったピットブルの飼い主は3年半、その友人のスタッフォードシャー・テリアの飼い主には1年の懲役という判決になった。

■条例で増えてしまった、ドイツ人の意外な行動 


日本では一時「ブス犬」として人気だったブルテリアも、闘犬の仲間だそう
 ここで、思いもよらないことが起きた。動物の規制を強化することになった途端、犬が捨てられ始めたのだ。普通なら、ペットが捨てられて「Tierheim」と呼ばれる公共の動物保護センターがあふれるのは、夏の休暇が始まる時と相場が決まっている。この理由は、クリスマスにプレゼントされた子猫や子犬がだんだん大きくなって、可愛らしい最初の時期が過ぎ、持て余してくる時期がちょうど夏休みのあたりというのが、まず1つ。数週間の旅行をするため、ペットを連れて行かれない場合もある。その長期の間、動物用ペンションに預けたりしてお金がかかるのにウンザリしていることもある。最後の手段は、車に乗せてアウトバーンの途中で道端に投げ捨てていくのだ。放していくどころか、人気のないところに繋いで逃げ去る者までいる。そのような情けを持たない、心の冷たい人たちの行ないは、動物への裏切りであり、許せない行為と思うが、残念ながら毎年、夏になると繰り返されている。それが今回の規制発表の後、突如として急増したのだ。
 一方、愛犬家も黙ってはいない。愛犬が危険と判定されれば薬殺される事に対して、インターネットを利用して闘犬を助けよう、罪のない犬を助けようと、全世界に呼びかけている。またある犬の飼い主は、闘犬に対する偏見から庭にいる愛犬に石をぶつけられ、棒で殴られ、しまいには針金で作った輪で足を傷つけられ縫合手術までする羽目になったと、Webサイトで写真とともに訴えかけている。

 私自身は猫好き人間だが、犬やその他の動物に対しても愛情は同じようにある。その証拠に、旅行中に一人で立ち寄った動物園は数知れない。電車の時間を気にしながら、講習の合間に立ち寄ったアントワープ(ベルギー)の動物園など、とても楽しかったのを覚えている。
 そんな私が、今回の件では自分なりの意見をまとめるのに悩んでいる。動物好き人間としては、ただ闘犬というレッテルを貼られただけで、犬が薬殺されることには抵抗がある。しかし、獰猛な危険極まる犬を放置することには賛成できない。闘犬を飼う飼い主を教育するしか手はないが、それができるくらいなら、今回のような悲惨な事件は未然に防げたのだろう。
 締めくくりの言葉は、禁止措置を主導した連邦政府のシリー内相に任せよう。「我々は動物保護よりも、まず人間保護を優先しなければならない」。
 あぁ、闘犬受難か。

◎著者自己紹介
 「古い物」が好きな人間である私。古本屋を見つければ気が付くと中に入っている。博物館、美術館はもちろん、ヨーロッパの古い建築物を見て歩くのが大好き。その私が、コンピュータにインターネットという時代の先端を進むものと、どうやって一緒に走っているのか未だにわからない。脳が二つに分かれていて上手に連絡をとっているようだ。だから脳が小さい……のかもしれない。
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(2001/03/01)

[Reported by taoga]

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