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【編集部から】
インターネットといえば、かつてはアメリカ独走の感がありましたが、最近ではヨーロッパやアジアなど、世界各国でインターネットが盛んに利用されています。この連載では、ドイツで暮らしているkajoさん・taogaさんのお二人が、現地の最新インターネット生活をレポートします。乞うご期待!
■校庭で起こった惨劇
イラスト・Nobuko Ide
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この犬は、近所では「札付き」の闘犬。以前から散歩中の他の動物に襲いかかっていて、地元のハールブルク地方事務所から「散歩の時は口輪をかけて引綱をつけなくてはならない」と言い渡されていた。ところが、飼い主である24歳のトルコ人は、そんな周囲の反応を意に介さなかった。その日もいつもどおり、近所の人が恐れるなか、これまた獰猛な闘犬を連れた友人と綱も繋がずに犬の散歩をしていた。その犬が突然、学校の柵を飛び越えて子供たちに向かって一目散に駆け出し、慌てて後を追ったものの、もう手遅れだった。飼い主の言うことも聞かず子供たちに襲いかかっていた犬を、止めようにもなす術はない。
近所の住人の通報で駆けつけた警官により射殺された犬の横には、その犬に噛み殺された6歳の子供が横たわり、またその犬に襲われ怪我した子供たち、そして目前で起きた惨劇にショックで震えている子供たちが、呆然と立ち尽くしていた。
これは小説の一部でもなければ、ホラー映画のストーリーでもない。2000年の6月に本当に起きた事件だ。北ドイツの美しい都市、ハンブルグ。都会でありながら静かで落ち着いたこの町は、私が第二の故郷と思っているほど大好きなところだ。ここで起こった出来事は、その日のうちにドイツ中に知れわたり、国民を戦慄させた。 それというのも、この闘犬が、ハンブルクに限らず、いろいろな町で問題になっていた矢先の事件だったのだ。
■ドイツで一般的な“闘犬”とは?
闘犬というと、日本では土佐犬を連想する人も多いだろう。ドイツでも少しは知られていて、「Tosa-Inu」として登録されてもいる。しかし、ドイツでいう闘犬は、日本のそれとはニュアンスが違う。土佐犬などの闘犬は犬同士を戦わせるが、ドイツでいう闘犬(あるいは猛犬とも言われる種類の犬たち)は、どちらかというと、人間に対して襲いかかるように教育されている印象を受ける。元来は警察犬の教育方法として、悪人に飛びかかるように訓練する方法あったが、それが悪用されているとしか思えない。これが最近、勢力の強まる傾向にあるネオナチスと結びつくのは偶然ではないようだ。実際、公園で闘犬を使ってウサギを追いかけさせているような輩までいる。そのあげく、獲物を噛み殺すまではやしたてている連中の大半が、ナチスを彷彿させる頭の刈り方なのだから……。「君子危うきに近寄らず」を実践している外国人は、私ひとりだけではない。
私の家の前の“犬の社交場”。この日は街でカーニバルがあり、犬影もまばら
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■闘犬皆殺し令!? の衝撃
さて、冒頭の事件の後、じわじわとその波紋が広がり続けている。最初は闘犬に該当する種類の犬を、直ちに永眠させるという案が出た。これでは闘犬として生まれてきたが、闘犬としての素質のない、要するに性格がよくて愛嬌のある犬たちは哀れだ。飼い主に甘えることしか知らないこの犬まで一緒に殺すという提案では、自分の子供のように世話してきた飼い主が納得するわけがない。それに州によって条例の内容にバラつきが大きいドイツでは、その抜け道はいくらでも見つけられる。それどころか、陸続きの国境という状況下では、いけないことを考えつく人たちには何の問題もない。そのような問題を抱えながらも、EC統合で国境の検問がなくなり、来年からは通貨も統一されるヨーロッパ。しかし、本当の意味で一つの大きな“ヨーロッパ国”になるには、まだまだ時間がかかることだろう。
公園の様子。ここは躾のいい犬ばかり
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州により異なる「危険な動物の輸入・繁殖の禁止」として定められた種類の犬は、事件のあったハンブルク州では次のようになる。「反論の余地のない危険な種類」と指定された闘犬は、ピットブル、スタッフォードシャー・テリア、スタッフォードシャー・ブルテリアの3種。その他「危険な種類」とされているもの10種類と、合計13種類の闘犬(あるいは猛犬)の種類がリストアップされている。州によっては合計16種類にもなるが、前述の土佐犬はドイツでは数が少ないため、リストからははずされている州が多い。詳しくはここで見ることができる。なお、冒頭の事件で子供たちを襲ったピットブルの飼い主は3年半、その友人のスタッフォードシャー・テリアの飼い主には1年の懲役という判決になった。
■条例で増えてしまった、ドイツ人の意外な行動
日本では一時「ブス犬」として人気だったブルテリアも、闘犬の仲間だそう
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私自身は猫好き人間だが、犬やその他の動物に対しても愛情は同じようにある。その証拠に、旅行中に一人で立ち寄った動物園は数知れない。電車の時間を気にしながら、講習の合間に立ち寄ったアントワープ(ベルギー)の動物園など、とても楽しかったのを覚えている。
そんな私が、今回の件では自分なりの意見をまとめるのに悩んでいる。動物好き人間としては、ただ闘犬というレッテルを貼られただけで、犬が薬殺されることには抵抗がある。しかし、獰猛な危険極まる犬を放置することには賛成できない。闘犬を飼う飼い主を教育するしか手はないが、それができるくらいなら、今回のような悲惨な事件は未然に防げたのだろう。
締めくくりの言葉は、禁止措置を主導した連邦政府のシリー内相に任せよう。「我々は動物保護よりも、まず人間保護を優先しなければならない」。
あぁ、闘犬受難か。
◎著者自己紹介 「古い物」が好きな人間である私。古本屋を見つければ気が付くと中に入っている。博物館、美術館はもちろん、ヨーロッパの古い建築物を見て歩くのが大好き。その私が、コンピュータにインターネットという時代の先端を進むものと、どうやって一緒に走っているのか未だにわからない。脳が二つに分かれていて上手に連絡をとっているようだ。だから脳が小さい……のかもしれない。 →taogaさんのホームページはこちら
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(2001/03/01)
[Reported by taoga]