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Dr.Sunaのインターネット技術最前線レポート about Dr.Suna

Mobile-IPっていったい何者? スタンフォード大編(その3) (97/11/21)

 前回は、Mobile-IPの基本的な仕組みについて紹介しましたが、今回はMobile-IPを中心としたモバイル支援機能と、それによって完成するモバイル環境について見ていきたいと思います。


 Mobile-IPが提供するのは、人間と共に移動するコンピュータがインターネットに対して接続されている限り同一の環境を維持し続けることです。しかし、実際に接続されているか否かは、コンピュータが利用できるインターフェイスに依存します。大学内で部屋から部屋に移動する場合でも、イーサネットを利用する場合、移動の際には常に一旦ケーブルを取り外して新たな場所でHUBに接続するということになります。したがって、ケーブルが一旦取り外されて新たな場所に接続されるまでは、通信が途絶した状態になるわけです。これは無線式のネットワークインターフェイスを用いた場合でも同様です。携帯電話を利用している方ならば良くおわかりだと思いますが、無線式のネットワークでは、ケーブルの抜き挿しといった操作は不用ですが、電波の状況によって通信ができない場所が存在するのは避けられません。

 従来のインターネットのアプリケーションを利用している場合、通信が途絶するたびにアプリケーションが利用できなくなってしまうことになります。これでは、せっかくのMobile-IPも意味が無いことになってしまいます。したがって、より実際的なモバイル環境を構築するためには、このような状態が存在しても利用者には通信の途絶を感じさせない利用環境(アプリケーション)が必要となってきます。

 実際のモバイル環境を見てみると、オフィスでは10Mbpsのイーサネット、自宅では33.6kbpsのモデム、移動中は9.6kbpsの携帯電話というように、利用可能なインターフェイスが場所によって制限されるという状況が発生してきます。そのため、10Mbpsの環境では自由自在に行なえていた作業も、9.6kbpsという低速なネットワークインターフェイスを利用している場合には、注意して行なわなければならない場合が発生してきます。たとえば、新しく受け取ったメールを携帯型コンピュータに取り込んでくる作業は比較的迅速なレスポンスを要求されますから、優先して通信を行なうべきですが、作成したメッセージを実際に送出するのは高速なネットワークに接続されるのを待っても良いかもしれません(緊急なメッセージはすぐに送出するべきですが…)。このように、現在の接続状況を把握し、通信の緊急性に応じて優先処理をしていくことが重要となってきます。しかし、当然こうしたことを利用者の操作に任せることは困難です。

 そのため、モバイル環境ではこれまでのインターネットで利用されてきたアプリケーションとはまったく異なったネットワークアプリケーションが必要となってくるのです。このように、インターネットから切断されていても操作を続ける機能を「Disconnected Operation(切断時操作)」、インターネットへの接続状況に応じて実際に行なう通信を選択していく機能を「Asynchronous Operation(非同期操作)」と呼びます。現在、インターネットの世界では、アプリケーションにこうした機能を供えるよう研究が進められています。僕が現在行なっている研究にも、スタンフォード大学のモバイルネットワークの研究グループMosquitoNetが行なっている研究にも、こうしたアプリケーションを構築することが目標の1つとして掲げられています。

 またここまでの話からわかるように、モバイル環境では複数のネットワークインターフェイスをその場所の状況に応じて使い分けていくということが必要となってきます。しかし、こうした作業も利用者の操作に頼っていたのでは非常に使いにくいものとなってしまいます。ですから、コンピュータ自身が自分の置かれた環境を検知し、それに合わせて利用するネットワークインターフェイスを自動的に選択するという機能も必要とされているわけです。このようにすることで、たとえば「オフィスではイーサネットを利用、移動中は携帯電話を緊急度の高い通信のときだけ利用、自宅ではモデムからオフィスに接続する」という環境が自然な流れの中で行なえるようになります。これには、オペレーティングシステムとの協調も不可欠であり、僕等もMosquitoNetグループもオペレーティングシステムの研究とともにネットワークの研究を行なっているのは、ここに理由があるのです。

 ちなみに、MosquitoNetグループでは3Com(旧U.S. Robotics)社のPalmPilotをMobile-IPでインターネットに接続する作業を始めようとしています。それとともに最後に紹介するパケット無線網を用いることで、「常時」携帯することのできるインターネット環境が現実となるのもそれほど遠くないかもしれません。

 このようにして、これまでの固定されていたコンピュータとともに、携帯型のコンピュータがインターネットへ自然と溶け込んでくると、新たな環境ができてきます。特に、携帯型コンピュータは単にインターネットへのアクセス口としてのみ機能するのではなく、移動するものからインターネットへ情報を発信することにもなってきます。たとえば、移動する自動車から速度や位置などの情報を集めることができると、より正確な渋滞情報を構成することができるようになります。当然ほとんどの車がインターネットに接続される必要がありますが、そうした可能性を持っているわけです。注文客の最も近くにいる車が注文を受け、移動しながらピザを焼き、それを届けるというピザチェーンを作ることができるかもしれません。

 インターネットに接続でき、ブラウザーでインターネットの情報を覗くことのできるナビゲーションシステムが登場してきていますが、本当の意味でのモバイル環境は移動しながら情報を発信していくことではないかと思います。そういう意味で、現在では考えもつかないサービスがこれから登場してくることでしょう。


◆オマケ

AT&T Wireless Phone
PocketNet対応
携帯電話
 さて、最後にカリフォルニアでの無線インターネットの状況についてお話しておきたいと思います。

 まず最初は、Metricomという会社がサービスしている「Ricochet」という無線パケット網です。MosquitoNetグループでも利用していますが、ベイエリア(サンフランシスコからサンノゼあたりまでのシリコンバレー全域を基本的にカバーしている)で最大28.8kbpsの通信を行なうことができるのです。月額約30ドル(これに無線モデムのレンタル料金約15ドルが加算される。無線モデムは299ドルで購入することも可能)で、利用時間、通信データ量に関係なく利用できるようになっています。つまり、通信費を含めて固定料金の無線インターネットサービスなのです。残念ながら、本当に28.8kbpsで通信できるのは稀なようですが、無線モデムの接続も通常のRS-232Cインターフェイスで可能であり、メールの送受信には充分な能力を発揮するようです。

 もう1つ、こちらは米国全土でのサービスですが、AT&T Wirelessが行なっている「PocketNet」というサービスです。これは、インターネットサービスというより、携帯電話をブラウザーとして、電子メールを送受信したり、WWW情報にアクセスしたりする機能を提供するものです(正確には、HDML:Handheld Device Markup Languageで記述された専用のサーバーにアクセスする)。さすがに、テンキーだけで自由自在にメッセージを作成してメールを発信するのは難しいですが、ポケベル代わりにメールを受け取ったり、必要な情報をHDMLで記述しておき、どこでも必要な情報を取り出せるようにしておくなど、さまざまな応用が考えられると思います。日本で利用できる、携帯電話のショートメールサービスやPHSの簡易メールサービスでも、このぐらいの自由度とオープンさを備えていて欲しいものです。


 というわけで、僕のスタンフォード滞在も終わりに近づいてきました。とりあえず、今回のレポートはここまでとします。また、機会が有りましたらインターネットに関する技術の最新情報をお知らせしたいと思っています。

 それでは、また。

[Reported by suna@wide.ad.jp]


スタンフォード大編(その2)


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