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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

第3部 JIS X 0213は世界になにを発信したのか?
第1回 情報部会での反対は“コップの中の嵐”ではない

       
Illustation:青木光恵

●2カ月半ぶりのお目見えです

 皆様、お元気でしょうか。今年初めての『ビット舟』の時間がやってまいりました。前回の掲載は……ああ! 去年の11月7日じゃないか!! すでに丸々2カ月半も前の話。もう誰も、このような小さな小さな連載など覚えていないのではないかという恐怖が脳裏をよぎる今日この頃。いえ、原稿が書けないのはすべて私の責任でございます。

 それにしても、第1回の掲載が昨年の1月19日だったから、これでちょうど1年ということになる。文字コードのことなどまるで知らないうち(いや、少しは知っているつもりだったが、笑止千万であった)、無理矢理に始めてしまったせいで、心身ともにハードな1年だった。しかし、おかげで信頼のおける友人もでき、ほんの小指の爪先ほどのちっちゃな世界だが、名前も覚えていただけるようになった。

 今年の正月、一念発起してこの5年間(!)まるで掃除をしなかった仕事部屋の大掃除を実施した。この5畳ほどの小さな部屋から、不燃ゴミが45リットル袋2つ、可燃ゴミが同4つ、不要になった本を詰めた段ボールが26箱も出たのは壮観ですらあった。5年掃除しないとホコリがフェルトみたいになるって、あなた知ってました? こんなにモノが充満していたんじゃ、整理など不可能でございます。

 かつて某誌に『魔窟ちゃん訪問』という他人の汚い部屋を訪ねる連載企画があったが、これが健在ならば、ぜひ我が部屋にも来訪いただきたかった。神の高みを目指して物は天井まで積み上げられ、人はカニさんのように歩かねばならなかった。もしも興味のある方がいれば、幸か不幸か1月9日に発売された『週刊アスキー』(2001年1月23日号)のどこかに在りし日の私の部屋の写真が掲載されているから、バックナンバーを探してみてください。

 そんな大掃除のおかげで、ようやく文字コード関係の資料が本棚におさまった。実は今までなんでもかんでもそこら辺に積んでいたので、けっこう頻繁に必要な資料がなくなって往生していたのだ。HDDも60GBに換装したし、10年使い続けたエプソンPC-386Mも捨てたし、てなわけで今年は準備オッケーって感じである。あとはさくさく原稿を書くだけだが、これが一番の問題なんだよなあ。

●第3部に突入、次回からしばらく毎週掲載です

 ああ、まずい、危うくまたエッセイモードに入るところだった(本当はこれが一番楽しい)、急いで業務連絡。この連載は今回から第3部に入り、JIS X 0213(以下、0213)の海外規格への登録作業をとりあげる。

 もちろん、まだ前回まで述べていた0213の最終審査、情報部会での出来事をすべて書き終わったわけではない。特に情報部会の席上で、実質的な格下げになる0213のテクニカルレポート化を主張した日本IBMへの取材レポートが積み残しになったままだ。
 しかし、まずはここから語られていくことになると思うのだが、日本IBMの主張と行動は、海外規格との密接な関連にもとづいたもののようなのだ。情報部会でメーカーたちがおこした“反乱”は、実はコップの中の嵐などではなかった。天気の比喩を続けて使えば、海の向こうから急速にこの国に上陸しつつある台風(Unicode≒ISO/IEC 10646)に刺激され発生したローカルな低気圧の一つ、そんな見方もできる。

 つまり、はるか南米沖に発生した熱水帯が日本の農作物の収穫に大きな影響を与えるように、嫌も応もなく、この国で使われる文字は海外との密接な関連にある。風がふけば桶屋が上場するのがグローバル社会の習いなのだ。
 もはや一国の都合だけで文字を論じる時代ではなくなっている。本当のことを言えば、もうずっとずっと前からそうだったのだが、今回の0213をめぐるいくつかの出来事は、そのことを如実に私たちに示してくれた。
 今の私はそんなふうに考えているのだが、この第3部を読み終わって、もしも読者のみなさんがこのことを実感とともに納得したならば、私の文章も少しは世の中の役に立ったことになる。

 さて、六本木の日本IBM本社で行なわれたインタビューの模様をお伝えする前に、以前情報部会について書いてからずいぶんと時間がたってしまったから、今回はおさらいをかねて問題点を整理するところから始めることにしよう。

 そして、来週から5回前後にわたって毎週掲載する。しばらくは本誌の水曜日号は刮目である。前後というのは、まだ最後まで書き終わってないからだ。毎週ちゃんと掲載できるかって? わからない、でも現時点で3回までは書き終わっているから、きっと大丈夫だろう。なんたって大掃除もしたことだしさ。

●まずは0213について問題点を整理しよう(主に原案作成段階について)

 では以下に要点を掲げる。さらに詳しくは第2部第1~12回のそれぞれの本文( http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/ )を参照して欲しい。また後半部分では、以前の原稿には書いていない点についても触れているが、これは冒頭“・”の代わりに“◎”で示した。

・JIS漢字コード(JIS X 0208、以下0208)では文字が足りないという声に答えるべく、これを拡張するために作られたのがJIS X 0213。

・これは通産省工業技術院(以下、工技院。以下の名称はすべて省庁再編前のもの)が日本規格協会に対して事業委託したものだ。

・日本規格協会は、原案の作成を芝野耕司(東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所教授)を長とする符号化文字集合調査研究委員会(略称、JCS委員会)にあたらせた。ただし実際の作業は、さらにその下の第2作業部会(Work Group 2、以下、WG2)で行なわわれた。その長である主査は上部組織と同じく芝野教授。

・まずWG2はおおまかな開発方針を策定する。親委員会であるJCS委員会は、この方針を承認して、1996年7月、ウェブ上(http://www.tiu.ac.jp/JCS/)で公開し、0213の作成作業は開始された。以下、この文書を本連載第1部第4回/第5回で行なった芝野委員長へのインタビューでの呼称にならい『開発意向表明』[訂正](以下、表明)と呼ぶことにする。

・『表明』のなかで注目すべきポイントは以下の通り(〈 〉は表明よりの引用)。

(1) 0213は〈現代日本語を符号化するために十分な文字集合を提供することを目的とし〉、〈0208と同時に用い、0208を補完するもの〉である。

(2) その内訳は〈第3水準(約2,000字)及び第4水準(約3,000字)の計約5,000字の拡張〉とする(0208は第1、2水準からなるので、補完する0213は第3、4水準となる)。

(3) 〈現状の使用環境で直ちに実装できるように〉主流をしめる符号化方法、シフトJISでも使用できるものとし、符号化領域は〈現行各社の独自文字が割り当てられている領域は含む〉。つまり以前からのメーカー外字は文字化けする。

(4) 〈個々の図形文字の同定のための典拠情報を十分に与えることにより、実際の運用上のあいまいさを生じさせない〉。

・ところがJCS委員会の議事録を読むかぎり、上記の『表明』の審議は郵送で資料を送ってなされた簡単なもので、特に後の最終審査で大きな論議を呼ぶことになった上記(3)について十分な討論がされた形跡はない。このことが大きな“躓きの石”になったのではないかという疑問が生じる。

・規格票をみると0213に収録された4,344文字すべてが信頼すべき典拠を示していることからもわかるとおり、WG2は原案作成のために空前絶後の量の調査を、驚くべき精密さで仕上げ文字集合を確定した。この素晴らしい成果を、私たち日本語ユーザーはともに喜び誇るべきだろう。

・JCS委員会は親委員会としてWG2が作成した0213の原案をチェック・承認し、委託元である工技院に提出した。工技院はこれをJISにするため工業標準化法にもとづき日本工業標準調査会・情報部会(以下、情報部会)に対して提出する。ここで最終審議し、修整されたものが2000年1月15日、通産大臣の名前でJISとして制定・布告された。

●情報部会での最終審査をめぐって

・しかし、情報部会での最終審査はけっして順調なものではなかった。審査に先立って、1999年8月31日、日本電子工業振興協会(以下、電子協)と日本IBM、NECを中心とする国内の主要電子機器メーカーは連名で、0213をJISではなく、法的根拠のないテクニカルレポート(以下、TR)にせよとする要求書を工技院に提出した( http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/part2_10/youbousyo.pdf )。

・要望書提出の約1ヵ月後、1999年9月27日に第83回情報部会が開かれるが、要望書メーカーを代表して、日本IBMの斎藤輝委員代理(アジア・パシフィック・テクニカル・オペレーションズスタッフ・オペレーションズ標準部長)と、原案作成を担当したJCS委員会の芝野委員長との間で激論が戦わされた。

・議論になったのは、文字集合そのものの良否ではなく、符号化方法を規定した部分、つまり現在日本で過半をしめるシフトJIS系、インターネットのメールで使われるISO-2022-JP系、おもにUNIXで使われる日本語EUC系といった符号化方法で0213の新しい文字を使うための附属書1~3の可否だった。

・日本IBMとNECは、従来からあるシフトJISと0213原案附属書1で規定するシフトJISの間で文字化けが起こること、すでにプログラム開発がシフトJISによるものから、Unicode(≒ISO/IEC 10646)によるものへと移行しつつある現状(0213はUnicodeとは異なる体系の文字コード)を理由に、0213原案をいったんTRにし、後でUnicodeの状況によってこれをJISにするか廃案にすべきか考えればよいという主張を展開する。

・一方、芝野委員長は文字化けは現在も起きており、0213がJISになったから文字化けが増えるという科学的な理由はない、つまり0213によって文字化けは起こるが、それは問題になる範囲ではないと反論する。またUnicode(≒ISO/IEC 10646)についても個人としては普及を願うものの(芝野はJCS委員長とは別に、ISO/IEC 10646などの文字コード規格を管轄する国際機関ISO/IEC JTC1/SC 2の議長)、現実にはなかなか実装が進んでいない現状を指摘する。

・議論が平行線をたどる中で、やがて富士通代表より附属書1~3だけを規定から参考に変更する案が出される。日本IBMやNECの主張よりもよほど穏当な案だったが、芝野委員長は0213によるシフトJISを規定した附属書1は参考にすることは了解したものの、附属書2と3については、引き続きこれに強く反対した。

・結局、この回の情報部会では結論はでず、論議は次回に持ち越された。

・第83回情報部会の後、情報部会の事務局である工技院の斡旋で、要望書の中心メンバーは芝野委員長の研究室を訪れる。これをメーカーたちは半分冗談で“天下分け目の西ヶ原の合戦”と呼んだという(西ヶ原は東京外語大の住所)。しかしここでも議論は平行線をたどり調整は不調に終わる。しかし芝野委員長の口調の変化に妥協の余地を見出したメーカーたちは、TR案をすて富士通案で一致結束することにした。

・1999年10月25日、第84回情報部会が開催された。前回から一転してここでは激しい議論の応酬はなかった。芝野委員長は附属書1~3を参考にすることについて、反対をしないかわりに賛成もしない。代わりにここで話題になったのはUnicode(≒ISO/IEC 10646)に対する国際提案についてだ。やがて富士通案を情報部会としての結論にすることにし、第84回情報部会は閉会する。

●情報部会の結論が投げかける疑問

・情報部会で芝野委員長が行なった反論は技術論に基づくものだったが、メーカーたちの主張と行動は大きな影響力を背景にした力の発動であり、つまるところ政治的なものだ。だから両者の議論はけっしてかみ合うことはなかった。そして、そこで出た結論は、両者とも心ならずも歩み寄り政治的に妥協することだった。これは芝野委員長がこの結論にまったく承伏していない(第1部第4回第5回を参照)ことからも明らかだ。

・しかし政治的な妥協がなされたことで、0213はなくともよい傷を負った。たとえば本来技術的に回答可能な“附属書1~3を実装することによって本当に文字化けは起こるのか、起こるならどの程度のものか”といった当然で切実な疑問について、規格票はきわめて寡黙だ。これは実は情報部会でこそしっかりとした結論が出され、規格に反映されるべき問題ではなかったか。つまり芝野委員長とメーカーたちのどちらが正しいのか、情報部会は結論を出してユーザーに示す責任があったのではないか。

・情報部会の玉虫色の結論によってできた傷はまだある。もともと0213の収録文字数は、シフトJISが他の符号化方法より符号化できない領域が多かったために、附属書1(シフトJIS)の使用を前提に決められた。だが、参考にすぎない附属書1によって、なぜ文字数が削られなければならなかったのか。もしや削らなくてよい文字が削られたのではないか。

・つまり〈現状の使用環境で直ちに実装できる〉(表明より)ための、本来は根幹ともいえる附属書1を参考に格下げしたことで、規格としての0213の整合性に破綻ができてしまった。

・こうしたことにより、当初の志に反して0213には〈実際の運用上のあいまいさ〉(表明より)が生じた。これは規格としてのデメリットであり、0213を運用しようとするユーザー全員の上にのしかかる大きな負荷ではないかと私は考える。

・その責めを負うべきは、相手の主張に承伏しないまま政治的な妥協に甘んじた芝野委員長とメーカーたちだけでなく、そのような妥協に導いた調整役たる工技院ではないか。規格への不信はただちに標準化行政への不信につながるし、結局そのツケを払うのは、規格のユーザーである我々自身だ。私は文字集合の信頼性はさておき、規格としてのJIS X 0213を誇りに思えないことを、とてもとても残念に思う。

・もうひとつ重要なことがある。もし“シフトJISによる拡張はJISの符号化方法としてふさわしくない”という情報部会の結論が正しいとすれば、0213は1996年7月の『表明』の時点から、実はボタンをかけ間違っていたことになりはしないか。

・『表明』を起草したのは芝野委員長自身であり、かなり早い段階から〈直ちに実装可能なよう〉にシフトJISを前提にするべく考えられていたことは、日本規格協会の公開資料からもうかがえる。

・つまり『表明』を起草した1996年の時点で、芝野委員長は0213の制定後もUnicodeはいまだシェアを獲得できず、当面シフトJISが主流であり続けると信じていたように考えられる。この判断は1996年当時の状況の中で的確といえるものだったのか。

◎たとえば、1996年当時も現在も、文字コードの実装について最大、最強の影響力を保持している企業はマイクロソフトだ。しかしマイクロソフトは、本連載特別編第4回の中で、1992年のWindows 3.1日本語版の発売時から、シフトJISによる文字拡張はせず、Unicodeによってのみ拡張する方針であったことを明言している。

◎そしてマイクロソフトは1994年度から開始された0208第4次規格の原案作成時からWG2に社員を出している。つまり、この会社のUnicodeサポート方針は、1996年当時すでに芝野委員長に伝えられていたと考える方が自然ではないか。

・仮に芝野委員長の判断が1996年当時として適切なものだったとしても、これが3年以上も修整されないまま最終段階である情報部会まで持ち込まれ、ここでようやく否定されたということは、なにか原案作成のシステム上問題があったことを意味しないだろうか。

・前述したように、メーカーの反発が十分に予想できた『表明』が、なぜ簡単な郵送審議しかされないまま開発の方針になってしまったのかという疑問のみならず、上記のような疑問に対する解答を探りあてることが、0213の矛盾の根源を解き明かすことになると私は考える。ただし、そのため安直に現在という立場から一方的に過去を断罪しても何の解決にもならないだろう。

●そして舞台は六本木、日本IBM本社へ

 では次回からいよいよ日本IBMのインタビューの模様をお伝えする。取材が行なわれたのは2000年8月9日、場所は六本木にある本社の会議室であった。前もって私は考えている質問を日本IBMに送っており、インタビューはこれに答える形で行なわれた。

 前項までまとめた点については、この取材時点で要望書のまとめ役だった電子協の東條喜義参事にたいする取材で大半は明らかになっていた。それはそれとして、私が日本IBMへの取材で明らかにしたいと思っていたのは以下の点だった。

原案作成過程について
・日本IBMは『表明』について、どのような見解をもっているのか。
・日本IBMから見て、0213の原案作成過程になにか問題があったと考えるか。

最終審査について
・日本IBMはなぜ0213の原案作成に参加しながら最終審査で反対したのか。
・要望書を出すまでの過程の詳細、とくに署名したメーカーはどことどこなのか。

0213の新しい文字のUnicode(≒ISO/IEC 10646)収録要請について

 最後の点への回答については、他の取材を交えながら、章をあらためて書くことになるだろう。ただしこの3つは常に表裏一体のものであることを忘れてはいけない。次回は、まず2番目の点について、日本IBM側の説明をまとめたい。

●最後に省庁再編について

 おしまいになったが、すでに皆さんもご存知のとおり、通産省も、その外局たる工技院も今はない。省庁再編によって、あらたに発足した経済産業省にすべて統合されている。JISに関する部署がどのようになったのか、経済産業省自身のウェブページ(http://www.meti.go.jp/index.html)で詳しい情報を見つけだすことはできなかった。そのかわり、日本工業標準調査会(以下、JISC)のウェブに、比較的整理された記述を見つけることができた(http://www.jisc.org/org2.htm)。

 工技院が統合となれば、ここが事務局を務めたJISの元締め、JISCも再編を逃れられない。しかし、現在のJISCのページからは具体的な記述を見つけられない。ただし、工技院は以前から審議会を設けて、省庁再編以降のJISのあり方を検討しており、おそらくは大筋、この審議会報告書のとおりに縮小再編されると思われる。文書は『21世紀に向けた標準化課題検討特別委員会報告書』といい、現在もダウンロード可能だ(http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g00608aj.pdf)。

 さて、このようにして、工技院も情報部会も過去の言葉になりつつあるのだが、以降の原稿ではすべて取材時のままの名称を使わせていただくことをお断りする。

 では来週、またお会いいたしましょう。

(2001/1/24)

[Reported by 小形克宏]

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