【連載】

ネット時代の商品企画~「最大多数の最大幸福」への挑戦
第1回 飽きの来ないデザインは、多くのユーザーの声から~「appetime」

●はじめに


 新製品の商品開発やマーケティングリサーチに、また広告宣伝活動にインターネットを活用する企業が増えている。より多くの人から短時間に効率よく意見を集め、そのデータを取りまとめるのにも便利なツールであり、また一度に多くのターゲットユーザーに新製品を告知するための広告ツールとしても、インターネットでのPRは注目を集めている。さらに、プレゼント付のアンケートの呼びかけ自体が、消費者からのデータを収集する目的だけでなく、プロモーションの一環として宣伝効果を狙っていることも多い。

 商品開発の段階から自分の意見を取り入れてもらえるというのは、お仕着せの商品では満足できない目の肥えた消費者には願ってもないことだ。また企業も、実際にその商品を利用するであろう消費者の潜在ニーズを拾い上げ、「かゆいところに手が届く」ものを作り上げることができれば、確実にヒットする商品を生み出すことができるはずだ。

 「いいことづくめ」のように見えるネットアンケート・マーケティングを利用した商品開発は、はたして実際のところ成功しているのだろうか? 今回から4回に渡り、実際にインターネット上で集めたユーザーの意見をもとに商品開発に取り組んでいる企業の動向とその実情をレポートする。

●飽きの来ないデザインは、多くのユーザーの声から生まれた~「appetime」


  http://www.7dream.com/
  http://www.appetime.com/
第一弾として2000年11月から予約販売された「スキンカラーシリーズ」。
暖かみのあるアースカラー系のカラーとシンプルなデザインが人気となった。

コンビニエンスストア「セブンイレブン」のオンラインショッピングサイトとして2000年7月にオープンした「セブンドリーム・ドットコム」。サイトオープンと同時に開始された「欲しい!プロジェクト」は、会員登録したユーザーに専用掲示板に自由に意見を書き込んでもらい、その中からアイディアをすくい上げたり、不満点を解消した商品開発を行なっていくという趣向だ。

 その「欲しい!プロジェクト」から生まれた腕時計が、セイコーインスツルメント株式会社との提携で製作された「appetime」だ。「ファッション感覚で気軽にアクセサリーとしてつけられる時計が欲しい」「洋服のコーディネートを邪魔しないデザインのものを」という要望が反映されたデザインはシンプルそのものだ。

 第一弾として同年11月から予約販売された「スキンカラーシリーズ」全12色は、「モカ」や「ティオレ」といった落ち着いた暖色系のカラー展開で、カジュアルな服装にもビジネススーツにもしっくりくる。「特定のモニターさんに集まっていただいて定期的に意見を聞く…ということではないんですよね」というのは、同社 営業本部 コンテンツ一部の芝原理一氏。

 従来の商品開発モニターというと、購買層に近いライフスタイルを持つ特定のモニターを囲い込んで、集中的に意見を出させていくという印象が強い。確かにそれは「本当にその商品を求めている」層にとっては強い訴求力を持つ商品が生まれる可能性もあり、手法としては魅力あるものだが、反面ツボを外してしまうと「一部のマニア」にしかウケない危険性も持ち合わせている。

 「不特定多数の方から意見をいただくことで、広い層にまんべんなく受け入れていただける商品ができたのではないでしょうか」(芝原氏)。「誰にとっても飽きの来ない」というデザインが受け入れられたというわけだ。腕時計業界では、通常ひとつのデザインロットで数百売れれば御の字というなか、「appetime」は約1万5,000個販売され、うち約9,000個は、セブンドリーム・ドットコムからのオンライン販売だ。

 ヒット商品につながった理由はいくつか挙げられる。シンプルながらファッショナブルなデザインがウケたことがまず一点。従来の時計の流通経路を改革し、中間マージンをカットすることによって高性能の時計をリーズナブルな価格で提供できたことも、「時計は持っているけど、もうひとつあってもいいかも」というユーザーの気持ちにアピールできた。「最近は携帯電話の普及で腕時計の売れ行きがいまひとつ伸び悩んでいるのですが、この価格帯なら“ブレスレット代わりに一個くらいあってもいいかも”と思ってもらえるのではないでしょうか」(芝原氏)。

「apitime」第三弾としてこの10月15日より予約開始された「フラワーシリーズ」。
文字盤を小さく、高級感のあるデザインを、というユーザーの意見が反映されている。女性を意識したヴィヴィットなカラーで、クリスマス商戦に狙いを定める。

 また、注文した品物を全国のセブンイレブンで24時間いつでも受け取れるというのは「ショッピングに行きたいが時間がない」「でもネットショッピングで買うのはいまいち不安」という消費者にとってはうれしいシステムだ。オンラインで購入したユーザーの、実に8割がセブンイレブンの店頭で受け取っている。オンライン販売の比率が高いのは、セブンイレブンのブランドバリューに対する「安心感」と、不在がちで宅配便を受け取るのが大変という現代人のライフスタイルにとって「便利なシステム」だということだろう。

 実際に商品を見てみないとわからない…という消費者に対しては、期間限定でセブンイレブンの店頭に陳列して予約を受け付けたり、ソニー・プラザや東急ハンズなどの店舗で微妙なカラーラインナップを見比べられるなど、実店舗での展開も開始することでカバーしている。ただし、取り扱い店舗を増やしていくということは今のところ考えていないそうだ。「やはり実際のお店でこれだけのカラーを全部並べていただくのは難しいですからね」(芝原氏)。その点、インターネットでならスペースを気にせず全カラーを心置きなく紹介することができる。ネットと、いくつかの実店舗をショウケースとして利用することで、ユーザーへのアピールを強化していく構えだ。

 同社では現在も、「appetime」シリーズのほか、豊富なサイズ展開を売り物にする女性用ランジェリーの「INNER*CAFE」など、ユーザー参加型の商品を販売している。通常10%はあるという衣料品通信販売での返品率に対し、「INNER*CAFE」は、2%程度と驚異的な返品率の低さを誇っている。多くのユーザーを満足させるには、結局商品のバリエーションを増やして、その中から「自分にぴったりのもの」を選んでもらう方向でフォローしていくことがベターと芝原氏は言う。

●「欲しい!プロジェクト」の限界


株式会社セブンドリーム・ドットコム営業本部コンテンツ一部マーチャンダイザー
芝原理一氏

 しかし、「appetime」などを生み出した「欲しい!プロジェクト」の会議室は現在は終了している。それは主にマンパワーの問題だという。スタート当初は5人のスタッフが関わっていたが、労力的な問題から見直しを余儀なくされた。「カスタムメイドではないので、意見をいただく方一人ひとりの細かい意見まで吸い上げていくのは厳しいですね。appetimeが誕生する大きなきっかけとはなりましたが、費用対効果を考えると残念ながらちょっと見合わないな…というのが実感です」(芝原氏)。

 筆者自身も、参加者として、またモニター企画の記事を執筆する立場としていくつかの商品開発に関わったことがあるが、参加するモニターはどうしても「自分が」欲しいモノにこだわりがち。もちろんそこに大ヒットにつながるヒントが埋もれていることもあるが、そうでないことも多い。

 モニターに応募してくるということは、その商品に関して人並み以上の興味を持っているからこそ。意欲的に意見を出す反面、あまりにもその意見が細部に渡りすぎて、開発者を悩ませてしまう例も見受けられた。一人のモニターの要求を叶えれば他のモニターからは否定され…ということになり収拾がつかなくなってしまったのだ。固定のモニターによる商品開発は、一握りの(ヘビーユーザーである)モニターの意見に左右されて、結局のところ一般消費者のニーズとはかけ離れたものを作ってしまう…という危険もはらんでいる。

 モニターを固定せず、誰でもが意見を書き込める場を設け、広く浅く意見を募る方法は、比較的手間をかけずに実施することが可能だ。しかし、せっかく寄せられる意見を商品開発に取り入れたいのはやまやまだが、真剣に取り組もうと思えば思うほど、マンパワーも要求される。ユーザー参加型の商品開発が難しいのも、やはりユーザーメンテナンスの労力を社内の誰がどう担うのか、企業側がどの程度そこにマンパワーを割けるかという問題にかかってくると言えるだろう。

いちば ゆみ
携帯電話・PDA・インターネット関係をメインに執筆するフリーライター。
 主な執筆先として「できるインターネット」(インプレス)、Asahiパソコン (朝日新聞社)、iモードスタイル(ソフトバンク)等。
 著作に 出会い系サイトを安全に利用するためのネット恋愛マニュアル本「オ オカミなんかコワくない!」等
http://you.can.ne.jp/

(2001/11/6)

[Reported by いちば ゆみ]

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