【連載】

ネット時代の商品企画~「最大多数の最大幸福」への挑戦
最終回 コクヨとNECとのコラボレーションは「幸福」の実現となるか?

【編集部から】
 新製品の商品開発やマーケティングリサーチにインターネットを活用する企業が増えている。商品開発の段階からユーザーの意見を取り入れることで消費者の潜在ニーズを拾い上げる手法は、はたして成功しているのだろうか?実際にユーザーの意見を元に商品開発に取り組んでいる企業の動向とその実情をレポートする。

コクヨ「さぷらいふ」
http://www.sapulife.com/

●黎明期から築き上げてきたユーザーコミュニティのノウハウ


 コクヨ株式会社のネット通販サイト「さぷらいふ」がオープンしたのは、1999年2月。1999年といえば、パソコンの世帯普及率が50%を超え、「インターネット」という言葉が一般に浸透しだした時期だ(第3回記事参照)。ECという言葉が注目されだしたこの時期から、ユーザーとのコミュニケーションを重視し、常にユーザーからの意見に耳を傾ける姿勢を取り続けてきたコクヨでは、PalmなどのPDAの革製ケース「Palming(パーミング)」や、従来商品にはないカラー展開で人気となったノートパソコン用のモバイルバッグ「bonito(ボニート)」など数々の商品を産み出してきた。これらの商品は、サイトを訪れるユーザーの声を取り入れ、テスト的にWebサイト上のコンテンツ「一番出しショップ」で個数限定で販売、反響を確認してから実際の販売に踏みきっている。修正すべき点は、テスト販売段階で徹底的に手を入れて満を持しての商品販売となるというわけだ。

 「さぷらいふ」のサイトでは、いたる所にユーザーの声を取り入れるシカケが施されている。商品の解説の横には必ず「見る・聞く・言う・買う・確認する」と分けられたボタンが用意されている。このボタンをクリックするだけで、商品の詳細が確認できたり、すでに購入したユーザーからの意見が読めたりする。例えば、「言う」ボタンをクリックすれば、意見を書き込めるフォームが立ち上がり、意見をすぐに送れるのだ。「以前は、商品にハガキを入れたり、マーケティングリサーチ会社に依頼するなどの方法でお客様の意見を取り入れていましたが、インターネットの出現でやりやすくなりましたね」と、「さぷらいふ」を運営するOAサプライズ事業部・マーケティンググループの万木(ゆるぎ)康史氏は言う。ユーザーの声がリアルタイムでもらえる上に、コストも飛躍的に節約できる。また、こういった企画をやる上で「ユーザーからの意見を、積極的に取り入れていますよ」という企業としての姿勢を見せることは“ウリ”にもなる。

 客寄せ企画として、ユーザー参加型商品開発を期間限定で行なっているサイトは増えてきたが、さぷらいふには「うちが本家本元、単なる企画物に終わらないノウハウがある」という発言からも先行者としての自負が見て取れる。「実は最初にもらった予算が少なかったんです(笑)。その中でできることをコツコツやっていくうちに、今のようにユーザーとのコミュニケーションを重視するスタイルができてきたんですね」とは、さぷらいふ一番出しショップ店長を勤める同部署の上田敬人氏。今はまだ実際にネットで購入するよりも、「この商品はどこで買えますか?」という問い合わせも多いそうだが、今後はよりネット販売の比率を高めていきたいと意欲的だ。

●NEC「121ware.com」とのコラボレーションによるメリット


右から万木康史氏、上田敬人氏、座談会など直接商品開発に携わる開発グループの藤沢政徳氏
 ユーザー参加型商品開発のノウハウを買われ、コクヨでは、これまでにも雑誌とのタイアップ企画による商品開発(モバイルバッグ)や、第一回で紹介したセブンドリーム・ドットコムの「欲しいプロジェクト」との共同開発による「女性向けノートパソコンバッグ Ele&wish」など数々のプロジェクトを行なってきた。

 今回、その実績に目をつけたのが日本電気株式会社(NEC)だ。自社製品のカタログやサービス紹介・サポートなどを統括したサイト「121ware.com」は、NECユーザーのポータルサイトとして機能している。その中で、ユーザーを引きつけるための取り組みとして、コミュニティスペースの運営に力を入れている。NECでは、これらフォーラムやアンケートを通じて、ユーザーからあがってきた「パソコンの利用環境を改善したい」という意見に着目し、OAまわりの商品開発に実績のあるコクヨに共同での商品開発を打診してきたわけだ。「NEC側としても、この手の企画はサイトの付加価値になりますし、コクヨとしても単独ではなかなか開催できないユーザー座談会による意見の吸い上げが可能になるなどメリットを感じました」と万木氏。この連載でもたびたび言及しているように、ネットだけでの商品開発では難しい。実際にユーザーと接して意見を交換する機会を設けることは、コストやマンパワーといった視点から単独では厳しいのだという。

 このほか、どちらかというと女性ユーザーが多い「さぷらいふ」に対し、男性、しかもパソコンを使い込んでいるヘビーユーザーの多い「121ware.com」とのコラボレーションにより、今までとは違うユーザー層のニーズの掘り起こしにもつながるという目論見もあった。異業種の企業がタッグを組んでの共同商品開発ということで、マスコミにも取り上げられるという宣伝効果も大きい。

 さて、現在開発中のアイテムは、パソコンデスクの上に置けるユニットシェルフだ。パソコン周りの環境整備に役立つ製品というあいまいなテーマから、ユーザーとの意見交換を重ねて、「何を開発していくか」というところから絞り込んでいった。とはいえ、ユーザーの使用環境も用途もさまざま。パソコンを複数台持っている人もいれば、一台だけの人もあり、すべてのユーザーの要求をすべて充たすのは不可能だ。「フレキシビリティを重要視したコンセプトで進行していきましたが、試作品を実際に試してもらう座談会の席上でも、新たに参考になる意見が出てきたりで、まだ最終形の決定には至ってないですね」(万木氏)と、問題は多そう。「しかし、すべての意見を盛り込んだ結果、販売価格が高くなってしまうと、購入に結びつかないんですよね。『これくらいならお金を出してもメリットがある』と思ってもらえる性能と価格にどう落とし込んでいくかがカギです」(万木氏)。このユニットシェルフはまだまだ改良を重ね、実際の販売は春ごろになる見通しだ。

●ユーザー参加型商品開発のメリット・デメリット


 ユーザーの声に耳を傾けなければ、使い勝手のよい商品は生まれない。だが、ユーザーの意見に振り回され過ぎてもターゲットのぼやけたものになってしまう。ユーザーにとってみれば、自分のライフスタイルや使用シーンに適った商品が理想なのだが、100人いれば100通りの要望があり、それを適切に叶えるのはオーダーメイドでもない限り難しい。「たくさんの機能をあれもこれもと欲張って詰め込んでいくと張りぼてみたいになってしまうんですよ。できあがったとたん、誰にとっても自分の欲しいモノではなくなってしまって(笑)」と万木氏は語る。

 一般消費者向けに開発する場合、企業にとって消費者ニーズの充足とコストの兼ね合いは永遠のテーマだ。ユーザーは自分にとってメリットのある商品であれば、その対価として多少高くとも財布のヒモを緩める。だが、複数のユーザーが求めるメリットが、まるで違うベクトルに向いていた場合、企業としてはどちらを取り、どちらを捨てるべきなのか悩む。この問題に対し、万木氏は「購入した結果、お客様が満足していただけることを重視しています。しかし、ビジネスですので、違うご意見があった場合、より多くの消費者がメリットを感じていただける商品を提案する上で、おのずとどちらを取るかは見えてきます」と明快に語った。「最終的には『自腹を切って買ってもらえるかどうか』が判断基準ですね。安いに越したことはないんでしょうが、満足していただける商品作りが使命かと。だからといって大量生産品を投げつけるのではなく、試行錯誤しながらなるべくユーザーからの意見を取り入れていくことが、メーカーの姿勢として求められているのではないでしょうか?」。

これまでに開発された商品。左がPalming、右がEle&wish

 物がこれだけ溢れている時代。どこにでもあるものでは消費者はわざわざお金を払う価値を見いださない。万人ウケではそっぽを向かれる。しかしながら、ニッチなニーズをいちいち叶えていくことは、企業の経営という観点からは厳しいものがある。インターネットでのユーザー参加型商品開発は、その両方を叶えるワイルドカードのようにも思える。

 連載開始にあたって、「商品を利用するであろう消費者の潜在ニーズを拾い上げ、『かゆいところに手が届く』ものを作り上げることができれば、確実にヒットする商品を生み出すことができるはずだ」と予測した。第2回に取り上げた「たのみこむ」のように、同じ趣味や嗜好という小さなコミュニティにセグメント化されたニッチな商品要求、つまりユーザーの要求が同一方向を向いており、純粋に無から有を生み出す過程を楽しむことができるならば、この手の手法による商品開発は成功するだろう。しかしながら、広く万人受けするための商品開発を目指し、全ての機能要求を満たせば、万木氏も述べたように極めて魅力のないアイテムに成り下がってしまう。そこには必ず、ある消費者には必要でも、他の消費者には必要でない機能が追加されてしまうからだ。落としどころは「お仕着せ商品」と「カスタムメイド」の間にあり、その絶妙なバランスを見出せるかどうかが成功に結びつきそうだ。

 ただし、インターネット上のアンケート調査だけで見えてくる物には限界がある。米国ほど通販慣れしていない日本人は、どうしても「実物を手にとってから」という性格が強い。また、企業として「収支がトントン」では、ビジネスとして成り立たない。気まぐれでワガママな消費者の願いを叶えるのは、インターネットをもってしても、なかなか難しいものなのかもしれない。

いちば ゆみ
携帯電話・PDA・インターネット関係をメインに執筆するフリーライター。
 主な執筆先として「できるインターネット」(インプレス)、Asahiパソコン (朝日新聞社)、iモードスタイル(ソフトバンク)等。
 著作に 出会い系サイトを安全に利用するためのネット恋愛マニュアル本「オ オカミなんかコワくない!」等
http://you.can.ne.jp/

(2002/1/8)

[Reported by いちば ゆみ]

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