中央公論新社より書籍「今週、妻が浮気します」が発売された。「電車男」などに代表されるネット発の作品で、ユーザーが聞きたい質問を掲示し、別のユーザーから答えを集めるというQ&Aコミュニティサイト「OKWebコミュニティ」「教えて!goo」で展開された内容を“そのまま”書籍化した内容だ。25日に発売開始し、価格は1,050円。
出版の狙いや舞台裏について、編集を担当された中央公論新社の山本氏とgooを運営するNTTレゾナントのポータル事業本部田畑氏にお話を伺った。
● 異例の回答数を集めた“人生相談”をそのまま書籍化
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「今週、妻が浮気します」中央公論新社、1,050円
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「今週、妻が浮気します」は、その名の通り、妻の浮気を知ってしまった男性からの相談と、それに対する回答からなるラブストーリーである。とはいってもフィクションではなく、「Q&Aコミュニティサイト」で実際に交わされた一連の投稿をほぼそのまま書籍化している。
舞台となったのは、「教えて!goo」と「OKWebコミュニティ」。無料のサイトながら、誰でも自由に質問を書き込み、それに対する返信を一般ユーザーから募るというサービスだ。質問のジャンルもコンピュータの操作方法から芸能ネタまで幅広く、質問総数はサイト開設以来、約100万件に上る。
「今週、妻が浮気します」はそれらの膨大な質問履歴の中にある、同名の質問とその回答111件分をほぼそのままの形で収録している。本文ページも文芸書としては珍しい横書きを採用し、投稿者のハンドルネームや投稿日時も併記してある。
なお「OKWebコミュニティ」と「教えて!goo」で運営元はそれぞれ異なるが、基本的に同一の質問を掲示しており、回答も相互にシームレスで行なえる。利用には無料のユーザー登録が必要となるが、実名は表示されないので実質的に匿名での投稿が可能になっている。
● 約2カ月で企画・出版・発売にこぎつける
今回は「今週、妻が浮気します」の編集を行なった中央公論新社 書籍編集局 書籍第一部の山本春秋氏、「教えて!goo」の運営元であるNTTレゾナントのポータル事業本部 マーケティング推進 広報 主査の田畑好崇氏に話を伺った。
まず伺ったのは制作のきっかけ。山本氏によればやはり「電車男」という存在が出発点の一つとしてあるという。「『電車男』を手に取った時の衝撃は非常に大きかった。ページを捲ったときもBBSそのままのデザイン。これが本として成立するのか」と感じ、新しい本の可能性として心に引っかかっていたという。
「そんな中でたまたまQ&Aコミュニティで面白い書き込みがあることを知った。内容的にも、結婚されている人なら誰の心にもリアルに迫るものがあると思い、さっそく(出版の)企画をした。」(山本氏)
出版には数値的な裏付けもある。Q&Aコミュニティにおける閲覧数は『ライフ』という生活情報・人生相談カテゴリに含まれる18万件近い質問投稿で最高3位を記録。また、田畑氏によると「ひとつの質問に対する回答数はサイト全体を平均すると3.3件」なのに対して、111件におよぶ書き込みが約2週間に渡って続けられたといい、質問者・回答者双方を巻き込んでの盛り上がりが大きかった点も明かす。
また企画から出版も非常に早かった。山本氏は「元となる投稿の存在を知ったのは2004年11月。出版が決定したのは12月中旬」。一連の投稿が実際に行なわれたのは2004年の1月から2月にかけて。「同じ時季に出版したいとの考えもあって、発売も2005年1月になんとか間に合わせた」という。
本の構成そのものも異例だ。中央公論新社で横組の本は「英語関連の本や料理本や絵本などを除けば、ストーリー性のある読み物として横組を採用したのは、知る限りではこの本のみ。本文書体がすべてゴチックというのも、おそらく前例がないのでは」という。企画段階でも縦組デザインにしたほうがいいのではないかという意見もあったが、「Webサイトの書き込み」を再現しようとの判断から横組案を通したという。
フォントは、TrueTypeフォントのMSゴシックを採用した。Webブラウザでお馴染みだが、商業出版ではまず使われないフォントである。しかし本文中の顔文字はフォントが異なると見栄えが変わってしまうため、あえて選択。この点もWebっぽさの再現に力を尽くした結果と言えそうだ。
“Webっぽさ”を表現するために、ほかにも細かな配慮をしたという。商業出版の分野では「・・・」「。。。」などの表記は、通常「……」(三点リーダー2倍)に校正によって統一されるが、この本では書き込まれた状態のまま残した。全般的に校正については、句読点や改行の挿入、明らかな誤記の修正など最低限に止めた。
またWebコミュニティの書籍化の場合、気になるのは著作権処理の問題だ。コミュニティの利用規約で「投稿内容の著作権は運営側に属する。またユーザーはその対価を求めない」と定義はされているものの、出版化にあたっては、まず質問を投稿したGoAhead氏の同意を得た後、回答を寄せたユーザーへの連絡も行なった。書き込みの書籍化を望まず、自分の投稿部分を外すことを要望するユーザーもいたが、「ひとつの投稿に対する反応という形で進んでいくWebコミュニケーションの性質上、ひとつの投稿でも、削除してしまうと話がぷっつり切れてしまう。ストーリー性の保持などの観点から、最終的には納得していただけた」(山本氏)。結果的にネット上の書き込みを一切削除することなく、仕上げられたという。書籍の著者名「GoAhead & Co.(ゴー・アヘッド・エ・コー)」も「(質問者である)GoAhead氏とその仲間たち」という意味を込め、山本氏が自ら名付けた。
なお、「OKWebコミュニティ」と「教えて!goo」の書き込みについては、会員登録の際に同意が必要な規約に、書き込まれた投稿の著作権はオーケイウェブに帰属する旨を明示している。印税については出版元である中央公論新社から、いったんオーケイウェブに支払われる契約を交わしたという。
● 荒れないコミュニティ
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NTTレゾナントのポータル事業本部 マーケティング推進 広報 主査の田畑好崇氏
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「今週、妻が浮気します」はネット上の書き込みとはいえ、背景となるストーリーや連続性がもちろんある。それに加え「荒らし」と呼ばれる類の書き込みがほとんどなく、ひとつひとつのメッセージが長文かつ真摯に記述されている点が大きな特徴だという。質問になにかしらの回答がつく確率は99.2%と非常に高い。
「『goo』のブランドイメージ(善良、安心安全、相互扶助)によるところもあるかもしれませんが、特に『教えて! goo』は2000年のオープン以来、ユーザー間に自浄作用の心構え、相互扶助の精神が湧いているのかもしれない」(田畑氏)。ユーザー間のコミュニティ意識の高さが、偶然にもこのような書籍化を促したと言えそうだ。
また荒れない理由についてもうひとつの要素を挙げた。巻き込むユーザーが登録制であるためか、「匿名とはいえ、どのような回答をしたかの履歴は残る。gooは7年来、健全なネットの発展に貢献しようと努力してきています。特にコミュニティを良好な雰囲気に保つことには力を入れており、ブログですらも荒れることが少ない。履歴参照機能はその施策のひとつで、評価の積み重ねが、責任を持った回答につながっているのでは」と田畑氏は分析する。
では今後、このような“ネット発”の書籍は一般化していくのだろうか。ブログが出版化されたケースもすでにある。山本氏は「今までは原稿を出版社に持ち込んで、たまたま編集者が気に入ったら本になるということしかなかった。ブログなどの登場によって、質の良い著者が現われる可能性はある」と語る。
● “良いインターネット”を多くの人に知ってほしい
今回の書籍化について山本氏は、狙いのひとつとしてこうも語っている。「普段ネットに触れてない人にこそ、ぜひ読んで欲しい。浮気のような重大事についても親身に相談にのってくれるような良いコミュニティがあることを知ってもらい、ネットへの参加を促せれば。」
Q&Aコミュニティサイト「OKWebコミュニティ」「教えて!goo」では、良い回答に対しては質問者がポイントを付与する仕組みがあるが、少なくとも現在までのところ、ポイントを換金することはできない。「ポイントは賞状や感謝状のようなもので、そういう意味では、回答する方にとっての金銭的・物質的メリットはまったくない。自分が質問した時にいい回答をもらったという経験から、自分が答えられそうな質問があれば答えてあげよう、という善意の連鎖で成り立っているコミュニティ」と田畑氏は語る。
「報道などでは、インターネットのこわさというものを取り上げる話の方が多く紹介されているという印象がある。ネット上に危険があるのは確かだと思うが、これは現実世界でも道を歩けばいろいろな危険があるのと同じこと。経験や啓蒙によって避けることが可能だし、gooでは子供向けサイト(『キッズ goo』は子供向けサイトでナンバーワンのアクセスを集めている)の運営にも力をいれ、早い時期からの啓蒙を図っている。ネットのネガティブな面だけではなく、ネット上にこうした善意の“良いインターネット”があることを、この本を通して多くの方に知ってほしい。」
また田畑氏は、中高齢者などがより一層Q&Aサイトで活躍してほしいと話す。「gooブログでは高齢者層の会員伸び率が非常に高い。これらの方はパソコンの初心者であったとしても、人生のベテラン。いろいろな知識や知恵を世代を越えて教えてほしい」と期待を寄せている。
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( 森田秀一 )
2005/02/01 12:56
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