|
KAME Projectなどを通してIPv6普及に大きく貢献した「itojun」こと萩野純一郎氏
|
萩野純一郎氏が10月29日に亡くなった。本名よりも「itojun」の愛称で知る人の方がはるかに多いこともあり、ここでは敬意を込めて「itojun」氏と呼ばせていただくことにする。
itojun氏は、よく知られているように、KAME projectでIPv6プロトコルスタックの開発および公開に尽力した主要メンバーの1人で、IPv6普及に多大な貢献をした技術者だ。訃報が流れて以後、インターネット上には萩野氏を悼む声が溢れている。
itojun氏は、最近ではYouTubeで「ipv6 100の質問」をシリーズで公開し、技術者だけでなく、広く一般のユーザーにもIPv6について知ってもらおうと試みていた。本誌では、10月中旬にitojun氏にYouTubeのコンテンツについて取材しており、残念ながらitojun氏に見ていただくことはできなくなってしまったが、itojun氏がIPv6普及のために何をしようとしていたのかが少しでも伝わればと、ご本人のチェックなしで公開することにした。
一般の人に広く伝えたいということで、インタビューの内容も全般にわかりやすい語り口になっているが、この記事がインターネットに関わる技術者の方にも、いま一度IPv4とIPv6について、IPアドレス枯渇問題の解決について、どうすれば世界中の利用者が一番幸せになれるのか、考えていただくきっかけになれば幸甚だ。
なお、慶應大学の村井 純教授が主宰するWIDE Projectはitojun氏の訃報を伝えるプレスリリースを発表し、その功績をたたえている。WIDE Projectのリリースでは、itojun氏の通夜、葬儀についてもあわせて告知しているほか、itojun氏へのメッセージを受け付ける専用のメールアドレスも設けて公開している。(編集部)
● そもそもYouTubeで動画を撮って公開しようと考えたわけ
IPv6については、1996~1997年くらいから慶應大学の村井純先生が主宰するWIDE Projectで研究開発に取り組み始めていたんです。その後、1998年からKAME Projectで、BSD系Unix用のIPv6のスタックを書いたり、IPv6の仕様を決めたりということをしていたんですね。
そうした活動の影響もあって、2000~2002年くらいは、みなさんIPv6に興味を持っていただいていたんですが、その後IPv6については話題に上ることが少なくなってしまった。
そんなところに、今年の春ですが、APNIC(Asia-Pacific Network Information Centre:アジア・太平洋エリアを管轄する地域インターネットレジストリ=RIR)のGeoff Huston氏が、「このままいくと、IPv4アドレスは、2010年頃に売り切れます」という予測を発表したんですね。
そういうこともあり、いいかげんみなさんちゃんとやらないとまずいんじゃないですか、というのを伝えようと思って、いろいろ考えていたんです。それで、YouTubeってのがあるじゃん、と。幸い英語も話せるので、じゃあ英語と日本語でアップロードしてみて、見てくださる人がいればいいなあと思ったんです。
YouTubeでなにか面白いことをやると、いろんなところで取り上げてくださったりとかするようなので、そういうのもあったらいいなあという下心もちょっとあって(笑)。それが動機ですね、はい。
● 一般の人たちに伝えて、そこから業界を動かしたい
いまのところ上がっている5本(※編集部注:インタビュー時には5本が公開されており、6本目はインタビュー後に公開された)は、とにかく、技術用語は一切使わずにいこうということで、その点をすごい気にしながら話しているんです。
YouTubeで見てくれる人は技術者でもないかもしれないし、もしかしたらうちの伯母さんとかが見ているかもしれないので(笑)。そういう人たちはきっと、「何ビット」とか言っても多分ピンと来ないので、そうした技術用語はできる限り避けてお話しているんです。
インターネットのオペレーターの人たちとか、プロバイダーの人たちは、IPv6の存在くらいは当然知っていて、「でも、(IPv6対応を)いつやればいいんだろう」くらいの感覚なんですよね。
だから、一般の人たちに伝えて、とくにコンテンツプロバイダーさんのような立場の方に、IPv6を使ってこんなことするともっと楽しくなりますよということをお伝えして、そちらの方から、IPv6対応への要望が上がってくると面白いかなあというのがありますね。
たとえば、YouTubeやニコニコ動画がIPv6に対応してくれたら、いちばん話としては美しいんですが。
|
YouTubeで、IPv6について語るitojun氏。ネットワーク技術者だけでなく、一般の人やコンテンツベンダーなどにも知ってほしいとYouTubeでメッセージを上げた
|
● YouTubeに限らず、技術者向けにも話をしていきたい
そうですね、技術者向けの技術編というのはやらないといけないんでしょうけど。ただ、その場合はYouTubeの10分間という制限の中である程度まとまった話をするのはつらいかもしれないですね。
11月下旬に技術系の専門学校で特別講義みたいなものをやることになっているんですが、技術者系の方は、会議などもあるのでそうした場面でお伝えすることができるかなとも思っています。
そのほか、命題を分けて、ネットワークゲームを作っている人たちに向けた10分間とか。東南アジアで商売をしたい人たちのための10分間とか。そういうふうにテーマやターゲットを絞って、スペシャル版みたいなものを作ってもいいかなあと思っているんですけど。
IPv6って、日本や米国では、「もうIPアドレスいっぱいあるからもういいよ」と言う人がいるんですが、いちばんまずいのは、途上国なんですよ。後からやってきて、いまからインターネットにつなごうと思っても、IPアドレスがもうありません、つなげません、ということじゃまずいですよね。
● たとえば、ネットワークゲームではどんなメリットがある?
ネットワークゲームを実際そんなにやりこんでいるわけじゃないんですけれども、やっぱりいま、ユーザーさんとユーザーさんの間のコミュニケーションを充実させる方向にいっているんじゃないかと思うんですよね。
たとえば、ネットワークゲームで出会って、え、学校同じなの、っていうことで親しくなって結婚しちゃった人がいるという話を最近聞いたんですけど。
そういうのはやっぱり、チャットという機能があってこその話ですよね。コミュニケーション機能を充実させるなら、テキストチャットだけじゃなく、今度はビデオチャットをゲーマー同士でできるようにしましょう、と自然にそういう流れになると思うんですよね。
現状のIPv4では、NATがあるために、AさんとBさんの通信は全部センター経由になっちゃうんです。それはイヤだという人もいるだろうし、そもそも百万人にチャットされたら、百万本分、センターにトラフィックが集中するけど、それを本当に捌けるのか、という話になると思うんですよ。
それを、どうにかしてうまくIPv6にすると、AさんとBさんは直接、センターに負荷をかけずにチャットができるようになる。コミュニケーションの負荷についてはそれでずいぶん楽になるだろうと思います。
● IPv6とセキュリティ
IPv6になっても、ファイアウォールとかを一方向にされるとIPv4と同じになってしまうんですよ。
IPv6にしましたと。さっきのゲームの話なら、AさんとBさんに直接通信してもらいたいですって話をすると、Aさん宅のファイアウォールで、Aさんの家の中から外にはいけますが、外から中へはダメです、という世界になると、AさんからBさん、BさんからAさんへ通信できないんです。そうすると元の木阿弥で、アドレスがあっても、もとのところに戻っちゃうんですよ。
だから、AさんのパソコンもBさんのパソコンもちゃんと守られる、ネットワークファイアウォールみたいなものができればいいんですけどね。
たとえば、Aさんが家のHDDレコーダー、外から予約したいとします。そうすると、なんらかの方法で、ちゃんと、外から中へHDDレコーダーの予約を入れられるようにしておいてくれないとまずいんですよ。
だから、一方向の通信みたいなのは、できればもう無しにしたい。ファイアウォール無しで、AさんのパソコンとBさんのパソコンが直接、「あ、これはBさんだからいいよ」といって通信できるような仕掛けがあれば一番いいわけです。
また、これはHDDレコーダー行きの通信、内容はHDDレコーダーの予約だから、じゃあ通してもいいよと、そういう形が望ましい。
そもそも、通信するためにIPアドレスがあるんで、Aさん宅の外から来る通信は全部ダメ、みたいなのはちょっと。そのあたりを変えないと、せっかくIPv6にして、IPアドレスの数はあるけれども、IPv6ならではの使い方が制限されてしまう。そういう意味で、元の木阿弥になってしまうので。
● IPv6ではIPSecが入っているが、暗号鍵の交換がネック
IPv6で、そうしたセキュリティ機能は、いちおうあるんですよ。暗号化と、Aさんが来たよということを確かめる認証機能としては、IPSecが入っています。IPv6環境ではみんなIPSecに対応するよう仕様書(RFC)に書いてあるので、IPv6が使える環境では必ずIPSecが入っているはずなんですよ。
ただし、実際使うにあたっては、暗号鍵を交換しておかないといけないという問題があります。まったく知らない人と、暗号鍵を交換しておくというのはけっこう難しいんですよね。
単に通信を暗号化するだけならいいんですが、たとえば、いま話してるこの人は、ほんとに萩野純一郎かというと、実は双子の弟かもしれないじゃないですか。わからないですよね直接会っても。じゃあ、地球の裏側の人ならどうか、というと、さらにわからない。この本人確認というところで、意外と難しいんですよ。そんなわけで、IPSecは入れてあるけど、実際には難しそうだと。
そこで、たとえば、OpenBSDなど、セキュリティをかなり気にしているOSがやっているセキュリティ技術があって、普通のOSだと、ここは1,2,3,4...って順序の番号でいくプロトコルのパケットの中に数字が入ってますね。1,2,3,4...っていくと、悪い奴が「5」って言って、横からかけたツッコミで、横取ったりすることがあるんですよ。OpenBSDでは、その都度計算する乱数でいくんです。そうするとさっき言ったような横取りはできなくなる。そうした技術もあるので、そのあたりももうちょっと広めないといけないのかなと。
そういう作り方を標準化の提案みたいな形で文章にして、標準化のテーマとして出していくのか、もしくはそういう作り方そのものを、マイクロソフトのみなさんやってみませんかと呼びかけるのか、実際に広めるためにどういう手段を取るのがベストかわからないんですけど、それはやらないといけないなと思っています。
もう1回整理すると、IPv6環境にはIPSecはいちおう入ってるけど、実際の運用面で暗号鍵の交換が難しい。OpenBSDみたいな作り方をすると、セキュリティ面で堅固になるので、これはIPv6でもIPv4でもそれは関係ないんだけれど、それを推奨したいといういうことですね。
● 大規模に通信する環境を作らなければならない
先ほど途上国が接続できなくなっては困るという話をしましたが、途上国だけの問題ではないんです。いまインターネットにつながっていない、面白いものをつなぎたい人っていっぱいいると思うんですよ。通信は、いろいろな手段がありますけど、いまはたぶんインターネットを使うのが一番手軽で安いですよね。
じゃあ、あとパソコンと地デジのテレビと、HDDレコーダーと連携して何かやりたいみたいなことがきっと出てくると思うんです。
データを記録するようなものや、データのオンオフで何かの意味を取り出すことができるようなもの、リモートで管理できると便利なもの、そう考えると、いずれ、きっとなんでもインターネットにつなぎたくなるんじゃないかと思う。だから一時期、インターネットでIPv6アドレスを電球につけて電球を制御しようみたいな話もあったと思うんですが、そういう方向に行くはずなんですよね。
そういうことをやりたいと思っている人たちに、IPv4だとちょっとやりづらいけど、IPv6ならもっと楽しくラクにいけるなあっていうのを、お伝えしたいですね。
機器としては、家電もありですし、あと、たとえば、今は車の中って、コンピュータがいっぱい、10個から50個くらいのオーダーで入ってるんです。たとえば、車のギヤをバックに入れると車の後部カメラの電源が入る車があって、カーナビに入っているコンピュータがその後部カメラを制御していますと。そういうところの制御も、イーサネット引いてインターネットでやっちゃおうというのもありだと思います。
そうすると何ができるかというと、前にいる車の後部カメラの視界をもらうとかも可能になりますね。あと車車間通信といって、車と車で通信して、データをもらうとかですね。
日産の研究者の方にお聞きしてすげえなと思ったのは、車がすれ違うじゃないですか。で、前から来る対向車は、自分にとっての未来の情報を握ってるんですね。じゃあ、対向車のカメラの画像をもらおうといったときには、カメラとコントローラとカーナビ、それに両方の車が通信できる環境が必要になるわけなんですよね。
こういう使い方もありで、なんでもありなんですよね。ただし、なんでもありにするためには、IPアドレスがないと、そもそも通信はできない。というところに戻っちゃうんですね。
いちばん大事なのは、ここまでインターネットにいろいろつながってくると、本当に大規模に通信する環境を作らなければならないわけです。たとえば、地球上に人間が60億人いる。で、ひとりあたま10個くらいデバイスがある。携帯電話、地デジ、おうちのパソコン、会社のパソコン……。600億台が通信できるように作らなきゃいけないわけです。だから、そういう風に作ると、もっと楽しくなるので、そういうのをもっと気をつけて作ろうっていうことをお伝えしたいんですよね。気をつけて作るともっと楽しくなるし。
関連情報
■URL
itojun氏がYouTubeに上げた「ipv6 100の質問」
http://jp.youtube.com/user/itojun
itojun.org
http://itojun.org/
WIDE Projectリリース「訃報:萩野純一郎氏」
http://www.wide.ad.jp/news/press/20071031-itojun-j.html
ISOCによるitojun氏の訃報を伝えるプレスリリース(英文)
http://www.isoc.org/isoc/headlines/20071101.shtml
IPv4アドレスの在庫枯渇状況とJPNICの取り組みについて
http://www.nic.ad.jp/ja/topics/2007/20070619-01.html
IPv4 Address Report(英文)
http://www.potaroo.net/tools/ipv4/
( 談・萩野純一郎氏/聞き手・永沢 茂/文責・工藤ひろえ )
2007/11/05 18:42
- ページの先頭へ-
|