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オバマ政権、始動するブロードバンド戦略


 2008年の米大統領選挙は民主党候補のバラク・オバマ氏の勝利に終わり、2009年1月にはいよいよ新政権が発足する。米国が経済問題で揺れる中、オバマ氏は経済再生計画の柱としてブロードバンド基盤の整備を打ち出している。ブッシュ政権からオバマ政権に変わることで、米国の情報通信政策はどのように変わるのか。総務省の情報通信政策課長を務める谷脇康彦氏が見解を示す。(編集部)


経済再生計画の柱はブロードバンド基盤整備

オバマ陣営が立ち上げた専用サイト“Change.gov”
 2008年12月5日、米国内に衝撃が走った。連邦政府が、景気後退が続く過去11カ月で合計200万の雇用が失われたと発表したのだ。オバマ次期大統領の対応は早かった。連邦政府の発表の翌6日、今後2年間で250万の雇用を創出する経済再生計画を策定する発表をした。その主役の1つが、光ファイバーなどの新たなブロードバンド基盤の整備だ。

 大統領選が終わった後、オバマ陣営は直ちに専用サイト“Change.gov”を立ち上げた。ここで、毎週、オバマ次期大統領はYouTubeを使い、重要な政策方針を矢継ぎ早に動画を交えて発表している。冒頭の経済再生計画策定の発表も、こうしたYouTube演説の1つとして行われた。

 今回の演説では“情報ハイウェイを更新する”と宣言している。オバマ次期大統領は、「米国のブロードバンド環境(普及率)が世界第15位に甘んじているのは受け入れ難い。インターネットを発明した国として、米国のすべての子供達はオンラインにアクセスできる機会が与えられなければならない」と主張。情報通信分野には全く関心を示さなかったブッシュ政権との違いが際立つ。

 これに先立つ12月1日、産業界なども動き始めた。「新政権は国家ブロードバンド戦略の策定を2009年の最優先事項にすべき」との内容を盛り込んだ“Call to action”(行動要請)を策定、57の企業・団体が署名し、報道発表した。

 署名した企業・団体には、通信会社、ハイテク企業、コンテンツ事業者、ベンダー、消費者団体、市民団体、労働組合、州・地方政府など、普段は利害の錯綜するプレーヤーが呉越同舟で名を連ねている。小異を捨てて、アメリカのブロードバンド基盤の整備を優先すべきだ、という強い意気込みが感じられる。

 もともと共和党(ブッシュ政権)の政策は「自由放任」を旨とし、政府が市場に介入して基盤整備を行うという政策は、不採算地域のインフラ整備などの例外を除き、あまり支持されない。

 他方、民主党の場合、先のクリントン政権下において、ゴア副大統領(当時)がリードして“NII(National Information Infrastructure)構想”というブロードバンド基盤整備のためのイニシアティブが打ち出されたように、政府がインフラ基盤整備を促すことについてはかなり積極的だ。


ユニバーサルサービス基金の見直し

 さて、広大な米国の国土において、電話網を維持するには大変なコストがかかる。このため、電話の利用者が一定の金額を負担して“あまねく電話”を維持するユニバーサルサービス基金が稼働している。

 オバマ政権が全米にブロードバンド基盤を整備していく際、その財源の1つと考えられているのが、実はこのユニバーサルサービス基金。電話網というレガシー系のネットワークを維持するための基金の財源を、ブロードバンド基盤整備に振り向けようという考え方だ。事実、オバマ陣営の選挙公約にも、「ブロードバンドが提供されていない地域に焦点をあて、ブロードバンドまで含め、ユニバーサルサービス基金の(支給)対象とするよう複数年の計画を策定する」としている。

 ところが、この基金制度、実は破綻寸前なのだ。基金規模がどんどん膨れ上がっているからである。例えば、ルーラル地域の電話会社に対する基金の支給額は、2001年の約26億ドルから2007年の約43億ドルへと、わずか7年で倍増している。

 これには訳がある。日本のユニバーサルサービス基金の場合、あまねく電話を提供しているのはNTT東西のみとされており、両社に基金から一定額が支給されている。ところが、米国においては基金の支給の対象は、固定電話サービスを提供する通信会社1社に限られておらず、携帯会社にも支給されている。しかも、同一地域をカバーしている通信会社が複数あれば、それらの通信会社はすべて基金からの支給を受けられる。携帯電話のカバーエリアを拡大したい州政府は、基金制度を積極的に活用しようとする。勢い、基金の財政は苦しくなる。

 オバマ政権がユニバーサルサービス基金を使ってブロードバンド基盤の整備を図ろうとするならば、その見返りとして、“あまねく電話”というレガシー網への基金からの支給は、大ナタをふるって絞り込まないといけない。そうなると、連邦政府と州・地方政府との間で利害が衝突することもあり得る。オバマ政権は難しい舵取りが必要になるだろう。


ネット中立性への積極的支持

 ところで、オバマ政権の1つの特徴は、シリコンバレーの強い支持を受けているということにある。例えば、グーグルのシュミット会長は、政権移行経済諮問委員会のメンバーだ。そして、こうしたシリコンバレーが強く主張するのが、ネット中立性の確保という議論だ。

 ネット中立性とは、インターネットの利用者がコンテンツやアプリケーションに自由にアクセスできるような環境を確保することをいう。例えば、通信会社が自分と資本関係のあるコンテンツに限ってスイスイ見られるようにして、商売敵のコンテンツは帯域を絞ってしまえ、という行動を採るとすれば、ネット中立性確保の観点からは認められない。

 米国では、2005年2月、中西部の地域電話会社であるマジソンコミュニケーションズ社が、IP電話大手のボナージ社のサービスを自社ネットワーク上で使えなくした。格安IP電話は自社の電話サービスの競争相手だからである。連邦通信委員会(FCC)はこれを問題視。結局、同社はボナージに対する遮断をやめ、連邦政府に罰金を払った。

 しかし、そもそもFCCはそのようなことを電話会社に強要するだけの法的な権限や政策の運用基準がないのではないか? という議論が巻き起こった。

 これを受け、同年8月、FCCはネット中立性について4つの原則を整理。ネット中立性について何か問題が起きた場合、この4原則に基づいて個別に判断していくという方針を示した。

 その後、2008年10月、FCCは大手ケーブル会社コムキャストに対し、ネット中立性を確保していないとして、是正命令を下した。つまりFCCは、同社がBitTorrentなどのP2P(Peer to Peer)通信の帯域を不当に制御していると判断したのである。これに対し、同社はFCCに命令権限はないと強く反発。現在もなお、司法の場で争っている。

 このネット中立性という問題について、オバマ次期大統領は「(ネット中立性の)原則を強く支持する」と姿勢を明確にしている。この議論で焦点になるのは、果たしてFCCがネット中立性を確保するための権限が法律で認められているのかという点。

 実はオバマ上院議員(当時)は、2006年5月、「インターネットの自由を保護する法案(Internet Freedom Preservation Act)」(法案番号S.2917)を共同で提出したことがある。これは、FCCのネット中立性原則を法律に規定して、ネット中立性を侵す行為によって利用者が不利益を受けた場合には、FCCに申し立てることができる仕組みを整備するというものだった。しかも、この法案の共同提出者にはヒラリー・クリントン次期国務長官も名を連ねていたというオマケがつく。

 オバマ政権は、ネット中立性を法制化するという方向性を支持している。他方、通信会社やケーブル会社といったインフラ事業者は「余計な規制には反対」という姿勢。オバマ新政権は、経済刺激策としてのブロードバンド基盤整備を挙国一致体制で進めるためには、通信会社などインフラ事業者の支持も欲しいところ。ここでも、オバマ新政権は微妙な政治判断が求められるだろう。


草の根民主主義の構築への挑戦

 このように、オバマ政権は、経済再生計画の一環としてのブロードバンド基盤整備、ユニバーサルサービス基金制度の見直し、さらにはネット中立性の取り扱いなどを中心としながら、ブロードバンド戦略を展開していくだろう。

 しかも、情報通信技術の活用という面で、オバマ政権がなかなか挑戦的であることに注意が必要だ。もともとオバマ陣営は、大統領選の過程からインターネットや携帯電話を巧みに使った戦略を展開してきた(拙稿「動画にはじまり、決め手はクチコミ――オバマ新政権のネット戦略」(2008年11月28日、JBPress)を参照)。

 オバマ新政権は、政策運営についてネットを最大限活用して有権者の意見を吸い上げるとともに、行政の透明化を図り、有権者の監視圧力を利用しながら、連邦議会のパワーポリティックスを勝ち抜く戦略を練っている。

 オバマ陣営の選挙公約には、「ブッシュ政権は歴代もっとも秘密主義で閉じられた政権」であり、「米国の進歩は、政治的なキャンペーンに何百万ドルものお金を使うことや、政府と産業界の回転ドア、限られた人たちしか内部情報にアクセスできないことなどによって妨げられてきた」と記されている。

 その上で、新しい民主主義を創造するために、(a)政府情報のオンライン上での公開、(b)政府の意思決定プロセスをオープン化し、国民が広く参加できる実験プロジェクトの実施、(c)法案に大統領が署名する5日前までに国民にコメントできる機会を付与、といった項目が並んでいる。

 連邦政府全体の電子政府化を進めるために、新たにCTO(Chief Technology Officer)のポストを設けるという計画もあり、「一体誰が就任するのか?」に関心が集まっている。

 有権者の意見を直接ネット経由で吸い上げるという取り組みは、冒頭でご紹介した経済再生計画の発表でも用いられている。具体的には、「意見募集」フォーマットが付けられ、「我々の、そして我々による経済(Economy -- Of the People, By the People)」という、いかにもリンカーン大統領好きなオバマ次期大統領らしいフレーズまで添えられている。これからの政策は広く国民からの意見を聞いて進める、という草の根民主主義構築への挑戦が既に始まっている。


センターステージに登場したブロードバンド政策

 100年に1回と言われる未曾有の経済危機。オバマ政権はまずこの問題に立ち向かうこととなる。しかし、同時に経済再生計画の策定に着手する。その主軸の1つにブロードバンド基盤整備などの施策が含まれる。過去8年間の共和党政権では目立った動きのなかったブロードバンド政策。久しぶりにセンターステージに登場してきている。

(注)本稿中意見にあたる部分は筆者の個人的見解です。なお、本稿の執筆に際しては中邑雅俊氏(国際通信経済研究所ワシントン事務所)の協力を得ました。


谷脇康彦(たにわき・やすひこ)
総務省 情報通信国際戦略局 情報通信政策課長
1984年、郵政省(現総務省)入省。OECD事務局(在パリ)ICCP課(情報・コンピュータ・通信政策課)勤務(1987-1989年)、電気通信局事業政策課課長補佐(1993-1997年)、郵政大臣秘書官(1999-2000年)、電気通信局事業政策課調査官(2000-2002年)、在米日本大使館ICT政策担当参事官(在ワシントンDC、2002-2005年)、総合通信基盤局料金サービス課長(2005-2007年)、同事業政策課長(2007-2008年)を務め、「新競争促進プログラム2010」(2006年9月)や「モバイルビジネス活性化プラン」(2007年9月)の策定・推進を担当。2008年7月より現職。ICT政策全体の総括、通信・放送の融合・連携に対応した法体系の検討、ICT分野の国際競争力向上に向けた施策展開などを担当。主としてブロードバンド競争政策に携わっている。著書に「世界一不思議な日本のケータイ」(2008年5月、インプレスR&D)、「インターネットは誰のものか――崩れ始めたネット社会の秩序」(2007年7月、日経BP社)、「融合するネットワーク――インターネット大国アメリカは蘇るか」(2005年9月、かんき出版)。日本経済新聞(Nikkei Net)“ネット時評”、日本ビジネスプレス“ネット行政の現場から”などへの寄稿多数


関連情報

URL
  Change.gov
  http://change.gov/
  オバマ氏による経済再生計画策定の発表
  http://change.gov/newsroom/entry/the_key_parts_of_the_jobs_plan
  「動画にはじまり、決め手はクチコミ――オバマ新政権のネット戦略」(JBPress)
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/276


( 谷脇康彦 )
2008/12/17 11:21

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