いまWebでは、ブログやSNSなど多数のCGM(ユーザーが自由に「参加」して書き込めるメディア)によって、爆発的に情報が増加しています。同時に、いわゆるマスメディア発の情報よりも、一般ユーザー発の情報(ブログの記事や日記、またアンケート結果など「ユーザーの声」を統計的に処理した情報)が増え、質的な変化も起きています。
そして、情報の流通スピードも変わりました。ブログに書かれた記事は書いた瞬間にRSSとして流れ、1分後にはブログ検索の対象にもなります。
こうして情報の量・質・流通スピードがともに変化していく中、私たちは、どのようにして情報と付き合っていけば良いのでしょうか?
■多すぎる情報を制御する――「アテンション」の管理
昔は、メディアの量は有限でした。新聞や雑誌は一定の刊行点数・ページ数で、読者は興味を持った記事をきちんと読み切れました。インターネットが普及しはじめたばかりの頃だって、企業か、またはHTMLの知識に加えて情熱と時間の余裕を兼ね備えた個人にしかWebサイトは作れなかったので、情報の量がそれほど急に増えるということはありませんでした。
ところが今はブログによって、HTMLを知らない人も、多忙な社長や著名人も、何となく何か書いてみようかな、ぐらいの情熱の人だって記事が書けます。ブログでもSNSでも、参加者は新たな参加者を呼び、ひとつの記事は新たな記事の反応を起こし、爆発的に情報が増えています。
こうなると、メディアが多すぎて、今までとは逆に、読む側の人間の可処分時間、向けられる興味、払える注意(アテンション)の方が足りなくなってしまいます。人生は有限であり、おそらく誰も、いまWebにある全ての文書を読破することはできないでしょう。そうなると、何を選んで読むか、どこに注意を払うべきか、という課題が生まれます。
そこで「アテンション・マネジメント(注意の管理)」や「アテンション・エコノミー(注意の経済)」という言葉も登場し始めました。仕事を、そして生活を快適にするにはアテンションの管理が重要(例えば、忙しい上司のアテンションを上手に管理することで部署の仕事が効率よく回る、とか)。一方で、アテンションを集められるものがビジネスになる、といった話です。
「アテンション・エコノミー」がどういう形のビジネスになるか、確かなことはまだ分かりません。ですが、例えば、ユーザーがWebにアクセスするときにまず最初に利用する検索エンジンやポータルサイトが、アテンションを集め、管理する者として強い力を持つようになってくる、といった動きがあるかもしれません。
また、強いブランドや魅力的なキャラクター(人物)の元にアテンションが集り。それを中心としたビジネスが流行する可能性もあります。ブログブームでなんとなく忘れられていた感のあるメールマガジンが「やっぱりネットにアクセスしたらまずメールチェックするよね」ということで復権するかもしれないし、テレビの「アテンションを集める力」がWebコンテンツの支配力を強めるかもしれません。
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かつてはメディア(テレビ、雑誌、新聞など)が有限で貴重だった。メディアが無数にある現在では、むしろアテンションが有限で貴重
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かつてはメディア(マスメディア)が貴重で、情報はメディアに載ることに意義がありました。今後は「ユーザーのアテンションが不足である」という考えのもと、貴重なアテンションの奪い合いが起こると予想されます。
■視野狭窄に陥るな! ――サイバーカスケードの危険性
Webでは、ものすごくマイナーな趣味・嗜好の人でも、同好の士を見つけることがわりと簡単です。好きなものについて心ゆくまで語り合える仲間を見つけられることは、とても素晴らしいことです。
しかし、何事も度を過ぎてしまうとよくありません。メディアが爆発的に増えた現代には、ある非常に狭い分野だけの情報を摂取し続けて、毎日のアテンションを全部埋めて暮らすことも可能になります。
すると、当人にとっての世界は、そのテーマだけ(実はマイナーなものなのに)で構成されることになります。
そんなとき、ふと周囲を見ると自分が世間とズレている気がして(そのような場合はズレに気づいても、それを認めるのが怖くて、きちんと認識しようとはしないものです)、ズレが嫌なので居心地のいい世界に安住するようになり……といった視野狭窄スパイラルに陥ってしまうことがあります。
ネット上に偏った(感情的な)意見が生まれ、それが多くの人を感化させ、奔流となって議論の場を席巻する現象を「サイバーカスケード」と呼びます。広い視野で見ればどうでもいいテーマの討論に1日を費やしてしまったり、偏った嗜好を持つ仲間とだけ付き合ったりしていると、偏った思想、意見に感化されやすくなり、危険です。アテンションの振り分け方を考えないと、情報が多いばかりにかえって視野が狭まってしまうという、本末転倒な情報も起こり得るのです。
サイバーカスケードに取り込まれないための個人的な対策としては、大局的にものを見られるよう視野を広げる、対立する意見も読んで多角的にものを見る、新聞やテレビなどいろんな情報が載っているメディアにも目を通しておく、といったことを心がけたいものです。
かつては、子どもにテレビばかり見せたら大衆的な娯楽にアテンションを独占されてしまう、と心配する親御さんが多くいました。これからは、インターネットばかりさせたら異常に偏った思想にアテンションを独占されてしまう――と心配されるようになるかもしれません。
ちなみに、「視野狭窄」はいい意味にとれば「一心不乱」だともいえ、徹底的に打ち込んだ結果、何かすごいものを生み出したり、趣味への傾倒が昂じてそれが仕事になったり、といったポジティブな結果を生むこともあり得ます。
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情報過多の現在では、趣味の中で「アイドル」、アイドルのうち「○○グループ」、そのグループに所属する個人「B子ちゃん」情報だけで1日中のアテンションを埋めてしまうことも可能。しかし、これでは一般社会との乖離が心配
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メディアの量が爆発的に増えている現在、ユーザーは驚くほど狭い分野の情報で1日分のアテンションを埋めて暮らすことも可能になります。が、いきすぎると危険です。一般社会との接点があまりにも少なくなると、いわゆる“廃人”になってしまいます。
■どの情報を信じるのか? 個人の情報リテラシーが求められる時代
マスメディアでは、その会社なり媒体のブランドから、情報の信頼度が判断されます。専門分野で定評のある出版社の情報なら信頼が置けるだろう、と考えたり、ゴシップ記事の多い週刊誌の情報なら話半分に受け取ったり、といった判断を、読者はしています。
ところがブログなどCGMでは、ほとんどの場合、情報発信者は無名の個人で、その情報が信頼できるものかどうかの判断基準は、曖昧な場合が多いです。
人は、どうしても「信じたいものを信じる」という主観的な判断をしてしまいがちなもの。都合のいい話に丸め込まれたり、キャッチーなだけの煽りに乗せられてしまわないよう、どの情報を選び取るか判断できる能力(情報リテラシー)を持つことが必要になります。
適切に情報を選び取るための行動指針の一例としては、次のようなものが考えられます。
- ブログで、長い間一定のスタンスを保って活動を続けている人の記事は、過去の記事の傾向から意図を読み取りやすい
- トラックバックがたくさん集まっている記事は、何らかの意味で突出した内容(情報が濃い、議論の起点になっている、または奇妙な主張である、など)である可能性が高いので、読む価値があると考えられる
- ソーシャルブックマークでたくさんの人がブックマークしている記事は、とりあえず読んでおく価値があるかもしれない
- 気の合う人、価値観の似たユーザーのブログ記事やソーシャルブックマークは、有意義な情報である可能性が高い。こういう人を見つけることは大切。また、自分が他の誰かにとってのそういう人になることも大切
- Amazonのカスタマーレビューでは、1件ごとに“○人中、○人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています”という形でレビューのレビューが行われているので、多くの人が「参考になった」としているレビューを読むことで、多数派の意見を知ることができる
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■情報の広まる速度・範囲をコントロールする
記事投稿から1分後には検索対象になっている、という速さが自慢のブログ検索「ask.jpブログ検索」や「NAMAAN」を使って、近くの駅や町名、公園、お店の名前などを検索してみてください。
近くに遊びに来た人、引っ越してきた人、勤めている人、住んでいる人など、さまざまな人のブログが見つかると思います。ほんの数時間前、または数十分前に誰がどこで何をしていたのか、リアルに分かる場合もあります。以前に私は町名をブログ検索して、半日前に近所でデートをしていたゲイのカップルの日記、という珍しい記事を見つけたことがありました。
こうしたブログに書かれた情報のオープンさ、流通の速さには(当然なら)良い面と悪い面があります。
ブログで話題になった単語を調べる「kizasi.jp」のようなサービスは実におもしろいサービスです。リアルタイムで世の中が何に関心を持っているのかがわかり、放送中のドラマがものすごく話題になっている、先ほど流れたニュースについて、多くの人がブログを書いている、といったことを見ることができます。
一方で、例えばあなたが「明日は、晴れたら子どもを連れて近所の○○公園に行く予定です」などとブログに書いたとしましょう。そのとき、近所によからぬ人物がいて、○○公園の名前でブログ検索をかけていたとしたら……。何気なく書いただけの日記が、思わぬ事件を巻き起こしてしまうかもしれません。
「ブログで手軽に日記を書こう!」のようなお気軽なキャッチコピーでユーザーを集めようとするサービスもありますが、情報が伝わりやすいのが特徴のブログで、個人情報だだ漏れの日記を書くのは危険です。「アパートの隣の奴がむかつく!」と書いていたら隣の住人が読んでいた、なんてことも起きないとは限りません。
一方で、個人情報が知られないように書く内容を精査した上で、趣味の話をするとか、得意分野の情報を発信する、といった使い方なら、ブログの特性を上手に利用できます。仕事に繋げるなど明確な目的があってのことなら、本名を明記してブログをやる、ということも大いにアリでしょう。
■今回のまとめ
Web2.0によって起こる情報の量・質・流通スピードの変化は、私たちと情報との関係を大きく変えていきます。
無自覚にネットに入り浸ることは、不幸な結果を生むことになってしまうかもしれません。上手に情報を発信・受信し、使いこなせるようになりましょう。
- 自分のアテンション不足を自覚し、何でもかんでも情報を受信しすぎない
~「朝起きてから1時間経ってもブログチェックが終わらない!」というときには、思い切ってチェックするサイトを減らすのも良。RSSリーダーを使っていないなら、ぜひ導入を。
- 視野狭窄に陥らないよう、広い視野を持つことを心がける
~趣味なら時間配分を心がけましょう。掲示板などで起こるもめ事にむやみに深入りしすぎると、生活が破綻することも……。
- 信頼/読むに値する情報を選び取る選択眼を養う
~自分の実体験や自分で調べた一次情報と照合できるときは、そうして情報の正誤、合う/合わないを判断するのがいいでしょう。
- 情報の発信する際には、広まる速度・範囲を常に意識し、コントロールする。
~うかつに「ブログで日記」を書かない。mixi日記は「友人まで公開」がいちばん安全です。
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■連載のまとめ
本連載では、以下のような流れで、「Web2.0」に関連する数々の動きや関連キーワードについて、おもに専門家でない一般ユーザーの視点から見てきました。
1~3回 | 現在Webで起きている動きを見てみよう |
4~7回 | ティム・オライリー氏の論文を軸に、いま語られている「Web2.0」とは何かを解説 |
8~9回 | 「Web2.0」を実感するために、経験しておきたい10のこと |
10~11回 | 「Web2.0」が、ユーザーにどのような影響をおよぼすのか |
「Web2.0」という言葉はIT業界のアナリストから生まれ、職人気質のエンジニアには「実体のない言葉」として疎んじられることも多い一方で、お金を動かすためのマーケティング用語として(まさに実体がない状態で)使われているケースが妙に目立ってきている気がします。
しかし「Web2.0」という言葉でまとめられている、いま起きている本連載で取り上げたような動きは実体を現わしていて、一般のユーザーを確実に巻き込んでいます。これについて知らないままでいることは、あまり幸せなことだとは思えません。多くの方にこれについて知ってほしくて、本連載を書きました。
「Web2.0」とはある意味、昔話の「正直じいさん」の行動パターンであるように思います。周囲の人の利益を考え、みんなのために行動していたので周りに良いネットワークができ、少しずつ集まった「お礼」でお金持ちになれたのが、正直じいさん。
それを見ていた意地悪じいさんが、うわべだけを真似しても、心の底にある功名心や打算を見透かされ、容易に成功できないのではないかと思います。
もっとも、現代の世の中はそんなに単純ではなく、意地悪じいさんは昔話ほど間抜けではないでしょう。正直じいさんのように行動し、周りに意地悪じいさんが寄ってくればそれを見抜く、といった心がけでWebに参加することが大切なのかなと思っています。
■URL
Tim O'Reilly氏著「What Is Web2.0」(英文)
http://www.oreillynet.com/pub/a/oreilly/tim/news/....
(2006/05/15)
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