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既存のインフラを活用するブロードバンドアクセス手段として、DSLに続く実用化が期待されている電力線。ラストワンマイルインフラとして電話回線以上の普及率を誇るだけでなく、住宅内においても各部屋まで通じていることから、その期待はDSL以上に大きい。今回は、本誌4月16日号に掲載した特集記事に引き続き、日本における“電力線インターネット”の可能性について考える。
●規制緩和で電力線インターネットが実現?
6月に開催されたイベント「Networld+Interop 2001 TOKYO」では東京電力グループが、30MHzまでの周波数帯を利用して最大10Mbpsの通信が可能になるという電力線モデムがを参考展示していた |
ところが、関西電力が8月末に電力線による高速通信技術の実用化を見据えた調査会社をイスラエルのITRAN社、松下電工と合弁で設立。現時点では使えない1.7MHz~30MHz帯を利用した超高速通信技術の開発・実用化へ向けた事業を開始することを発表した。この技術では、なんと24Mbpsの通信が可能になるという。
このほか、東京電力グループでも高周波数帯の開放を見据えた機器開発への取り組み状況をイベントで紹介。また、前回特集記事の直前になるが、ソフトバンクネットワークスが英nSine社と高速電灯線通信システム(こちらはラストワンマイルではなく住宅内ネットワーク向け)の合弁会社の設立を発表しており、規制緩和を見込んだ事業が次々と登場しているのが現実だ。これらの動きを伝えるニュースを見た人の中には、周波数帯域の拡大により電力線インターネットが実現するのだと思われた方もいるかもしれない。
しかし注意しなければならないのは、規制緩和(周波数帯域の拡大)が行なわれるというのは既成事実ではなく、まだ検討段階に過ぎないということだ。関西電力でも、規制緩和を見越した事業であることは認めながらも、「実際に規制が緩和されなければ、フィールド実験も行なえない」(広報室)としており、しばらくは研究・開発段階の取り組みを続けることになるとしている。
◎関連記事
■特集 まだアテにしてはいけない“電力線インターネット”
/www/article/2001/0416/plc.htm
■関西電力、24Mbpsの電力線通信の実用化へ向けて合弁会社
/www/article/2001/0829/linecom.htm
■東電グループ、電力線通信への取り組みを紹介
/www/article/2001/0608/ttnet.htm
■ソフトバンクネットワークス、電灯線通信システムの合弁会社設立へ
/www/article/2001/0404/nsine.htm
●「既存の無線通信に影響を与えないこと」が大前提
拡大の対象となっている周波数帯域は、短波放送やアマチュア無線、船舶無線などで使われている帯域だ。政府の「規制改革推進3か年計画」にも記されているように、周波数帯域の拡大については「これらの無線業務への影響について調査」が行なわれ、その結果をふまえながら「その帯域の利用の可能性について検討する」というスタンスになっている。この事項を担当している総務省総合通信基盤局電波部電波環境課でも、周波数帯域の拡大は「既存の無線通信に影響を与えないことが大前提」だとしている。
総務省における具体的な検討スケジュールについては未定だが、電波環境課によると、測定機関に委託して独自の検討・調査を行なうほか、民間機関(後述の電波産業会など)における調査データもふまえながら可能性を検討。可能であるとの見通しが立ったならば、情報通信審議会に委員会を設置し、そこで最終的な審議に入る予定だという。いずれにせよ、総務省による最終的な判断が下されるのは2002年度中になる。
周波数帯域の拡大については、社団法人である電波産業会が技術的側面からの検討にとりかかっている。「電力線搬送通信設備開発部会」を設置し、従来の10KHz~450KHz帯と、開放が検討されている1.7MHz~30MHz帯という2つの帯域について調査するという。10KHz~450KHz帯についてはさらに高速化の可能性を、1.7MHz~30MHz帯については既存の無線通信との干渉が検討項目となる。同部会では、通信機器メーカーや電力会社など71社が参加している。
なお、電力線インターネットの実用化という観点から開放が期待されている1.7MHz~30MHz帯だが、日本の電力線事情を考慮すると、米国並みの基準をそのまま持ち込むというわけにはいかないのではないかとしている。欧米では住宅への引き込み線が地中化されている場合が多いのに対し、日本ではほとんどが空中だ。ここに高周波の信号を重畳してその電波が漏えいするようなことがあれば、電力線自体がアンテナになり、同じ周波数帯域を使っている既存の無線通信を妨害する可能性が高い。したがって、既存の無線通信に問題を与えることなくこの周波数を開放することは可能なのか、電波を漏えいさせずに小出力で電送できる技術はあるのかといった点が示されることになる。
同部会は4月に設置されているが、測定方法を検討する段階から作業を行なう必要があるため、実験に入るのはまだ先となる見込みだ。その後、2002年6月をめどに最終結果をまとめ、もし周波数帯域の拡大が可能ということであれば、総務省に規制緩和に向けた働きかけを行なっていく考えだ。
■規制改革推進3か年計画
前にも述べたように、規制緩和の対象となっている周波数帯域は、アマチュア無線で使われる短波帯と重なる。そういう背景もあって、このところアマチュア無線家が運営するウェブサイトで、電力線インターネット用に短波帯を開放することに反対を表明しているのを多く見かけるようになった。
その一つ、「電灯線インターネットの短波利用に反対!-We're against HF PLC!-」を運営している鹿山氏によると、「米国の規制に合致させるという規制緩和案に即して、米国で定められた電界強度から受信機が受ける影響を計算したところ、これが思ったより大きな数値となった」という。町中に張り巡らされた電力線から電波が漏れるようなことがあれば、アマチュア無線自体が存続の危機にさらされるわけだ。
さらに、影響を受けるのはアマチュア無線だけではない。「電離層によって反射されるという性質により、中継局や特別な経路を用意しなくても一対の無線機があれば国際通信を行なえるほぼ唯一の通信媒体」だという短波は、「放送、船舶、非常通信、航空、軍用、観測など用途は非常に多岐にわたる」。したがって、「漏えい電波も当然電離層反射を起こすため、(電力線インターネットの)導入数が膨大になると近隣諸国に影響を与える可能性もある」と指摘している。
一方、「他の短波通信を妨害しうるということは、逆に他の短波通信によって(電力線インターネットの)エラー率が上がるなどの影響を受けることも可能性として考えられる」という。これについては、「電力線インターネット設備の変調方式などである程度回避可能と思う」とのことだが、そのほかにも家電の使用状況などで伝送路の状態は大きく変動するとしており、電力線を使うこと自体の通信品質にも疑問を投げかけている。
電力線通信における短波帯の開放に反対する運動は、共通バナーの掲載を促すなどして賛同を募っており、鹿山氏のウェブサイトをはじめ、広がりを見せている。総務省や電波産業会などに対して積極的に意見や質問を提出している模様だ。
ここではもう一つ、同じくアマチュア無線家による「電力線インターネット」というウェブサイトをピックアップしておこう。国内におけるこれまでの電力線インターネットに関する動向を資料集としてまとめたリンクが充実している。
これらのサイトの運営者は、アマチュア無線家だけあって電波の知識や無線技術にも詳しく、電力線インターネットについての実験や技術的な問題指摘も行なわれている。単に反対運動ととらえるのではなく、むしろ電力線インターネット技術についてより詳しい知識を得るために役立てたいところだ。本誌をはじめ、これまで長所ばかりが注目されてきた電力線インターネットだが、実用化までにはさまざまな課題が残されていることがうかがえる。
■電灯線インターネットの短波利用に反対!-We're against HF PLC!-
九州電力の「インターネットの高速化試験」パンフレットにある電力線インターネットの概念図。電力線にデータ通信を重畳するのは、電柱からユーザー宅までの低圧配電線(引き込み線)以降のみ。ADSLが電話局まで既存インフラを利用できるのに対し、電力線インターネットでは電柱までは光ファイバー網が敷設されているのが前提となる |
ところが今回説明したように、その可能性についての調査・検討は始まったばかりであり、結論が出るまでには時間がかかる。それどころか、アマチュア無線家たちの指摘をふまえれば、周波数帯域の拡大による早期実用化は困難とも言えそうだ。そうなれば、ADSLの「Annex C」のように、日本の特殊事情に対応した新技術の開発が必要となり、実用化にはさらに時間はかかるだろう。
一方では、CATVインターネットが着実に利用者を増加し、ADSLも急激な普及を見せている。また、ごく一部ながらもFTTHもサービスインしており、今後徐々に普及していくだろう。そんな状況の中、実用化にまだまだ時間がかかるとすれば、「これらの通信手段がある状況下で、敢えてリスクを冒してまで電灯線インターネットを選択する価値がどの程度あるでしょうか?」という鹿山氏の指摘にも頷けるものがあるのは事実だ。
関西電力らによる合弁会社設立などにより、国内でも規制緩和を見据えた事業が表面化してきてはいるものの、それでもまだ、電力線インターネットをアテにできる段階には至ってないようだ。
(2001/10/1)
[Reported by nagasawa@impress.co.jp]