現在、国内のインターネット回線の接続形態は「東京一極集中型」となっている。回線が集中する理由の1つとしてとして挙げられるのは「コンテンツの集中」だ。東京では、大手町や渋谷などにインターネットデータセンター(iDC)が集中している。コンテンツもここに収められているため、コンテンツが集まる場所には回線も集まる。また、インターネット関連企業が東京周辺に集中していることも挙げられる。その結果として現在のような東京一極集中型の構成になっている。
しかし、問題も発生しつつある。インスタントメッセージやIP電話など“サーバー”と“クライアント”の関係が成り立たない「P2Pアプリケーション」の利用者が今後増加すると考えられ、ユーザーとユーザーが直接やり取りを行なうトラフィックが多くなると予想される。
例えば隣同士の家でIP電話を利用する場合を考えてみよう。ISPがそれぞれ異なる場合は、東京にあるインターネットエクスチェンジ(IX)の「NSPIXP2」を経由してつながることが多いため、トラフィックがわざわざ東京までの往復をたどることになり、安定した通信速度が得られないなどの問題が発生してくる。
そこで、解決策として登場するのが「地域IX」だ。今回の特集では、地域ISPの連携を進める日本インターネットプロバイダー協会のほか、地域IXと関連する2社にお話を伺い、地域IXの現状を探ってみた。
IXとは、ネットワークの“ハブ”にあたる設備を指しており、ISPなど多数のネットワークが接続している。IXでは、接続されたネットワーク同士が相互接続を行ない、
お互いのトラフィックを交換している。国内では、WIDEプロジェクトが運営する「NSPIXP2」がよく知られており、200以上のネットワークが接続されている。現在、これらのIXのほとんどが東京に存在するが、各地域で「地域IX」を設置する動きが出てきている。
「地域IX」とは、それぞれの地域に設置してその地域内のトラフィックを集約させることを目的としたIXだ。さらに、今までのIXと異なる点としてインターネットへの接続「トランジット」も提供していることが挙げられる。地域ISPは、OCNやDIONなどバックボーンを所有しているネットワークからのトランジットを共同で購入することができるため、利用単価が安くなるなどの利点がある。
ISPの業界団体である社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)には、現在6つの部会が設置されている。その中で地域ISP同士の連携を進めているのが「地域ISP部会」だ。地域ISP部会では、以前から地域ISP同士の連携として地域IXの設置を訴えている。ここでは、JAIPAの副会長である福田晃氏にお話を伺った。
INTERNET Watch編集部(以下編集部):各地域ISPの動向をお聞かせください。
福田晃氏(以下福田):2000年から国ではIT戦略会議が始まりましたよね。それを受けて、各都道府県では昨年から、IT協議会というのができました。そこで、必ず問題となってくるのは東京へのバックボーンをどうするかということ。実際に動いているところとしては、福岡県が挙げられます。しかし、県内のバックボーンは構築しましたが、東京までのバックボーンについては全く解決していません。どこの県も同じような問題を抱えています。現在、ラストワンマイル問題は解決されつつあり、8MbpsのADSLもかなりの広範囲で提供されています。それに対応するには100Mbpsくらいのバックボーンが必要となってきますが、東京まで100Mbpsのバックボーンを構築した場合は月額何千万くらいになります。
編集部:これまでラストワンマイルが問題視されていましたが、今はバックボーンの方が課題ということでしょうか。
福田:そうですね。ラストワンマイルはNTTやYahoo!が競争しながら、相当な勢いで安くなっています。そんな動きの中でおもしろいのは、中堅どころのISPが手を組んでいる事でしょうか。例えば、Panasonic hi-hoとDTIがバックボーンを共有しようと手を組んでいます。地域ISPもそのような動きが進んでいます。東京からの回線を持ってきて共有するというのはIXの本来の使い方ではないですが、いま求められているのはこれなんですね。本当に大問題で、総務省の情報通信審議会でもたびたび議論されています。100Mbpsのバックボーンを引いたら月額1,500万円もかかる。こんな金額を払える地域ISPなんてないですよ。
編集部:ダークファイバーを借りることはできないのでしょうか。
福田:いろいろ問題があって、電力系が持っている光ファイバーは第1種事業者しか借りることはできません。情報通信審議会でもありましたが、第2種事業者が光ファイバーを直接借りられるようにできないかという議論が展開されています。実は、東京でも安いトランジットが見つかっています。例えば、トランジットを1Gbps月額2,000万円や3,000万円で買うとします。でも、実際に使うのは400Mbps程度。600Mbpsは余っている訳です。そうすると、例えば、100Mbps月額1,000万円のところを、月額600万円くらいで売ることができる。1つの地域ISPではさすがに大変ですが、10社くらいで使ってもいいじゃないかというわけです。要するに、安いトランジットは必ず生まれてきます。あとは、TTNetの広域イーサーネット網などで地域IXと東京をつなげば成り立ちます。ダークファイバーの利用ができれば劇的に値段は下がりますけどね。 あと、民間のIXが全国にできるという話が1年ほど前にありましたが、実際には進んでいません。JPIXやMEXが大阪や名古屋にありますが、そんなに使われていないのが現状のようですので、民間でやるのはコストなどの問題で無理だと思います。例えば、高速道路とか新幹線は、国のインフラとしてありますが、果たして純粋に民間で運営できるかというと疑問ですよね。道路公団などが問題になっていますが、東名阪のインフラを建設することに非難をする人はいない。過疎地とかで、誰も使わないようなところに高速道路を建設するのが問題であって、国に対するメリットが大きい高速道路はいい訳です。しかも、ラストワンマイルが進めば進むほどバックボーンの問題が出てきています。地域IX同士は、1種業者からダークファイバーを借りて、各地に接続拠点を作るのが最終的な構想です。
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ジーシーアイエックス株式会社(GCIX)は岐阜県と三重県のほか、NTTコムやKDDIの出資により設立された地域IXだ。岐阜県を中心とした東海や近畿地区のCATVインターネットなどのISPを接続したり、近隣の地域IXを相互に接続する計画がある。今回は、GCIXの代表取締役社長である伊藤義仁氏にお話を伺った。伊藤氏はGCIXの社長であるとともに、地元で株式会社ミライコミュニケーションネットワークの代表取締役を務めている。
編集部:GCIX設立の目的は何でしょうか。
伊藤義仁氏(以下伊藤):アクセスラインがダイヤルアップ接続からブロードバンドまたは常時接続に変化している流れの中で、地域内に地域ISPはいくつも必要ないと考えています。最終的には、県内に1つまたは2つ程度の地域ISPと大手のISPが“共存しながら住分ける”という世界ができてくると思います。今回のGCIXを作った目的には、地域ISPの集約が挙げられます。それは、企業体としての集約であるか、共同でトランジットを購入する事によるコスト効果なのかは分かりませんが、これから県内のISPの方とお話を進めています。
編集部:地域IX内のトラフィックはどれくらいを予想していますか。
伊藤:地域内のトラフィックというのは無いんですよ。どういう意味かというと、東京のiDCに置いてあるデータを覗きに行くトラフィックしか無いということです。国内のコンテンツ貯蔵量は1対9で東京が9です。それをそのまま移動させるのではなくて、ミラーサーバーとして持ってくる必要がある。ユーザーはヤフーなどを見に行っているけど、実は地域内で通信は完結している、という事が必要ですね。このような仕組みを作らないと、地域IX内のトラフィックが東京へ向かうだけのためのものになってしまいますので、東京のコンテンツを持ってくることが当面の課題ですね。あと、京都も一緒にやっているのですが、岐阜にも歴史に関するコンテンツが多くあります。観光か教育かどちらの方向に向くのかは分かりませんが、地域コンテンツも作っていかなければならないと考えています。
編集部:近畿から東海地区の各地域IXを結ぶ計画もありますよね。
伊藤:現状では、いろいろな議論の中でどうしても「地域IXは必要ない」という結論に達してしまいます。というのは、NTTやKDDIのキャリアがインターネットサービスを始めた段階で、各地域のキャリアのアクセスポイントに接続したらIXとして完結しますよね。そうなると地域内に地域IXとキャリアが存在する事になる。IXのホップがどんどん増えて地域IXは遅延するといわれているのですが、それを解消するためには、地域IXを各県同士で結ばなければ意味がありません。GCIXは、岐阜県だけではなく中部や近畿に渡る広範囲でサービスを行ないます。その中で、IX同士のIX接続を進め、岐阜県を中心として1ホップで行ける地域を増やします。そうすると、キャリアに依存しないIXが実現できるようになります。
編集部:岐阜県の大垣市にGCIXが設置される理由はなんでしょうか。
伊藤:それ、大事なことですよ。関ヶ原で、東名阪の交通が集中しているように、キャリアの回線も集約されています。名神高速道路の大垣インターチェンジがGCIXが入居するソフトピアジャパンから直線で2km、日本テレコムはJR東海道本線の大垣駅。あとは、NTTなどほかの国際キャリアの線も全部この近くを通っています。東名阪の間でしかこのようなIX事業はできないです。脱東京一極集中に手を挙げやすいのは中部地区か大阪しかないんですよ。その上、国際IXのことを考えると岐阜でやるのが一番ですね。
編集部:岐阜県は首都移転計画に手を挙げていますが、インターネットでも脱東京一極集中を掲げるのですか。
伊藤:地域IXの設置で問題になるのは、東京に依存してしまう事だと思います。それは、国際回線が東京にしかないからです。隣の三重県では国際回線を集約させた「国際IX」をやるという話が持ち上がっています。東京の経路を全く使わずに世界のインターネットと接続するという最終的な構想があります。ですから、岐阜県の梶原拓知事と三重県の北川正恭知事との間に、岐阜三重連携というのがあるのです。
三重県と手を組んだ理由に、国際海底ケーブルの陸揚げ局を持っていることが挙げられます。海底ケーブルの陸揚げ局は遠浅な海しかダメなんです。あとは漁業権の問題などもあります。国内でその条件をクリアしているのは、沖縄県と茨城県とそして三重県です。そして、三重県と岐阜県の連携で国際IXを構築して「日本の回線は岐阜県から回すよ」ということで岐阜三重連携が進んでいます。
編集部:今後の展開をお聞かせ下さい。
伊藤:最終的には西日本のトラフィックを集約させたいというのがあります。GCIXでは県ベースをつないで行く事になるのですが、問題となるのは県境でどうやってつなぐかということです。そこで、各キャリアの回線を借りてそれぞれの県がお金を出し合って、県間を接続しようと考えています。しかし、日本の回線って東名阪の間にしかありません。例えば、中国地方とかはキャリアが延ばしていないので回線がありません。どうやってつなごうかという問題が出てきますが、当面の間は中部地方と近畿地方でしかできないと思います。
岐阜県大垣市にある「ソフトピアジャパン」。間もなくGCIXが入居するビルだ。岐阜県が進める情報関連産業の推進プロジェクト「スイートバレー構想」の中心地となっている。 |
(左)ソフトピアの案内をいただいた財団法人ソフトピアジャパンの研究開発グループグループリーダーである丹羽義典氏、(左)GCIX株式会社の代表取締役社長である伊藤義仁氏 | ソフトピアジャパンの展望台から眺める関ヶ原。東日本と西日本の交通の要所であると同時に、通信インフラも集まっている。丹羽氏によると、各キャリアが将来的の需要を見込んで大量の光ファイバーを敷設したが、WDN技術の発達などにより約10,000芯が余っているという。 |
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~NTTコム、KDDIも参加
ホスティングサービスやiDC事業を展開するエスアールエス・さくらインターネット株式会社は4月1日より、広域イーサネット網を利用したIXサービス「DIX」を開始した。これは、電力系会社が出資する通信会社パワードコムが保有する広域イーサーネット網「Powered Ethernet」をIXとして機能させるというサービスだ。ポート料金や回線料金も全国統一のため、都市部から離れたISPでもコスト負担が少なくて済むのが特徴だ。ここでは、SRSさくらインターネットの代表取締役である笹田亮氏にお話を伺った。
編集部:DIXを始めたきっかけは。
笹田亮氏(以下笹田):我々はブロードバンド時代のコンテンツ配信の仕組みが必要だと考えていました。その仕組みを作るには、接続地点が全国に散らばっている“ポイント”ではなく、全国どこからでもつなげられる“面”でなければんダメだと分かりました。そこで、社内で協議した結果、同一価格でつなげられる全国規模のIXが必要だという結論に達しました。
編集部:それでは、DIXはCDN(Contents Delivery Network)のために構築したということですか。
笹田:動画や音声のコンテンツを配信する場合、いくら回線を整備してもiDCから1本1本配信していたのではどうしても無理がある。そこでDIXではキャッシングサーバーを経由して配信するCDNを構築します。コンテンツはキャッシュサーバーにあるので、トラフィックはISPのネットワークの中だけとなり、バックボーンを圧迫しないというわけです。
編集部:iDCにコンテンツが集まる、接続するISPが増えるといった循環を狙っているのですね。
笹田:iDCは形が変わってきていると思うんです。昔のように、例えば、充実した電源や空調設備があるといったことは当然ですが、やはり機能だと思います。これから、ネットワークゲームや動画音声などのコンテンツが、国内以外を問わずたくさん生まれてきますよね。しかし、これらを満足に配信できるiDCが日本にないのが現状です。DIXでは、ネットワークゲームやストリーミングコンテンツの配信もできる。そこが一番の強みです。そのために、回線への投資も続けます。われわれのバックボーンの増速は、100Mbpsや1Gbps単位で行なっているのですが、100Mbpsがだいたい月額1,000万円くらい、1Gbpsなんてもっとするわけですよ。このような回線を買うよりも、DIXを構築した方がよっぽど安い。DIXを構築してCDNサービスを全国のISPさんへ提供できれば、そこに乗せるコンテンツが自然に集まってくるということですね。
編集部:DIXに対する問い合わせは、どれくらいあるのでしょうか。
笹田:半分くらいの都道府県のISPから問い合わせがあります。目標としては今年度中に、全都道府県に少なくとも1つか2つずつのISPに接続していただきたいです。幸いなことにこれまでISPと打ち合わせを行なった際に「やめておく」といわれたことはありません。それくらいISPにとって選択肢がないということですね。地域ISPといったら、バックボーンが1.5Mbpsか6Mbpsとか、多くても数10Mbpsくらいで運営しなければならいない。そこで、1.5MbpsのADSLを月額3,000円とかで提供しなければならないと言うのは非常に厳しい状況のようです。
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JAIPAの地域ISP部会では地域ISPが生きる道を模索している。Yahoo!BBが立ち上がった途端、アッカ・ネットワークスやイー・アクセスそれにNTTまでも値下げを断行した事を見れば、エンドユーザーレベルの現在のアクセスラインの料金は“相場制”だということが分かる。しかし、ラストワンマイルを支えているバックボーンは値段が下がらないのが現状で、その影響を大きく受けているのが中小の地域ISPだ。そんな中、地域内のISPは互いに手を結んで共存していく方向に進んでおり、その中で浮かび上がったのが地域IXの構想だという。今回は、お話を伺った3社が抱えている課題はそれぞれ異なっている。しかし、向かっているのは「地域IX」という新しいネットワークの形を構成することだ。
またユーザーの側面から見ると、効率の良い通信が行なえるようになるという利点がある。End to EndでIPを使うVoIPサービスが立ち上がり始めているが、そのトラフィックがパブリックなインターネットを経由しているケースはまだ少ない。トラフィックが遠回りして、安定した接続性と速度を確保しにくい事が挙げられるだろう。
効率の良い通信とリッチコンテンツの配信を受けることができるといった利点を考えても、ブロードバンドが真の威力を発揮させるためには、地域IXの整備が一つのポイントとなりそうだ。
(2002/5/13)
[Reported by adachi@impress.co.jp]