【特集】

2010年、ユビキタスによって世界が変わる

 最近、「ユビキタス(Ubiquitous)」もしくは「ユビキタス・ネットワーク」、「ユビキタス・コンピューティング」という言葉が聞かれるようになった。ユビキタスとは、ラテン語で「遍在」「いつでも、どこにでも存在する」という意味だ。では、何が遍在するのだろうか?

 「ユビキタス・ネットワーク」をネット上で検索すると、多くの紹介文が「あらゆるコンピューターがネットワークに接続された状態で、誰もが、いつでも、どこでも情報にアクセスできる状態」とまとめている。すでに今日において我々は、家庭や職場におけるインターネット接続、携帯電話に代表されるモバイル、公衆無線LANサービス(ホットスポットサービス)に代表されるワイヤレスネットワークなどに囲まれているが、現在のネットワーク環境とユビキタス環境は何か違うのだろうか?

 今回の特集では、「ユビキタス」に関する概略と、総務省が描く2005年、および2010年の「ユビキタスネットワーク社会」について紹介したい。

●ユビキタスとは、ブロードバンドでワイヤレスでモバイルな世界?


 「ユビキタス」もしくは「ユビキタス・コンピューティング」という概念を最初に唱えたのは、米Xerox Palo Alto Research Center(PARC)の故Mark Weiser氏( http://www.ubiq.com/weiser/ )だ。同氏は、ユビキタス・コンピューティングを第3の波と位置付けた。第1の波では、多くのユーザーが1台の大型コンピューターにアクセスする。第2の波は、まさに現在がこれにあたり、1人のユーザーが1台のPCを利用する。第3の波では、1人のユーザーの周りを多くのコンピューターが取り囲むのだ。つまり、ユーザーが使いたい時に、自分の情報ネットワークにアクセスできる、人間中心のコンピューティング環境であり、一般に「ユビキタス・ネットワーク」と呼ばれるものは「ユビキタス・コンピューティング・ネットワーク」の意を含んでいる。

 ところで、「ユビキタス・ネットワーク」の位置付けは若干誤解されているかもしれない。インターネットは、いわゆるナローバンド・ネットワークからブロードバンド・ネットワークへと成長してきており、今後、ユビキタス・ネットワークという新たなステージへとシフトアップするのだ、といった右肩上がりのイメージを抱いている人も多いかもしれない。たしかに、ユビキタスという単語は、ブロードバンドインターネットの普及と共に語られるようになった。

 「ユビキタスネットワーク=ブロードバンドの次のインターネット」という捕らえ方は、必ずしも的を射ていない。ユビキタス環境で重要なのは、ユーザーが任意のタイミングでネットワークに接続可能だということであり、回線がブロードバンドである必要はない。例えば、2002年に入って日産、トヨタ、ホンダといった自動車メーカーから車載システム付きの自動車が発売された。トヨタの「G-BOOK」では、携帯電話不要の接続環境を提供しているが、その最大通信速度は144kbpsだ。もちろん、提供されるサービスやコンテンツによっては、足回りの回線が広帯域であったほうがいいものもあるだろうし、ネットワークに接続される端末数が増えれば、やりとりされるデータの総転送量も増加するので、基幹部分は超ブロードバンド化される必要があるだろう。

 いつでもどこでもインターネットに接続可能な環境を目指して、公衆無線LANサービスも着実にエリアを広げている。また、携帯電話からのインターネット接続も当たり前になってきた。しかし、ユビキタスネットワークが目指しているものは、もっと“ユビキタス”なのだ。

 例えば、ホットスポットサービスを提供している街角のカフェで、自分のノートPCからインターネットに接続し何か調べ物をしながらコーヒーを飲んでいたとする。コーヒーを飲み終われば店を出なければならず、そうすると一時的にネットワークから切断されてしまうだろう。自動車に乗って次の目的地である図書館へ移動している間は、車載システムからネットワークに接続しなければならない。さて、図書館に着いたら、今度は目の前にプリンターがあるのに、自分のPCからデータをプリントアウトできない。

 上記の例では、場所を移動すると対応する端末を切り替える必要があり、さまざまなインターネット接続端末に囲まれていても、常に1ユーザー1端末の閉じた世界のままだ。ユビキタスネットワークが実現すると、自分が移動するのにつれて接続端末をシームレスに切り替えることが可能になるという。究極的には、いつでもどこからでもインターネットにアクセスするために、ノートPCやPDAといった端末を携帯する必要性もなくなってしまうかもしれない。

■サン、「JavaOne」でテレマティクスのデモを公開
/www/article/2002/0926/java2.htm
■ホンダも車載端末向けの新ネットサービスを発表
/www/article/2002/0829/honda.htm
■トヨタ、携帯電話不要の車載端末向け情報ネットワークサービス
/www/article/2002/0828/gbook.htm

●ユビキタスは国家プロジェクトだ


 2002年6月18日に出された「e-Japan重点計画2002」では、重点政策5分野の一つとして「世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成」が掲げられている。その具体的な施策として、「ブロードバンド時代に向けた研究開発の推進」という項目がある。その文頭には、「すべての機器が端末化する遍在的なネットワークへの進化を目指す」と書かれている。e-Japan重点計画2002によれば、総務省が中心となって、「1つの端末にとらわれず、いつでもどこでも接続できる、十分な伝送容量を備えたネットワーク環境を目指し、メディアハンドオーバー技術、フォトニックネットワーク基礎技術、無線セキュリティプラットフォ−ム技術等を2005年度までに実現する」と規定された。

 e-Japan重点計画2002に先駆けて2001年11月から2002年6月まで、総務省でも「ユビキタスネットワーク技術の将来展望に関する調査研究会」を開催し、報告書をまとめている。研究会では、ユビキタスネットワークを実現させるメリットとして、「新たな産業やビジネス・マーケットの創出」「安心できる社会生活の実現」「障害者・高齢者等の社会参加の促進」「環境問題への対応」を謳っている。産業創出では、日本が得意とするフォトニック(光技術)、モバイル、情報家電分野で、2005年に30.3兆円、2010年には84.3兆円の市場を予測している。

 社会生活では、ICチップを利用した商品や薬剤、食材などの品質管理や物流管理が可能になる。すでに日立製作所では、0.4ミリ四方の粉末状超小型ICチップ「ミューチップ」を開発している。ミューチップは読み取り専用のROMチップだが、128ビットのユニークIDを持ち、無線で情報を読み取ることが可能だ。チップそのものにはデータを書き込めないため、商品データなどはインターネット経由で商品データベースから呼び出す形をとる。本来、紙幣の偽造防止対策として開発されたチップなので、紙に漉き込むことも可能だ。また、センサーネットワークによる個人情報の発信・認証環境を整備することで、視覚障害などを持つ障害者が室内、屋外を通じて位置や周辺情報を把握できたり、高齢者が公共施設や交通機関をスムーズに利用可能になる。

ビンの中にある粉末がミューチップ。距離は短いものの、このままでも無線通信可能 通信用アンテナをつけた状態。こうすることで30cm離れたところから通信できる

■e-Japan重点計画2002
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/020618honbun.pdf
■ユビキタスネットワーク技術の将来展望に関する調査研究会
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/yubikitasu/index.html
■日立製作所「ミューチップ」
http://www.hitachi.co.jp/ubiquitous/kaihatsu/tech06.html

●総務省の描く2005年、2010年のユビキタスネットワーク社会


 総務省では、2005年をユビキタス発展期、2010年をユビキタス成熟期として、以下のようなユビキタスネットワークの基本コンセプトを定めている。

 どこにいてもいつでも何でもネットワークにつながり、さまざまな通信サービスが利用できる「どこでもネットワーク」、パーソナルIDチップや非接触ICカードなどで瞬時にどんな端末でも自分の端末になり、電子ペーパーや3Dバーチャル端末などの新形態の端末も利用できる「何でも端末」、好きなコンテンツやさまざまなサービスを多様な端末間で自在に流通、利用できる「自在にコンテンツ」、さまざまなメディアで超高速ネットワークをストレスなく利用できる「らくらくアクセス」、リアルタイムでさまざまなサービスを安心して利用できる「安心サービス」の5つだ。

 さらに、これら基本コンセプトを実現するため、「ユビキタス・フレキシブルブロードバンド」「ユビキタス・テレポーテーション」「ユビキタス・センサーネットワーク」「ユビキタス・エージェント」「ユビキタス・プラットフォーム」「ユビキタス・コンテンツ」「ユビキタス・アプライアンス」の7分野それぞれの社会イメージと技術目標を定めた。

 「ユビキタス・フレキシブルブロードバンド」とは、フォトニックネットワークや第4世代携帯電話で実現される超高速な通信環境だ。2005年の社会では、基幹網は全て光化されテラビットクラスのバックボーンとなっている。また、家庭ではFTTHが発展し、大容量データでもストレスなくやり取りできる。2010年になると、エンド-エンド間も全て光化され、バックボーンはペタビットクラスとなる。全てのネットワークにおいて、サービス単位でユーザーに最適な形の品質保証も行なわれる。

 「ユビキタス・テレポーテーション」とは、どこにいてもどんな端末でもネットワークにいつでもつながり、生活空間を自在に作れるといったものだ。2005年では、ユーザー端末はマルチモーダルなものとなり、同一サービスを限定されてはいるものの複数のネットワークにまたがって利用できるようになる。非接触型ICカードなどを使って、オフィスの中のどの机でも自分専用のデスクトップ情報が表示されるなど、ユーザーは移動先の端末でいつでもどこでもパーソナライズされたサービスを受けることが可能になる。2010年になると、これはさらに発展してユーザーの状況に応じて移動先の端末が適当なサービスを自動的に提供するようになる。例えば、仕事を抱えたまま喫茶店に移動した場合、喫茶店の机の一部にマイ・デスクが表示されるといった具合だ。

 「ユビキタス・センサーネットワーク」は、“電脳住宅”ともいうべき社会だ。ネットワークに接続された身の回りの機器があたかも召使いのように情報を収集し、適切な処理を行なうというもの。2010年には、人間の音声や身振りなどからユーザーの状況を予測した情報環境を形成するようになるという。

 情報空間が大きくなると、どこに適切な情報が存在しているのかが一層わかりにくくなる。それを補うのが、リアルタイムに欲しい情報を取得できる「ユビキタス・エージェント」だ。2005年には、画像や音声を認識することで、要求された端末に応じた形で検索結果を返すようになり、2010年になると連想検索も可能になる。

 ユビキタスネットワーク社会では、本人確認やセキュリティが非常に重要になってくる。また、センサーによる個人認証が可能になれば、改札の入出場するだけで自動的に運賃がオンラインで決済されるような課金システムも実現可能だ。このような高度な認証、プライバシー保護を備え、さまざまなサービスを安心して利用できるのが「ユビキタス・プラットフォーム」だ。2005年には、IP系のセキュリティーの向上や、ICカード認証技術が発達するほか、指紋認証などのバイオメトリクス認証も普及する。2010年になると、DNAを利用した強固な個人認証が行なわれるほか、セキュリティーシステム自身が問題を予知し自己最適化を図るような技術も開発されるという。

 「ユビキタス・コンテンツ」分野では、著作権保護機能(DRM)が稼動し、所有権が明確化されるため、既存コンテンツが次々とデジタル化される。これらのデジタルコンテンツは家庭やオフィスから自由に利用することができるほか、一部のユーザーはコンテンツ配信ネットワーク上でパーソナルキャステイングを開始するという。

 これらのサービスやコンテンツを子供から高齢者まで簡単に扱えるのが「ユビキタス・アプライアンス」だ。2005年には、コンパクト化が一層進み、端末そのものがある程度の状況判断を行なうことで利用者の端末操作を用意にする技術が実現する。2010年になれば、端末の状況判断能力はユーザーの意図を理解するまでにいたり、身に付けていることを感じさせない程のウェアラブルコンピューターが実現するという。

●ユビキタスは、遅れてきた21世紀なのか


 以上のような将来イメージは、まさにSF映画の世界そのものだ。だが、「超小型チップネットワーキング」「何でもマイ端末」「どこでもネットワーク」と名づけられた3つのプロジェクトが、産学官共同による重点研究開発プロジェクトとして動き出している。また、家電メーカー、自動車メーカーは実際に製品をいくつか発表し始めている。従来ネットワークに接続されていなかったものが、当たり前のようにネットワーク化された時、我々の生活はどのように変化していくのだろうか。

■ソニー、常時接続対応のホームAVゲートウェイ製品群「CoCoon」を発表
/www/article/2002/0904/cocoon.htm
■三洋電機、“ユビキタス・デジカメ”を参考出品
/www/article/2002/0704/nirepo14.htm

(2002/9/30)

[Reported by okada-d@impress.co.jp]

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