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【レポート】

プライバシーへの理解を深める起爆剤となるか?
監視システムを表彰する「ビッグブラザー賞」開催へ

■URL
http://bigbrotherjapan.info/main.html (ビッグ・ブラザー・ジャパン 2003)
http://www.privacyinternational.org/ (Privacy International・英文)

ビッグ・ブラザーイベントの告知サイト
 人権の抑圧に最も貢献した監視システムを皮肉を込めて表彰し、監視社会問題に対する関心を呼び起こそうという「ビッグ・ブラザー賞」の表彰式「ビッグ・ブラザー・ジャパン2003」が6月29日、東京・有楽町朝日ホールで開かれる。1990年に設立されたプライバシー問題の国際NGO「Privacy International(PI)」が提唱するブラックユーモア的イベントで、欧米各国では毎年のように行なわれているものだ。アジアでの開催はこれが初めて。

 ビッグ・ブラザーといえば、その名前でピンと来る人も少なくないだろう。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」で、市民生活のすべてを監視し、コントロールする独裁者が「ビッグ・ブラザー」と呼ばれていた。いわば監視社会のシンボルともいうべき存在だ。

 今回のビッグ・ブラザー賞では、「政治家」「公共機関・団体」「制度・システム」「企業」「その他」の各部門に分けて表彰を行なう。Webサイトではすでに一般からの投票を開始しており、誰でも参加可能だ。ノミネートされた組織や人物に対する得票数の途中経過も見ることができ、たとえば政治家部門では、6月13日現在では、片山虎之助総務相の独走状態。住基ネットに対する貢献度が“評価”されているのだろう。公共機関・団体でも、財団法人・地方自治情報センター(LASDAC)が首位になるなど、全般に住基ネットへの反感がかなり根強いことがうかがえる。ビッグ・ブラザー・ジャパン2003実行委員会の吉村英二氏は、「受賞者には表彰式への招待状をお送りするが、もし出席をいただけない場合はこちらから賞状と賞品をお送りする予定。賞品は実行委員会で作成したトロフィーです」と話している。

 ビッグ・ブラザー賞を実施することになったきっかけについて、吉村氏は次のように話す。

 「PIが発行している年間レポートにも住基ネットが紹介されるなど、日本のプライバシー問題の動向は海外からも注目が集まっている。そんな中で、PIから『ぜひ日本でビッグ・ブラザー賞を開催してみないか。まだアジアではどこもやっていないので、今回がいいきっかけになると思う』と、PIのオブザーバーを務めている小倉利丸・富山大教授を通じて要請があり、今回実現することになった」
●監視への危機感が薄い日本

Carnivoreの一環として、電子傍聴ツール「Carnivore Diagnostic Tool」も開発されている
 米国で2001年に起きた9.11同時多発テロをきっかけにして、犯罪やテロ対策の名のもとに公共の場所に監視カメラを置く動きが世界各国で加速している。米国ではダラスのフォートワース空港やボストンのローガン空港などに監視カメラが次々に設置され、テロリストや犯罪者、行方不明者、家出人などの顔写真データベースと照合できる最新の顔認識システムも導入されている。日本でもこうした動きは始まっており、新宿歌舞伎町には警視庁が計50台の監視カメラ運用をスタートさせたほか、関西国際空港や成田空港では顔認識システムを使った監視カメラの導入も始まっている。このシステムを使えば、各地で撮影された顔の画像データがネット経由でサーバに収集され、さまざまな顔写真データベースと照合することが可能になる。

 またインターネットの監視も強化されつつある。米連邦捜査局がひそかに導入していた電子メール傍受システム「Carnivore」の存在が暴露されたのは2000年のことだが、その後、電子メールの傍受や監視は、企業による社員管理の一環として、米国ではごく普通に行なわれるようになっている。米国では電子コミュニケーションプライバシー法により、コンピュータの所有権は企業にあると認められ、企業側は社員のメールを自由に監視することが認められているのだ。監視結果に基づいて社員が処分・解雇されるケースも少なくないという。

 日本ではこうしたメール監視についての法解釈は定まっていないが、なし崩し的にメール監視の動きは強まりつつある。ネットにおける監視の問題は、日本人にとっても決して遠い国のできごとではない。ごく身近な問題なのだ。

 そうした状況の中、住基ネットや個人情報保護法などがプライバシー問題がクローズアップされるきっかけとなり、国内でもようやく監視社会化の問題が注目されるようになってきた。今や“反監視社会”は大きな潮流になりつつあるのだろうか? だが吉村氏は、「日本では、監視社会に抗しようというムーブメントは、あまり大きな動きにはなっていない」と言う。

 「いつ自分がどこを歩いて、どこで何を買ったかというのがすべてデータとして残る。そうしたデータがマイニングされ、私生活が丸裸にされてしまうという話をしても、『それの何が悪いの?』という反応をする人は少なくない。アンケート調査などでも、監視カメラに対して『見守られているから安心感がある』と答える人もいる」(吉村氏)

 今回のビッグ・ブラザー賞も、関心が薄れがちな監視問題に対して何とか一般社会の関心を引こうという“苦肉の策”の面もあるようだ。

●日本人はプライバシーをわかっていない?

プライバシー問題のNGO、Privacy Internationalのサイト
 プライバシーに関する共通認識の違いという問題も背景にある。

 プライバシーはもともと「ひとりでいさせてもらう権利」という考え方が根本になっている。だが社会がグローバル化、IT化されていく中で、プライバシーというものの定義は少しずつ変わりつつある。個人情報、つまり個人のデータに関する取り扱いの問題が大きくクローズアップされるようになったのだ。現代においては、プライバシーを大きくくくれば、(1)私生活を他人に知られない権利、(2)個人情報を自分でコントロールする権利、(3)自分のことを自分で決める権利、の3つから構成されると考えていいだろう。

 だが日本では、こうした考え方が広まっているとは言い難い。それは普及啓発がきちんと行なわれていないからではなく、日本社会がこうしたプライバシーの考え方とはあまりなじまないからだ、という指摘もある。実際、プライバシー問題の権威であるカナダ・クイーンズ大のデビット・ライアン教授は、著書「監視社会」(河村一郎訳・青土社)の中で、「日本ではプライバシーに最も近い言葉は、同じ家族・会社・団体内の他者と共有される親密な生活を意味する。西欧世界と相当に異なった文化的アプローチの存在が示唆される」と書いているほどだ。

 こうしたプライバシーの問題を議論する最大のチャンスとなるべきだったのは、住基ネットや個人情報保護法にまつわる議論だった。しかし日本では、なぜかそうした本質的議論には進まず、別のパースペクティブの戦いへと進んでしまう。住基ネット問題などに取り組んできたある市民運動関係者は、こう打ち明けるのだ。

 「住基ネットは本来はプライバシーの観点から議論すべきだったのに、なぜか市民運動サイドでは有事体制の問題として扱われてしまった。住基ネットは政府の国民に対する管理強化の手段であり、それは有事体制を目的としているものだ、という論点。決して間違いではないと思うが、住基ネットの本質とはあまり関係がなかったように思う」(吉村氏)

 個人情報保護法でも、最も大きく論点にされたのは、マスコミ規制の問題。プライバシーとは何か?といった論戦が、大手マスコミや国会で戦われることはほとんどなかった。前出の吉村氏は話す。

 「監視カメラによる犯罪抑止といった面を否定すべきではないし、生活をしていく上での安心感は大事だと思う。だがそれでも、自分の情報が自分の知らないうちに勝手に使われてしまうという危険性については、きちんと考えていかなければいけない。インターネット時代においてもどうやって匿名性を保持し、犯罪などのリスクとのバランスを保っていけるかを皆で考えていく必要があると思います」

ビッグ・ブラザー賞のトレードマークは、人の顔を踏みつける靴
 そうした観点を、どこまで社会に伝えていけるかどうかが「反監視」運動の今後のカギとなるだろう。今回のビッグ・ブラザー賞は、何らかの発火点となりうるだろうか。


 授賞式では「ザ・ニュースペーパー」のコントやPI代表であるサイモン・デービス氏の基調講演などが行なわれる予定で、参加費は前売り1,500円。また授賞式に先立ち、28日午前10時より、四谷の主婦会館で「監視社会を考える国際フォーラム」(仮題)も開催される。パネリストはデービス氏に加えて、アメリカ自由人権協会のバリー・スタインハード氏、韓国・民主社会のための弁護士の会のイ・ウヌ氏、台湾のIDカード反対運動活動家、マレーシアのインターネット新聞関係者などを予定している。参加費は2,000円。

(2003/6/13)

[Reported by 佐々木俊尚]

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