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ひかり売りの人々
~住宅に街に、広がる光インターネットと支える人々~


第1回 “各種通信回線完全対応マンション”の落とし穴(その1)

 すでに約27万世帯に光ファイバーが届き、少し前まで言われていた「夢の100Mbps!」もすっかり現実のものとなった。かつてのPHSや携帯電話、また昨今のADSLのように、初期導入費用を限りなくタダに近づけ、少しでも多くのユーザーを囲い込もうと、キャリア企業は必死になっている。ISPとタッグを組んで、あるいは自らがISPとなってさまざまなサービス体系を企画し、マンションでは営業マンが鉢合わせすることさえある……。つまり光接続は、夢から現実に、そして「当たり前」になったのである。

「何が何でも光ファイバーを我が家に引き込みたい」と願う先端的なユーザーが一巡した後、普通のインターネット利用者(いまやその数は約6,000万人!)に光接続サービスを選んでもらうには、それまでとは全く違う訴え方が必要になるだろう。サービスやネットワークやコンテンツを企画する立場にある人たちは、その違いが「存在すること」を意識はしているが、その違いを「どう乗り越えればいいのか」については、模索の道がまだ始まったばかり。

 このシリーズでは、光ファイバーが家庭に届くまでの要所要所に立つ人たちを「ひかり売りの人々」と名付け、彼らの着想や視点、迷いや決断の経験を通じ、光ファイバー接続サービスの今と未来を探ってみたい。

●設計時から各種回線に対応したマンション

今回の舞台となった賃貸マンション。13階建てで豪華な雰囲気が漂う
 河野(かわの)浩一さんは、明治通りにほど近い都心の一等地に建つ、13階建て・56戸の賃貸マンションのオーナー居住者。このマンションの9階に住む鈴木淳子さんは、ある企業のモニター企画で光ファイバーをタダで引き込めることになって相談に出向いたところ、河野さんがイヤな顔をするどころか、身を乗り出して「それはいい、協力しましょう!」と話を聞いてくれたことに驚いた。

 じつはオーナーの河野さん、前職は無線機器メーカーのエンジニア。相続対策として自宅の敷地にマンションを建設することになった。しかし設計事務所との打ち合わせやなにやで仕事量が増え、“会社員の片手間では立ちゆかぬ”と退職してオーナー管理者となっていた。とはいえ、もともとは無線機器の設計や生産技術、サポート、営業、品質管理などエンジニアとして会社の業務全般に携わり、さらに社内へのパソコン導入の旗振り役として、1980年代からパソコン通信のフォーラムを仕事に直結する情報の収集にも役立てていた河野さん。“フツーのマンション”で、満足するはずがない。

「マンションを設計するときも、各戸に電話は2回線、テレビは地上波とBSとCS、それに音楽の有線放送も引き込めるようにした。NTTさんも『将来は光ですから』と言っていたし、当然その時代がいずれくるだろう。そのときにも十分対応可能なように、フロアを貫通するパイプスペースに十分な空間を設けました」

 河野さんの案内で、エレベーターホールの脇にある扉を開きパイプスペースを覗かせてもらったが、そこには独身者向けアパートのキッチンほどもある、パイプスペースとしては見たこともないほどの広さの空間があった。

 おまけに竣工時からすでに、光ファイバーがこの建物に届いていたのだという。

「工事が始まってから、携帯電話会社が『基地局を屋上に置かせてほしい』と申し入れてきたんです。鉄のパイプに守られているので中身は分かりませんが、光ファイバーが来ているのは間違いない。パイプスペースの空間に余裕を持たせていたので、わずかな設計変更で地下から屋上まで貫通するパイプを通し、携帯電話会社の回線を納めることができた」

 設計図の複雑さに電気工事屋さんがネを上げるほどだったというが、いずれにせよ河野さんのマンションは、竣工の1997年の時点では、考え得る限り充実したIT装備を備えていたマンションだったわけである。

●共有スペースは充分、オーナーも快諾、問題はなかったはずが……

 だが、実はこういうケースは少ない。

 光に限らず、新参者の有線系ネットワークサービス業者にとって、集合住宅は鬼門ともいえる。上下水道・電気・ガスの配管、電話やテレビの配線は当然あるが、竣工後のマンションに後から線を増やすのは、なみたいていのことではない。

 まず建物に、回線を引き込む場所がない。引き込めたとしても、各戸にそれを持っていくために、建物内のどこかに回線を分配するための機器を置く必要がある。電話なら配電盤、電話でいうところの「MDF」に相当するものだが、いずれにせよそれなりの体積を占める機器になる。よけいなものが後から入ってくるのだから、分譲マンションなら共同所有者の合議、つまり理事会にはかる必要があるし、賃貸マンションでもこうした事態を好むオーナーは少ないのである。

 ところが、今回ご紹介したオーナーの河野さんは、待ってましたとばかりに光ファイバーに飛びついた。いずれは自分でやらなければなと思っていた話を、入居者のほうから持ちかけてきてくれたわけだから、協力しない手はない。モニター当選者の鈴木さんに「OK」と即答したのだ。

 サービスを提供する側も、賃貸マンションですぐOKが出たことに驚いたという。鈴木さんと調整のうえ、河野さんは工事業者による事前の下見や、建物への引き込みや屋内の工事にも立ち会った。そして「やってみて初めて分かった、数々の困難」に遭遇することになる。

導入した光ファイバーのケーブルを見せる河野さん。こうなるまでには意外な苦労が待ち受けていた

(続く)

(2003/4/11)

[Reported by 喜多充成(kita.mitsunari@nifty.com)]

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