東京都大田区立大森第三中学校で2006年11月、中学生自身がケータイ問題を考える冊子「中学生の中学生による中学生のための携帯ネット入門」が作成された。A4版12ページの冊子には、「なぜネットにのめりこむのか」「依存から抜け出すために」「ケータイがなくても暮らせる社会を」など10のテーマで、当時2年生だった有志生徒10名が自身の体験や考えをつづっている。
この冊子は、学年全体で読んで感想を述べ合うなど、子どもたち自身がケータイ問題を見つめ直すきっかけともなり、大きな効果をもたらしたという。冊子作成をサポートした同校の国語科教諭・大山圭湖氏に経緯や成果について聞いた。
● 話し合うことで問題点が明らかに
|
東京都大田区立大森第三中学校・国語科教諭の大山圭湖氏
|
大山氏がケータイの問題に本格的に取り組み始めたのは4年ほど前のことだ。大山氏は中学1年生を担当していたが、当時はまだ1年生からケータイを持っているケースは少なく、チェーンメールなどが来ても子どもが一人で悩んでいるような状態だった。
やがて、子どもの間でメールアドレスの交換が進むうち、「(アドレスを)教えたはずがない子から嫌がらせのメールが来た」という話が耳に入るようになる。子どもたちは「他人のアドレスを勝手に別の人に教えてはいけない」ということも知らなかったのだ。そこで大山氏は、ケータイに関するアンケート調査を実施することにした。
調査結果からは、いろいろな問題が浮かび上がってきた。「友達から夜遅くメールが来た時、親がうるさくて返事ができなかったら、次の日、友だちが口をきいてくれなかった」という悩みがあった。これについてクラスで話し合わせたところ、子どもは「夜遅くには無理に返事しなくていいよ」と言いつつ、同時に「友達から返事が来なくていらいらすることがある」とも言う。お互い状況がわからないゆえに、どちらも起こり得ることだ。話し合ううち、「相手に『今は無理』と言われたらやめよう」「『うちは何時までしかメールできない』ということをオープンにしよう」ということになった。
そのほかにも、「『途中で止めたら1週間以内に死ぬ』というチェーンメールを止めたけれど、1週間たっても死んでいません」「『途中で止めたら家に襲いに行く』というチェーンメールを止めたけれど誰も家に来なかった」という声が上がり、「じゃあチェーンメールを止めても大丈夫なんだ」と安心した子どもがいた。大山氏も「昔、不幸の手紙を止めたけれど何も起きなかったよ」と伝えた。
「知らないアドレスから『ブリーフ』と書かれたメールがきて嫌だ」という声もあったが、それをクラスで読み合ったところ、その後は来なくなったという。その言葉は、クラスで一部の男子がはやし立てる時に口にしていたものだった。「同じ言葉でも、口で言うのとメールを送ることでは相手の感じ方が違うということがわかったのだろう」と大山氏は推測する。
● 指導はせず、子どもたち自身に判断させる
子どもたちに「ケータイは自分にとってどんなものか」と聞くと、「ケータイを持っていると(向こう側に友達を感じて)温かい」という答が返ってきた。しかしトラブルは起こり始めていたため、ケータイの問題は学年全体で取り上げることにした。話し合いは各担任に任せたが、先生たちはケータイのことが詳しくわからない。ディスカッションさせることも難しかったという。
ケータイの問題についてはそれまで、保護者とは毎年話し合っていたが、子どもたちと直接話し合うことはあまりなかった。しかし、すでに子どもたちの半数が持っている時期に入っていた。持っているのを取り上げろとは言えないし、中学生は親や先生の言うことは聞かない。そこで大山氏は思案して、生徒たちに「自分たちでアンケートの結果を分析して、対策を考えなさい」と伝えた。「自分で気付かせることが大事」と考えた。
アンケートをとる時も、大山氏は質問で何を聞いていいかもわからなかったため、養護教諭に相談しながら考えた。「子どもたちが最初に悩みを持っていくところが養護教諭。担任が見えないところでケータイのトラブルを聞き出してくれている」。
● 半数しか持っていなくても議論のテーマになり得る
「生徒の半数しか持っていないので、ケータイは全体では取り組みづらい問題だった」と大山氏は振り返る。ただ、「持っていない子どもでもあこがれているものなので、一緒に考えやすくはあった」という。
持っていない子どもには、「ケータイを持っていないことの不便さ」「持たない理由」を書いてもらった。すると、「ケータイを持っている人たちがメールでやりとりしている内容を聞くと少しも大事な用事ではない。ただの遊びでお金使うのはもったいないと感じる」「ケータイを持っていないと、家に帰ったら自分の時間がたくさんある」という意見が出た。
それを聞いて、持っている子どもからも「以前は暇な時は読書をしていたのに、今はケータイをチェックしている。生活が変わったと思った」という感想が出た。また、持っていない子どもは持っている子どもの悩みを知り、「ただ欲しいと思っていたけれど、なくてもいいやと思うようになった」という感想もあった。
大山氏自身、半数の生徒しか持っていないケータイについて全体で取り組むことに疑問もあったが、全体で考える良さを子どもの声から教えてもらったという。「ケータイの使い方に疑問や批判を感じたり、あこがれを持ったりしており、子どもたち自身が一番語りたいものだったからこそうまくいったのだろう」と分析する。
● 「ケータイがなくなったら死ぬ」という子どもも
|
中学生の中学生による中学生のための携帯ネット入門
|
しかし、担任のクラスが2年生になると、ケータイを持つ子どもはさらに増えた。すでに1年生の時にケータイの問題について学んでいたものの、実際に持ってみるとやはり面白く、次々とはまってしまう子どもが出てきた。ケータイで他者とつながったり、依存傾向が強くなるなど、問題は1年生の時より深刻になってきた。
教室では人とうまく付き合えないような子どもたちにとって、本音を言えるサイトがあると、そこが居場所になってしまう。学校ではおとなしい子どもが、ネットで悪態をついて鬱憤をはらしていることもある。掲示板を運営していて、荒らしの削除などの管理人業務でいっぱいいっぱいになっている子どももいた。
普段の生活は息苦しいけれど、ネットは楽しい――そういう子どもたちにとっては、どちらが自分の生活なのかわからなくなり、徐々にリアルに付き合うのは面倒くさいと感じるようになる。「大人もネットで自分を解放する面があるが、子どもたちにとってはもっと影響が大きいのではないか」。
「ネットに行くなというのは無理だろう」と大山氏は考えた。しかし、「やはり地に足を付けた生き方をしてほしいし、現実世界あってこその自分と思ってほしい」とも思った。ところが、アンケートで出てきた言葉は「ケータイがなくなったら死ぬ」というものだった。「衝撃だった」と大山氏は振り返る。
大山氏が集めたアンケートには、どれも子どもたちの本音が赤裸々に書かれている。これまでにも、例えば進路について考えさせる時にアンケートをとったことがあった。「あなたは仕事と子育てを両立させたいと思うか」と聞いたところ、男子は「両立させたい」「出生率を下げないようにしたい」とあまり具体的ではないイメージを書いてきた。ところが、女子は「子どもに寂しい思いをさせたくないが、母が正規雇用になって喜んでおり、仕事の大事さを感じた」などとリアルな体験を書いてきた。そのどちらもが本音であり、回答の違いが面白かった。そのように、「本音を書いた方が楽しいという体験を経てきたからこそ、出てきた声ではないか」と大山氏は推測する。
● 子どもたちにパネルディスカッション呼び掛け
アンケートの結果があまりに深刻なものだったので、大山氏は「これで終わらせてはいけないのではないか」と考えた。子どもに話し合わせたいが、ただ「話し合え」では難しい。そこで、「パネルディスカッションをしよう」と提案したところ、8人の生徒が集まった。
集まった子どもに理由を聞いたところ、「ケータイを持っていなくて、みんなが欲しいと言っている理由がわからないから」「ネットの世界に救われているから」など、それぞれが熱心に語ってくれたという。「そんなに深い体験をしていたのね」と、大山氏が驚いたこともあった。
議論できる時間が短かったため、この後どうするかを子どもたちに聞いたところ、「『ネットの中だけでしか本音が言えない』のを全体のテーマにしてはどうか」という提案が出た。「『ネットでしか言えないこと』はたいてい悪口だし、現実で言わないのは配慮だったり、言ってはいけないことなのでは? 顔を見てみんなで話せば違うのではないか」というのだ。
● ケータイの問題についてまとめた冊子を作成
|
大山氏は、1月31日に開催された「ネット安全安心全国推進フォーラム」にも登壇し、この冊子の取り組みを紹介。冊子は、フォーラムのサイトでもダウンロード公開している
|
パネルディスカッションは盛況だったが、取り上げることができたテーマは1つだけだった。大山氏は「パネルディスカッションでそぎ落ちたたくさんのことも学習の材料になる。子どもたち自身も消化不良ではないか」と考え、ケータイに関する冊子を作ることを提案したところ、子どもたちは乗ってきた。
誰が何を書くかも子どもたちで話し合った。「オンラインゲームもテーマとして必要だけれど、書ける人がいないから集めよう」という意見も出た。原稿を寝ないで書き上げた子どももいたという。そこで、国語科の授業の時間を使い、持つ・持たない、賛成・反対という二元論ではなく、「ケータイのこれには賛成、これには反対」という形で全員が意見作文を書くことにした。
「ケータイの使い方は個人の問題だと思っていたけれど、みんなの意見が聞けてよかった」「悩みを話題にしてもいいとわかってうれしかった」「これまで自分がケータイに依存しているとは思わなかったけれど、依存しているのではないかと考えた」「今後、賢いつきあい方を考えていきたいと思う」「ケータイは楽しいが、使い方は考え直したい」――子どもたちはさまざま感想を持った。
● テレビを見る宿題でメディアリテラシー教育
「ケータイをテーマとして取り上げたのは、メディアリテラシー教育の一環」と大山氏は語る。現代においてメディアリテラシーは重要な課題だ。「メディアは、よく考えて接するべき。作られたブームに乗せられず、騙されないようにしてほしい」。
大山氏はこれまでにも、「テレビを見る」という宿題を出したことがある。テレビを見て両親からコメントをもらったり、新聞と比較するというものだ。同じニュースでもメディアによって扱いが違うことがある。「見比べることで、メディアによって取り上げ方がどれだけ違うか、なぜ見出しだけ浮いているのかなどの疑問が湧いてくる。気付いたり、疑問を持つことが大切」。
子どもたちは昔の方がテレビ漬けで、今の子どもたちはあまりテレビは見ずにネットやケータイをやる傾向にあるという。ネットは個人の関心があるところしか見ないが、テレビでは関心がある以外のものも見せられてしまうという違いもある。「ネットは個のメディアであり、マスメディアではない」と大山氏。実際、テレビが隆盛だったころのように、子どもたちの間で全体的に流行っているものが今はあまりない状態だという。
● 国語、道徳、総合的な学習など使い、横断的に情報モラル教育
学校の現場では、情報モラル教育をしたくても、なかなか時間がとれないのが実情と聞く。大山氏は、自身が担当する国語の時間や、総合的な学習の時間、道徳など、さまざまな科目を使ってその時間を作った。
アンケートをとったり読み合わせるのには学活の時間を使い、出来上がった冊子を読むのには総合的な学習の時間を使った。パネルディスカッションは公開道徳の時間で充てたため、保護者も見ることができた。また、国語の課題に「自由課題で書く」という項目があり、この時期に合わせてネットの使い方について作文を書かせた。
「ケータイの指導は防犯教室などとセットにして時間を取ってもいいだろう。外部から講師を呼び、1、2時間充てるような話題なので、5時間くらいは使ってもいいのではないか」。
● 現実に鮮やかに色を付けることが大切
「中学生の中学生による中学生のための携帯ネット入門」を作った教え子たちはすでに卒業し、大山氏は再び担任した1年生で、まずケータイやネットについてのアンケート調査を実施。今後、また冊子を作ることも考えているという。「ネットは広がるのが魅力でもあり、怖さでもある。今後どう意識化していくかが課題」。
「現実に、どう鮮やかに色を付けていくのかが大事」と大山氏は語る。ネットにはまりすぎる子どもは、現実が色褪せてしまい、逆にネットが色濃くなっていくのだろう。「子どもには、『あなたが生きていくのは現実側と言いたい』という思いはある」と大山氏。学校がつらくてネットでもちこたえた子どももいるだろう。ネットという心安らぐ場があって頑張れた子どももいるだろう。「けれど、逃げている面はあるはず。本音は目の前の友達と楽しくやりたいんだろうと思っている。子どもには、『現実はしんどいけれど、ネットを支えにして、現実側でも頑張って』と言いたい」。
問題は、子どもたち自身が自覚している。ただ、それを一人で抱え込んで解決できずにいるだけなのだ。大人がその手助けをしてあげることで、ネットでも現実世界でも子どもたちが楽しく過ごすことは不可能ではないと感じた。
関連情報
■URL
中学生の中学生による中学生のための携帯ネット入門(PDF)
http://www.iajapan.org/net-forum2009/keitai_Introduction.pdf
10代のネット利用を追う 連載バックナンバー一覧
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/teens_backnumber/
■関連記事
・ 現役高校生・大学生がケータイについて語る 「ネット安全安心全国推進フォーラム」<前編>(2009/02/05)
2009/05/19 11:24
|
高橋暁子(たかはし あきこ) 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
- ページの先頭へ-
|