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自分で気付かせることが大事、中学校教員に聞くケータイ問題
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【 2009/03/19 】
文科省に聞く、小中学校での携帯電話「原則禁止」通知の理由
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【 2009/03/05 】
小学6年生が「前略プロフィール」の授業、安全な使い方学ぶ
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【 2009/02/06 】
子どもの携帯電話、禁止するよりも適切な対応を
「ネット安全安心全国推進フォーラム」<後編>
[14:12]
【 2009/02/05 】
現役高校生・大学生がケータイについて語る
「ネット安全安心全国推進フォーラム」<前編>
[13:05]
【 2009/01/22 】
学校・教員用のネットいじめに関する対応マニュアルが必要な理由
[12:01]
【 2008/12/26 】
NTTドコモが保護者に訴える、フィルタリングの必要性
[13:48]
【 2008/12/25 】
NTTドコモが中学生に教える、携帯電話のトラブルと対処法
[14:17]
【 2008/12/11 】
トラブル事例から学ぶ、小学生のネット利用で大切なこと
[11:11]
【 2008/10/30 】
MIAUが中学生に教える、携帯メールとの付き合い方
[19:11]
【 2008/10/24 】
ケータイ小説は新時代の“源氏物語”
~「魔法のiらんど」に聞く<後編>
[11:18]
【 2008/10/23 】
子どもはわからないから問題を起こしているだけ
~「魔法のiらんど」に聞く<前編>
[16:19]
10代のネット利用を追う

第5回 小泉力一教授に聞く、情報教育現場の実態


 最終回の第5回は、学校教育や情報教育現場の実態を聞く。教育現場は子どもたちの実態に追いついているのだろうか? 2005年3月まで現役高校教員で、現在は文部科学省中央教育審議会初等中等教育情報専門部会の委員も務める情報教育の第一人者、尚美学園大学教授の小泉力一氏に教育現場や教員の実態について話を聞いた。


10代のネットトラブルは増え続けている

尚美学園大学教授の小泉力一氏
 「10代のトラブルには、表に出てくるものと出てこないものがあります。自殺までになったら事件として扱われますが、引きこもりや人間不信になっても表には出てきません。表に出てくるものが増えているということは、出ていないことも増えているということなのです」と小泉氏は指摘する。子どもたちは真面目で、判断力がなく知識もないため、自力で解決できずに自殺してしまったり、不当請求で払わなくていいお金を払ってしまうなどのトラブルが後を絶たない。出会い系のトラブルに巻き込まれたり、ワンクリック詐欺の恐怖やチェーンメールで真面目に悩んでいる子も多いという。

 ネットトラブルについては、学校ではどんなトラブルが起きているのか把握できていないのが現状だという。昔は喧嘩など目に見えるトラブルしかなかったが、ネットは目に見えず、密室状態で起きているからだ。コミュニケーションの中にネットが入ってきたため、昔は起きなかったタイプのいじめが起き、昔は解決できたものが解決しにくくなっている状態だというのだ。


実生活に影響が出たら対応すべき

 子どもたちは、メールのためにパケット定額サービスに入っているのが一般的で、基本的に電話は使わない。「子どもたちは、メールをリアルタイムに使っています。大人はメールは見たいときに見て送りたいときに送るものと考えていますが、子どもたちはメールを電話のように送っています。暗黙のルールとして、数分以内に返信しないと無視したことになり、仲間内で無視されて孤立してしまうこともあるのです」。

 出会い系サイトのトラブルは子どもの個性や家庭環境によるという。保護者が「うちの子に限ってありえない」と思っているのが問題なのだ。必ず帰りが遅くなるなど現実に変化が起きてくるはずであり、それをケアできる家庭かどうかによってトラブルを防げるかどうかが変わってくるという。

 「子どもたちはチャットでのやりとりが多いです。メールも掲示板も跡が残りますが、チャットは跡が残りません。しかし、どんなメールやチャットをしているかわからなくても、実生活に違いが起きたら何かするべきです。様子をしっかりと見ているしかないのです。」


ただ「してはダメ」ではなく、「したらどうなるか」を教える

 有害なコンテンツを見られなくするフィルタリングソフトやフィルタリングサービスというものがある。学校のパソコンには入っているが、小泉氏はこのフィルタリングを家庭のパソコンや携帯電話にも導入することを勧める。「私も昔はフィルタリングなどに頼らず子どもの判断力を育てるべきと思っていましたが、今はフィルタリング推進派です。というのは、悪意のある大人が子どもたちを引っかけるために罠を仕掛けているからで、そんなものは子どもの手に負えません。大人が情報技術で救いの手をさしのべないといけない時期になったのです」。

 具体的な指導法については、「ただ『やっちゃダメ』ではなく、したらどうなるかを教える教育が一番大事。ただ『IDとパスワードを他人に教えちゃダメ』ではなく、『教えたら自分が困ることになる。おかしな書き込みをされたり、すべてを削除されたりして迷惑することがあるからダメ』と教えるべきなのです」。

 誰かが別の子のIDで勝手にログインするのは不正アクセス禁止法に引っかかるが、現実問題としてネットゲームで自分の貯めていたアイテムが盗まれたり、「Second Life」で仮想通貨に絡むトラブルも起きている。同様に、「○型の血液型が足りない」などのチェーンメールは、相手の迷惑を考えていないし、怪しげなサイトに誘い込むための罠である場合がある。それらの背後関係を理解していないと、子どもたちは安易な行動を続けてしまうというわけだ。


教員の理解が得られなくて失敗した「ミレニアム・プロジェクト」

 「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」をご存じだろうか。「2001年度までに、すべての公立小中高等学校、盲・ろう・養護学校等がインターネットに接続できるようにする。2005年度を目標に、すべての公立小中高等学校等が、各学級の授業においてコンピュータを活用できる環境の整備を行なう」というもので、日本の情報教育を情報教育先進国並みにしようというプロジェクトだったが、結論から言うと失敗に終わってしまった。失敗と判断された理由は、児童生徒1人あたりのパソコンの台数やLAN整備率などの数値目標が達成できなかったためだ。

 失敗した理由について小泉氏は、「現場の先生方に情報教育に取り組もうという意識が十分でなかった。国はパソコンやLANを整備するための地方交付税を手当てしたにもかかわらず、校舎の耐震補強や道路整備など優先度の高い部分に使われてしまい、IT環境の整備に使われることが少なかったのです。現場の先生方に情報教育に取り組もうという意識がなかったのは、知識やスキルのなさもさることながら、使えるIT環境がなかったからでは」と語る。

 情報教育には2種類ある。先生が情報を利用して授業をわかりやすくするものと、子どもたちに情報を使いこなす能力を身に付けさせるものだ。前者はたとえば数学をわかりやすくするために仕組みを動画で見せる授業などであり、後者は、子どもたちにワープロソフトでチラシを作らせたり、プレゼンソフトでプレゼンテーションを作らせたり、情報を集めて自分なりの考えをまとめさせたり、ネット上の掲示板を正しく使わせたりすることだ。現場ではどちらもまだ浸透していない状態なのだという。


世界史以上に履修されていない高校教科「情報」

 2003年、情報教育を行なう教科「情報」が高校に出来たのをご存じだろうか。単にコンピュータの操作を学ぶだけにとどまらず、コンピュータやインターネットを道具として使用し、情報の収集、分析、発信などの情報を活用する能力を育成する教科とされる。

 「一昨年、多くの高校で必履修であるべき世界史が履修されていないという問題が話題になりましたが、それ以上にこの情報科は実質的に履修されていませんでした。理由は簡単で、大学受験に強く関係しないからです。現場の情報教育に対する意識が低いことがそのようになった要因でしょう」と、小泉氏は危惧する。


メディアリテラシーを身につける教育とは

 メディアリテラシーとは、インターネットが使いこなせることだけではなく、情報を読み解く能力のことを意味する。子どもはテレビやインターネットにあるものを正しいと信じてしまう傾向があり、それで真実が見えないことが多い。これは大人でも同じだ。

 「真実かどうかわからなかったら慎重に判断して行動する態度が、今後必要なリテラシー。メディアが嘘をついたり誤りを伝えることも多いので、情報を批判的に読み解く“クリティカルシンキング”の能力が必要」という。

 メディアの不透明性を体験する授業例として、「なりきりチャット」があるという。名前を明かさず、「16歳男子」「17歳女子」のようになりきってチャットをさせ、実際のチャットを体験させながら誰がどの役をしているか当てさせるというものだ。演じてわざときつい言葉を使っているうちに、エスカレートして本当に喧嘩を始める場合もあるという。“配役”を見抜くことが難しいため、子どもたちはインターネットでは相手を騙せるということを知り、ネット上の情報の不確実さと、顔が見えないことによる心理面の変化を理解するようになるのだ。


仕組みを知ることで防げるトラブル

 大人でも情報を利用する際のルールやマナーなどがわかっていないことは多い。たとえば、「友人が撮った写真を無断で他の子に転送すること」は問題の可能性があるだろうか。答えは、著作権侵害だ。では、書店で本や雑誌を買わずに内容の一部を無断で写真に写す行為、いわゆる「デジタル万引き」はどうだろうか。これも著作権侵害と言えそうだが、これは「著作物の私的利用」ということで著作権が制限される場合と見れば、必ずしも違法とは言い切れない。いうまでもなく、このような行為はマナー違反として慎むべき行動であることを指導しなくてはならない。このようなことについて、全て正しく答えられるだろうか。

 「子どもたちは、インターネットや携帯電話の仕組みを知らないで使っているので、もっと仕組みを教えていくべき」。たとえば、パソコンのメールはメールサーバーにアクセスしないとメールを受信できないとか、携帯電話でも電源を切っていたり電波が届かない場所にいたら受信できないということを知らず、相手は必ずメールを見ているはずだという思い込みでトラブルになることがある。仕組みを知っていれば、このようなトラブルは起こさずに済むはずだ。

 匿名の書き込みでも使っている端末のIPアドレスで個人が特定できるし、ネットカフェで書いても防犯カメラで使っているパソコンとそのIPアドレスで特定されることを知っているべきなのだ。子どもたちはブログやプロフに個人情報を全部書いてしまう。被害にあって初めて怖さがわかることが多いので、やったらどうなるか大人が教えないといけないという。

 「掲示板に嫌がらせや個人情報を書かれた場合、掲示板の管理人に削除依頼をすれば削除できるということがわからずにトラブルになっています。トラブルにあった時はまず大人に相談してもらいたいし、相談された大人はどうすればいいかを知っていてほしいですね。」


まず大人が知り、子どもに教えていくべき

 最近、学校が保護者を呼んでインターネットの安全教育教室を始めているが、そのように学校の先生が保護者と一緒にやることが大事だという。「子どもは自分に対する責任をとる能力がないから、子どもに自ら学べというのは難しい。先生が保護者を巻き込むべき。そして、通常のモラル、つまり人の嫌がることをしないということをベースとした情報モラルを身に付けさせるべきなのです」。

 子どもたちは携帯電話のことがわかっていないと仲間はずれになるため、携帯電話についてはすごく学んでいるという。今も目の前に電波が飛んでいて、「一緒に死のう」とか「死ね」といった情報が飛び交っているかもしれない。昔は電話線に縛られていたが、携帯電話は無線を利用するため、子どもたちは完全な個室に入った状態になってしまう。子どもたちのコミュニティにもっと親が関心を示すことが大事なのだ。

 ただ、良い目的のための掲示板なども出来ており、そこでは悩みの相談ができるそうだ。「情報技術の進化は悪いわけではないし、止められない。情報を読み解く力を身に付けることが大切」なのだ。


フィルタリングがかかっていると子どもは「諦める」

 子どもは、パソコンとインターネットの使い方は教えなくてもできるものだ。高校までは日常生活で使う必然性がないのでワープロや表計算ソフトは使っていないが、ネット検索には長けており、メールも使えるのが今の子どもたちだ。親が思うよりずっと使いこなしており、同時に大事なことがわかっていない状態なのだ。

 「親は子どもの実態を把握していないし、問題があることがわかっていません。問題が表面化したときに慌てるだけです。そうではなく、一緒に話し合うべきです。まず、フィルタリングを携帯電話とパソコンに導入する必要があります。フィルタリングがかかっていると、ほとんどの子どもは不要なページを無理に見ようとはしません。意識的に見たくないけれど偶然見てしまうケースを防げるし、意識的に見ようとする子も、繰り返し遮断されたら諦めます。」

 さて、5回に渡った連載を通して、10代の子どもたちの感覚や使っているサービスがわかっていただけただろうか。子どもを守れるのは大人だ。子どもだけでは問題はクリアできないのが現状だ。ぜひ、保護者の方もインターネットやサービスについて子どもたちと一緒に学び、考える機会としていただければ幸いである。最後に、「情報モラル指導チェックシート」を紹介するので、現状をチェックするのに利用していただきたい。


関連情報

URL
  「情報モラル」指導実践キックオフガイド(社団法人日本教育工学振興会)
  http://www.japet.or.jp/moral-guidebook/
  家庭での「情報モラル指導チェックシート」(PDF)
  http://www.japet.or.jp/moral-guidebook/guidebook/tannpe-ji/p40.pdf
  「情報モラル指導チェックシート」(児童生徒用、PDF)
  http://www.japet.or.jp/moral-guidebook/guidebook/tannpe-ji/p39.pdf


2008/01/25 11:13
高橋暁子(たかはし あきこ)
小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。

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