第48回:汚名返上を目指すドラフト版IEEE 802.11g
~新ファームウェアでメルコWBR-G54とLINKSYS WRT54Gを試す~
IEEE 802.11gやインテルのCentrinoなど、無線LAN製品が何かと市場を賑わせている。今回は、その中からすでに市販されているドラフト版IEEE 802.11gに準拠した2製品を取り上げ、その性能を実際にテストしてみた。当初はあまり良い評価を受けることができなかったドラフト版IEEE 802.11g製品だが、最新のドラフト6.1対応ファームウェアで汚名返上なるかが期待されるところだ。
●実力を過小評価されてしまったIEEE 802.11g
本来、IEEE 802.11gは、無線LAN市場に革命をもたらす大きな期待を背負った規格だった。これまでのIEEE 802.11bと同じ2.4GHz帯を利用しながら、最大速度を54Mbpsに引き上げられる点はユーザーにとって既存の資産を活かしながら無線環境をアップグレードできるメリットがあり、メーカーにとっても低コストで機器を開発できるという大きなメリットをもたらすものであった。
しかしながら、ここ数週間の動向を見る限りIEEE 802.11gへの風当たりは強い。すでに製品としてドラフト版のIEEE 802.11gに準拠した製品が登場しているが、電波が飛ばない、思ったほど通信速度が速くないなどとさまざまなメディアで評されてしまっている。また、先日はメルコのIEEE 802.11g対応無線LANカード「WLI-CB-G54」の初期ロットに不良品が混じるという問題が発生しており、製品の回収・交換の話題が大きく取り上げられてしまった。残念ながら、IEEE 802.11gの船出は思いのほか難航してしまった感じだ。ドラフト版製品が未発表のメーカーの動きも慎重で、規格自体が正式に策定されないかぎり製品を出さないというスタンスをとるところが多い。これでは市場があまり盛り上がらないのも納得できる。
では、このままIEEE 802.11gは盛り上がりに欠けるままなのだろうか? どうやら、そんなことはなさそうだ。実際にドラフト版のIEEE 802.11g製品2機種をテストしてみたが、これまでの汚名を返上するだけの性能を実際に目の当たりにすることができた。
●条件次第ではIEEE 802.11aを上回る性能も
今回、テストに用いたのは、メルコの「WBR-G54」、そしてLINKSYSの「WRT54G」の2製品だ。LINKSYSの「WRT54G」については、本連載ですでにレポート済みだが、前回テストに用いたのが開発途中のテスト機であったのに対して、今回は国内で正式に発売されたモデルを購入してテストを実施した。
なお、今回のテストは本来、早期に掲載する予定だったが、前述したとおりメルコの製品の一部不良などが報道されたこと、加えてIEEE 802.11gのドラフト6.1に対応したファームが両社から相次いでリリースされたため、これに合わせるタイミングで掲載を先延ばしにした経緯がある。このため、今回のテストでは、未対策のカードと対策済みカード、各ファームウェアのバージョンでテストした日時が異なる点をあらかじめお断りしておく。FTPの値に関してはLAN内での計測になるためあまり影響はないが、インターネットの接続速度は計測する日時によって速度にバラツキがあるため、参考程度に考えて欲しい。
また、今回は、あえて筆者個人が所有するメルコ製の初期ロット製品(不良対策前の無線LANカード)の速度も併せて計測してあるが、これは初期ロットの一部にのみ発生している問題であり、現在出荷されている無線LANカードには問題がないことも付け加えておく。
気になるテスト結果だが、以下の表のようになった。結論から言えば、LINKSYS、メルコの製品ともに良好な速度を計測することができた。特にドラフト6.1対応ファームによる効果は大きく、どちらの製品も速度の向上が見られた。通信速度面、電波の到達範囲の両面でかなりの改善が行なわれていることが顕著に現れた。
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※RBB TODAYにて速度を計測。回線にはBフレッツニューファミリーを使用 ※すべてのテストで64bitのWEP暗号化を設定 ※クライアントにはCeleron 1.6GHz 512MBメモリ搭載のノートPCを使用 |
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※100MBのファイルを転送。コマンドプロンプトのFTPにて表示された速度をMbps換算 ※サーバーにはPentiumIII 733MHz 512MBメモリ搭載機を使用し、IISのFTPサーバーを利用した ※クライアントにはCeleron 1.6GHz 512MBメモリ搭載のノートPCを使用 |
特に注目したいのは2階や3階での計測結果だ。たとえばFTPによる計測結果を見てみると、LINKSYSのWRT54GではIEEE 802.11aに比べて若干劣る程度の値にとどまるが、WBR-G54 6.1+対策済みカードでは完全にIEEE 802.11aを凌ぐ10Mbps以上の測定結果がコンスタントに得られるという結果になった。通信距離が遠い場合や遮蔽物が多い環境に強い2.4GHz帯の特性がうまく表れた格好だ。
この結果から分析するに、当初、各メディアでドラフト版IEEE 802.11g製品の性能に疑問符が付けられたのは、ひとえにメルコの未対策のカードでテストが行なわれたからにほかならないことがよくわかる。おそらく、各テスターが使用した機材にも未対策品が含まれていたのだろう。実際、今回のテストでも、当初は、あまりにもメルコ製品の結果が芳しくなかったため、わざわざ無指向製と指向性の両外部アンテナまで購入して、その速度までも計測したという経緯もある。
しかしながら、今回、対策済みのカードに加え、新たにリリースされたドラフト6.1のファームを利用して計測したところ、これまでとは比べものにならないほど電波状況が安定し、速度もかなり向上する結果となった。はじめから、この製品が市場に出回っていれば、実力を過小評価されるということもなかったと思えて仕方がない。この点は非常に残念だ。
●使いやすさではメルコが一枚上
製品としての機能や使いやすさなどでは、今回、テストした2製品に限っては、やはりメルコの製品が一枚上手だ。設定画面やマニュアル、ユーティリティなどの完成度が高く、初心者でも安心して使える。特に、付属のCD-ROMに収録されている音声と映像で設定をガイドする「かんたん導入ムービー」は初心者の強い味方となる非常にいい工夫だ。LINKSYSの製品もシンプルでわかりやすい設定画面などが好印象だが、初心者向けという観点で考えるとメルコに分がある。
LINKSYSの設定画面。シンプルな構成で、どちらかと言えば中上級者向き。機能的には必要十分だが、PPPoEマルチセッションへの対応など日本国内の動向に合わせた改善を期待したいところだ |
機能面では、Universal Plug and Play(UPnP)への対応など、ルーターとしての基本機能が両製品ともにきちんと備えられており、無線LANのセキュリティ機能に関してもWEP、MACアドレスフィルタリング、ANY接続拒否やSSIDブロードキャスト禁止などが搭載されるなど完成度は高い。有線部分のスループットも両者とも20Mbps前後と互角の性能となっており、このあたりについては、どちらも文句のない出来と言えるだろう。なお、メルコのWBR-G54はPPPoEマルチセッションにも対応予定となっているが、現段階では対応版ファームウェアは登場していないので、この機能を利用したい場合はもうしばらく待つ必要がある。
●メルコの動作モードの違いはレートセットの違い
ちなみに、メルコの製品に関しては、機能面でもうひとつ触れておきたい点がある。無線LANの動作モードに関してだ。メルコのWBR-G54には、無線LANの動作モードとして「11g(54M)-Turbo」、「11g(54M)/11b(11M)-Turbo」、「「11g(54M)/11b(11M)-Auto」、「11b(11M)-WiFi」の4つのモードが用意されている(LINKSYSはIEEE 802.11g/MIX/IEEE 802.11bの3モード)。「11g(54M)-Turbo」と「11b(11M)-WiFi」は、それぞれIEEE 802.11gとIEEE 802.11bの専用モードだが、その中間にTurboモードとAutoモードの2つがある点を疑問に思っているユーザーも多いことだろう。
メルコ WBR-G54には4つの動作モードが用意されている。ほかにも違いはあるが、基本的な違いはレートセットにあると思って差し支えない。一般的にはTurboモードを利用すればいいだろう |
この2つのモードの違いは、主にレートセットの差と考えて良い。無線LANでは、電波状況などに応じて、速度を変更する機能が備えられており、IEEE 802.11gでは通常「54-48-36-24-18-12-11-9-6-5.5-2-1」といった具合に状況に応じて12のモードで通信速度を変化させる仕様になっている。要するに、電波状況が良いケースであれば54Mbpsで通信するが、電波状況が悪くなれば、エラーなどの発生を抑えるために次第に速度を落として(フォールバック)通信を安定させるわけだ。
先のTurboモードとAutoモードの違いは、主にこの動作の違いだ。Turboモードでは12の速度をすべてレートセットとして利用するが、Autoモードでは12の速度から「24,12,9,6」の速度を除外した8つの速度のみを利用する仕様になっている(メルコの独自仕様)。なぜ、このようなことをしているのかというと、特定のベンダーの無線LANチップとの互換性を保つためだ。無線LANチップの中には、レートセットを8つまでしかサポートしないものが存在する。このような製品でも問題なく利用できるように、通常のTurboモードに加えて、Autoモードが用意されているわけだ。
このため、Turboと名は付いているが、決して通信速度を高速化するような技術が存在するわけではない。もちろん、結果的には高速な通信が可能な場合もあるのだが、どちらかというとフォールバックを細かく制御できるようにして、速度を落ちにくくしているというイメージになる。このため、電波状況が悪いケースなどではTurboモードの方が高速に通信できる可能性があるが、電波状況が良いケースではTurboモードでもAutoモードでも速度的には大きな違いは現れない。
通常はTurboモードで利用し、通信できない無線LANカードが存在した場合にAutoモードに変更するという使い方をすることになるだろうが、4つもモードが存在すると実際にどれを選んで良いのかを迷ってしまう。ユーザーの混乱を避けるためにも、もう少し情報を提供した方がいいのではないかと思われる。
●問題はシングルバンドであること
このように、両製品とも、今回テストした限りではドラフト6.1ファームによって本来の実力が発揮できるようになり、かなり完成度が高くなった印象を受けた。現状のIEEE 802.11bとIEEE 802.11a製品との価格差を考えると、かなりお買得な製品だと言うことができるだろう。特にLINKSYSの製品は現状、購入できる店舗が一部店舗とオンラインショップのみと限られるものの、メルコ製品に比べてセットで5,000円ほど安く、非常にコストパフォーマンスが高い製品だと言える。
ただし、このような性能面、価格面にアドバンテージがあったとしても、現段階でこの2製品を購入するのは、それなりに覚悟がいる。現状、無線LAN業界の動向は、急速にシングルバンドからデュアルバンド(2.4GHzと5GHzの両対応。いわゆるコンボ)へと移行しつつある。実際、すでに米国ではLINKSYSからIEEE 802.11a/b/g対応の製品が出荷を開始。米ネットギアも3月中旬からコンボ製品を出荷する予定となっている。また、国内でもTDKがIEEE 802.11a/b対応の無線LANカードを3月からOEM出荷開始することを発表した。
さらに言うならば、先日インテルからノートPC向けの新アーキテクチャ「Centrino」が発表されたが、現状はCentrinoがIEEE 802.11bのシングルバンドにしか対応していないため、同時に発表された一部のメーカーの製品では、上位機種でCentrinoブランドを捨ててでも802.11a/b対応デュアルバンドの無線LANモジュールを搭載する製品が開発されている。つまり、もはやシングルバンドではユーザーへの訴求が難しいとPCメーカー側も判断しつつあるわけだ。
もちろん、家庭内で手軽にワイヤレス環境を構築したいのであれば、価格的にメリットがあるシングルバンド製品の活躍シーンはまだまだ多いと言える。しかしながら、これが言えるのは家庭内や企業内など、限られた空間でしか無線LANを使わない場合の話だ。たとえば、無線LANカード側がデュアルバンドに対応していなければ、依然としてモバイルなどの利用シーンで、利用場所に合わせてカードを差し替えなければならないという不便がユーザーにのしかかる。ドラフト版IEEE 802.11g製品に限らず、現段階で無線LAN製品を購入するのであれば、やはりこの点は十分に考慮しておかなければならない。
無線LAN製品の動向は、これからIEEE 802.11gの正式策定が行なわれる6月前後まで、かなり変動が激しい時期だと言える。この状況を考えると、現段階では、シングルバンドの製品をユーザーに安易におすすめすることはできない。もちろん、今回取り上げた2製品は、製品自体の完成度はかなり高いと言える。このため、すぐに高速な無線LANを導入したいというのであれば、決して悪くはない選択だ。しかし、無線LANの全体的な動向を考えるとIEEE 802.11bからのアップグレードはかなり慎重になりたいところだろう。少なくとも6月のIEEE 802.11g正式策定を待ち、もう少し市場に製品が登場してから購入しても遅くはない。
関連情報
2003/3/18 11:10
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