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日本の商用ADSL、9月1日で10周年


 日本の商用ADSLサービスが、9月1日で10周年を迎えた。1999年のこの日、長野県協同電算が運営するISP「JANISネット」と長野市の川中島町有線放送農業協同組合が、商用サービスとしては国内初となるADSL常時接続サービスの提供を開始した。

1.5Mbpsでも当時としては「ロケット」

JANISのWebサイト

 サービス開始の発表を伝えたINTERNET Watchの1999年8月4日付記事によると、通信速度は下りが最大1.5Mbps、上りが最大272kbps。料金は、一般向けの「プライベートコース基本接続サービス」がモデムレンタル料込みで月額5500円、入会金が2万円だった。

 現在のブロードバンドの感覚からいうとけして高速な印象は受けないが、当時、一般の個人ユーザーが使うインターネットアクセス手段といえばアナログモデムやISDNによるダイヤルアップ接続が一般的で、通信速度は56kbpsや64kbpsといった世界だ。この日本初の商用ADSLサービスの開始までの様子を報じたNHKの番組では、接続第1号ユーザーの感想として「亀とロケットほどの違い」という言葉が紹介されたというから、いかに当時としては高速だったのかうかがえる。

 さらに9月1日に行われた開通式典では、アナログモデム経由とADSL経由で同じ画像データを表示して通信速度の違いを体感してもらうデモを行ったところ、あまりの表示の速さに「これはキャッシュデータなのではないか」と疑ったヘビーユーザーが設定をチェックし、自ら操作し直す一幕もあったという。しかし、速度の違いを再認識した後、「電話回線でこんな速度が出るのなら、当分、同軸も光もいらない」と感激したというエピソードも残っている。

日本初の商用ADSLは、NTT回線ではなく有線放送電話回線

局舎内の様子。向かって左側のラックがADSL用機器(DSLAM)、右側がダイアルアップ用機器。当初導入したDSLAMは1回線ごとに1枚の基盤で、14インチラックに14回線分しか収容できなかった。発熱量も大きく、狭い支局の局舎内では温度が上昇。専用の換気扇やエアコンを設置して対応したという(写真提供:長野県協同電算)

 川中島町有線放送で始まった国内初の商用ADSLサービスだが、現在全国に広く普及しているADSLサービスとは大きく異なっている部分がある。NTTの電話用メタル回線を利用するのではなく、“有線放送電話”のメタル回線を利用するという点だ。

 有線放送電話とは、1957年に開始されたもので、主に農山村地域での通信媒体として利用された。1999年度末時点で全国278地域、65万世帯で利用されており、そのうちの5分の1を長野県で占めていたということで、長野県はDSL技術のフィールド実験が多く行われた地でもあった。

 まず、1997年7月には伊那市において国内初となるADSLのフィールド実証実験がスタート。さらに上田市で11月に、長野市川中島町でも1998年1月に実験が開始された。同年2月の長野オリンピック開催時には、選手村があるということで川中島町でADSLの公開利用実験も行われた。

 長野県協同電算が1997年にインターネットサービスを開始した当初からISP事業を担当し、ADSLサービスでは企画や当局との交渉から、ネットワーク設計や機器の調達、運用管理まで手がけた佐藤千明氏によると、JANISが本格的にADSLの実験に参加したのは上田市の実験からで、そこでDSLの基本を一から学び、有線放送電話回線でのADSLサービスの技術的可能性にめどをつけたという。

 「当時は、アナログモデムの次は光ファイバーの時代だとNTTが盛んに宣伝していたが、田舎まで光ファイバーが敷設されてブロードバンドサービスが開始されるのは10年以上先という認識。光ファイバーによる高速で常時接続可能なサービスは夢物語に近かった。しかし、DSLを使えばメタル線でもメガビットクラスの速度が出ることを知り、高速性はもちろんのこと、時間を気にせずに使える常時接続性への期待感もあり、既存のメタル線を有効活用したDSLサービスをなんとか提供したいとの信念を抱いた。長野県は全国一の有線放送電話施設を維持しており、その貴重な県民資産であるメタル回線を有効活用して、都市部に比べて遅れている地方の情報化を進展させたいと考えた。」(佐藤氏)

 実験段階では、ユーザー宅に設置するADSLモデムや局舎側に設置するDSLAMといった機器が高価で、すぐに商用化には至らなかったが、その後、世界各国でADSLサービスが開始されたことでモデムの価格は下がってきた。しかしその一方で大きな壁となったのが、局舎から上位ISPのアクセスポイントまでの中継回線のコストだった。

中継回線へのHDSL導入でコスト圧縮、エリア拡大のキーに

局舎内のMDF端子盤(写真提供:長野県協同電算)

 佐藤氏によると、川中島町有線放送電話の3局舎からJANISのアクセスポイントまでをNTTのディジタル専用サービス(HSD)の1.5Mbps回線で接続すると、月額50万円近くにのコストが発生してしまい、事業として採算性を確保するのが困難だったという。

 そこで佐藤氏らが注目したのが、同じくDSL技術の1つであるHDSL(High-bit-rate Digital Subscriber Line)だ。その区間にはすでに川中島町有線放送が所有するメタル線があるため、そこにHDSLモデムを導入すれば、NTTのサービスを使わずとも安価に1.5Mbpsで接続できる――。

 ところが、当時は第2種電気通信事業者が中継系回線に自前の回線設備を使用することができなかったため、HDSLで中継回線を構築するの事業法上困難だったという。そこで、佐藤氏らは当時の郵政省に相談。その結果、「有線放送施設全体を広域で全体として1つのユーザーとみなし、そのユーザーに対するアクセス系回線という扱いで郵政省本省の許可を得た」。

 佐藤氏によると、実は郵政省からこの解釈が電話で伝えられたのは、長野県協同電算でADSLサービスの事業化判定会議を開く1時間前のこと。この「郵政省の前向きな指導」のおかげで採算の見込みが立ち、事業化の社内了承を取り付けられたわけが、「郵政省の回答があと1時間遅れていたら、JANISのADSL商用サービスは数カ月遅れていたかもしれない」。

 このように中継回線にHDSLを利用する方式は、他の地域の有線放送へのADSLサービスにも適用され、瞬く間に長野市内全域に有線放送によるADSL展開を図る原動力にもなった。なお、その後は1.5MbpsのHDSL回線の追加では中継回線の増速に追いつけなくなり、現在、中継回線はダークファイバ化し、各支局間とも100Mbpsで接続しているそうだ。

加入者11世帯でスタート、現在は781世帯に

商用サービス開始時のADSLモデム(写真提供:長野県協同電算)

 こうして実現した川中島町有線放送での商用ADSLサービスは、サービス提供可能な約2000世帯のうち、11世帯の加入でのスタートだったが、マスコミなどで紹介されたこともあり多くの関心が集まった。ADSLを利用したいがために川中島町有線放送に新規加入したユーザーや、有線放送のサービスエリア外からエリア内に引っ越して来たユーザーもいたという。

 実はサービス開始前の事業収支試算では、56人分の設備投資を行い、46人が採算ラインだったが、これには3カ月で到達。その後は設備投資と採算ラインを見直し、順次増強していった。2009年8月現在では781世帯がADSLに加入しており、川中島町有線放送の加入世帯におけるADSL加入率は約40%に上る。

 さらにJANISでは8月現在、長野県内の26地域・85局舎の有線放送でDSLサービスを提供しており、加入者は9327世帯となっている。JANISではその後、NTTの電話回線を利用したADSLやフレッツ光、CATVインターネットなども取り扱うようになり、現在、有線放送ADSLも含めたJANISのブロードバンドユーザーは4万人以上に上る。

 個人向けのインターネット接続サービスだけでなく、企業や団体向けにはADSLやVPNを組み合わせたネットワークサービスも展開している。長野県内の企業が本社や事業所、工場をVPNで接続したり、公共施設を接続するイントラネットとして活用している地域もあるという。さらに栄村ではテレビの難視聴対策として、有線回線ADSLを活用した地元民放テレビのマルチキャスト再送信サービスの実験も行われている。「光ファイバー接続サービスが提供されない地域でもブロードバンドサービスが提供でき、地域間格差是正に貢献できた」(佐藤氏)。

 1999年は、ADSLプロバイダーの先駆者である東京めたりっく通信や、イー・アクセスが設立された年でもあった。川中島町有線放送での商用ADSLサービス開始から3カ月あまりたった同年12月、ようやくNTT収容局のMDF(主配線盤)が解放され、東京都内など一部でNTTの電話回線を使ったADSLサービスがスタートした。さらに翌2000年にはNTT自身も「フレッツ・ADSL」を提供開始。そして2001年、「Yahoo! BB」がADSLの価格破壊を行い、ブロードバンドサービスが日本で一般化するきっかけとなった。

 現在の日本のブロードバンド市場について佐藤氏は「有線系ではNTTの光サービスだけが幅を利かせていて、悔しいかな、10年前のNTTの“光の国”構想がやっと軌道に乗ってきたという感がある。ただし、光サービスの料金はNTTの思惑通りか、高値止まりとなっている。条件不利地域への光サービスも依然として見通しが立たないことから、まだまだDSLサービスへの需要はあり、それらに応えていくことも大切だと認識している」と語った。


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(永沢 茂)

2009/9/2 11:00

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