インターネットが社会の基盤インフラとなりつつある一方、アナログ社会にはなかった新たな危険や落とし穴も増え続けている。この連載では、IT化が進む中で起こるさまざまな事件を、元全国紙記者が独自の取材によりお伝えします。(編集部)
■通称「ハギオギ」と呼ばれていた、ネット上伝説の詐欺師
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「ハギオギ」が拠点にしていた東京・神楽坂のマンション入り口 |
通称「ハギオギ」と呼ばれていた有名な詐欺師がいる。ネットオークションで大量の出品を繰り返しては落札者からカネをだまし取ったり、あるいは海賊版を出品したこともある。架空請求詐欺にも手を出していた。とにかく、インターネットにからむ犯罪にはことごとく手を出しているという、知る人ぞ知る有名人だった。
ハギオギの名前の由来は、この詐欺師が「萩村忠明(ハギムラタダアキ)」「荻村忠明(オギムラタダアキ)」という2種類の名前を使っていたことからだ。ネット上に姿を現わしはじめたのは、2001年ごろからとみられている。その手口は例えば、こんな風だ。
「今年6月、ネット史上最大ともいえるインターネット・オンラインショッピングモールのオープンを目指し、今回はオークションの場をお借りし、宣伝を目的としたキャンペーンを展開しております。およそ2,000万円を投じて、今回のキャンペーン商品を取りそろえました。」
こんな文章を掲げて、ノートパソコンなどを破格の値段でネットオークションに出品していたのである。説明文はよく読んでみると、何ともおかしい。
「少し頭を柔らかくしてお考えいただければ分かると思いますが、特にPC関係は不況の最中でも高すぎると思いませんか? 今までが、言わば大きな詐欺に遭っていたのですね。私は、ひとりでこれから始まる大改革をずっと計画してきました。運のいいことに、国内外の政財界の方々と太いパイプをつなげる事ができました。」
「来月の初旬には、株式会社登記、独自ドメイン取得。2002年4月中旬には、マスコミ・マスメディアを通して正式発表がなされます。今回落札いただいた方々は、大変ご賢明な判断をされたと思います。」
「われわれの主宰するビッグビジネスに興味を抱いた方は、歓迎いたします。世界一の物流・情報サービスを一緒に盛り上げましょう!」
■ハギオギは架空請求詐欺にも手を出していた
大げさなことを書いている割には、やっていることはノートパソコン詐欺……。「ハギオギ」はどんな表情でこの文章を書き上げたのだろうか。架空請求詐欺にも手を出していた「彼」は、こんな文章を書いていた。
冠省
貴殿が以前ご使用になりました携帯電話における出会い系アダルトサイトのご利用代金が左記のとおり未納になっております。(中略)尚、金額の多寡に係らず、たった一度の延滞でも銀行個人信用情報センター・CIC・CCB・全国信用情報センター連合会などのいわゆるブラックリストに事故として記載されます。最長7年間は住宅やマイカー購入ローンはもちろん門前払いとなり、またクレジットカード一枚ですら作成不可能となります。
またIT情報化社会の現在では、就職・転職・ご結婚・昇進の際に著しく不利になりますことを、老婆心ながら進言申し上げます。
そしてこの架空請求メールの名義は、以下のようになっている。
九州連合興業 代表取締役
九州部落解放同盟 理事長
政治結社 日本愛国青年維新塾
塾長 荻村忠明
エセ右翼とエセ同和を同時に騙るこの手口、数ある架空請求メールの中でもかなり幼稚な部類に入るだろう。
とはいえ、ハギオギの名前はインターネット裏ビジネスの世界では、つとに有名だった。詐欺対策ホームページなどでは、「ハギオギの名前に注意!」といった警告が過去に何度も出されていたし、ネットオークションでハギオギの名前が見つかると、気づいた誰かが、すかさず「出て行け! 詐欺師」などと評価欄に書き込んだりしていた。過去、これほどありとあらゆる犯罪に手を出している「人物」は珍しいといっていい。
■そして、とうとうハギオギにも捕まる日が
そして、とうとうハギオギが司直の手に落ちる日がやってきた。この2月、警視庁に仮名口座を開設していた詐欺容疑で逮捕されたのである。彼の本当の顔は、東京・神楽坂で「ふれあい友の会」という名前の電話代行会社を経営する41歳の男だった。しかも驚くべきことに、荻村忠明(オギムラタダアキ)というのは彼の本名だったのである。
直接の容疑は、練馬区内のタクシー運転手(53歳)に2カ所の銀行で口座を開設させ、買い取っていたというものだ。ハギオギは夕刊紙やネットに広告を出し、口座名義人を募っていた。応募してきた人には荻村被告が面接し、銀行での対応を細かく書いたマニュアルを渡していた。そして、指示された銀行支店に行って口座を開設。預金通帳とキャッシュカード、印鑑を揃えて荻村被告に渡し、1口座あたり2万~3万5,000円を受け取っていたのだという。
マニュアルには、「同じ名前では1支店で1口座だけ」「支店の窓口に行く際はきちんとスーツを着ていく」「預金額は100円」など、細かい指示が15項目に渡って詳細に書かれていたという。そして口座名義人を志望してきた人に対して、「口座を売っても罪にならない」と虚偽の説明をしていた。多重債務者など、カネに困った人も少なくなく、疑問を感じながらもカネになるということで指示されるままに口座を作っていたようだ。これらの口座名義人は50人以上に上っていたという。1人あたり30~40口座を開設していた。開設した仮名口座は、オレオレ詐欺グループや闇金融などに3万円~4万5,000円で転売していた。
ハギオギの仮名口座は、ネット上でも売られていた。「ふれあい友の会」の名前で、次のような広告がいくつかの掲示板などに書き込まれていたのである。
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この手口でハギオギは1,400もの仮名口座を作り、2年間で約2,000万円も荒稼ぎしていたのだという。
■ネット上、伝説の詐欺師の正体とは……。
それにしても、稀代の詐欺師がなぜ「口座屋」容疑なのだろうか――。彼ははもともと、電話受付代行やダイレクトメールの発送代行、さらには架空名義の携帯電話販売などを手がけていた。いわば、裏稼業のインフラ屋とでもいうべき商売を、手広く行なっていたのである。そんな仕事の一環として、仮名口座を販売するようになったらしい。当初は、自分の名義であちこちの銀行や信用金庫に口座を開設していたが、そのうちオレオレ詐欺グループや闇金から注文が殺到するようになり、そこで夕刊紙などで名義人を募って組織的に口座を販売する商売を思いついたようだ。本格的にこのビジネスをスタートさせたのは、ちょうど2年前からだったという。
さて、ここまで書けばお気づきだろう。ハギオギ本人は、実は架空請求詐欺やオークション詐欺には手を出していなかった。彼が過去に販売した「荻村忠明」名義の口座が裏稼業の間に広く行き渡り、さまざまな詐欺師たちに活用されていたというのが真相だったのである。
事件の取材にあたった全国紙記者が解説する。「荻村被告本人名義の口座が暴力団関係者などに広く行き渡り、あちこちで使われていたことが逮捕後の裏付け捜査で明らかになっています。使われた中に『萩村(ハギムラ)』という名前のものもあったのは、仮名口座を購入した詐欺師たちがハギとオギを読み間違えたためのようです」。
幽霊の正体見たり……ではないが、伝説の詐欺師・ハギオギの本当の姿は、実は単なる「口座屋」だったのである。
(2004/4/15)
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佐々木 俊尚
元全国紙社会部記者。その後コンピュータ雑誌に移籍し、現在は独立してフリージャーナリスト。東京・神楽坂で犬と彼女と暮らす。ホームページはこちら。 |
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