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第16回 Winny開発者の真意が見えない「世紀の裁判」
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第16回 Winny開発者の真意が見えない「世紀の裁判」

TEXT:佐々木 俊尚
 インターネットが社会の基盤インフラとなりつつある一方、アナログ社会にはなかった新たな危険や落とし穴も増え続けている。この連載では、IT化が進む中で起こるさまざまな事件を、元全国紙記者が独自の取材によりお伝えします。(編集部)

Winny公判は「世紀の裁判」となりうるか?

 ファイル共有ソフト「Winny」を開発・配布したとして著作権法違反幇助の罪に問われた東大大学院助手、金子勇被告の公判が、京都地裁でスタートした。各紙は「検察と弁護側、全面対決の様相」と書き立て、この公判が世紀の裁判になるであろうことを期待している。

 しかし、本当に世紀の裁判になるのだろうか?

 検察側は「金子被告は中立的なファイル共有ソフトの開発を目指してWinnyを制作・配布していたのではなく、著作権違法行為を増長させることを企図していた」と主張し、Winnyを普及させた行為そのものの犯意に絞り込んだ論理を展開した。検察官はWinnyというソフトそのものの是非についてはいっさい触れていない。それどころか、Winnyそのものが、著作権侵害に抵触しないかたちでのファイル送受信が可能であったことまでも認めている。Winnyそのものは違法ではないが、Winnyを配布した行為に違法性がある――という主張である。

 一方、弁護団の側は、あくまでWinnyというソフトの存在の是非を前面に打ち出した。「本件は金子被告がWinnyというファイル共有ソフトを開発し、公開したことを著作権侵害の幇助行為に当たるとしているが、それは被告によって発明されたファイル共有技術そのものを違法として、処罰しようとするものにほかならない」「Winnyにはファイル共有の効率化のために驚くべき工夫、技術が盛り込まれており、その被告の独創性、開発能力は世界的にも驚異としかいいようがない。検察官は無理解によって、わが国の誇るべき頭脳が生んだ金子被告の貴重なソフト技術開発を、闇に葬り去ろうとしている」と訴えたのである。

 論点は、一見かみあっていないように見える。だがこれは、双方がそのような作戦を立てたからだろう。



犯意の存在を主張する検察側と、Winnyの違法性を問う弁護側

 検察側は、犯意の存在を徹底的に洗い出した。金子被告が「47」氏と名乗って、警察の摘発がWinnyによって困難になるという趣旨の書き込みを行なったことや、実姉とのメールのやりとりで「公に作者だとしてあまり名前出せないようなものを作っても仕方ないんだけど、悪貨は良貨を駆逐するってのはいつの時代でもそうで、悪用できるようなソフトは特に宣伝しないでも簡単に広まるね」などと書いたことなどを並べ上げた。

 そして検察官は、こう言ったのである。「Winnyで自作の著作物を発表したり、企業が宣伝広告のためにファイルを配信するなど、著作権を侵害しない形態でのファイルの送受信を行なうことは可能だが、このような利用実態はほとんどない上、このような利用の場合、Winnyの特徴である匿名性は有用性を持たないものであった」。検察官としては、有罪を証明するためには犯意の立証さえ行なうことができればよく、金子被告が優秀であるかどうか、またWinnyというソフトがどれほどの価値のあるものであるかはどうでも良い問題なのだ。

 弁護団の側は、Winnyを配布したという金子被告の犯意については、法廷では今のところいっさい論じていない。ではいったい、「47」氏発言から読み取れる違法行為の意志については、どう弁論するのだろうか。その疑問を初公判終了後の記者会見で弁護団にぶつけてみると、こんな答が返ってきた。

 「Winnyそのものが適法か違法かが明らかにならないと、配布がだめなのか、どういう場合にはだめなのかという議論には行き着かないと思う。Winnyは本当に違法なのか、適法にも使えるものなのかどうかということが議論の基礎であって、まずそこを検察側に明確にしてもらわないと、議論はできないですね」

 筆者は聞いた。「では、Winnyそのものが違法でなければ、配布も違法にはならないということですか?」

 「ええ。その場合は、どのような場合の配布は違法なのかという議論になってくると思います。検察側にはそこのところを明らかにしていただきたいということになるのですが、現在ではいずれも明らかになっていない。そういう状況だと思います」



「著作権システムに穴を開けようとした47氏」は被告と同一人物なのか

 しかし配布の犯意については、2ちゃんねるの「47」氏発言で明らかにされているのではないだろうか。記者会見後の立ち話で、筆者は弁護団のひとりに問いただした。彼はこう答えた。「検察側は1,480ページもの2ちゃんねるのログを証拠申請していますけど、そのログの膨大な書き込みが本当に被告のものなのかどうか、検察側が立証できると思いますか?」

 つまり弁護側は、47氏が金子被告その人であるということは、認めない方針のようなのである。弁護団がそれを認めなければ、検察側は犯意の立証のために47氏が金子被告であることを何とかして証明しなければならない。だが2ちゃんねるに当時のアクセスログは残っていないと見られ、立証は確かに困難だろう。

 そう考えると、弁護側の作戦はきわめて巧妙だ。2ちゃんねるでの発言をはじめとする犯意についてはあえて弁護側からは踏み込まず、ひたすら「Winnyという技術的に高度なソフトを開発した金子被告の行為は是か非か」という論点で攻め立てる。犯意が立証されなければ、Winnyを配布し、著作権システムを崩壊させようとした行為の是非については、問われることはなくなる。

 プロフェッショナル集団である弁護団の戦術としては、きわめて有効だろう。しかし金子被告は、本当にそれでいいのだろうか。彼はいったい何を求めて京都地裁101号大法廷の被告席に立ち、いったいどこを目指そうとしているのだろうか。

 もし彼が47氏であったのであれば、彼が求めているのは日本の著作権に対するアンチテーゼであり、現状に対する何らかの変革を求めていたのは明らかだ。その変革の意志を、被告席で堂々と発言してもらいたかったと思っている人は少なくないはずだ。

 すでに何度もあちこちで引用されている言葉だが、47氏は2ちゃんねるでこう書いていた。

 「もちろん、必死に暗号アタックすれば、キャッシュや公のサーバーにおいてあるファイルの名前や中身がわかる可能性はいつまでも残るわけですが、この状態でやばい物を持っていて、なおかつ持ち主が暗号解読不可能な状態なら、それを公開している人が著作権侵害に当たるのか? わいせつ物陳列になるのか? →問題その1。もしくは、システム側で完全に匿名にできたとしたら、そのシステムを作った人に責任を押し付ける可能性は?という問題がなくもないわけです」(2003年4月3日)

 47氏の考え方は、こう読み取れる。――インターネットの普及によって、デジタルコンテンツがネット上を自由に流通するという新たな世界がやってきた。だがこれによって、旧来の著作権システムでは捉えきれない状況が現れつつある。これまでのように流通しているコンテンツ1つ1つに課金し、それによって収益を上げるという旧来のモデルは、もう通用しないのではないか。そろそろ古い著作権システムをひっくり返し、新たな枠組みを構築すべき時が来ているのではないか。

 そうして47氏は、こう考えたのである。「著作権などの従来の概念がすでに崩れはじめている。お上の圧力で規制するというのもひとつの手だが、技術的に可能であれば、誰かがこの壁に穴を開けてしまって、後ろに戻れなくなるはず。どうせ戻れないのなら、押してしまってもいいかなってこともある」。そうして彼は、Winny開発を行なうに至った。

 著作権の枠組みが崩れ始めているという見方は、正しい。47氏が求めた世界とは異なるかもしれないが、それはここ数年、著作権の世界で戦われている巨大な“戦争”とも、ある部分で交錯してくるのではないだろうか。

 それは著作権という枠組みが、いったい何を守るためのものかという議論だ。



保護に向けて進む「先進的」な日本の著作権システム

 日本の著作権システムは「先進的」と言われている。しかしそう言っているのは著作権団体や監督官庁である文化庁などで、逆に一部の研究者や学者などからは「日本の著作権は時代に逆行している」という批判も大きい。同じ著作権法であるはずなのに、なぜ見方が180度異なるのだろう?

 日本の著作権システムの特徴は、著作権の保護機能をきわめて強化しているところにある。正当な理由があれば、著作権者の許可がなくても著作物を利用できるというフェアユース(公正利用)が著作権法に規定されておらず、私的使用や引用行為など個別の例外規定が認められているだけだ。逆に著作権を保護する規定については、「送信可能化権」が世界各国に先駆け、1997年の著作権法改正で導入された。これはインターネットで著作物を不特定多数に送信する権利で、この規定が導入されたことで初めてWinnyやWinMXなどのユーザーを摘発することが可能になったのである。さらに今年に入ってからは「レコード輸入権」という珍妙な条文まで新たに作られ、海外版CDの輸入が規制されることになった。

 著作権保護団体の関係者は、「現在は法律で認められている家庭内での私的コピーさえも、法改正で禁止しようという動きが出ているほどで、最近はかなり突っ走っている状況」と説明する。この関係者に、「なぜレコード業界や映画業界など、著作権団体寄りの法律ばかりできて、消費者に有用な法改正が行なわれないのだろうか?」と聞いてみると、こういう答が返ってきた。

 「著作権法という法律は、音楽業界や映画、ソフト業界といった著作権団体と文化庁で作られたクローズドサークルの中で作られているから。著作権は『票』にならないので国会議員もほとんど興味を持たず、文化庁から法改正案が提出されると、これまではほぼ素通しで可決されることがほとんどだった」

 そうした状況に対して、一部の学者や研究者からは強い批判の声が上がっている。著作物の権利は単に保護するだけでなく、その著作物がさまざまな人に有効利用されるように促さなければならない。しかし日本にはそうした枠組みが存在しておらず、このままでは日本の技術や文化の衰退につながるというのである。こうした考え方としては、米スタンフォード大のローレンス・レッシグ教授が唱えている「コモンズ」という概念が有名だ。著作物をコモンズ(共有地)になぞらえ、公園や空き地のように皆が自由に使える共有の場所があってこそ、社会は豊かになることができた。著作権も作った側が必死で守るだけでなく、皆がコピーしたり、その技術を盗んだりして次世代の新しい文化や技術を生み出すことに役立てなくてはならない。ビートルズだって、50年代のロックンロールやブルースを散々無断でコピーして、自分の中に取り込んだからこそあれほどの素晴らしい曲が書けたんではないだろうか? というのである。

 この考え方と金子被告の脳裏にあるビジョンは、どこかで交わるのだろうか。

 しかし彼と弁護団は現在、自分が「47」氏であったことを公には認めていない。そして彼が47氏として2ちゃんねる上で掲げた思想についてはいっさい触れられないまま、裁判は進行していこうとしている。

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(2004/9/10)

佐々木 俊尚
 元全国紙社会部記者。その後コンピュータ雑誌に移籍し、現在は独立してフリージャーナリスト。東京・神楽坂で犬と彼女と暮らす。ホームページはこちら

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