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【レポート】

父島の“日本一早い初日の出ライブ”計画のその後<その4>


へき地におけるIT活用をバックアップする「人のつながり」


 インターネットへのアクセス手段がISDNのダイヤルアップ回線しかないという父島の通信事情は前回紹介した通りだが、ここまで極端ではないにしても、同じような悩みを抱える地域は離島に限らず存在するだろう。しかし、よりによってなぜ父島で無線LANネットワークを構築したり、コンテンツ配信に取り組むことになったのか?

 きっかけは約2年前に遡る。ライブ中継の推進役であるランドサービスの三澤一信さんは、実は父島の出身者ではない。移住してきたのは今から1年半ほど前のことで、それまでは東京のIT関連企業でユーザーサポート業務に就いていた。その頃はスピードネットが設立され、無線LANを利用した常時接続サービスの可能性が注目されていた時期だ。サーバーを管理していた同僚の影響もあって、三澤さんはISP事業に興味を持つようになり、以前に何度か訪れて気に入っていた父島で「いつか無線LANプロバイダーを開きたいと考えるようになった」。

 ところが、父島にはインターネットへのバックボーン回線が存在しないことが判明。そこで当時は提供されていなかった父島への専用線サービスを始めてもらえるかどうか、衛星サービスを手がける通信会社に問い合わせてはみたものの、「月額50万円はかかると言われて、父島でのISP計画は一時暗礁に乗り上げてしまった」。

 その後、希望通り父島に移り住んだ三澤さんは、ISP開業計画からはしばらく離れることになる。ランドサービスの社員としてインターネットカフェを運営するかたわら、ISP開業を模索する過程で得た知識や人脈を活用。島内におけるITの理解を広める活動に取り組むことになった。2001年8月には、通信機器メーカーなどの協力のもとで、無線LANで島内ネットワークを構築する「e-ISLAND小笠原」が実施されている。

 この実験に続いて行なわれた今回の初日の出ライブ中継は、小笠原の誇る観光資源をインターネットで広く知ってもらおうという目的も当然ながらある。しかしむしろ重要なのは、地理的な通信環境のハンデを乗り越えて住民自らが取り組んでいる点である。サービスが整備されるのをただ待つのではなく、IT活用の機運をボトムアップで盛り上げていくことが父島のインターネットユーザーにとって必要だったのである。

ライブ当日の未明、三澤さんは手伝いの小谷野さんとともに傘山に登頂。午前8時にライブが無事終了するまでの5時間を山頂で過ごしたという 実際にインターネットで配信された画像の1枚。「小笠原チャンネル」のウェブサイト内で連続写真を見ることができる

 2002年1月1日午前6時22分、父島の東の海上に太陽が顔を見せた。水平線付近に雲がかかっていたため、本来の時刻より2分ほど遅れてしまったものの、本州の銚子市犬吠埼よりも20分あまり早い、日本一早い初日の出のインターネットライブ中継が実現した。

 当日は、アクセスが集中しすぎたためカウンターのCGIが停止。正確なカウントがとれなかったそうだが、ミラーサイトも含めると10万を超えるアクセスがあったという。同時に行なったiモード向けの初日の出画像配信も成功した(父島では確認のしようがなかったそうだが……)。

 ボトルネックとされていたインターネットまでのダイヤルアップ回線も、結果としては致命的な影響を及ぼしたわけでもなかったようだ。初日の出という映像素材は激しい動きをともなうものではないため、公開サーバーの画像更新頻度が約10秒に1コマ程度でも十分に雰囲気が伝えられた模様だ。

みやげもの店の軒先にずらりと並べられた「ぎょさん」。一見すると、居酒屋の座敷席に用意されている便所行き用サンダルだが、鼻緒があるところの構造はビーチサンダルと同じ。ここ父島ではもっとも愛用されている履き物だとか(さらに母島には「ははぎょ」というレア物があるらしい) ぎょさんとは「漁師用サンダル」の略だとか。確かにこれなら水に濡れることなど気にせずに海に入れるし、たとえ濡れてたとしても滑りにくい。すぐに乾くのでそのまま街中も歩けるだろう。父島に訪れた観光客にもおすすめだ(もちろん記者も1足購入した)

 「今回の企画で感じたことは、地方、特に父島のようなへんぴなところで地域情報化を進めるためには、人のつながりがとても重要であるということです」。三澤さんは後日、今回の取り組みを振り返ってそうコメントしている。すでに本レポートでも、必要な機材を自作したり、機材設営にかり出されたボランティアスタッフを紹介したが、協力者は島内に止まらない。運用ノウハウや機材の提供では、遠く島外からもバックアップしてくれたメンバーの存在が大きい。

 中でも三澤さんが「地域情報化の師匠として崇めて」いるのが、「乗鞍CyberNetwork」(http://www.cybernetwork.jp/)の岩田健二氏である。乗鞍CyberNetworkについての詳細は同ウェブサイトを参照して欲しいが、長野県安曇村のペンションなどを結ぶこのネットワークは、無線LANを利用した広域ネットワークとしては先駆け的な存在だ。三澤さんが無線ISPを模索している過程で噂を聞きつけ、相談にのってもらったのが岩田氏と知り合うきっかけだった。その後、岩田氏の紹介で、今回も無線ルーターを提供してくれたルートなど、通信機器メーカーなどとのつながりも生まれたという。今回機器を借用したメーカーの中には、11月に計画が決定してから貸し出しを依頼したにもかかわらず、「まったく面識はないのに快く協力していただいた」ところもあったという。

 すべての機器がそろって、撮影テストまで漕ぎ着けたのは12月30日のこと。さらにライブ当日も、公開サーバーやiモード向け配信で協力した会社のスタッフが、元旦にもかかわらず早起きして対応。「中継中にサーバーの設定を変更していただくなどの処置をしてもらい、アクセス集中によるサーバダウンなどの問題を回避」(三澤さん)することができたという。企業同士のつきあいというよりも、個人としてバックアップしてくれた人々のおかげで、「かなりの不安要素があった中、ギリギリところで成功できた」と三澤さんは振り返る。

1月1日、大村海岸では海開きのイベントが行なわれ、多くの人でにぎわっていた。と言っても、海が閉まっている期間があるわけではない。1年中泳げるので、いちおう年の始めで区切って海開きとしているだけである 大村海岸は、インターネットカフェ「ガーデン」の目と鼻の先(写真では右手前の辺りのビーチ)。市街地のそばにもかかららず十分にきれいなビーチだが、地元の人が泳ぐことはほとんどないらしい。もっときれいで静かなビーチがいくつもあるためで、なんともうらやましい限り

 バックボーンがどうにも調達できないことで断念していた無線ISP計画だが、三澤さんはこれを完全にあきらめてしまったわけではない。6日に1便しか定期船がやって来ない父島では「本屋や新聞がなく、紙ベースの情報源が不足している」。一方、テレビは東京と同じ番組が見られるが、「新しく詳細な情報はインターネットに限る」ということで、ぜひとも島外への高速な常時接続環境を実現したいのだ。

 そこで三澤さんが次のステップとして考えているのが、「超高速インターネット衛星」による接続だ。これは宇宙開発事業団が2005年度の打ち上げを予定している通信衛星で、現在、利用実験のアイディアを広く募集している(http://oss1.tksc.nasda.go.jp/smac/i-space/boshu.html)。三澤さんは、以前から岩田氏よりこの実験に募集してみてはどうかとすすめられていたそうだが、今回、利用候補地として父島から名乗りを上げることにした。利用目的として遠隔医療や遠隔教育などが挙げられているが、もちろんトップにある項目は「プロバイダー開設による島内無線LAN常時接続」である。

 確かに、たとえ採用されたとしてもこれはまだ実験段階であり、本当に父島でブロードバンドが実用化されるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。それでも三澤さんは、「設備や予算などさまざまな問題はありますが、人的財産を活用すれば、ある程度の困難は乗り越えられるような気がします」と前向きだ。父島に高速なバックボーン回線が開通し、無線ISPが可能になる日に備え、「香川社長とともに密かに企画を温めている」という。(おわり)

大村地区から徒歩では30分ほど、島の北西部にあり、西の水平線を見渡せる三日月山展望台。父島はホエールウォッチングが楽しめることで有名(「小笠原ホエールウォッチング協会」を参照)だが、ここは陸からウォッチできるポイントでもある 三日月山展望台は、水平線に沈む夕日を眺めるのにもうってつけの場所だ。写真は2002年の“初日の入り”。父島には、ウェブカメラでライブ中継したくなる風景がたくさんある。クジラが見られるとうれしいのだが、動きの激しいものはブロードバンドが実現してからのことか?

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(2002/2/7)

[Reported by nagasawa@impress.co.jp]


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