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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編12
表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?(3)
新JCS委員会での審議経過を報告しよう

       
Illustation:青木光恵

●新JCS委員会では何が話されているのか

 前回の原稿を掲載してから、まただいぶ時間があいてしまった。読者の皆さんにお詫びしたい。今は8月。JIS漢字コードの見直しをかかげる新JCS委員会は、これまで親委員会が3回、その下のWG(Working Group=作業部会)が2回の会合を終えたところだ。

 さて、まず私はこの新JCS委員会の審議内容を読者の皆さんにお伝えすべきだろう。しかし、どうすれば誤解なく説明できるのか頭を抱えている、それが正直なところだ。とにかく山のような文字コードに関する予備知識を前提にしないと正しく伝えることができない。しかしそれは限られた紙面では大変にむずかしい。一方で、前回掲載した特別編11回は〈次回は私が感じた疑問点を文化庁の担当者に直接ぶつけてみることにしよう。〉で終わらせたままだ。さて、どうするか?

 悩んでいるうちに7月がすぎ、8月もすぎようとしている。こうしていても仕方ない。ひとまず今回は、予定を変更して新JCS委員会の審議の流れを、簡単に解説することにする。しかし、審議の内容そのものは、ごく大ざっぱに触れるだけにとどめる。そして次回に“何が問題になっているのか”ということを、前回の特別編11回でそのままにした問いかけと一緒に整理と解説を試みたい。
 おそらく、この原稿の配信と前後して、日本規格協会のウェブサイト(http://www.jsa.or.jp/)で新JCS委員会の議事録と配付資料(一部非公開資料をのぞく)が公開されるはずだ。読者の皆さんには、それら一次資料も参照することによって、さらに深く理解してほしいと思う。

 私は特別編第10回で、JIS漢字コードの見直し方針について、7月には委員会としてある程度まとまった方向性が出せるだろうと書いた。
 この見通し自体は経済産業省の当時の担当者から聞いたものなのだが、実際の審議の進行ははるかその手前にとどまっている。見直しの対象はJIS漢字コードの基本、JIS X 0208だけか、それともこれを拡張する第3・4水準のJIS X 0213を含めるのか、その際に国際規格の翻訳版、JIS X 0221(=ISO/IEC 10646≒Unicode)はどうするのか、はたまたJIS X 0212(補助漢字)はどのように関連するのか。また、もしいずれかを改正するとして例示字体の変更までするのか、それとも規格本体は変えずに、表外漢字字体表とJIS符号位置の対応表を附属書として追加する程度にとどめるのか、こうした基本的な点で委員の間で議論百出し、まだ方向を定めることができていないのが現状だ。

 異論を承知で乱暴にまとめると、過去83JISで苦汁を飲まされた過去のあるメーカー各社は、表外漢字字体表に合わせたJIS改正は必要と考えているものの、例示字体の変更まで踏み込むことに抵抗を感じている。一方、日本書籍出版協会、日本雑誌協会などの団体や文化庁は、表外漢字字体表の文字がプリンターから打ち出されるような環境になることを望んでいる。また、それとは別にJIS X 0208やJIS X 0213の例示字体が変更された場合、JIS X 0221との関連で深刻な混乱が生じることを指摘する人々がいる、そんな状況だろうか。まさに百家争鳴だ。

 しかし、彼らが直面している問題の底知れない根深さを考えれば、これも致し方ないと私には思える。彼らがやろうとしているのは「変えるにせよ、変えないにせよ、1983年以来の大きな見直し」(佐藤敬幸・新JCS委員会副委員長)なのだ。一歩踏み外せば、それは即座に83JIS(JIS X 0208の第2次規格)の悪夢の再来につながる[*1]。なかなか結論が出ないのは当然だし、慎重に判断しようとするのももっともだ。

[*1]……これについては前回、特別編第11回で詳しく述べた。

●一見すると迷走状態の委員会だが……

 第1回の会合は5月22日に開かれた。これを皮切りとして臨時会合(以下、アドホック)をはさんで、今まで計3回の会合が開かれている。しかし、その審議の大半を占めるのは、“JISはどのように表外漢字字体表に対応すればよいか”という点についての意見表明と、その応酬だ。その限りで言えば、委員会での議論は多種多様な意見が交わされるものの、何回会合を開いてもいっこうに方向性が定まらない、つまり“船頭多くして船山に登る”といった状態だと言うこともできる。

 しかし私の見るところ、これも議事運営を担当する幹事団の納得ずくの展開ではないか。それが象徴的にあらわれているのが、午前と午後の合計6時間にもおよんだアドホックの内容だ。ここでは委員以外のメーカーからアップルコンピュータ、三菱電機インフォメーションテクノロジー、東芝モバイルコミュニケーション、沖電気工業を招き、意見の表明をしてもらっている。

 おそらく、幹事団が心を砕いているのは、最終的に一人でも多くの利害関係者が合意することなのではないか。委員会でどんな結論が出たにせよ、委員会の内外を問わず、利害が関係する人々の納得したものでなければ、結果として生じるのは社会的な混乱だ。
 だから最初期の段階では、一見遠回りのように見えても、これら委員会以外の人々も含めて、なるべく多くの人々に思いの丈をすべて吐き出させることが必要と考えたのではないか。反面ドライな言い方をすれば“ガス抜き”、私にはそう思える。

●WGの性格からうかがえる“メーカーの反乱”の影響

 そうした見方を裏付けるかのように、7月12日に開かれた通算3回目の委員会で、下部機関であるWGの設置が提案される。ここでひとまずWGに課せられたのは、表外漢字字体表とJIS漢字コードの対応関係の同定と分類、そしてその分類ごとにどのような問題点が考えられるかの洗い出し作業だ。

 つまり、親委員会での“思ったことはどんどん言ってもらおう”といった雰囲気とは一転して、幹事団がWGに求めたのは、冷静な判断の根拠となるべき事実の同定と分類だ。そうしてWGに具体的なメニューを列挙させ、どれが適切か親委員会で判断する。判断にあたっては、あらかじめ親委員会のガス抜きは終わっているから、“~~すれば、~~しかねない”というような感情の色彩をおびたものにはならないだろう。幹事団が描いている絵図は、恐らくこんなこところではないか。

 ここで注目されるのはWGの性格だ。経済産業省が通算3回目の委員会で配布した資料JCSNNP-2-08『新JCS委員会作業WGの設置について(案)』によれば、WGの活動は3つの期に分かれ、厳密に期ごとにテーマを設定されている。さらに同資料では「新JCS委員会と作業WGの関係」として以下の3項目を挙げている。

(1) 作業WGは、新JCS委員会が指示した検討依頼事項に基づき、検討を行なう。
(2) その検討結果は、親委員会に(中間)報告し、承認を得る。
(3)(中間)報告の内容によっては、親委員会は、作業WGに新たな項目の検討を依頼することもあり得る。

 以上から読みとれるのは、WGの役割をきっちりと限定し、親委員会によって制御しようとする意志だ。どうして? おそらく(今回こればっかりだなあ)WGの設置を考える際に幹事団の頭の中にあったのは、JIS X 0213での親委員会とWGの行き違いと、それによって引き起こされた日本工業標準調査会・情報部会での最終審査の紛糾だったのではないか。

 ここで何があったかについては、すでに私は第2部の第6~13回で、詳しく報告した。
 既存JISの改正作業とは異なり、ゼロから新しい文字コードを作るJIS X 0213の開発では、文字について非常に高度な専門知識を必要とされる事情があった。その結果、直接の作業当事者であるWGが発言力を持ち、本来WGに対して実務作業を委託したはずの親委員会の存在感は、相対的に薄いものになってしまったように私には思える。
 1999年8月、JIS X 0213制定の最終段階である日本工業標準調査会・情報部会での最終審査にあたり、他ならぬ原案作成委員会(親委員会)の一員である日本IBMとNEC、日本電子工業振興協会が、他メーカーを誘って原案をJISとしないよう要望書を出したことも、つまるところ親委員会の審議で、自分たちの意見がいれられない不満があったからだ。

 今、要望書を出したメーカーに理があったかどうかを考える時間はない。しかし、こうした行き違いが、JIS X 0213の制定にあたって障害となったのは事実だ。そうした目から見ると、新JCS委員会幹事団の姿勢にJIS X 0213の教訓のようなものを嗅ぎとってしまうのだ。

●法的な裏付けのない表外漢字字体表

 最後に委員会の審議を傍聴しながら感じた、私の小さな懸念を一言。そもそも現在の表外漢字字体表とは、文部大臣の諮問に対する国語審議会の答申にすぎない。この文書が公的なものであるのは確かにしても、今現在、法的な根拠はまったくない。
 常用漢字表にしても、現代仮名遣いにしても、これまで国語審議会が答申した国語施策は『内閣告示・訓令』という法的な裏付けを与えられている。これは、日本政府を代表して正式に各行政機関に通達するものなのだが、だから常用漢字表と表外漢字字体表は、重みという意味ではっきりと違うと言える。
 今年3月に行なった表外漢字字体表の事務当局者、文化庁の氏原基余司国語調査官(新JCS委員会のオブザーバーでもある)へのインタビューでは、内閣告示・訓令化に関して内閣法制局と交渉していることは認めたものの、その行方については「わからない」とのことだった。つまり表外漢字字体表は答申のままに終わる可能性だって十分にある。

 法的な根拠のない文書に、なぜ工業標準化法を根拠に持つJISが対応しなければならないのだろうか? それに対する回答とも考えられるのが、アドホックで配付された佐藤敬幸副委員長の『国語審議会答申をJISに反映させるべきかどうか(私見)』(資料番号JCSNNP-臨-02)だ。
 この中で佐藤副委員長は、表外漢字字体表の解釈がフォントベンダーによって変わる可能性を指摘した上で、〈国語審議会答申のJISへの反映の方法は明示的に統一される必要があります。〉としている。そういう混乱を防ぐためにこそ、JISという標準があるはずではないか、という訳だ。

 その通り。この佐藤副委員長の考えは正しいと思う。そこで私が懸念するのは、仮に結論が例示字体の変更におよぶ大規模な改正になった場合のことだ。そうなった時、新しいJISを実装するメーカーにとっては、捉え方によってまったく方向の異なる、二つの現実になるだろう。すなわち“ビジネスチャンス”と“サポート”だ。

 例示字体が変更されたJISを、メーカーが“ビジネスチャンス”として考えたのなら話は簡単だ。“新JIS対応”のラベルを貼って大々的に商品を売ればよい。しかし、もしもそれが“サポート”の対象として考えるべき立場のメーカーだったら?
 たとえば過去に納入したコンピューターシステムを、新JISに対応してくれと顧客から言われる。前述のようにこれを“ビジネスチャンス”として売り上げの拡大に使えるメーカーはよい。しかし納入直後だったなど、さまざまな事情で“サポート”としてしか対応できないメーカーの場合は、新たなコストを発生させることに社内から異論がでるだろう。なぜならばJIS X 0208:1997やJIS X 0213:2000では、表外漢字字体表は包摂の範囲内におさまるからだ。まったく何もしなくても、“実装したJISは表外漢字字体表に対応ずみ=だから表外漢字字体表にも対応ずみ”という解釈が成り立つ[*2]。この解釈には強力な援軍がいる。これならコスト・ゼロですむ。
 しかも表外漢字字体表には法的な裏付けがない。そんなものに、金を出してまでどうして対応しなければならない? そのへんの道を歩いている人に聞いてごらんよ、「表外漢字字体表を知ってますか」って。誰も知らないよ。ウチだって苦しいんだ、お客さんには「大丈夫です」って言えば納得してくれるよ……。
 そうした結果おこるのは、78JISと83JISが併存して実装された80年代と同じ混乱だ。JIS X 0208:1997やJIS X 0213:2000と新JISを実装したシステムの間で文字化けがおきてしまう。

 このようにして、表外漢字字体表が法的な根拠を持たないという事実は、新JCS委員会にとって足枷となり、自由な判断をさまたげるのではないか。これが私の小さな懸念だ。

 次回は、もう少し審議の内容に立ち入って説明したいと思う。どうかお楽しみに。

[*2]……もちろん工業標準化法では現行のJISこそがJISだから、“旧バージョンのJISに適合”とは論理矛盾にすぎない。しかし、本文でも後述するように、私たちは同じJIS X 0208の第1次規格と2次規格、つまり78JISと83JISが併存して実装された歴史をもっていることを忘れてはいけない。

(2001/8/22)

[Reported by 小形克宏]

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