独立行政法人経済産業研究所(RIETI)は4日、東京都内で「ブロードバンド時代の制度設計II」と題したシンポジウムを開催した。「コモンズ」の著者としても知られるスタンフォード大学のLawrence Lessig教授をはじめ、REITI上席研究員の池田信夫氏、米連邦通信委員会(FCC)や総務省の政策担当者らが参加し、電波行政や通信規制のあり方についてディスカッションが行なわれた。
● 電波の“開放”戦略も盛り込んだ総務省の政策ビジョン
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司会を務めたREITIの池田信夫氏(左)、総務省の竹田義行氏(右)
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電波行政についてはまず、総務省総合通信基盤局電波部長の竹田義行氏が、同省の電波政策ビジョンについて説明した。総務省は9月までに、周波数割り当ての抜本的見直しや再配分、それにともなう給付金制度の導入などを盛り込んだ研究会の報告書をとりまとめており、2004年度の電波法改正に反映する予定だという。
周波数の見直しとしては、5~6GHz以下の移動通信システムと、主に5GHz帯の無線LANの利用が拡大するとし、これらに周波数を再配分する方針だ。誰でも免許不要で自由に使える無線LANなど、“コモンズ(共有地)”として“開放”する周波数も拡大する。竹田氏によれば、総務省ではコモンズとして18帯域9,600MHzを分配済みで、これは世界最多水準になるという。
その一方で、見直しする周波数の既存利用者には「どいてもらうか、共用条件を決める必要がある」。そこで設けられるのが、既存利用者のシステムの残存価値や設備の撤去費用を補償する給付金制度である。再配分された周波数をネットアクセスなどに利用するユーザーに、給付金の5~10割の範囲で一定額を負担してもらうかたちになるという。なお、周波数の再配分にあたっては、「いかにして迅速に周波数を(ニーズのあるサービスに)供給できるか」を最優先に考えたという。電波の利用状況を3年ごとに調査・評価し、「周波数利用の透明性の確保」を図りながら、不効率な帯域を洗い出すスキームも導入する。
● 電波政策は“命令と統制”から“コモンズ”へ
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スタンフォード大学のLawrence Lessig教授(右)、FCCのRobert Pepper氏(左)
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総務省の政策について、政策コンサルティングを手がける有限会社風雲友の代表取締役社長である田中良拓氏は、「今までの政策を寄せ集めたもので、抜本的な政策はひとつもない」と指摘。「今までの政策を分析・修正するものが書いていない以上、何も変わるはずがない」と厳しい評価を下した。
Lessig教授は、「電波の利用効率とは何か定義すること」が必要だと指摘。基準は複雑になるが、その詳細を詰めないまま政策を推し進めれば、政府自身が電波の有効利用の障害になるとして、割り当てプロセスに対しては本当に効率が上がるのかどうか懐疑的な見方を示した。
米Intelの通信政策担当ディレクターであるPeter Pitsch氏も、「無線はこれからも進歩するが、いちばん大きな障壁は米国の周波数政策だ。FCCのやってきたことをそのまま日本に当てはめる必要はない」と強調する。コモンズとなる免許不要の周波数は83.5MHzに過ぎず、ほとんどの周波数が、政府による“命令と統制(コマンド・アンド・コントロール)”というやり方で運用されていることが障害になっているのだという。「古い技術は消費者にとってコストが高くつく」として、そのような技術が周波数を不効率に使い続ける電波政策に解決策を求めた。
ただし、池田氏によれば、「2002年11月にFCCのタスクフォースがとりまとめた報告では、米国はコマンド・アンド・コントロールを止めると言っている」という。これについてFCC電気通信政策局長のRobert Pepper氏も、「コマンド・アンド・コントロールの役割はある」としながらも、その割合は縮小され、「将来は1~2割程度になる」とコメントした。総務省の竹田氏は、「コマンド・アンド・コントロールは必ず残る」としている。
一方、コモンズ周波数に関連してLessig教授は、「無線LANは、ユーザーがネットワークを所有できる点が重要。消費者がこれを使うことでネットワークを拡大できる」と評価した。
IntelのPitsch氏もまた、「2.4GHz帯はジャンクスペクトラムだと言われているが、コストが低い。これをうまく使えば、電波の希少性の問題を解決できるのではないか」と指摘。さらに、「テレビの空きチャンネルをキャッチして、(放送に干渉しない範囲で)無線LANとして使えるようにするシステム」も実用化すべきだと強調する。Intelではすでに、チャンネルが混雑しているサンフランシスコなどでモニタリングを行なっているが、例えばチャンネルが少ない地方では「長距離のソリューションとしても使える」としている。
● 日本のブロードバンド政策は成功したのか?
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風雲友の田中良拓氏(左)、米IntelのPeter Pitsch氏(右)
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有線ネットワークの通信規制について話し合うセッションでは、司会の池田氏から「国の政策は成功だったか」との質問が投げかけられ、これに対して総務省総合通信基盤局国際経済課長の鈴木茂樹氏は、「ADSLをはじめとするブロードバンドが日本でこれだけ普及したのは、回線のアンバンドルやコロケーションを義務化し、紛争処理手続きを整備した政府による規制の結果だと言える」と回答。市場競争を促す路線をとってきたここ数年の政策について、「ブロードバンドが普及していることから判断して、成功だったと言えるのではないか」と評価した。
ただし、日本が以前はISDNを推進し、一時は米国よりも進んでいたと思っていたのもつかの間、その後インターネットでは米国に先行された歴史を挙げ、「その時々の技術やマーケットストラクチャに対応したところが成功したと言える」との考えを示した。これに関連してFCCのPepper氏は、「ISDNは政府がテクノロジーを選んでしまった。ADSLではまずアーキテクチャが決められ、新規事業者が参入できる機会を提供した」と、その普及の背景の違いを分析した。
一方、米国の政策についてLessig教授は、「CATVもアンバンドルすれば、競合が増え、米国のブロードバンドはもっと低価格化する」として、「他の国よりも遅れている」との評価を下した。
● ブロードバンドの普及でユニバーサルサービスが課題に
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総務省の鈴木茂樹氏(左)、慶應義塾大学の林紘一郎教授(中)、スタンフォード日本センター研究所長の中村伊知哉氏(右)
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ディスカッションはこの後、司会の池田氏が「ブロードバンドが普及したことで、既存の電話網がどうなるか、ユニバーサルサービスがどうなるのかという問題に、日本が世界で初めて直面している」と指摘し、議論はユニバーサルサービスのあり方に映った。
RIETIコンサルティングフェローでスタンフォード日本センター研究所長の中村伊知哉氏は、「ユニバーサルサービスの対象を電話からネットアクセスに変えなければいけない」として、税金を投入してもいいが、まずは制度を作らなければ、業績が悪化しているNTTにさらに負担をかけてしまうと指摘した。総務省の鈴木氏は、「時代によって求めるサービスは変わるため、ユニバーサルサービス=電話だけではなくなる」として、検討すべきは「いつの時点で電話からデータ通信あるいはネットアクセスに変えるのか」だと指摘した。一方、Lessig教授は「IPについては、ユニバーサルサービスはあり得ないと思う」として意見が食い違った。
FCCのPepper氏は、「ユニバーサルサービスは国の政策であって、変わらないが、アプローチが変わる」と回答。「10世帯しかないような村にブロードバンドを提供してくるところも出てくるだろう。これにVoIPを乗せるとどうなるか? 技術も低価格になっている」という例を挙げた。慶應義塾大学の林紘一郎教授も、「地上波放送が映ることがユニバーサルサービスだ」として、その言葉が「神話化」されている風潮を引き合いに出し、「(ユニーバーサービスの)手段は問わない。そのサービスが届けばいい」との考えを示した。
● ネットワークにも“クリエイティブ・コモンズ”
“クリエイティブ・コモンズ”の提唱者でもあるLessig教授は、通信インフラや電波の規制政策を、著作権と関連付けて説明する。すなわち、「既存の著作権は、新たな創造のインセンティブとなるものではなく、(著作権物を)保護するためのもの」であり、同様のことが通信インフラや周波数の“所有権(Property Right)”についても言えるわけだ。
Lessig教授によれば、「日本は、米国のようにオープンプラットフォームによる競争を促すことをしなかった」点を指摘。最終的には、通信インフラや周波数の既存利用者が持つ「ネットワークの所有権」の保護につながりかねないことに注意を促した。特に周波数に所有権を認めるかどうかが課題になるとしている。Lessig教授は、電波をサービス別に周波数で分割して割り当てるのではなく、「フルレンジをローミングするという可能性もある」としている。
関連情報
■URL
シンポジウム概要
http://www.rieti.go.jp/jp/events/03120401/info.html
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( 永沢 茂 )
2003/12/05 20:23
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