社団法人の情報処理学会と情報ネットワーク法学会は28日、東京電機大学で「Winny事件を契機に情報処理技術の発展と社会的利益について考えるワークショップ」を開催した。同ワークショップは、東京電機大工学部情報メディア学科の佐々木良一教授らによる技術的な講演(第1部)、岡村久道弁護士、落合洋司弁護士らによる法律関連の講演(第2部)、それらを受けたパネルディスカッションの3部構成。ここでは、岡村弁護士ら3名の弁護士による第2部の講演をレポートする。
● ベータマックスはフェアユースで“白”、Napsterは著作権侵害のため“黒”
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英知法律事務所の岡村弁護士
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まず、登壇したのは英知法律事務所の岡村弁護士。「ネットを用いたP2Pファイル交換をめぐる日米における従来の裁判の動向」と題する講演を行なった。米国での「ベータマックス訴訟」や「Napster訴訟」、日本国内の「ファイルローグ事件」などの判例を挙げて、Winny事件の論点に迫った。
ソニーのビデオ規格「ベータマックス」に対し米ハリウッドの映画会社数社が訴訟を起こしたベータマックス訴訟では、1984年にソニー側の勝訴で終わった。映画会社側の言い分は、「テレビ番組を録画して、違法に販売されている。ビデオデッキが手を貸しているのではないか」というものだったが、最終的には「ビデオデッキのユーザーは視聴時間をタイムシフトしているだけの“フェアユース(公正使用)”がメイン。著作権侵害には当たらない。一部ユーザーが違法な使用方法を見つけたといって技術そのものを違法にはできない」と米連邦裁判所はソニー側に勝訴という判断を下した。
岡村氏は、「ホームビデオはいろいろな使用方法がある。CMなど余計な映像をカットして録画することもできるし、映画をダビングして配布することもできる」という。だが、技術そのものは違法ではないとし、「働いていて、本来見れない時間帯の番組をタイムシフトして見るために使うことは“フェアユース”だ」としている。
また、フェアユースは「判例の積み重ねだ」ともコメント。日本では「私的複製」など、著作物の利用を個別に認めていく規定があるが、米国ではフェアユースであるかどうかを議論し、無罪か有罪かを決定するという。「ベータマックス裁判の判決は、白黒つけがたい時には、ユースそのものを“黒”とすることはできないという判決。このときにホームビデオが有罪になっていたら、地球上に家庭用ビデオデッキは存在しなかったかもしれない。振り返ると天下分け目の判決だった」と述べた。
続いて「Napster訴訟」を紹介。Napster側は、著作権侵害でない利用形態が中心と主張。すでに所有する音楽CDの録音データに、Napsterを介してアクセスするという“スペース(空間)シフト”を図っただけだというのだ。だが、この主張は受け入れられなかった。
米連邦地裁では、「Napsterの主な利用方法は、著作権が存在するものについて著作権者の許諾なく交換するものであるのは明らか」「有料のものを無料で入手できるということは、Napsterの使用でユーザーが経済的な利益を受けている」「ビデオデッキは無料で提供されるものを録画するものだが、音楽CDは一般に有料」「ビデオで録画した番組は通常配布しないが、Napsterユーザーは数百万のユーザーに対し、入手可能な状況にする可能性がある」と判断。最終的には著作権付き音楽ファイルの交換を遮断するように命じる、サービス差止命令を2001年に出している。
なお、Napsterはサービス差し止めなどの影響で倒産。同名の会社は現在も存在しているが、当時の会社とは別会社だ。
● 米国ではユーザーが正犯、日本では提供会社が正犯に
国内の事例としては、2002年から2003年にかけて争われた「ファイルローグ事件」を挙げた。こちらの判決でもサービス差止命令が出されている。差し止めという結果はNapsterと同じであったが、岡村氏によれば「米国と日本では正犯が異なった」という。
ファイルローグは、Napsterと同様に中央にサーバーを設置する“ハイブリッド”タイプのP2Pソフト。「Napster訴訟は、ユーザーが正犯でNapsterが幇助。ところが日本では、ファイルローグを提供していた日本MMOが正犯になった」という。「日本では、事実ではなく評価で正犯者を決める傾向がある」とコメント。「カラオケでは、店がカラオケ装置を用意して、お客に歌わせている。誰が一番悪いのか評価すると装置を用意したカラオケ店だということになった」。また、「正犯でないとサービス差止命令を出しにくい。法律技術的な理由もある」としている。
● ピュアP2Pの場合は、運営者に責任はない
なお、Winnyは、Napsterやファイルローグのようなハイブリッド型P2Pソフトとは異なり、端末同士が接続する純粋なP2Pソフトだ。この“ピュア”P2Pソフトについての訴訟例として、「Grokster/Morpheus訴訟」を紹介した。
岡村氏によれば、「ピュアP2Pの判例では、運営者の責任を問われていない」という。というのも、中央のサーバーがあるハイブリッド型P2Pソフトは、サーバーを管理することで著作権侵害のコントロールも可能だが、サーバーレスなピュアP2Pの場合、そうしたコントロールはできないからだ。「コンテンツ配信などをコントロールできるかどうかが争点になった。コントロールできないものに対しては責任はない」としている。
なお、こうした判断を受けて、RIAA(全米レコード協会)は、ISPなどのサービス提供者ではなくユーザー自身を大量に提訴するようになったと解説。RIAAでは、「デジタルミレニアム著作権法」(DMCA)に基づきISPや大学に発信者情報開示請求を申し立てているが、AOLなどはRIAAに反対する立場の意見書も裁判所に提出しているという。
● Winny事件の論点は
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Winny事件の論点
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日本の技術者の中には、適法にも違法にも利用できる技術を開発したものが処罰される恐れがあるとし危機感を持つ研究者も多いという。また、Winny開発者の逮捕にも触れ、「幇助の概念は広汎かつ漠然」としている。逮捕時に京都府警が『著作権法への挑発』とコメントして件については、「挑発自体は情状に過ぎず、どうして逮捕に直結するのか理解できない」と疑問を述べた。
さらに、「刑事裁判には専門委員制度がない日本の裁判所に、Winny事件を裁くだけの科学的知見があるのか」と語気を強めた。「著作権法という枠組みで科学技術の将来が決められてしまっていいのか。いささか乱暴ではないか」と指摘して講演を締めくくった。
● 逮捕は非常に残念な事態~壇弁護士
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北尻総合法律事務所の壇俊光弁護士。同氏はWinny開発者弁護団の事務局長も務めている
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Winny開発者逮捕の問題点
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「P2Pソフトウェア(Winny)開発者の刑事責任に関する問題点」と題して講演したのは、北尻総合法律事務所の壇俊光弁護士。壇氏はWinny開発者弁護団の事務局長も務めている。冒頭、逮捕について触れ、「非常に残念な事態。実名なども公開され、取り返しのつかないことになってしまった」と弁護団の一員としての意見も示した。
壇氏は、Winny開発者の逮捕には、経済上の問題として「日本のソフトウェア開発技術の後退」、刑法上の問題として「明確な基準がない処罰による萎縮的効果」、著作権法上の問題として「刑罰の不均衡」といった3つの問題点があるという。
壇氏によれば、Winnyは「セキュリティと効率性を両立した世界最高レベルのP2Pソフトだ」という。動画ファイルのような大容量データもサーバーの負担なしに配信できるため、駆け出しのクリエーターでも作品の配信が可能だと解説。「ある報道では産業革命と言っていた。開発者は逮捕以来開発をしておらず、このままだと大変な技術が埋もれてしまう」と危機感を表明した。
● 幇助は成立するのか
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公衆送信可能化権には不可罰規定がないという
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Winnyによる著作権法違反の幇助では非営利行為であっても3年以下の懲役。一方、コピーガードを無効化する機械を使用しても1年以下の懲役で済むという
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刑法上の問題としては、幇助の成立する要件を再確認。「正犯である各ユーザーと面識がなく、実行行為もわからないのに幇助が適用されるのであれば、Winnyだけでなくあらゆる技術が悪用の危険性があるとして幇助が適用されてしまう」とし、「交通事故を起こす可能性があるから自動車メーカーも、ダビングして海賊版を販売されるかもしれないからビデオデッキメーカーにも幇助が適用されてしまう可能性があるのではないか」と処罰の範囲が無限に広がる恐れがあることを指摘した。
「Winnyの提供が幇助に当たるかどうかは、学者でもはっきりと答えられない」とし、「技術者が必要以上にびくびくしてしまう状況で、明確なガイドラインを作成しなければ貴重な頭脳が海外に流出してしまう」と危惧した。
著作権法上の問題としては、公衆送信可能化権侵害を指摘。著作権侵害には刑事罰が適用されるが、非営利行為は例外的に不可罰。公衆送信可能化権には不可罰規定がないという。公衆送信可能化権はWIPO(World Intellectual Property Organization)の著作権条約批准に伴い規定されたが、米国などの諸国では批准されておらず「米国の著作物を日本で発信すれば処罰されるが、米国で発信しても処罰されない」と解説。また、「そもそも、WIPOの条約は刑事罰にせよというものではない」とし、公衆送信可能化権侵害の刑事罰については、「成立時に十分な議論がされなかったことが残念だ」としている。
さらに、「Winnyによる著作権法違反の幇助では非営利行為なのに3年以下の懲役。一方、コピーガードを無効化する機械を使用しても1年以下の懲役だ」と指摘。「Winny開発者は利益を得たわけではないのに、明らかに違法な行為が著作権法違反幇助よりも処罰が軽いのは矛盾」だとコメントした。
● インターネットの情報伝達はコピーで成り立つ
続いて、「インターネットの情報伝達はコピーによって成り立っており、複製を否定することはインターネットを否定すること」だという持論を展開。インターネットが法律の概念を超えたところに問題の本質があり、立法により対応すべき問題だと語った。著作権の問題については、「突き詰めれば課金の問題。課金システムを確立することで、違法コピーの問題を解決できる」との見解を述べた。
最後に、「インターネットを通じて弁護団の活動や意見を公表し、世論に対する活動をしていく」と今後の弁護団の活動方針にも言及した。
● ACCSやJASRACも誘ったが断られた~落合弁護士“お詫び”
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イージス法律事務所の落合洋司弁護士。「今回のワークショップにACCSやJASRACも誘ったが断られた」とお詫び
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第2部の最後に登場したのは、イージス法律事務所の落合洋司弁護士。「Winny(幇助)事件…公開情報から見た権利団体の見解などについて」と題して講演を行なった。
「はじめにみなさんにお詫びしなければならない」と落合氏。今回のワークショップ開催にあたり、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)や日本音楽著作権協会(JASRAC)など国内権利団体にもワークショップ参加を依頼していたが、「都合がつかない」などの理由で「ことごとく断られた」という。そこで落合氏は、各協会のWebサイトやマスコミなどの報道で公開されている情報から各権利団体の見解を解説する手法を取ったとしている。
Winny事件で告訴人側で動いたACCSについては、同協会のサイトで掲載している見解の中で、「何ら権利侵害を防止する措置を講じることなく」「予見、認識した上で、敢えて」などの表現について法的な解釈を述べた。
「何ら権利侵害を防止する措置を講じることなく」については、「措置を講じていれば、免責されていたのか。どの程度まで措置をとればいいのか。講じていた措置が回避された場合も、免責という結論は動かないのか」と矢継ぎ早に疑問点を指摘。また、「予見、認識した上で、敢えて」という表現については、「ファイル交換ソフト・サービスであれば、権利侵害の恐れは不可避。P2PソフトとしてのWinnyを評価に値するとしているが、本当に評価しているのか」などの疑問点を挙げた。
こうした見解などについて、「権利団体も『幇助』がどのような場合に成立するかに関する明確な指針を持っていないのではないか。また、明確な指針がないことを問題とする意識も感じられない」とコメント。「指摘した疑問点について、本ワークショップで権利団体から返答して欲しかったが、回答が得られずに残念だ」として講演を締めくくった。
関連情報
■URL
Winny事件を契機に情報処理技術の発展と社会的利益について考えるワークショップ
http://www.ipsj.or.jp/01kyotsu/workshop/winny/winny_workshop.html
関連記事:本誌記事にみる「Winny」開発者逮捕へ至る経緯
http://internet.watch.impress.co.jp/static/index/2004/05/18/winny.htm
( 鷹木 創 )
2004/06/28 21:01
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