86歳にしてケータイ小説に初挑戦した作家の瀬戸内寂聴氏。長年携わってきた「源氏物語」にちなんで、“ぱーぷる”のペンネームで執筆した「あしたの虹」では、女子高生ユーリのいちずな恋を描写して話題となった。3日に都内で開かれた「安心ネットづくり促進協議会」の設立記念シンポジウムで、瀬戸内寂聴氏が「ケータイの世界に入って見えたこと」と題して記念講演を行った。
● “秘密を持つ”ためにケータイ小説に挑戦
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瀬戸内寂聴氏
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「年を重ねると言うことは、成熟すること」と語る瀬戸内寂聴氏。とはいえ、85歳になったとたんに「膝が痛くなったり、酔っぱらって前後不覚になって階段から落ちる」など“老い”の現象の始まりを感じた。気が付いていみるとシワやシミもあり、「白髪は(剃髪しているので)わからないが、白髪も多いはず」。そんな中で最も困ったことは、「感動が鈍ること」だったという。
「若いころは3メートル向こうからいい男の子が歩いてくると胸がときめいて、すれ違うだけでドキドキしたものですが、今は天下の美男子が寂庵(瀬戸内寂聴氏の庵)を訪ねてきても感動しない。生きていくことはワクワク、ドキドキすることだと思っているのですが、だんだんと鈍くなる。これが年を取った言うことかと思うと、許せなかった。半分死んだと思うようになりちょっと慌てたんですね。」
ワクワクとドキドキを忘れた瀬戸内寂聴氏は、感動をよみがえらせるためには「秘密を持つ」という結論に達した。「秘密を持つには恋をするのが一番良いのですけれど、なにしろ86歳の尼さんがいまさら恋をするのはみっともないだけでなく見苦しいだけ。相手にしてくれる人もございません」。そこで、若い人が夢中になっているというケータイ小説に着目した。
● ケータイの練習がてら「ハートマーク」を送ったら……
「我々が一生懸命ペンで書いた本は、なかなか10万部も売れない。ケータイ小説が何百万も売れるのはどういうことかと。まず焼き餅なんですね。書籍化されたケータイ小説を片っ端から読んでみたところ、読むに耐えないつまらないものがある一方で、残った数冊は面白い。短いセンテンスでほとんど形容詞もなく、変わった文章だけれども、思わず最後まで読んでしまったんですね。若い人はこんな小説を読みたいんだということがわかり、これなら私も書けるわと。」
それまで携帯電話とは無縁だった瀬戸内寂聴氏は文字入力すらままならなかったが、練習していることを知られるのも恥ずかしかったという。そこで文字入力の練習がてら、徳島に住む甥のケイジさんにメールを送ってみた。「『けいちゃん、愛しているわ』とハートマークを入れたら、寂庵のスタッフに『どうもあの人頭がおかしくなった』と電話が来るぐらい。それでもだんだんとケータイ小説が書けるぐらいのところまで来たんですね」。
晴れてケータイ小説の執筆に取りかかろうとした瀬戸内寂聴氏だが、今度は若者言葉に苦戦。ケータイ小説に登場する年代の高校生に見てもらうと「そんな会話使わない」「ダサイ」と散々だった。「『どういう会話するの?』と教えてもらうと、思いも付かない会話なんですね。それを練習して一生懸命覚えました」。また、苦痛だったという横書きの原稿には慣れることができず、「縦に書いたものを横に直してもらって読んでもらって直してもらう」という手間をかけてケータイ小説の執筆を開始した。
● 毎朝寝床でページビューをチェック
ケータイ小説の執筆に当たっては、当初の目的である“秘密”のために複数のペンネームを思案したというが、「だいたい誰かが使っていた」。そのため、長年携わってきた「源氏物語」の作者である紫式部にちなんで、ペンネームを“ぱーぷる”に決定。いざ発表してみるとその反応に驚いた。「『文章が上手ね』『応援してあげるわ』といった声が届き、いい気になって書きました。発表すると反響がわかるというのは、雑誌や本で発表する小説とは違うんですね」。
当初は、「若者が求める小説」だったつもりが、50年以上小説一筋で生きてきた瀬戸内寂聴氏は、いつのまにか「私の小説」を書いていたという。「最初はAとBを仲良くさせようと考えていたら、いつの間にかAとCが仲良くなったり。書いているうちにケータイ小説の中の人物が勝手に動き出したんですね。最初は、『ものは試し』という遊び半分で取りかかったんですが、結局は私の小説を書いてしまいました」。
「まさか瀬戸内寂聴が書いているとは思われない。それがうれしかったですね。親しい作家や編集者も誰も気付かない。知っている人は、(書籍化を手がけた)毎日新聞社の4~5人だけ。本当に秘密を持っていたんだと、ほおのツヤも良くなり若返っていった。秘密を持ったケータイ小説を書かせていただいたために久しぶりにワクワクとドキドキが戻ってきたんです。」
現在、567万ページビューを集めている「あしたの虹」。瀬戸内寂聴氏は毎朝、寝床で携帯電話を取りだしてページビュー数をチェックすることを欠かさないという。「朝起きて寝床で携帯電話を見ては喜んでいます。バカみたいでしょ。毎日毎日どんどん読まれている。今では東京都の人口の半分が見てくれていると思うと、うれしくて仕方がありません」。
● ケータイで「好き」でも想いは伝わる
ケータイ小説の反応に感動する一方で、「普通の小説のようには売れなかった。どうしてでしょうね、こんなに面白いのに。イライラします」と笑いながら“不満”も漏らす。「映画化の話も来ていません。本は100~200万部売れれば印税が入ってきますが、ケータイ小説は一銭も入ってこない。会場の外で売っているので買ってくださいね。」
ケータイ小説の2作目を執筆するつもりはないという。「売れないからではなく、わかったから。今後はまた新しいことを探してやってみたいですね」。
ワクワクとドキドキを取り戻した瀬戸内寂聴氏。今後、もし心をときめかす人が登場した場合には、ケータイで想いを伝えるという。「長い手紙で手間暇かけるのは時間の無駄。ケータイで『好き』でいいじゃありませんか。どんなに短い言葉でも想いは伝わりますよ。短い文章でも練りに練った言葉で書けば良いと思いますね」。
関連情報
■URL
あしたの虹(ケータイ小説野いちご)
http://no-ichigo.jp/read/book/book_id/89873
安心ネットづくり促進協議会
http://www.fmmc.or.jp/anshin-net/index.html
関連記事:ウィルコム、「W+Video」に瀬戸内寂聴の動画番組[ケータイ Watch]
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/44739.html
( 増田 覚 )
2009/04/03 19:27
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