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著作権保護期間、「死後70年」への延長論議を巡る動向(3)

「延長したら元には戻せない」保護期間には慎重な議論を

 著作権保護期間の延長を巡っては、著作権関連17団体からなる「著作権問題を考える創作者団体協議会」が、保護期間の「著作者の死後70年」への延長を求めており、一方でクリエイターや研究者、法律家などからなる「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」が、保護期間の延長には慎重な議論が必要であるとする要望をしている。

 保護期間の延長を要望する側は、「国際的な保護期間の水準は死後70年であり、日本もそれに合わせるべき」と主張しており、保護期間を延長すると過去の著作物の利用がしにくくなるという問題は、権利者データベースの整備などで解決できるとしている。

 一方、保護期間の延長に反対する側からは、「国際的といっても死後70年になっているのは欧米など一部の国だけ」「そもそも保護期間を揃える必要はあるのか」といった意見が挙がっている。

 今回は、保護期間延長には慎重な立場の、著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムの世話人・発起人である弁護士の福井健策氏に話を伺った。


欧米での保護期間延長の流れが日本に

著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムの世話人・発起人である弁護士の福井健策氏
――著作権保護期間を延長しようという話は、そもそもどこから始まっているのでしょうか。

福井氏:1993年にまずヨーロッパで、これまで死後50年だった保護期間を死後70年に延ばすという改正が行なわれました。この背景にあったのは、EU統合だったと言われています。つまりEU統合の中で、あらゆる制度を統一しようという動きがあり、ドイツなどは保護期間が死後70年になっていたので、それに合わせた形ですね。米国はその5年後に、こうしたヨーロッパへの対応やハリウッドのロビー活動などもあって、延長を決めたと言われています。ヨーロッパは保護期間については相互主義を取っていまして、米国が保護期間を延ばさなければ、ヨーロッパ内でも米国作品の保護期間は死後70年にはなりません。米国は古い作品の輸出はかなり多いので、経済的損得から言えば米国は保護期間を延ばした方がおそらく短期的には得でしょうね。この延長の際には反対運動もありましたし、保護期間延長は憲法違反であるという違憲訴訟もあって、連邦最高裁まで争われました。最高裁では、7対2の評決で「憲法違反とまでは言えない」という判決が出て、延長が確定されたわけです。

――日本では最近になって延長の話が出てきたように思うのですが、やはり欧米の動きに合わせるという側面が大きいのでしょうか。

福井氏:米国での違憲裁判が大詰めを迎えた頃ですが、2002年から米国は日本に対する要求をまとめた「年次改革要望書」の中で、保護期間の延長を日本に求めるようになりました。日本政府はこの問題についてはしばらく公式には回答してきませんでしたが、2006年には日米政府間の対話の中で、2007年度末には保護期間のあり方について結論を出すと約束しています。国内では、権利者団体16団体が2006年9月に、延長を求める要望書を文化庁に提出していますが、要求としては米国からのものが先でした。もちろん、それ以前からも延長を求める声はありましたが、国内の権利者が欧米の動きに呼応したことは間違いないのでしょう。

――米国の要望書はやはり圧力になっているのでしょうか。

福井氏:米国が要望して、国内の団体も要望しているのだから、これはもう決まりですよと、そういうことを言われている方もいました。一般論で言えば、そのぐらいの迫力はあるのではないでしょうか。

――ただ、議論が行なわれている小委員会(文化審議会著作権分科会「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)を見ていると、延長の方向で議論を進めているようにも見えないのですが。

福井氏:その部分ではフォーラムや皆さんの功績はあったと思っています。やはり、声を挙げるなら早い段階で上げないといけなくて、方向性が出てしまった後では無理なんですね。フォーラムなどが要望を出したのは、まだ文化審議会で議論になる前でしたから、その段階であれば検討される余地が出てくる。文化庁にも賛否のバランスを取った上で議論してくださいということは要望してきましたが、ある程度は汲み取ってもらえたと思っています。


保護期間は「一度延長したら元には戻せない」最も重要な問題

著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム 第1回公開トーク(2007年3月12日)
――著作権の問題としては他にもいろいろありますが、その中でも特に保護期間についてフォーラムを設立したのはなぜでしょうか。

福井氏:保護期間の問題は、いったん延長してしまうと元に戻しづらいという点が、他の問題と決定的に違います。著作権を巡る動きとしては別の小委員会でも議論があり、たとえば非親告罪化や私的録音録画補償金ももちろん大問題です。しかし、これらの問題は理論上はやり直しができます。たとえば弊害が大きければ、5年後に元に戻そうといった議論がまだできる。けれども保護期間は一度延ばしてしまうと、既得権の関係で元には戻しづらい。延ばしてしまうと、自分の子供達やその次の世代に影響が出る。そうしたことから、私自身はこれまで政治的な問題はやってこなかったのですが、声を挙げるならここだと思いました。個人としては保護期間の延長には反対ですが、少なくとも延長問題については十分に議論を尽くした上で、慎重に検討するべきだと考えています。

――拙速に延長を決めるべきではないと。

福井氏:ここで強引に保護期間を延長してしまうことは、いま延長を求めている方々のためにもならないと確信しています。たしかに、感情論としては引けない部分もあるでしょうが、ここで無理を通してしまうと、今後本当に守るべき権利を守ろうとしたときにも、「どうせただ権利を強化したいだけなんだろう」といった見られ方をされかねない。それは、決していいことではないですよね。


――延長するメリットとデメリットについてはどのようにお考えでしょうか。

福井氏:延長のメリット・デメリットという話で言うなら、延長はクリエイターのメリットにはならないと思います。一部では、死後50年より70年の方が得だろうという荒っぽい話になっていますが、クリエイターにとって本当に大切なのは、より優れた作品を生み出すことです。傑作を生み出す要因となるものには、家族の支えであるとか、社会が豊かであるとか、いろいろあるでしょう。その中でも、過去の優れた作品を土台にして新たな作品を作るという要素は、すごく大きいはずです。

 たとえば、ディズニーの最高傑作と言われる「ファンタジア」も、パブリックドメインとなった多くの名曲を下敷きにして生まれています。ほかに「不思議の国のアリス」でもいいですし、グリムやアンデルセンの作品でもいいですが、そうしたパブリックドメインの作品が新たな作品を生んでいます。「ロミオとジュリエット」などは、その初演の数十年前にあった種本を、シェイクスピアが翻案したものです。今の時代では許されないでしょう。私は種本も読みましたが、どちらかと言えば退屈な作品でした。それをシェイクスピアが翻案することで、世界的名作になったわけです。もちろん、今もそうすべきだ、著作権はゼロにしようということではありません。しかし、傑作から新しい作品が生まれ、それがまた傑作となって次の世代へと受け継がれていきます。保護期間の延長により、その可能性を狭めていいのかという点は疑問です。

――日本が「保護期間を延ばさない」とした場合に、世界に対して影響はあるでしょうか。

福井氏:あると思います。欧米が延長を決めたのは1990年代で、まだ保護の強化ばかりが唱えられていた時代です。その後、インターネットの普及などにより、著作権と表現が衝突する場面が増えてきて、保護期間を延ばすことだけが正しい選択肢だったのかという議論も各地で起きています。英国でも最近、著作隣接権の延長が見送られました。世界の潮流はむしろ、保護の長期化ではなくなっている可能性がある。その中で日本が保護期間を延長しない方を選べば、存在感を発揮できるのではないでしょうか。


メリットとデメリットをきちんと踏まえた議論を

――小委員会での議論を見ていますと、はたして結論は出るのだろうかという点が疑問です。

福井氏:関係者の大規模ヒアリングが終わった段階では、私が慎重派だからそう思えたのかも知れませんが、これで延長意見を出すのは不可能ではないかという印象を持ちました。ヒアリングでの意見では、延長に賛成という意見は一部でしかなかった。創作者側からも慎重に議論してほしいという声が挙がりましたし、延長反対や何らかの留保が約4分の3だったのではないでしょうか。

――ヒアリングでは、現状の死後50年でも権利者を探すのが困難だといった意見もありましたが、実務上でそうした経験はありますか。

福井氏:こんなに苦労したという話があれば説得力があると思うのですが、ほとんどのケースでは最初からあきらめますね。あえて言えば、非常に大規模な商業利用をする場合には許可を取りにいくことがありますが、その時にも相続人全員を探して許可を取るといったことをしている事業者は多くはいません。遺族の代表者のような人を探して、その人に許可を貰って、なんとなく処理したつもりになっている。おそらく実態としてはそういう形が多いと思いますが、本当にそれで大丈夫なのかというと、今後はそれでは済まないケースが増えていくでしょう。そうした中で、期間を延ばそうとしているという実態は押さえておいた方がいいと思います。

――きちんとしたデータベースを作れば大丈夫であるといった意見もあります。

福井氏:そのデータベースにどれだけの情報があるのかということも問題です。主要な作品・著作者だけがデータベースに掲載されていて、あとは裁定制度で処理しようという主張のようですが、制度の姿も実効性も全く見えません。法が改正されればすべての作品について保護期間が延びるわけですから、かなりの部分を網羅したデータベースを作る必要があると思います。そのためにはどれだけの費用がかかるでしょうか。延長のために、20年余分なデータベースを構築するメリットはあるのだろうかという点も疑問です。もちろん、データベースはあった方がいいですが、延長とは切り離して考えるべきだと思います。

――海外は死後70年なのに、日本が死後50年のままでは損をすることになるという意見については?

福井氏:まず海外といっても世界全体ではなく、主に欧米の話ですよね。そして欧米がそうであるからといって、日本もそれに合わせる必要があるのかということです。私がこれまでに経験したライセンスに関する国際交渉でも、保護期間が違うからビジネスが潰れたといった経験は一度もありません。アメリカと違い、ヨーロッパは保護期間については相互主義を取っているので、日本が70年に延ばさなければヨーロッパでの保護も70年には延びません。しかし、損得というなら、ヨーロッパで早期に保護期間が切れると困る日本作品がどれだけあるでしょうか。たしかに今なら、漫画やアニメやゲームといった輸出品があるでしょうが、こうした作品は少なくともあと30年ぐらいは保護期間があるでしょう。いますぐ保護期間を延長しなければいけない問題だとは思えません。


――今後の議論の方向性としてはどうなると思われますか。

福井氏:やはり延長によるメリットとデメリットを見て判断するということになると思うのですが、延長した場合のメリットがきちんと示されるのか、メリットが示されないのに政府が無理に延長に進もうとするのかが焦点になると思います。当然、一部の権利者には延長の短期的メリットはあると思いますが、それは社会全体のメリットではありません。たとえば、文化振興とかコンテンツの輸出入の関係で、20年延ばすことにメリットがあるというなら、まだなるほどと思う人もいるでしょう。しかし、そうした具体的なデータがあるわけでもありません。小委員会では、延長のメリットがきちんと示されていないのに、延長した場合のデメリット解消策を議論させようとしているようにも見えますが、それはおかしいですね。


小委員会での本格的な議論はこれから

 著作権制度は、私的録音録画補償金制度や音楽レコードの還流防止措置の導入など、これまでも毎年のように見直しが行なわれ、その都度、著作権法も改正されている。保護期間に関しては、最近では2004年に映画の保護期間がそれまでの「公表後50年」から「公表後70年」に延長されている。

 この際には、2002年に開催された文化審議会著作権分科会の法制問題小委員会で議論が行なわれ、数回の議論の後に「映画の保護期間は延長が妥当」とする意見が上位部会に提出された。その後、2003年には改正法案が国会で可決され、2004年1月1日から改正法が施行されるという形で、議論から改正法の施行までは1年半でスムーズに進んでいる。

文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(平成14年第2回)議事要旨
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/020802.htm
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(平成14年第5回)議事要旨
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/021001.htm

 一方、今回の保護期間延長を巡る議論では、著作物全般が対象ということもあり、より慎重に議論が進められている。小委員会で行なわれた2回のヒアリングでは、合計32人という多数の意見を集めており、委員には延長に反対の立場を取る人も多く選ばれている。福井氏の述べるように、早い段階で保護期間の延長に対する疑問の声が挙がったことに対して、バランスを取っているように思われる。

 保護期間の延長についての議論は、9月4日に開かれた小委員会の第7回会合でいよいよ討議が開始され、今後は各論についての検討が行なわれる予定となっている。ただし、現時点では延長に賛成・反対の意見に隔たりが大きく、議論の着地点があるようには見えない。

 こうした議論では、賛成側・反対側がそれぞれの意見を述べ合うだけで、結局は両論併記といった形でまとめられてしまうケースも多い。保護期間の延長は著作物全体に影響を及ぼす問題であるだけに、延長した場合のメリットとデメリットが具体的に示され、どちらを選ぶべきかといった議論が十分に尽くされることに期待したい。


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著作権保護期間、「死後70年」への延長論議を巡る動向(1)(2007/09/19)
著作権保護期間、「死後70年」への延長論議を巡る動向(2)(2007/09/20)


( 聞き手:三柳英樹 )
2007/09/21 11:33

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