総務大臣が2007年末、未成年者の携帯電話新規加入者におけるフィルタリングサービスの原則加入を要請して話題になった。そこには、未成年者が携帯電話のネット利用によりさまざまな被害に遭ってきたという背景がある。10代の子どもたちは携帯電話のネット利用でどんな被害に遭っているのだろうか。また、それに対して大人はどんなことができるのだろうか。未成年者のネット被害に詳しい、インターネット協会の主任研究員である大久保貴世氏に聞いた。
● 声を聞くだけでほっとする相談者たち
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インターネット協会・主任研究員の大久保貴世氏
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インターネット協会では、ネットのルール&マナー検定やアドバイザー講座、フィルタリング普及啓発活動を行なうほか、インターネットホットライン連絡協議会でネット利用に関する悩み相談を受けたり、インターネット・ホットラインセンターで違法・有害サイトの通報も受けている。これまでに3,643件ものネット利用に関する相談が寄せられており、小中高生の子どもに関する相談も300件に及ぶ。寄せられている相談の種類は、いじめ、中傷、わいせつ・アダルト画像に関することなど、多岐にわたる。
日々、被害に遭った人などの当事者から相談が寄せられるほか、残虐な画像やアダルトなどの有害サイトなどの通報も多い。「インターネットは楽しいものとしか思わずに利用するのは危険です。危険があることを知った上で楽しまないといけないと思います。事前に知っていることで、『これは、この前聞いたように無視すればいいんだ』とか、『ネットでは言葉がきつく感じるだけで、本心は違うのかも』と思えることが大事なのです」と大久保氏は言う。
インターネット協会はメールで相談を受け付けているが、「被害に遭ってからインターネットが嫌になってしまった」「ネットが使えないようにケーブルを抜いてしまった」というような人も多く、そういう人からは電話で相談が来ることもあるという。「ネットで被害に遭っているので、ネットから離れてこうやって人の肉声を聴いてほっとするようです。話を聞いているだけで、相談者の声のトーンがどんどんやわらかくなっていくのがわかります。『こういう相談は多いんですよ』『気にしなくても大丈夫』と第三者に言ってもらえるだけで、安心できるようです」。
● ポイントは「発信者は特定できる」「必要以上に自分をアピールしない」
大久保氏が講演する際に必ず伝えることがある。子どもに覚えておいてほしい知識はたった1つ、「ネットでは、匿名でも誰が発信したのかを特定できる」ということだ。「よく『ネットを安全に使うための何箇条』というのがありますが、それではどれが一番大事かがわからないのでダメだと感じたのです。『1つだけ』というと意識して聴いてくれます。厳密には特定できない場合もないわけではありませんが、子どもに対する教えとしては効果があると思います。発信したら特定されてしまうものと教えることで、発信に対して意識をするようになると思うのです」。
大久保氏が考える、子どもに覚えてほしい心構えもたった1つだ。それは、「必要以上に自分をアピールしない」ということ。「インターネットでは、たった一度でも発信してしまった言葉や写真は取り戻すことは不可能です。写真は特に危険です。例えば本ならコピーすれば劣化しますが、デジタルの文字と写真はコピーのコピーも劣化しないし、どこまででも広がっていく可能性があります。特に携帯電話は、入口の狭さと出口の広さのギャップが感覚的に理解できず、思いがけないトラブルを引き起こすことが多いですね。携帯電話で書き込んだり転送しただけで、インターネットという大海に情報が流れていくことなど思いもよらない子が多いのです」。
● 10代の子どもが受けている被害の実態とは
では、実際に子どもたちはどんな被害を受けているのだろうか。インターネット協会に寄せられた実例から、代表的なものを話してもらった。
■ケース1:2005年7月、14歳の女子中学生の場合
掲示板で「お金がもらえる」という記事を見つけてメールをした女子中学生。裸の写真を送るよう要求されて抵抗感を感じたものの、「流出とかはない」と言われて信用してしまい、写真を送ってしまった。名前、住所、電話番号も聞かれたので送ってしまった。
数分後、「本人確認のため」という電話がかかってきた。「信用して良いか」と聞くと相手が逆ギレし、「おまえの態度が引っかかったので、5人以上に紹介しろ。しないと個人情報や写真をブラックリストに載せる」と言われてしまった。自業自得だと思ったものの、親にも相談できずに困っている――。
■ケース2:2006年10月、14歳の女子中学生の場合
メール友達を募集するサイトに顔写真などを出していたところ、男から「顔写真とわいせつ画像を合成した写真をばらまく」という連絡とともに合成写真が送られてきた。あまりにひわいな写真にショックを受けた彼女は、自分の裸の写真を携帯電話に送信。その画像は画像サイトに掲載されてしまった。その41歳の男性は送検されたものの、中学生は精神的ショックで学校にも行けなくなってしまったという――。
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次回は、出会い系ではないコミュニティサイトでの被害事例などを聞く
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ケース1の場合は、自らお金目当てで送っているのである意味、自業自得かもしれない。しかし、ケース2の場合は本人は全く悪いことをしていないのに被害を受けている。これこそ親に相談すべきだったのだが、実際はどちらのケースでも親には相談できずに、結局、裸の写真を送ってしまっている。そんな子が、わかっているだけで25人もいるそうだ。彼女たちは精神的ショックで不登校になったり、精神科に通ったりというひどい痛手を受けているという。
似たような事例では、2007年12月に起きた事件がある。女子高生が音楽活動のサイトに携帯電話のメールアドレスを公開していて、「靴下を売ってくれ。1万円にはなる」という連絡をもらった。「顔写真付きだと高く売れる」「生徒手帳の写真があればさらに高く売れる」と要求されて送ったところ、生徒手帳から学校や住所、氏名がわかってしまい、「裸の写真を送れ。言うことを聞かないとこれまでのことをばらす」と脅されたという。この無職の男は、「これまでに30件くらいやった」と告白しているそうだ。
「彼女たちは、裸の写真を送ったらどうなるかがわかりませんでした。携帯電話なのでその人だけに行くと思っていて、転送されたり、どこかに投稿されるかもしれないとは考えもしなかったのでしょう」。大久保氏は、一般のサイトに顔写真やメールアドレスを載せるだけでも被害に遭う可能性があることを強調する。
じつはケース1の場合は、インターネット協会に相談に来る前に、警察にも相談していたのだそうだ。しかし、警察の答えは「また電話がかかってきたら録音して、改めて被害届けを出して」というものだった。相談者は、犯人を捕まえることよりも、裸の写真を取り返したいということで落ち込んでいたのだった。
インターネット協会では、出会い系サイト規制法違反の通報も受けている。子どもから大人を誘うケース、大人から子どもを誘うケースともに多く寄せられている。小中学生と会いたい男性は多く、写真を撮られるだけでなくいたずらされてしまったケースもある。「自分の写真がインターネットに出回っていることを恐れ、恋愛も結婚もできないと深く傷ついている被害者の女性は多いのです。ネット上で女性を捜す男性は危ないと思わないといけないですね」。
出会い系サイトに訪れなくても被害に遭うのが最近の傾向だ。出会い系ではない良質なサービス、いわゆる「コミュニティサイト」での被害が増えているのだという。次回は、そのコミュニティサイトでの被害事例と、それに対して大人ができることを聞く。
関連情報
■URL
インターネット協会
http://www.iajapan.org/
インターネットと子どもに関するページ
http://www.iajapan.org/child/
インターネットホットライン連絡協議会
http://www.iajapan.org/hotline/index.html
2008/04/10 14:18
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高橋暁子(たかはし あきこ) 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
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