総務大臣の要請により、未成年者の携帯電話新規加入者は原則フィルタリングサービス適用となったが、現状の携帯向けフィルタリングサービスでは、健全なサイトや青少年が普段利用しているコミュニティサイトなどまでが遮断される状況になっている。
そこで、健全なモバイルサイトの審査・認定などを行なう第三者機関として「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)」が4月に設立された。EMAは、1)モバイルコンテンツの健全化、2)青少年受信者の保護・育成、3)受信者の利便性の向上──を目的としている。
今回は、EMAの事務局広報を務める岸原孝昌氏に話を聞いた。一律フィルタリングによる問題点は何か? EMAが目指す、フィルタリングよりも重要なものとは?
● 悪くない子どもが排除される現状は本末転倒
|
EMAの事務局広報を務める岸原孝昌氏
|
「悪いことはしていないのに、一律フィルタリングによって、子どもは、子どもというだけで排除されています。それは子どもにとっても理不尽」と岸原氏は訴える。「魔法のiらんど」を使っていたある女の子は、「私と友達のサイトが見られなくなった。私たちは有害なことをやっていたの? エッチなサイトが見られなくなるならいいかと思ってフィルタリングに入ったのに」とがっかりしていたそうだ。
さらに、携帯電話で「チャイルドライン」にいじめなどの相談をしている子どももおり、携帯電話がライフラインになっている場合もあると指摘する。ところが、同性愛に至ってはカテゴリー自体がフィルタリングの対象になっており、相談サイトにもアクセスできない状態だ。これに対して、岸原氏は不安の声を隠さない。
「性同一性障害の子は思春期の段階で自覚しますが、相談できず、自殺を考える割合も高いようです。もしきちんと相談できていたら、別に異常ではなく、議員になった人もいるし、立派に社会生活を送れるとわかります。そもそも思春期には、身近な人には相談できない悩みがあるもの。他人事ではないのでは。」
岸原氏はまた、「SNSで悪いことしている人は排除されないのに、悪い人がいるからと子どもが排除されるのは、公園に悪い人がいるから子どもを追い出そうとするのと同じで本末転倒。悪い人を排除して、子どもに遊ぶ場を提供してあげるべき」とも言う。もちろん、薬物の売人がうろついているような繁華街には子ども入るべきではない。しかし、住宅地にある公園で、地域の人や親が見ている環境なら、子どもを遊ばせてもいいのではないかというのだ。
例えば、利用規約に違反した人は各サイトごとに退会処分にされている。しかし、現在は「GREE」で退会処分にされても「mixi」や「モバゲータウン」と移っていくことが可能。これをブラックリスト化して情報共有し、SNSから排除する方法も考えているという。つまり、悪いことにはコストがかかるようにするということだ。迷惑メール法に違反した業者に対する罰金が現状の最高100万円から3000万円に引き上げられるが、悪事にコストがかかれば抑止力につながるというわけだ。
「本当に悪いことをしている人は携帯電話の契約自体できなくするとか、本来そういうことを強化すべき。悪い書き込みをしたら1年間どのキャリアとも契約できないとか、15点で免停になるようにネットが利用できないというのもひとつのアイデア。」
● 健全な事業者を評価し、リアルと同じセーフティネットを
|
EMAのロゴ
|
健全なモバイルサイトを認定する制度については、「法律を守ろうという意識のある事業者を評価しないと、子どもを対象にビジネスをする健全な事業者が逃げていき、アングラな事業者しかいなくなってしまう。合法的な事業者がいなくなり、マフィアが商売をしていた禁酒法の時代のようになりかねません。それに、たとえ携帯電話を取り上げてもコミュニケーションニーズは残ります。それこそ悪い人が携帯電話を違法に販売してしまうかも」と語る。
近々、EMAによるサイトの認定が始まる予定だ。現在、認定基準を定めているところだが、運営ポリシーや管理態勢など、基準はサイトの構成によって異なるという。
「ブログやSNSはすでに運営ポリシーを公表していますが、対象となるカテゴリーで基準はばらばらになります。コミュニティ系はクリアする基準が一番厳しくなるでしょう。現状は、企業のプロモーションサイトにも規制がかかっている状態ですが、企業の信頼性や、ユーザー参加型ではないなどの基準で簡単に審査できるはず。下着メーカーやアルコールメーカーのサイトも規制対象となっていますが、街頭に広告を出す基準と同じでいいのではないでしょうか。そもそも、自民党や民主党のサイトも引っかかっているんですよね(苦笑)。」
ただし、現状で基準をクリアしていないと運営していけないというわけではなく、これから基準をクリアするよう努力する企業もフォローアップしていく考えだ。それには、ユーザーに対してEMAの認定を受けていれば安心というブランドを作っていく必要があるだろう。
なお、「認定サイトが悪いことをしたら、EMAが責任を取るか」という問いに対しては、「我々はリアルと同じものをネットに作るだけのこと。例えば、モバゲーは東京都と同じコミュニティ規模です。東京都をすべて管理できるのでしょうか? リアルでも、教育機関や警察があっても、自動車事故では全国で年間7000人が亡くなっています。リアルでできないことはネットでも無理。我々は、車道と歩道は分け、信号を作り、警察がいて、教育プログラムがあるというように、リアルのセーフティネットと同じものをネットに持ち込みたいのです」とした。
岸原氏は、「ネットは危ないと言われるが、ネットを使っていて直接危害を加えられることはないし、いきなり殺されることはない」とも指摘する。一方、リアルの世界では年間3万件の重犯罪が発生し、交通事故で7000人が命を落としている。「それに比べて、ネットはバーチャルな空間なため身体の危険が直接的に発生する件数は少ない。ネットはリアルに比べて安全だと言えるのでは?」。
しかし、これまでネットには有効な規制がなかった。「リアルの世界の方が規制が多いが、例えば交通規制がなかったら赤信号で車が突っ込んでくることになるので、そうならないためにある。今後はネットにもリアルと同じように最低限のセーフティネットとしての規制が必要ということでしょう」と岸原氏は現状を分析する。
● ネットを利用する権利を憲法に入れてもいい
「現状はネットにおいて、子どもは東大生で、大人は原住民状態。まるで、『車で年間7000人死んでいるなら馬車に乗ればいいだろう』と言っているのと同じです。アフリカの草原で生きていては、子どもたちのことはわからないのです。けれど親なら、理解できなくても子どもを見守るべきだし、ルールを破ってはいけないのはどこでも同じです。問題は、エンパワーした能力をどのように使うかということなのです。」
ネットは個人の能力をエンパワーできるものだ。使い方次第で良くも悪くもなりうる。ネットがあれば個人が自由に世界中に発信できるようになるが、一方で、スパムメールを世界に広めることもできてしまう。Googleは「邪悪なことはしない(Don't be evil)」を社是としているが、これはネットの特性を言い当てていると言えるだろう。
そこで岸原氏は、「ネットでは世界中の相手とコミュニケーションできるが、ルールを守らないと取り上げられてしまうことを教えるべき。自分たちにはどれだけ能力が与えられているかを教育しないといけない」とも語る。
日本では基本的人権は与えられたものであるがゆえに、その重要性についてあまり教えられてきていない。それに対してヨーロッパでは勝ち取ってきたものであり、表現する権利を守るためには他人も尊重しなければならないとわかっているのだという。「ネットでは特にそう。ネットを使って自由に発言することができるのは、人を尊重することで成り立っているからだと理解すべき。ネットを利用する権利を憲法に入れてもいいくらいだと思います」。
● 一律フィルタリングよりも教育を
フィルタリング義務化への経緯について岸原氏は、「本来は方向性を議論して決めていくべきなのに、一切議論されていません。例えば、仏教とイスラム教では判断基準は全く違うかもしれない。個人で基準を選択できるならいいが、選択肢が、かけるかかけないかの2つしかないなら、本来あまり広くかけてはいけない。もちろん、自殺サイトや違法薬物販売サイトなどはフィルタリングするべきです。しかし、利用したいサイトにアクセスできなくなったり、フィルタリングだけでは解決しない問題があるのも事実。子どもたちには、自分で判断する能力を身に付けさせる必要があると思うのです」と言う。
そのために教育が必要と考え、EMAでは啓発・教育プログラムを用意する。有害なものを排除して回るのでは、単なるいたちごっことなってしまうからだ。
「教育要綱には『ダブルクリックとは』といったレベルの内容しかなく、それではパソコンの良さはわかりません。今後、子どもたちが実際に利用している携帯サイトの中で必要な教育や啓発をしていくつもりです。また、EMAは認定サイト内でネットの良い面を見せていきます。そうすれば、ネットをもっとプラスに使えるようになるでしょう。」
もちろんEMAだけでは限界があるため、親や先生も一緒になって取り組んでいくべきだろう。ただし、IT教育は素地がないと難しいため、国や省庁などがプログラムを作ったり、地域のITボランティアなどが参加できるようにしていく必要もある。
「EMAは女性の名前のようだ、お母さんのように子どもたちを見守る存在でいてほしい」と言われることがあるという。今後、母親のように青少年のネット利用を見守る役割を目指す。
● 子どもに教わること、教えるべきこと
EMAの活動には、PTAや教育関係者、主婦連なども関わっている。「ネットは敵」ではなく、そういう人たちも自分たちのできることをすべきと考えているということだ。
問題は、親子間のデジタルディバイドだという。ネットに関しても親が判断しなければいけないシーンは出てくるが、実際には判断できる能力がなく、親子でネットリテラシーが逆転している状態となっている。教育現場も同様だ。自分たちがわからないから、使い方を教えられずに、ただ排除するというわけだ。
「どう活用しているのかは子どもに教えてもらい、知恵とか経験は先生やIT専門家が教えるのがいいと思っています。流行っている携帯サイトや絵文字の意味などは、子どもから教えてもらうべきでしょう。親の代わりに子どもがネットを使ってあげる、シルバーシート的な考え方も必要なのかも。」
携帯利用のための学級委員長のような役割を作らせるというアイディアもある。「役割を与えられればモチベーションも上がるし、わかっている学級委員長が言えば子どもたちも聞くでしょう。詳しい子どもたちが自分たちで守っていこうという動きにつながれば」。
岸原氏は最後に、「コンテンツはこうあるべきという規範はなかなか作れないので、携帯フィルタリング義務化をきっかけに、結果的に議論が起きて有用な話が出てきてよかったと思います。あとは、後始末として問題点を改善していかなければいけないでしょう」と語った。
EMAの活動をうまく生かして、これを保護者らの学ぶ機会とすべきだろう。将来、民間の自主規制や第三者機関の成果により、子どもも快適にネットを利用できるような未来が来ることを期待したい。
関連情報
■URL
モバイルコンテンツ審査・運用監視機構
http://www.ema.or.jp/
関連記事:携帯コンテンツの健全化を目指す審査団体が発足[ケータイ Watch]
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/39355.html
関連記事:EMA創立記念総会が開催、民間主導の審査機構が始動[ケータイ Watch]
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/39682.html
関連記事:EMA、投稿監視型コミュニティサイトに対する審査基準を検討開始[ケータイ Watch]
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/40279.html
■関連記事
・ EMA、ネット上の違法・有害情報の法規制に反対(2008/06/02)
・ フィルタリングの「ブラックリスト方式」改善に向け、EMAが意見募集(2008/06/06)
2008/06/18 11:39
|
高橋暁子(たかはし あきこ) 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
- ページの先頭へ-
|