6月11日、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律(青少年ネット規制法)」が参議院本会議で可決・成立した。同法案に反対してきたインターネット先進ユーザーの会(MIAU)は、その一方で、情報リテラシー教育の重要性を訴えている。MIAUの代表を務める小寺信良氏に、フィルタリングやペアレンタルコントロールのこと、そして今後制作するという“インターネットの教科書”のことを聞いた。
● フィルタリングへの過剰な依存は危険
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インターネット先進ユーザーの会(MIAU)代表の小寺信良氏
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小寺氏は、青少年ネット規制法がフィルタリングという技術に過剰に依存しており、教育に関する部分が不十分な点を指摘した上で、「フィルタリングの代案はいろいろあるので、複合的に利用すべき」と言う。
例えば“ペアレンタルコントロール”だ。欧米では主流的な考え方で、ネットは親の立ち会いや許可の元で利用させるというものだ。「日本でも、小学生までなら通用するかもしれません。子どもと一緒にパソコンを使っていけば、その間に情報リテラシー教育はできるでしょう」。
日本ではあまり活用されていないようだが、Windows VistaにもMac OS Xにも、子どものネット利用を制限する機能が搭載されている。仕組みはフィルタリングと同じ技術で出来ており、アクセスをいったん止めて、見ていいかどうか親に判断させる仕組みだ。
「結局はデータベースを作って参照しているのですが、データベースを作るのはOSの開発元。OSによって見られる・見られないの差があるし、均一にはなりません」。また、これらはOSに組み込まれるので競争がないという。
いわゆるフィルタリングソフトも、一般向けのパソコン用ソフトは事実上「i-フィルター」だけ、携帯電話はネットスターだけと、競争がないことを小寺氏は問題視する。競争がないと改善されないものだからだ。
また、「一番危ないのはフィルタリングにすべて任せて何もしないこと」とも指摘する。つまり、フィルタリング自身は善悪を判断せず、カテゴリー分けをするだけだ。どのカテゴリーの閲覧を許すかは結局、親が決めるしかない。ここである程度の能力が求められる。
「確かに年齢ごとのプリセットはあるし、カスタマイズもできます。例えば小学生だと、プリセットではゲームサイトにアクセスできないようになっている。しかし、うちの子はゲームが好きだからといってゲームのカテゴリーを許可すると、エロゲーサイトも見られるようになるかもしれない。かといって、親が事前にすべてのエロゲーサイトをチェックするのは無理。」
● デジタルディバイドがあっても、親は子どもを教育できる
普段の携帯やネットの利用でフィルタリングに引っかかるのは、性に対して興味が出てくる中高生だろう。中高生となると親の年齢層もそれに比例して高く、40代以上が多くなる。ネットが浸透し始めたのは1995年頃からだが、ブロードバンドにより定額制で常時接続できるようになったのは2000年頃で、わずか8年前のことだ。「大人が、仕事のワークフローが出来上がった後で使い始めた場合、ネットにはあまり依存しません。忘年会の予約のために『ぐるなび』は使っても、ブログやSNSを使って積極的に情報を発信することなどはまずない。自分が情報発信者ではない大人は、ネットは知っていても被害に遭う感覚はわからない」。
さらに、「極端にエッチなサイトは、じつは検索能力が高くないと見られない」と小寺氏は言う。「子どもは友達間で情報をやりとりして、好奇心でどんどん深いところにまで入っていってしまいます。結果、親子間でますますスキルレベルが離れていってしまうわけです。親が手を打てないので、国が規制することになった。先生も同じです。『自分たちでは教えられないので、もっと規制をきつくしてくれた方がいい。その方が指導しやすい』と言う。そういうニーズが、国が規制するのを後押ししたのかもしれませんね」。
小寺氏にもお子さんがいるが、どうしているのだろうか。「14歳の子は、小4からパソコンを使っていますが、携帯を持たせたのは中学からです。しかし、一度携帯を持たせたら、情報を引き出すツールは完全に携帯になってしまいました」。義務化される前にフィルタリングに加入していたため、お子さんから「調べ物ができないからは外して」と言われることもあるが、そんな時は「母親のパソコン」を利用するよう勧める。いわゆる、ペアレンタルコントロールだ。「『このサイトはダメ』というのはネットリテラシーとは別の判断なので、ネットにそれほど詳しくない妻でも可能なのです。どこまで許すかが、その家ならではの教育判断でしょう」。
ペアレンタルコントロール機能では、子どもがどのサイトを見ているのか、すべてログを見られるが、これに関しては抵抗があるという。「子どもが見られるのが嫌と思い始めたら、もうペアレンタルコントロールの限界。子どもには反抗期があります。その時は親の話に聞く耳を持たないので、フィルタリングが有効でしょう。その時期を過ぎて人の話を聞けるようになった時に、教育すればいいのです」。
● 的外れで古い、情報リテラシーの教科書たち
情報リテラシー教育の重要性を訴える小寺氏だが、実際に情報教育の教材を探したところ、「数はあったものの、ほとんどが見つけづらい状態で、使わせようという意図が感じられませんでした。また、内容がセキュリティに偏っていたり、誰に読ませたいのかがわからないものが多かった」。確かに、ネットをこれから使い始める子も対象にすべきだが、「検索って何だろう」「検索してみよう」から始めるのは、すでに使っている子の実態には合わないというのだ。
「散々ネットを悪の巣窟のように脅した後に、最終的に『ルールを守って使えば楽しめるよ!』とまとめていたり、ずれているんですよね。2006年に作られたものなど、すでにスタンスが古いものもあります。ネットの教科書は、ネットで問題が起きる度に細かく改訂していかなければならないと思います。少なくとも年に1回以上は改訂が必要。」
総務省による「ICTメディアリテラシー教育プログラム」というものがある。青少年を有害情報から守るための教育プログラムだが、機能しているとは言えないという。また、総務省と文部科学省は「e-ネットキャラバン」を運営し、保護者や教職員に向けてインターネットの安全な利用法を教える「e-ネット安心講座」を実施しているが、これも「利用者が何をしたいかが想定できていない状態で、もの足りない」。
「NPOなどで、学校裏サイトを減らすなど効果を上げているところがあるのですが、ネット上で情報を公開していない。持っている情報を共有するだけで、対策のヒントになるのと思うのです。Webにも一応載せてありますが、“一応”レベル。あくまで対象はフェイストゥフェイスで、紙資料で配布するレベルなのです」。
● 親子に向けたネットの教科書を作りたい
情報リテラシー教育をしようにも、大人側に能力がないケースが多いことも指摘される。そこで、MIAUは子どもに向けて情報を発信するだけではなく、親に知ってもらうことも視野に入れている。
「MIAUの教科書は、ネット上でPDFで配布します。子どもには学校の勉強ということではなく、実生活で役に立つ教科書でありたいので、実際に起こった事件などを盛り込みながら作成する予定です。学校の先生方にヒアリングを進めた結果、授業の一時限で扱える範囲でテーマを小分けしていくことにしました。最初は『我々が作ったものなど、学校で使ってくれるのか?』と腰が引けていた部分もあったのですが、じつは先生の方から非常に積極的に利用したいというお話がありました。ですから最初のプランとは若干変わって、授業で使うことを前提に作成しています。」
教科書作成プロジェクトに関して、「はてなブックマーク」などでおおむね好評なコメントが寄せられている。今のところ小寺氏が中心となって進めており、テキストはすべて、文筆家である小寺氏と、同じくMIAUの代表を務める津田大介氏の2人の目を通さなければ世に出ないようになっている。MIAUには専用のSNSがあり、プロジェクトごとにコミュニティがある。会員は、参加したいプロジェクトのコミュニティに参加する仕組みで、教科書問題に参加しているのは35人だ。
「『オープンソースでやれば』とか『こういう資料がある』とか教えてくれる人もいるので、そういうのを参考にしながら作っていきたいですね。Wikiなどを利用して集合知的に作る方法もありますが、紛糾して形にならないというリスクもありますので、最初の“たね”は自分たちで作ろうと思っています。それをクリエイティブコモンズで配布して、みんなが直していけるようにしたい。」
● 「トラブルに遭わないように」ではなく「遭った時にどうするか」
MIAUの教科書は、既存の情報リテラシー関連の教科書とは全くかぶらないという。「やりたいことは自由にやっていいけれど、トラブルにも遭う。そんな時に僕らはこうやって解決してきた」という内容の教科書だからだ。
「トラブルに遭った時にどうすればいいのかを教えないと、先に進めない。多くの教科書は『遭わないようにしよう』で終わっていますが、実態に合っていません。例えば架空請求には大人だって引っかかっているのに、子どもにだけ遭わないようにと言っても無理でしょう。それでは、18歳でフィルタリングが外れた途端にひっかかりまくってしまいます。インターネットを使っていれば、大量にスパムが届くとか、自分のブログが炎上するとか、メールでケンカが1週間続くとか、名誉毀損で訴えられるとか、そういうトラブルにはいずれ遭う可能性があるのです。」
佐世保の小学校で起きた殺人事件も、情報リテラシー教育が欠如していたために、掲示板の書き込みをお互いにスルーできなかったことが要因だと指摘する。「会って話せば済むことなのに、ネットにこだわっているから解決できるものもできないのです。メールだけのコミュニケーションは大人でも厳しいのに、子どもではさらに無理でしょう」。
小寺氏は、礼儀作法も教える必要があるという。「例えば、ご飯を食べている時やレストランでは携帯電話はしまうということです。目の前に存在している人とバーチャルでつながっている人と、どちらがプライオリティが高いのか。これといった定義があるわけではありませんが、客観的に見たらよくないと思われることはあります。そのようなことに関して、ネット上から広く意見を集めたいと思っています。そして、バーチャルと実社会をうまく生きていくためのノウハウみたいなものが作れたらと思っています」。
● 「もっとマンパワーがほしい」MIAU法人化へ
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MIAUの公式サイト
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MIAUの代表を務める小寺氏と津田氏は、「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」という本を共著で書いている。「(法政大学社会学部准教授の)白田秀彰先生を中心に『ロージナ茶会』という勉強会が開かれていたのですが、お互いやりたいことが合致したので、合体してMIAUになりました」。そのような経緯で、もともと2008年4月頃に立ち上げる予定だったが、“ダウンロード違法化”の動きに危機感を覚えたため、時期を早めて2007年10月にMIAUを設立した。“ネットと言えば2ちゃんねるの声”ではなく、顔出しだからこそ言えることもある、という考えだ。
「本当は選挙の際に、候補者に青少年ネット規制法に賛成か反対かなども聞いてみたかったんですけれどね。政党にも聞いてみたいのですが、現状、マンパワーが足りません」。
MIAUには現在、約2000人の協力会員がいるが、全員が活動にタッチしているわけではない。これまでシンポジウムを開催したり、反対表明を行なっているが、そのような活動は物理的な人数がいなくても可能なのだという。
「MIAUについては、まだまだ知られていないので、青少年ネット規制法関連シンポジウムなどがあっても呼ばれないんですよね。アウトプットが足りないので誤解されている部分もあると思います。今は専任者を置いて、法人の申請をしました。今後は活動できることも、もっと増えるはずです。」
青少年ネット規制法案は、すでに国会で可決・成立した。しかし、MIAUはまだ諦めたわけではない。このようなユーザーの自発的な活動の一つ一つが未来につながることを期待したい。
関連情報
■URL
インターネット先進ユーザーの会(MIAU)
http://miau.jp/
総務省「ICTメディアリテラシー教育プログラム」(PDF)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_illegal/pdf/080227_2_si5.pdf
e-ネットキャラバン
http://www.fmmc.or.jp/e-netcaravan/
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2008/06/26 15:58
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高橋暁子(たかはし あきこ) 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
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