ユーザビリティ調査のキモといえば、なんといってもユーザーテストです。一般のユーザーを被験者として招き、実際のWebサイトを操作してもらうことにより、運営側や制作側が見落としていた様々な問題点を抽出することができます。
正しく使われて当たり前と思っていたインターフェイスがことごとく使われないのを目撃すると、たいていの人はカルチャーショックを受けます。これらのデータは、Webサイトを使いやすく改善するための貴重な資料となるのはもちろんのこと、Webの運営や制作に携わるスタッフを一回りも二回りも成長させてくれる経験としても価値があるものです。
しかし、ユーザーテストの運営は一見ハードルが高く、何かと尻込みされがちであることも事実です。そこで今回は、個人もしくは社内のスタッフが中心となってユーザーテストを独力で実施する際のポイントを、みなさんにご紹介したいと思います。今回は前編として、準備段階のプロセスをご紹介します。
● 準備その1:セグメントに合った被験者を選定する
ユーザーテストでは、実際にユーザー(被験者)にWebサイトを操作してもらい、その過程でインターフェイス上の問題点を発見していきます。ここでポイントになるのは「被験者」「課題」「進行のプロセス」の3つです。
まずは被験者の選定です。ユーザテストという名前の通り、テストに協力してくれる一般ユーザー、つまり被験者がいないと話が前に進みません。
被験者を選ぶ際になによりも重要なのは、対象となるWebサイトについて、先入観のないユーザーを選ぶということです。日頃からそのWebサイトに慣れている関係者やヘビーユーザーは、Webサイトの中でユーザビリティ的に好ましくない部分、クセのある部分も、慣れでカバーしてしまっていることが多々あります。
ポータルサイトにおけるリピータの使い勝手向上といった特殊なケースならいざ知らず、多くのユーザーテストでは、初めて訪問したユーザーがWebサイトをストレスなく使えることが目的となります。従って、すでにそのWebサイトを知っている関係者ではなく、必ず初心者ユーザーを起用するべきです。
現実的には、企業サイトであればホームページを直接担当しない別の部署のスタッフ、個人で運営しているECサイトであれば家族や友人ということになるでしょう。Webサイトの運営に直接利害関係のあるデザイナー、プログラマ、エンジニアなどは不向きです。
人数については、少なくとも3人以上、可能であれば5人を起用します。被験者の人数が増えれば増えるほど統計学上の信頼性は増しますが、それに伴ってコストはどんどん大きくなります。弊社の経験則では、3人ほど行なったところでだいたいの操作の傾向がつかめるようになりますので、現実的には3~5人ほどを招くのがよいでしょう。被験者3人に対してユーザーテストを実施し、3人全員が間違えたところを修正するだけでも、Webサイトのユーザビリティは大きく向上します。
なお、被験者を選定する際は、ユーザーの属性を合わせる必要があります。属性というのは、例えば20代男性とか、30代主婦であるといったセグメントのことです。一般的に、年齢や性別、ITリテラシーが違ってくると、Webサイトの操作方法は全く違ってきます。従いまして、Webサイトの想定ユーザになるべく沿った被験者を選定するほうが、信頼性の高い結果が得られます。また、想定ユーザが多岐に渡る場合は、それぞれについて3人以上の被験者を招くことをお勧めします。
● 準備その2:適切な課題を用意する
次は課題の準備です。被験者に対し、なんの目的もなく、はい自由にサイトを使ってみてください、というのでは、どの被験者も戸惑ってしまいます。従って、ユーザーテストを行なう際には、被験者が適切にWebサイトを使えるよう、目的となる「課題」を用意する必要があります。
例えばECサイトであれば、指定のWebサイトを使って○○という商品を購入してください、という課題を用意します。これによって、Webサイトの中から商品を探し、ショッピングカートに入れ、送り先をフォームに入力して購入ボタンを押す、といった実際に近いユーザの行動を再現できるというわけです。
ほかにも、企業サイトであれば、特定の商品やサービスについて価格を調べてみてくださいとか、採用情報のページが調査対象であれば特定の職種にエントリーしてみてくださいといった具合に、目的に応じて適切な課題を設定します。ただし、あまりにも制約の多い課題を作ってしまうと、単なる答え探しになってしまいかねませんので、いくらかの自由度を残しておくのがコツです。
課題を作成する際にポイントとなるのは、スタートページの設定です。もし、PPC広告などを経由し、トップページではなく商品のページに直接お客様を誘導しているのであれば、該当の商品ページからの導線を見るのが妥当です。つねにトップページがスタートページというわけではありません。アクセスログなども参考に、お客様が実際にWebサイトを利用する流れを意識して課題を作成します。
余談ですが、同業他社のWebサイトについても同時にテストを行なえば、さらに充実した評価が行えます。相対的な評価も可能になるのはもちろんのこと、ユーザビリティ調査の結果を受けてリニューアルを実施した際の効果測定も容易になります。なにより、経営層を説得する際に、ユーザーは他社サイトは使いこなしているが、当社のサイトは使えなかった、という事実があるのとないのとでは、説得力にも大きな差が出ます。
● 準備その3:会場と機材をセットアップする
次に、ユーザーテストを行なう会場のセットアップについて説明します。
ユーザーテストの実施場所は、とくに制限はありません。私共のような専門業者であればユーザーテスト専用のラボを用意していますが、みなさんがユーザーテストを行なう場合は、会議室などの適当な場所にインターネット環境を整えたパソコンを持ち込み、そこに被験者を呼んでくれば十分です。
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ネットに接続できるパソコンが1台あれば、基本的なユーザーテストは問題なく行なえます
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もし、会議室の確保すら困難という場合や、SOHOの方が少人数を対象にテストを行ないたいという場合は、被験者の方の自宅にお邪魔して、日常の利用環境をそのまま利用させてもらう方法でも構いません。機材のセッティングの必要がないというのももちろんですが、利用環境を間近に見られるというメリットもありますので、場所にこだわる必要性はまったくありません。
機材としては、パソコンとネットワーク環境があれば、最低限のテストは行なえます。また、後編で詳しくご紹介しますが、ビデオカメラやキャプチャソフトなど、被験者の操作を記録できる準備があれば、テスト終了後のヒアリングがスムーズに行なえます。
● その他:注意しなくてはいけないこと
準備はおおむね以上の通りですが、テストを開始する前に、被験者に説明しておかなくてはいけないことが3つあります。
1つは、「ユーザーテストには正解があるわけではない」ということです。もちろん、最終的なゴールというのは存在していますが、答え探しが目的というわけではありません。ユーザーテストは、操作のプロセスを見るのが目的であることをしっかりと伝え、ふだんと同じような操作を心掛けてもらうようにします。
もう1つ、「ユーザーテストはタイムトライアルではない」ということも、伝えておく必要があります。最終的なゴールにたどりつくまでの時間が長くても、被験者が納得した上でじっくりと操作を行なっているのであれば、そのWebサイトはストレスなく長時間使える優秀なWebサイトということになります。短時間でゴールにたどり着くことイコール優秀ではない、ということは認識しておいてもらったほうがよいでしょう。
特に、社内の別部門のスタッフを起用する場合は、業務を抜けて来てもらっていることで立ち会う側が焦ってしまうと、その焦りが被験者に敏感に伝わってしまうものです。あまり焦らせないようにしましょう。
最後にもう1つ、「ユーザーテストの最中はヒントやアドバイスは出せない」ということも、事前に伝えておいたほうがよいでしょう。プライベートでWebサイトを見る際に、誰かが横からアドバイスをするということはありませんから、ユーザーテストの操作も同様にアドバイスなしで行なってもらうことが肝心です。テストにあたって不明瞭な点があれば、事前に質問してもらうようにします。
● 準備完了、いざテスト開始
以上で、ユーザーテスト実施のための準備は終わりました。あとは用意した課題を被験者に見せ、操作を始めてもらうだけです。
余談ですが、本来であれば、ユーザーテストの実施にあたっては、ペルソナ法でユーザー像をきちんと定義したり、時間をかけてシナリオを構築してから着手するのが望ましいとされています。
しかし、形式にこだわるあまり、ユーザーテストの実施そのものが暗礁に乗り上げてしまっては元も子もありません。最初は低いハードルで一通りのプロセスを体験し、ユーザーテストのメリットを実感するところから始めてみることをおすすめします。
次回の後編では、実際のテストからヒアリングまでのプロセス、さらに結果のフィードバックについてご説明します。
2007/11/28 11:31
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山口真弘 (株)NTTデータキュビット コンサルティング本部所属。Webユーザビリティのコンサルタントとして活動中。本職外ではテクニカルライターとしての活動歴も長く、PC Watch「電子辞書最前線」、Broadband Watch「気になる! itemズ」のほか、本誌エイプリルフール企画の執筆なども手掛ける。近著は「3分LifeHacking」。 |
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