前回の「理論編」では、ユーザビリティ調査のキモとも言える、ユーザーテストの実施方法についてご紹介しました。今回は、ユーザビリティ調査の手法のひとつである「ヒューリスティック評価」についてご紹介しましょう。
● 「経験則」にもとづいてWebサイトを評価
ヒューリスティック、というのはあまり耳慣れない単語ですが、これは直訳すると「経験則」という意味になります。早い話、Webサイトにおけるユーザの一般的な行動原理に反した箇所がないか、これまでの経験則をもとにWebサイト内をくまなくチェックしていくという手法です。
例えば、リンクに関連した項目では「リンクの訪問済みと未訪問が判別できるようになっているか」「訪問者にことわりなく別ウィンドウでリンクを開いていないか」「全てのページにトップページへのリンクが設けられているか」といった項目が挙げられます。過去の事例からこうあるべきと判断されたこれらの項目を、ひとつずつチェックしていくのが、ヒューリスティック評価です。
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筆者の会社のユーザビリティセミナーで利用している、ヒューリスティック評価リストの簡易版。実際の評価の際には、数百項目ものリストが用いられる
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「ヒューリスティック評価」では、評価にチェックリストが用いられることが多いため、チェックリスト評価という呼称を用いる場合もあります。また、リストを用いずにコンサルタントの主観をもとに評価を行ない、チェックリストを用いた机上の評価は別メニューとして扱う例も見られます。
もっとも、過去の事例から得られた傾向をもとに、実ユーザーを起用することなく評価を行なうという意味では、よく似た評価手法であると言えます。
これらのチェックリストは、少なくて100項目、多ければ500項目程度にまで及ぶことも珍しくありません。なにせWebサイト全体が守備範囲なのですから、数百個の項目があっても何ら不思議ではありません。
これらをひとつひとつチェックして改善していくことによって、訪問者のストレスがたまらない、使いやすいWebサイトを構築できるというわけです。
● ○×をつけるだけではなく、いかに改善につなげるかがポイント
ヒューリスティック評価は、評価項目を網羅したリストさえあれば、比較的短期間で評価を完了することができます。ユーザビリティのスペシャリストでなくとも、一定水準の評価をスピーディーに行なえることは、ヒューリスティック評価のメリットのひとつです。
もっとも、ヒューリスティック評価は、各項目に○×をつけただけでは終わりません。○×をつけたあと、ではどのように改善するのか、改善にあたって優先順位の高い項目はどれなのか、というジャッジメントが必要になります。
例えば、チェックリストの中に、「お客様のための問い合わせフォームは設置されているか」という項目があったとします。この場合、もしも問い合わせフォームがWebサイトに存在しなければ、この項目は「×」となります。
しかし、問い合わせフォームは存在しないものの、問い合わせ用メールアドレスが大きく掲載されていてフォームの代替の役割を果たしている、あるいはFAQが充実しているために問い合わせの必要がほとんどない、といった場合は、同じ「×」評価でも改善する際の優先順位は大きく変わってきます。
従って、ヒューリスティック評価の結果を実際のWebサイトにフィードバックさせる場合、こうした優先順位まで含めてきちんとジャッジしたり、状況に合った改善案を提示できるだけの経験と知識が必要になります。
そうした意味では、改善案のバリエーションを多数保有しているコンサルティング会社に調査を委託したほうが、その後のプロセスを円滑に進めるためには有利であると言えます。単純に○×をつけるだけの作業であれば、Webサイトの点数付けはできても、改善にはまったく役立たないわけです。ヒューリスティック評価を行う際には、こうした事後のプロセスにも、じゅうぶんに配慮する必要があります。
● ヒューリスティック評価は、ユーザーテストの代替にはなり得ない
もうひとつ、よく言われるのが「ヒューリスティック評価をしっかり行なっていれば、実ユーザーを起用してのテスト、つまりユーザーテストは不要では?」ということです。ユーザーテストはどうしても手間と費用がかかりますので、ヒューリスティック評価で代替できれば、ユーザビリティ調査の工程を大幅に短縮することができます。
しかし、ヒューリスティック評価は、残念ながらユーザーテストの代替にはなり得ません。ヒューリスティック評価はあくまでも過去の経験則に基づいてユーザー行動を予測しているだけで、実際のWebサイトにおいてユーザーがどう行動するかを調査しているわけではないからです。
そのため、ヒューリスティック評価で問題点を抽出し、改善を施したのちに、主要な導線におけるユーザー行動をユーザーテストで検証する、というのが現実的な方策になります。ユーザビリティ改善において「地ならし」に相当するのがヒューリスティック評価であると考えればよいでしょう。
「逆に、ユーザーテストを行なえば、ヒューリスティック評価は不要では?」という疑問もあるかと思いますが、これも残念ながら代替にはなりません。ひとつは単純に工数の問題で、例えば「Webサイトに会社情報が掲載されているか」「音声や動画が自動再生されないようになっているか」といった項目は、わざわざユーザーテストで検証しなくとも、目視だけで確認できますし、項目自体の正当性についても、あらためて検証する必要が低いからです。
もうひとつの理由は、ユーザーテストはWebサイトの問題点を浮き彫りにするには適していますが、必ずしも項目単位で問題点を抽出できるわけではないということです。
ユーザーテストにおける操作で、想定外の動きをしたユーザーにその理由を尋ねても、なにが原因でそうした行動を取ったのか、言葉できちんと説明できることは稀です。ユーザーが言語化しにくい「もやもやとした」違和感を、過去の経験則をベースに抽出するのが、ヒューリスティック評価の役割であると言えます。
具体的な例を挙げてみましょう。最近多くのWebサイトで、Webサイト内の文字サイズを変更することができるボタンを見かけるようになりました。このボタンの場合、「左から小中大の順番で並んでいる」「小中大がアイコンのサイズで表現されている」「デフォルトで中が選択されている」など、多くのサイトに共通したお約束があります。
しかし、仮にこれらのお約束が破られていても、ユーザーテストの場で具体的な不満の声があがることはまずありません。かといって、これらの「お約束と異なる箇所」を放置していたのでは、知らず知らずのうちにユーザのストレスになり、Webサイトからの離脱を招く要因になります。こうした箇所を先回りしてチェックし、修正するために、ヒューリスティック評価は存在しているわけです。
● ヒューリスティック評価におすすめの書籍2冊
最後になりましたが、ヒューリスティック評価に興味を持たれた方のために、筆者おすすめの書籍を2冊挙げておきましょう。
ひとつは「Web制作者が身につけておくべき新・100の法則。」(2007年、インプレスジャパン発行)です。書名にユーザビリティといった言葉は入っていませんが、そのままユーザビリティのヒューリスティックリストとして活用できる章立てになっています。発刊が2007年6月と比較的新しいため、最近のトレンドまでカバーしている点もメリットです。図版も非常に多く、全ページカラーということもあって、わかりやすさでは群を抜いています。
もうひとつは、ウェブクリエーターズバイブルシリーズの「WEBデザイン ユーザビリティ」(2003年、ソフトバンククリエイティブ発行)です。こちらも前述の書籍と同様に網羅性が高く、ユーザビリティに関する事柄に幅広く言及しています。Web制作会社に勤務する人向けの内容ですが、巻末には約100項目のチェックリストが付属しているため、すぐにチェックをしてみたいという方にはおすすめです。
2008/05/28 11:14
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山口真弘 (株)NTTデータキュビット コンサルティング本部所属。Webユーザビリティのコンサルタントとして活動中。本職外ではテクニカルライターとしての活動歴も長く、PC Watch「電子辞書最前線」、Broadband Watch「気になる! itemズ」のほか、本誌エイプリルフール企画の執筆なども手掛ける。近著は「3分LifeHacking」。 |
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